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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-08
70/119

069 負の念の浄化

 冷酷な顔をしたアルヴァレスはゆっくりとセトルたちの方へと歩いていく。

「驚いたな。まだ息があるのか」

 セトルたちはかろうじて全員生きていた。セトルにだけは意識があったが、それも奇跡のように思えた。体は動かない。動かそうとすれば激痛が走り、それを妨害する。また、体が焼けるように痛い。いっそ意識がない方が楽だったんじゃないかと思った。

「今、楽にしてやろう」

 アルヴァレスは魔剣を逆手に持ち、セトルの心臓目がけて突き刺す。その時――

 ――ガキーン! ――

「何!?」

 アルヴァレスの剣はセトルの周りの見えない力場に阻まれ、弾かれた。

「これは……」

 驚愕の表情でアルヴァレスはセトルを見る。何度やっても恐らく無駄だろうということを彼は今の一回で知った。

『セ……ス……力を……』

 力場の中でセトルは何かの声を感じていた。遠くから言っているようによく感じ取れない。

(誰?)

 突如、セトルは目の前が真っ白になった。落下感を覚えた。深い白霧の谷に飛び込んだように思えた。すると、さっきよりもあの声がはっきりと聞こえ始める。

『我が力……目覚めさせよ!』

(力? ――!?)

 すると、真っ白な世界からセトルの体に何かが流れ込んでくるような感覚がし、それがしばらく続いた。力が漲る。温かく優しい力。何とも言えない快楽が身を包む。その瞬間、セトルは元の世界に戻った。

 一瞬のことだった。

 今のは夢? いや違う。セトルは仰向けのまま両手を天に翳した。体が動く。手に青白い光がぼんやりと灯る。この感覚、今度は忘れない。セトルははっきりと体に刻みこんだ。

「――リザレクトハーティス!!」

 セトルの体から光が発せられる。それは一瞬にして部屋に満ちた。アルヴァレスは跳躍し、思わず目を庇った。優しい光だったが、それはアルヴァレスには感じない。彼にとってはただ眩しいだけの光だった。

 光が収まると、アルヴァレスは目を瞠った。そこにセトルが立っていた。傷がほとんど治っている。疲労も見られない。強いサファイアブルーの瞳がアルヴァレスを睨んでいた。

「なぜ先程まで瀕死だったやつが……あの光は治癒術か?」

 アルヴァレスは呟き、冷静さを保とうと努めた。周りをよく見ると、意識は取り戻していないが、他のやつらも回復しているということがわかった。

「アルヴァレス」セトルが強く言った。「僕はあなたを許さない!」

 すると、アルヴァレスは哄笑した。

「貴公一人で何ができる?」

「村の、世界中のみんなに意味のない争いをさせて……たくさんの人を苦しませた」

 セトルの脳裏にアスカリア村のみんなの顔が浮かんでくる。彼らはとてもつらそうな顔をしていた。

「僕は勝たなくちゃいけない」

 アルヴァレスの哄笑が消える。

「フ、いいだろう、我が最強の剣をもって今度こそ屠ってくれる!」

 アルヴァレスは魔剣を縦に構え、何かを唱え始めた。だが、それは霊術ではない。魔剣にただならぬ気が込み上げてくる。アルヴァレスは疾風のごとく走った。紫色のオーラが彼を包む。

「――獣神の牙にて彼の者を屠らん、牙神絶破剣(がしんぜっぱけん)!!」

 アルヴァレスのオーラが鋭い牙を持つ何かの獣のような形に見えた。いや、それはもう獣そのものだった。アルヴァレスの姿が一瞬消えたと思うと、セトルとの距離が一気に詰められていた。アルヴァレスは突きの姿勢をとる。魔剣に獣のオーラが纏い、それがセトルを呑み込まんと大口を開ける。

 セトルは落ち着いていた。落ち着いて目の前に迫る光景を見ていた。そしてゆっくりと右手を前に翳す。今度は虹色の光がその手に灯る。レーヴァテインが共鳴するように輝く。

 刹那、アルヴァレスの剣は何かの力によって弾かれた。虹色の光の壁がそこにできていた。やがてそれは輝きを増し、その輝きを浴びたアルヴァレスのオーラは霧のように消えていった。魔剣に罅が入る。

「この力はまさか、《神霊術》……」

 セトルのレーヴァテインが急激に輝きを増した。

 今なら勝てる。とセトルは確信した。この力が何なのかわからないが、使い方は本能的に知っていた。負ける気はしなかった。

(あの技で……)

 セトルはアルヴァレスの懐に飛び込んだ。光の霊剣を掬いあげるように撃ちつける。鎧の一部が砕け、アルヴァレスは宙を舞った。すかさずセトルも飛び上がる。

「はあぁぁぁぁぁぁぁ! 僕は、あなたを倒す!!」

「くっ……」

 セトルは飛び上がりながら、目にもとまらぬ速さで霊剣を連続で振るった。速すぎて剣の残像がはっきりと残る。一閃するたびにアルヴァレスの鎧が次々と砕け、霊剣の輝きが増していく。アルヴァレスの悲鳴に似た叫びが聞こえる。

「――これで終わりだ、光龍滅牙閃(こうりゅうめつがせん)!!」

 光を増していく霊剣は、最後には凄まじい光を放つ巨大な(つるぎ)となってアルヴァレスを貫いた。

 両者は共に落下する。光の霊剣は一気にその光を失い、元のレーヴァテインに戻った。同じようにセトルも、力を使い果たしたのかうまく体を動かせない。かなり高く飛んでいた。頭から落ちている。着地に失敗すると首の骨が折れてしまう。

(何とか体勢を……)

 セトルは死に物狂いでもがいた。僅かに頭が上がった。だが、床との距離はもうない。セトルは目を閉じた。が、床に叩きつけられた感覚はなかった。

「やったな、セトル。やっぱお前はすげぇよ」

 アランがセトルを受け止めていた。そして目を開けたセトルの顔を覗き込むように見たあと、ゆっくりと立たせた。

「いや~、《連携》でもないのにすごい技でしたね」

 含んだような笑みのウェスターが歩み寄る。みんな気がついていたようだ。

「これでこの戦争も終わるわね」

 とシャルンがはっきりとした微笑みを見せる。

「セト――」

「セトル!」

 しぐれが何かを言おうとしたが、サニーに遮られてしまった。サニーははしゃいだように満面の笑みを見せている。

「さっきのすごかったよ! もしかして、もうあの力自分で出せたりするわけ?」

 彼女が言っているのはたぶん虹色の壁のことだ。彼女だけは一度それを見ているらしいから。あの時は言われても覚えてなかったが、今はしっかりとあの感覚を覚えている。セトルは右手に力を込めた。と言ってもパワーとは違う力なのは言うまでもない。すると、その右手はぼんやりと輝いた。

「うん、たぶんできそうだよ」

 セトルが微笑むと、彼女も微笑みで返し、やったね、と親指を立てる。

 ウェスターはセトルが右手に力を込める前、セトルの口が術を詠唱するときのように小さく素早く動いていたのを見逃さなかった。恐らく無意識にやっていることだろうと思うが、

(あの力は恐らく霊術のたぐい……)

 と頭で考えただけで声には出さず、眼鏡の位置を直して観察するようにセトルを見詰めた。

「セトル、ホンマによか……!?」

 またしてもしぐれの言葉が遮られた。いや、彼女は言葉を失ったのだ。その顔は怯えたようにブルブルと震えている。

「しぐれ?」

 彼女はセトルの後ろを指差した。セトルたちは振り返ると、同じように驚き震えた。

「な、何で……」

 そこにはアルヴァレスが立ち上がろうとしている光景があった。一番驚いているのはセトルだった。剣には確実に手応えがあったのだ。その証拠にアルヴァレスの腹部には大きな風穴が穿(うが)たれている。体は血まみれで、目は白目を剥いている。

 息をしている様子もなかった。

 死んでいる。なのに動いている。彼は完全に立ち上がると、取り憑かれたように歩き始めた。まるでゾンビだ。皆の顔から一気に血の気が引いた。サニーは恐ろしさに腰を抜かした。

「何や、何が起こってるんや!」

「蒼霊砲に憑かれている……あれを見てください」

 ウェスターに言われてアルヴァレスをよく見てみると、怪しげな黒い光の粒子が床、壁、天井から彼の死体に虫が群がるように集まっていた。

 襲ってくると思ったが、アルヴァレスはセトルたちに見向きもせずゆっくりと向こうの装置の方へと歩いていく。

「な、何をしてるんだ?」

 身構えていたアランが拍子抜けしたように言う。

「蒼霊砲を撃つ気だ」とセトル。「止めないと……たぶんもうエネルギーは溜まってるんだよ!」

 その時、もの凄いスピードの何かがセトルたちの横を通過した。それは矢だった。神速の矢はまっすぐにアルヴァレスへ向かっていき、後頭部に突き刺さった。すると、電撃のような青白い光がアルヴァレスを取り囲み、その動きを止めた。ゾンビ化したアルヴァレスに悲鳴や呻きはなく、ただもがいた。

「アイヴィ、エリメートコアを!」

「わかったわ!」

 そういうやりとりが聞こえたと思うと、槍をもった茶髪の女性がセトルたちの横を走り抜けた。

「何とか間に合ったな」

 その声に振り向くと弓を携えたスラッファと、

「ワースさん!」

 が剣を抜いた状態でそこにいた。ワースは一瞬だけセトルに微笑むと、真剣な表情になってアイヴィの方を見た。

 アイヴィはエリメートコアの前に立つと、両手で槍を頭上に持ち上げ、勢いをつけて水槽ごとエリメートコアに突き刺した。水槽の中の液体が漏れる。エリメートコアに罅が入っていき、最後には粉々に砕け散った。

 エリメートコアが砕けたのと同時に、アルヴァレスも崩れるように倒れた。その体から黒いものがブクブクと泡立ち、その煙のようなものがアルヴァレスの死体を包んだ。

「何あの黒いの……」

 腰が抜けてまだ立てないサニーが言う。

「あれが負の念だ」

 ワースが即答する。彼はそのままスラッファと共にその黒いものに近づいていく。反対側からアイヴィが近づく。三人は三角形の陣をとってそれを囲んだ。

「やるぞ、準備はいいか?」

「問題ない」

 スラッファが口元に笑みを浮かべる。ええ、とアイヴィも頷いた。ワースは二人を見、それから両手を二人の方に向けた。

 すると、彼の両手から同時に光線のような光が放たれる。アイヴィとスラッファはそれを受け取るようにし、光の三角形を作る。そしてそれぞれの頂点からアルヴァレスを包んでいる負の念に光が発射されたかと思うと、円を描いて光は合流し、その内側から凄まじい光柱が立ち昇った。

 負の念がみるみる消えていく。光が消えた時、そこにはアルヴァレスの姿もなかった。

「浄化完了だ」

「ワースさん、今のは?」

 驚いた様子でそれを見ていたセトルが訊く。

「負の念の浄化だ。これはオレたちにしかできない」

「それってどういう――!?」

 そう言いながらサニーは立ち上がろうとしたが、また腰をついてしまった。大きな揺れが起こったのだ。地震、と思ったが違うようだ。同時に何かが崩れていくような音も聞こえている。

「蒼霊砲が崩壊を始めたようですね」

「え!? 何で!?」

 冷静に分析したウェスターにサニーがびっくりしたように言う。

「エリメートコアを無理やり壊したからだろうな」

「ここも長くは持たないでしょうね」

 ワースやウェスターはなぜここまで冷静なのだろうか、セトルは不思議に思った。

「やべ、早く逃げようぜ!」

 アランが言い、セトルたちは頷いて昇降機の方へ急いだ。しかし、待て、とワースがそれを止める。

「そこから行っても間に合わない。これを使え!」

 ワースはセトルに何かを投げ渡した。見ると、星型にも見える小さな機械だった。その中心には精霊石が埋め込まれている。色からしてムーンストーンだろう。

「何なんや、これ?」としぐれが首を傾げる。

「アルヴァレスたちが使っていた携帯用転移装置だ。一度しか使えないが、一瞬でここから脱出できる」

 セトルはそれを物珍しそうに見詰め、どこで手に入れたんだろうか? と思った。だが、それよりもまず使い方がわからなかった。

「ちょっと貸してください」

 そう言ってきたウェスターにそれを渡すと、彼はすぐにわかったような顔をした。

「わかりました。では、発動させますよ」

 ウェスターが機械を操作すると、見覚えのある霊陣が彼を中心に広がった。しかし、それはワースたちがいる位置までは届かなかった。

「あなたたちも早く!」

 シャルンが彼らを呼ぶが、三人は動こうとしない。

「あーもう! 何してんのよ!」とサニーが地団太を踏む。

「ワースさん!?」

 セトルは叫んだが、ワースたちは三人とも首を横に振った。

「どうして……」

「僕たちの目的は」とスラッファが答えた。「負の念の浄化とエリメートコアの破壊。それと、スピリチュアキーの回収なんだ」

「まだキーは見つかってないの。あなたたちは先に脱出して!」

 アイヴィが続けて言った。

「そんなんどうでもええやん!」としぐれ。

「このままじゃワースさんたちが!」

 セトルは今にも泣きそうな顔をしていた。

「オレたちなら大丈夫だ。ウェスター、行ってくれ」

 ワースが頼むと、ウェスターは静かに頷いて彼らを見た。必ず生きて帰ってきてください、とその目が訴えている。

 陣が輝きを増す。セトルたちの姿が幻だったかのように消えていく。セトルは叫び続けた。その声を受け、ワースは優しく微笑んだ。

 それを最後にセトルたちの視界から彼らの姿は消えた――。


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