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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-09
72/119

071 旅の終わり

 激しく打ち寄せる波は岩礁とぶつかり白い水飛沫を撒き散らす。

 青く広がる曇りなき空は平和が戻ったことを実感させる。先日の戦いがまるで嫌な夢でも見ていたかのように感じる。

 その戦いから数日後、一行はワースたちと共に《(とむら)いの岬》という場所に来ていた。そこは迷い霞の密林を北に抜けた先にある。この場所を知る者は、王族とアキナの頭領、そして語り部の一族のみとなっている。

 断崖絶壁の突き出た先に慰霊碑が一つ建っている。

「ここは人種戦争(レイシェルウォー)の犠牲者たちを弔った場所。世界が一つになったあと、ボクたちの先祖があれを立てたんだ。本当はボクたち一部の人だけじゃなく、みんなに知ってもらった方がいいんだけどね」

 とノックスがこの場所のことを簡単に説明してくれた。セトルたちはその慰霊碑の前に立って黙祷を捧げた。

 ここに来ようと言い出したのはノックスではなくワースだった。彼はなぜかこの場所のことを知っていた。しかし、行き方までは知らなかったため、ノックスとげんくうに案内を頼んだ。げんくうは忙しくて一緒には来なかったが、森を迷わず進めたのはしぐれもこの場所を知っていたおかげであった。ただ、この場所の意味までは教えてもらっていなかったらしい。

「今回は人種戦争(レイシェルウォー)ほど酷くはなかったが、犠牲者は多い。オレたちだけでも、しっかり弔ってあげないと。そう思ってここへ来た」

 黙祷を終え、ワースが慰霊碑を見詰めながら言った。ウェスターが眼鏡の位置を直す。

「でしたら、近々今回の慰霊碑も建てた方がいいでしょうね」

「ああ、そのつもりだ」

 ワースは答えたあと、セトルの方を向いた。

「今回のことで、オレたちがすべきことが見つかった。これから忙しくなる。時間もかかるだろう。時が来たらセトル君、君にも手伝ってもらいたいんだが、いいか?」

「はい。喜んで!」

 セトルは微笑んだ。それを見てワースもほっとしたのだろう。優しい笑みが自然に浮かんでいた。

「あ、だったらあたしたちも手伝うよ?」

 とサニーが挙手する。その隣でアランとしぐれも頷いた。だが、ワースは困ったような顔をする。彼の代わりにアイヴィが言った。

「気持ちだけ受け取っておくわ。たぶんこれはわたしたちにしかできないことだから」

「え~」

 サニーは残念そうに眉をハの字にした。ということは、蒼き瞳を持つ者しかできないということだろう。負の念を浄化したときのようなことをするのだろうか? そうなるとセトルは心配になった。あの不思議な力はなんとかコントロールできるようになったが、自分の記憶は戻っていない。あんな浄化のようなことを自分は知らない。

(早く記憶を取り戻さないと……)

 セトルは焦った。でもどうしたらいいかわからなかった。

「シャルンはこれからどうするんだ?」唐突にアランが訊く。「行くとこないなら俺らの村に来ないか? あそこはハーフだろうとみんなすぐ受け入れてくれるぜ。セトルみたいに」

「そうよ! アラン、たまにはいいこと言うわね♪」とサニーも笑顔を見せた。

「たまにはって、おい!」

「……無理ね。わたしにはまだやることがあるから」

 少し考えてシャルンは答えた。そしてソテラのイアリングを取り出す。そうか、とセトルたちはあの時のことを思い出した。手伝おうか? と言ってもたぶん彼女は断るだろう。それに、これは彼女が一人でやるべきだとセトルは思った。

「つれないねぇ」

 とアランは言ってはいるが、彼が一番わかっているのだろう。その時――

「な、何やあれ!? ちょっとみんな見てみぃ!」

 しぐれが騒ぎ出したかと思うと、彼女は海の向こうを驚いた表情で指差していた。

「あ、ありゃ確か……」

 アランが目を瞠る。セトルも驚いた。あれを見るのは二回目だ。

 さっきまで何もなかった海の上に霧が立ち籠め、そこに一つの村が浮いている。時計台のような建物が目立つその村はイセ山道で見たものと全く同じだった。

「ミラージュ……見るのは初めてね」とシャルン。

「ミラージュって確か、あの《幻影の村》ってやつやろ?」

 しぐれは感動したように彼方に見える神秘的な村を見詰めた。感動とは違うが、セトルも同じ様に凝視した。前もそうだったが、ミラージュには何か惹かれるものがある。それに今度は自分の中の何かが沸き立っているような感じがする。

 ワースたち三人は顔を見合している。どうやら流石の彼らもあれを見るのは初めてのようだ。

「なるほど、あれがミラージュ……確かに」

 スラッファが何か意味深なことを言ったが、それを訊く前にセトルは激しい頭痛に襲われた。頭を抱えて膝をつく。

「セトル?」サニーがその異変に気づく。「ちょ、ちょっとどうしたのよ!? 大丈夫!?」

 心配する彼女をよそに、頭の激痛は激しさを増した。セトルは悲鳴を上げる。

「もしかするとあれの影響かもしれません」

 ウェスターがミラージュの方を見る。だが――

「それはないだろ?」とアランが言った。「俺らはあれを一度見たことあるけど、そんときセトルはこんなにならなかったぜ?」

「二度見たことによって、セトル君の中で何かが起こったのかもしれないよ?」

 ノックスは笑みを消して真面目モードで言った。セトルの異変に初めは驚いていたワースたちは、今はただ彼を見守っている。まるでこの意味がわかっているようでもあった。しかし、ワースがセトルのことをすごく心配しているというのは彼の表情から明らかだ。

 セトルの悲鳴は止んだが、まだ頭痛は続いている。胃液が逆流しそうに苦しい。ミラージュを見たことで禁忌の箱を開けてしまった。セトルはそんな気分だった。目に涙が浮かんでくる。痛い、すごく痛くて苦しい……。

 プツンと何かが切れたような音がした。途端、痛みが引いていった。気を失ったわけではないが、いつそうなってもおかしくなかった。先程沸き立っていた何かが溢れてくる。視界が光の流れに呑まれた。その光は(あか)(あお)(みどり)の三色の線でできていて、それぞれがチカチカと明滅している。それは全てセトルの体に流れ込んでいた。全てを取り込むと、元の景色に戻った。

「――僕は、あれを知っている……」

「セトル、まさか記憶が……?」

 そう呟いたセトルにしぐれが訊く。だが、セトルは彼女の声は聞こえていないようにワースの方を向いた。ワースはゆっくりと歩み寄り、優しくセトルの頭に手を置いた。

「とりあえず、今は村に戻ってゆっくり休むといい。時期が来れば迎えに行こう」

 ワースはそう言うと、セトルの頭から手を放して踵を返した。セトルは彼の後姿をじっと見詰めた。だがセトルの目に彼の姿は映っていない。そのサファイアブルーの瞳が見ている映像は、闇夜の中、光の陣から旅立つ誰かの姿だった。やがてセトルは小さく口を動かし、そして――

「兄さん……」

 と呟いて気を失った。その呟きは一番近くにいたサニーでさえ聞こえないほど小さなものだった――。


 こんな駄作をここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

 これにて第一部が完結となります。

 引き続き第二部を連載しますが、量は一部の半分もありません。


 完全完結までもうしばしお付き合いくださると幸いです。





 ……まあ、この後書きを見てる人は作者くらいでしょうけど(←まだそゆこと言うか) 

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