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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-07
62/119

061 決戦前夜

「皆さん!」

 ソルダイに着くとまずザインが迎えてくれた。地震の影響か、あちこちの建物が崩れている。

 入口にいた兵たちに聞いたところ、ワースたち独立特務騎士団と自由騎士団は同じ場所を拠点にしているらしい。ザイン邸である。そこがソルダイで一番広いところである。ワースも今はそこに居るらしい。

「お久しぶりです、ザインさん」

 セトルが丁寧にあいさつすると、ザインも同じようにあいさつを返す。

「今日はハドムさんと一緒じゃないんですね」

「ははは、いつも一緒というわけじゃない。今ハドムにはアスハラ平原に造っている前線基地の指揮をとってもらっている。それより、その子は?」

 ウェスターが連れているボロボロの少女を見てザインが問う。

「詳しいことは皆を集めてから話します。ワースたちのところまで案内してください」

 ザインは眉を顰めたが頷いて、こっちだ、と踵を返す。セトルたちは黙って彼についていった。

 ザイン邸はさほど地震の影響を受けていないようだった。その二階に作戦会議室のようなものが設置されている。ザインがノックをするとすぐに返事があった。ドアを開け、中に入る。

 中は大きなテーブルが一つと複数の椅子、小さめの黒板、そこに貼られたアスハラ平原の地図だけしか物は置いてなく、テーブルを囲んでワース、アイヴィ、スラッファ、ノックスが座っている。そして――

「おと……頭領!?」

 しぐれが上座の方に座っている漆黒の髪を旋毛の辺りで結った中年男性を見て驚いた。彼、アキナの頭領・げんくうはしぐれの顔を見て、フッとどこか優しげのある笑みを浮かべる。

「まあ、協力してもらっているのでここに居ても不思議ではありませんね」

 ウェスターが眼鏡の位置を直す。

「そういうことや。総力戦になるさかい、私も出んとあかんやろ?」

 げんくうはさっきとは違う笑みを浮かべた。そういえば、彼も忍び装束を着ている。

「久しぶりだな。精霊とは無事に契約できたみたいで安心したよ」

 一番奥に座っているワースが微笑む。彼とは火精霊契約前に会ったっきりだ。ずいぶん懐かしい感じがする。

「ワースさん……」

 懐かしさと同時にセトルは彼の顔を見てどこか安心感のようなものを覚えた。

「ん? まさか、ひさめか!?」

 ウェスターの後ろに隠れるように立っている少女を見つけてげんくうは目を瞠る。彼女は目を合わさないように視線を横にずらした。

 サンデルクで起こったことを話すとワースたちは顔を見合わせた。

「――なるほど」

「あらかじめ住民を避難させて正解だったというところかな」

 ノックスが笑みを浮かべる。

「あらかじめって……地震来るんがわかっとったん?」

 あまりにも迅速な行動にしぐれが驚く。いや、彼女だけではなくセトルたちも驚いた。もちろんウェスター以外だが。

「これから戦争と言ってもいい戦いが起こるのよ」とアイヴィ。「関係ない人たちは先に避難させておかないと。もっとも、避難を拒んだ人もいるみたいだけど……」

 セトルはサンデルクの道で事切れていた人たちを思い出した。げんくうがセトルたちを見る。

「はくまがサンデルクの、ひせつがここソルダイの人をそれぞれ首都とアクエリスに避難させた。もうすぐ戻ってくるはずや。それよりも――」

 げんくうは立ち上がり、ひさめの縛ってある手をとった。

「こいつは私が別の部屋で尋問するんでええか?」

「それはいいけど。ウェスターたちも戻ったし、これから作戦会議をするべきでは?」

 そう尋ねたスラッファにげんくうはひさめを掴んだまま振り向いて口元に笑みを浮かべた。

「それなら大丈夫や。それはうちのしぐれにしてもらう。それに、こいつの尋問次第で作戦が変わるかもしれへんやろ?」

 それもそうか、とスラッファは得心する。げんくうはドアの前まで行くと、一度こちらを振り返り、しぐれを見た。

「しぐれ、お前はアキナの代表や。しっかりやれよ!」

 と言って彼はしぐれが大きく頷いたのを認めると、ひさめを連れて出て行った。ひさめは表情こそ読めないが、嫌そうな感じだった。尋問が、ではなく、げんくうと話すことにだ。

 そしてワースが席に着くように促し、セトルたちはそれぞれ空いている席に座る。

「さっそくだが、現在の状況を説明する。アイヴィ、頼む」

 ワースに言われアイヴィは頷いて席を立つと、黒板の前まで行き、地図の中心よりやや右上辺りのところにバツ印をつけた。

 ワースはテーブルに肘をついて掌を顔の前で組み合わせる。

「蒼霊砲はだいたいあの位置にある。そしてオレたちの拠点があるところは三箇所」

「ここと、ここと、ここよ」

 とアイヴィが同じように印をつける。蒼霊砲から見て東西南にそれぞれ一個所ずつある。しかし――

「あの! ちょっと離れすぎじゃないの?」

 サニーが挙手して訊く。ワースがそれに答えようとすると、ノックスが説明を横取りした。

「フフ、夜襲をかけるためだよ、サニー君。あれだけ離れていれば敵に見つかることもないし、地形的にも最高の位置だと思わないかい?」

 そう言われても地図上ではどんな地形になっているのかよくわからない。だけど、ワースやザインたちが認めているのならそうなのだろう。

「まあ、なんたってこのボクが厳選した場所だからね♪」

 フフフ、とおかしな笑いを始めたノックスに少し不安を感じながらも、皆は話の続きを聞くためにワースを向いた。

「今、首都から増援が来ている。彼らが到着しだいオレたちも移動しようと思う。詳しい作戦は彼女の尋問が終わった後、向こうに着いてからする。蒼霊砲の一発目を撃つには少なくとも二日のエネルギー充電が必要だ。それまでにけりをつけよう」

 そう言ってワースが微笑むと、セトルにはなぜかなんとかなりそうな感じがした。

「ちょっといいかい?」

 ノックスが小さく手を挙げる。

「今の話とは関係ないけど、アルヴァレスが城から盗んだ物は純度が高い精霊石各種と、精神隷属器(サヴィトゥード)、それと《スピリチュアキー》だけだよね?」

「そうですが、それがどうかしたのですか?」

 ウェスターが答えると、ノックスは真顔になる。

「封印を解くためのスピリチュアキーはいいとして、蒼霊砲を起動するには他にも《エリメートコア》という物が必要なんだ。もしアルヴァレスがそれを持っていなかったら、蒼霊砲は起動しない。それに、いくらスピリチュアキーがあっても、最後の封印は彼らには解けないはず」

 どういうことですか? とセトルが訊くと、ワースが答えた。

「蒼霊砲を二度と復活させないために、最後の封印だけアルヴィディアンやノルティアンには解けないようにしてある。もちろん、オレたちも解くことはできない」

 セトルはワースたちのサファイアブルーの瞳を見た。シャルンが暗い顔をする。

「もしかして、ハーフなら解けるんじゃない?」

 その言葉にセトルたちはハッとした。そうなるとヴァルケンでサヴィトゥードを使われた時、四鋭刃がまずシャルンを狙ったことも頷ける。ただの実験ではなかったということだ。

「そうなるだろうな」

 ワースは確信を持っているようにそう言った。

「まあ、その辺りのことも彼女に詳しく訊いてみるとしよう」

 恐らくアルヴァレスはエリメートコアを持っているだろう。あのアルヴァレスが肝心なところでそんなミスをするとはとても思えない。

 ワースが席を立つ。

「じゃあ、とりあえず一旦解散しよう」


        ✝ ✝ ✝


 ――深夜。

 セトルは一人、邸の庭にあるベンチに腰かけていた。辺りは静まり返っていて、そのしんとした響きが耳の奥で反響している。

 サニーたちはもう眠っているだろう。彼女たちの部屋の明かりは消えている。

 夜の冷たい風が肌を撫でる。曇った夜空に星は見えない。それでもここにいると決戦前の緊張が和らぐのを感じる。

「眠れないのか?」

 その声に振り向くと、銀髪の青年が静けさの中に足音を響かせて歩いてきた。

「……ワースさん」

 微笑んでいる彼の顔を見てセトルはなぜか安堵した。

「たぶん作戦実行は明日の夜になる。休めるときに休んでいた方がいいぞ?」

「そうですね」

 セトルは曖昧に頷く。

「でも、もう少しだけここにいます」

 そうか、とワースは柔らかい笑みを浮かべ、セトルの隣に座った。そしてふと気づいたように、

「二人で話すのは初めてだったかな?」

 と言う。その横顔は優しくてとても温かかった。でも、初めてという気はしない。

「ワースさん、一つ訊いてもいいですか?」

「何だ?」

「ワースさんはどうして軍に?」

 するとワースは、そうだな、と言って星のない空を見上げ、目を閉じた。

「まあ、あえて言うなら、世界を見るため……ってところか」

「世界を?」

 セトルは首を傾げる。

「ああ、そしてその世界を今回のアルヴァレスのようにどうこうしようとする奴から守る。独立特務騎士団はそのためにオレが作った組織なんだ。正規軍と少し似てるかもしれないがな」

 へぇ、とセトルは感心し、自分の銀髪の頭を掻いた。

「あれ? ワースさんが作ったってことは、前はなかったってことですよね?」

「そういうことだな」

 それから二人は黙ってしまった。セトルが次に何を話そうか考え始めたころ、フフフ、とワースが微笑した。セトルは訝しげな顔をしてどうかしたのか訊ねた。

「ああ、いや、『ワースさん』か。――初めて言われた時、正直驚いた。それに失望に似たものも感じていたかな。昔はそんな風に呼ばれてなかったから」

 昔を思い出すようにワースは答えた。この時、彼は本当に自分の過去を知っているんだなとセトルは改めて思った。そして訊くべきじゃないかも、と思いながらも言ってみた。

「昔の……昔の僕はどんな風に呼んでたんですか?」

 ワースはしばらく黙り、セトルは内心オドオドしていた。やがてセトルがうなだれる。

「そうですよね。自分で思い出さないと意味がない……ですよね」

 すると、ワースは微笑んでセトルの頭を撫でた。

「ははは、あの時は確かにそう言ったが、本当は教えてもよかったんだ。ただ、教えてしまうと自分たちの戦いに巻き込んでしまう。オレはそれが嫌だった。君が記憶喪失でよかったと思ったこともある。でも結局教えなかったことに意味はなかったのかもしれない。君はこうしてオレたちと一緒に戦うことになったんだから……」

 彼は撫でるのをやめ、少し悲しい目をしてそう言った。でも、とセトルは顔を上げて彼を真っすぐに見る。

「記憶が戻ったら来るようにって言ったのは、やっぱり、一緒にいたかったんじゃないですか? たぶんですけど、ワースさんは僕の――」

 セトルは最後まで言えなかった。そのあとを言おうとした途端、激しい頭痛に襲われたのだ。頭蓋の中で神経が軋み、悲鳴を上げている。意識が、思いだそうとしていたところから遠ざかっていく。

 頭を抱え、セトルは悲鳴を上げた。もう何が何だかわからなくなった。このまま今までの記憶も失ってしまうかもしれない。

 その時、ワースの手がセトルの頭に触れた。その手がぼんやりと輝く。その光に見覚えがあった。何度かセトルが起こしたあの優しい光に似ている。

 痛みが引いていく。だいぶ落ち着いてきた。

「ワースさん、僕は……」

「どうやら、まだ言ってはいけないようだな」

 ワースは小さく息をつく。

「この戦いが終われば全てを話そう。その覚悟ができた時、一人でオレのところに来るといい」

 言うとワースは立ち上がる。そして邸の方へと歩き、途中で振り返った。

「無理に思いださないことだ。明日からの戦いに支障がでるかもしれない。今日はもう休むといい」

 そのままワースの姿は邸へと消えた。セトルは彼が見えなくなるまで、彼の後姿を見詰めていた。


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