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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-01
6/119

005 冤罪

「セトル居るかー!」

 早朝、まだ日も昇っていない時、マーズ邸の前から聞こえた近所迷惑の大声でセトルは目を覚ました。聞き覚えのある声だ。それにただ事ではない様子。

 セトルは飛び起き、剣だけは持つと、声のする方へと向かった。そこにいたのは――

「ニクソン!」

 だった。彼は慌てた様子でぜーぜーと息を切らしている。

「どうしたんだよ? そんなに慌てて……」

 ニクソンの頬を汗がなぞる。彼は一息つくと、真剣な目つきでセトルを見る。

「サニーが、サニーが攫われた!」

「な!?」

 セトルは驚愕した。いつのまにかミセルたちも来ていたが、同じように驚いていた。

「実は、昨日の夕方……」

 少し落ち着き、ニクソンは語り始める。


        ✝ ✝ ✝


 約半日前。

 アスカリアの広場、サニーはそこのベンチに座り、手に持った何かを見詰めていた。どこか機嫌が良さそうに見える。

「ねぇサニー、それどうしたの?」

 フリルの多くついた服を着、下した茶髪の髪に花びらを模した髪飾りをしたアルヴィディアンの少女が、サニーに近寄り、彼女が持っている青くキラキラした物を差してそう訊いた。

「この石? これはね、さっき村外れの河原で拾ったのよ。どお、綺麗でしょ?」

 サニーは自慢げにそう言うと、そのスカイブルーの緑柱石の欠片を夕日の光に翳した。

「まだ探せばあるかな?」

「どうかなぁ、探せば見つかるかもしれないけど、まさかカノーネ、今から行く気?」

 日が沈み、暗くなるまでもうそんなに時間は無い。暗くなったら見つかるものも見つからないだろう。まして石があった河原は村の外、魔物が出るかもしれない。

「そうだね。明日行ってみるよ。サニー、案内してくれる?」

 少女――カノーネが言うと、サニーは、いいわよ、と言って微笑んだ。その時――

「いました! あいつです!」

 と言う声がし、村の入り口から全身鎧を纏った兵士のような人々が広場へと入り、サニーとカノーネを取り囲んだ。

 二人はぎょっとし、その兵士たちを見回す。

 すると、兵士たちは道を開ける。だがそれはサニーたちが通るためのものではない。そこを歩いてきたのは、流れるような金色の髪をした、やはり全身鎧を纏ったアルヴィディアンの若い男性だった。

 次々と敬礼が送られる。一目見てもわかるが、どうやらかなり高い位の者だ。高貴さがにじみ出ているようだ。

「赤毛のポニーテール、ノルティアンの少女、それにあの手に持っているのはアクアマリンか……間違いないな」

 男はサニーを観察するように見ながら呟いた。そして僅かに息を吸うと、彼女を指差し、大声で宣言する。

「盗賊『エリエンタール』、王城からその精霊石アクアマリン古の霊導機アーティファクトを盗んだ罪により逮捕する!」

「な、ちょっと待ってよ!何であたしが逮捕されなきゃいけないのよ! 一体何なのよあんたたちは!」

 わけがわからない。そんなこと身に覚えがない。当たり前だ、サニーは王城どころか首都にすら行ったことがないのだから。

「惚けるな!」しかし男は一喝する。「我はシルティスラント王国正規軍が将軍、ウルド・ミュラリーク! ――貴様は我が城で盗みを働いた悪党だ。逮捕されて当然だろう?」

 カノーネがサニーの前に出る。足が震えている。

「さ、サニーはそんなことし、してないわ……」

 声も怯えたように震えている。

「君は黙っていなさい!」

 ウルドと名乗った男に怒鳴られ、カノーネは、ひぃ、と短い悲鳴を上げる。

「容姿も目撃情報に一致するし、何よりその精霊石アクアマリンが確たる証拠。古の霊導機アーティファクトの方は持ってないようだが、まあいい、どうせどこかに隠しているのだろう」

 ウルドは後ろを向き、何らかの指示を出す。すると、数人の兵士が広場から出て行った。古の霊導機アーティファクトを探すためだろう。

 これは拾った物よ、とサニーは言うが、ウルドは無視して続けた。

「この辺りになかったとしても、首都に連行し吐かせるまで。捕えろ!」

 彼は残った兵士たちに合図を下す。その時――

「ちょっと待てー!」

 そう叫ぶ声が聞こえ、振り向くとそこにはアランとニクソン、それにケアリーがいた。

「ケアリーおばさん……」

 サニーはホッとしたように呟いた。ケアリーが、手で兵士たちを制したウルドの前に進み出る。

「わたしはこの村の村長のケアリーという者です。正規軍の将軍とお見受けしますが、サニーが何かしたのですか?」

 アランとニクソンがサニーたちを庇うようにその前に立つ。

 一通りのことを聞くと、ケアリーは腰に手を当てて笑った。

「ハッハッハ、この子はそんなことしてませんよ!」

「ほう、だったらその少女がフリックの月32の日にどこにいて、何をしていたかわかりますか?」

「ああ、その日は確か……」

 ケアリーの表情が曇る。次の言葉が出てこない。

「どうなのだ?」

 ウルドはさらに詰め寄る。

 それを見て、アランがサニーの耳元で兵士たちには聞こえないように小声で言う。

『おい、サニー、ルードさんたちは?』

『アクエリスに行ってていないわ。』

 サニーも小声で言う。するとアランは、チッと舌打ちをする。

『お前はあの日何をしてたのか覚えてないのか?』

 うん、とサニーは悲しげに頷いた。するとアランは、今度はニクソンに小声で言った。

『ニクソン、今からインティルケープに居るセトルを連れてきてくれ。あいつなら何か知ってるかもしれない』

 わかった、と言って頷き、ニクソンは走りだした。幸い、兵士たちの中にそれを追おうとする者はいなかった。


        ✝ ✝ ✝


「じゃあ、サニーはまだ村に居るの?」

 ニクソンの話を聞くかぎり、彼が村を出た時にはまだサニーは攫われて――いや、連行されていない。でも、今から戻ったところで間に合うかどうか……。

「ああ、ケアリーさんたちが抗議してくれてはいるが、あの様子じゃたぶん時間稼ぎくらいにしかならねぇ……」

 ニクソンはうなだれ、そしてセトルの両肩に手を押し当てるように置いた。

「セトル、お前、サニーがフリックの月32の日にどこに居たかわかるか?」

「え~と……」セトルは記憶を探り、そして思い出したように口を開いた。「32の日だよね? 確かその時はインティルケープに居たはず、僕も一緒に行ってたから間違いないよ。」

 なぜセトルが覚えているのか? 記憶を失くした彼はできるだけ毎日のことを忘れないようにしているからだ。特に忘れたくない思い出は日記にもしっかりと書いてある。

 それを聞くとニクソンは安心したように顔の緊張を解いた。

「それなら十分だ! そこに馬を繋いでるから、今すぐ村に戻るぞ!」

「うん、わかった!」

 セトルは頷いた。そしてマーズとミセルを振り向くと深々と頭を下げた。

「それではマーズさん、お世話になりました」

「気をつけてね、セトル君」

 とミセル。

「またみんなで遊びにきなさい」

 マーズはそう言ってセトルの荷物を渡す。それを受け取り、彼は、はい、と答え、そのまま邸をあとにした。


        ✝ ✝ ✝


 イセ山道をニクソンが知っている近道を使ってセトルたちは一気に駆け抜けた。村へ着いた時には昼過ぎだったが、サニーは大丈夫だろうか? セトルは道中そのことばかり心配していた。

 結果は――最悪だった。

 それは集会場にいたケアリーたちの表情と、

「遅えよ……」

 というアランの一言からわかった。

 そのアランはなぜか腹を手で押さえている。

「……サニーは?」

 それでも、セトルは訊いてみた。答えはわかっているけど……訊いてみた。

「さっき連れて行かれちまったよ。重要参考人とか何とかで……。くそっ!」

 アランは地面を思いっ切り殴った。自分にもっと力があれば、と言うように。でも、力があろうが無かろうが、これは仕方ないことだ。

「さっきってことは」とニクソン。「イセ山道で行き違ったのか。近道使ったのはまずかったな……」

 するとセトルは踵を返した。

「ニクソン、さっきの馬借りるよ!」

「いいけど、どうするつもりだ?」

「サニーを連れ戻しに行く。まだ間に合うかもしれない」

 振り返らずセトルはそう言うと、馬を繋いでいる方に歩き始めた。

「おい、待てよ!」

 アランが呼び止めると、セトルは立ち止った。だが諦めたわけではないようだ。そのまま振り返らずに、

「止めても無駄だよ。僕は……決めたんだ!」

 と言う。だが――

「違う! 俺も一緒に行く」

「え!?」

 今度は振り向いた。止めると思っていたアランが予想外のことを言ってきたからだ。

「でも……」

 セトルは戸惑ったが、アランの決意が堅いことを悟り、わかった、と言って頷いた。

「セトルちゃん、相手は軍隊よ、行くなとは言わないけど……無理はしないで!」

 心配そうなケアリー。

「奴らはたぶんインティルケープに船を泊めているはずだ。二人とも気をつけろよ。オレがついて行っても足手まといにしかならないだろうから、ここで待ってるよ……無事に帰ってこい」

 とニクソン。カノーネも、がんばって、と祈るように掌を胸の前で組んだ。

「ありがとう、みんな……行ってきます」

 セトルは皆に微笑み、アランと共に村を出た。彼女を、サニーを連れ戻すために――。

 今回は特にヒデー回だった……;;

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