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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-07
58/119

057 闇を誘う深淵の地

 闇。一点の光もない完全な暗黒の世界。

 ここはまさにそれである。この洞窟に入るまではそれなりに明るかったのだが、洞窟内は闇霊素(ダークスピリクル)が非常に濃く、光霊素(ライトスピリクル)はないにも等しいくらい薄いため真っ暗で何も見えない。ブライトドールを使う前にサニーが光球(ライトボール)を試してみるが発動しない。むきになって何度も挑戦するが、やはりできない。どうやらこのままでは光霊術は全く使えないようだ。

「ね、ねぇ、早くブライトドール使ってよ」

 どこか怯えているような声でサニーが催促する。たぶんそれを聞いたウェスターはからかうような笑みを浮かべただろう。

「おや? 怖いのですか?」

 その証拠か、明らかにからかっている口調だった。

「……うん、少し」

「あれ? サニーにしては素直やな?」

 暗くてわからないが、しぐれは恐らく首を傾げたのだろう。セトルもそれは不思議だった。いつもならこういうときは無理に強がって見せるのだが……。

「暗い洞窟か……ちょっと昔にいろいろとあったんだ。いじるのはその辺にしといてやれよ」

 アランが彼女を庇う。昔にいろいろとは言ったが、セトルは知らない。だからそれはセトルがアスカリアへ来るもっと前のことなのだろう。何があったのか訊こうとしたが、サニーにとって嫌な思い出のようなのでやめることにした。

「では、ブライトドールを起動します」

 ウェスターがごそごそと何かの操作をすると、ブライトドールがポウっと輝き、洞窟全体がゆっくりと明るくなっていく。

 ウェスターはサニーに光球(ライトボール)を出すように言う。彼女は言われるままに試してみた。すると、少し弱いがちゃんと発動した。(ライト)霊素(スピリクル)が増えたということなのか?

 洞窟を進みながらウェスターに簡単な説明をしてもらうと、ブライトドールには光の精霊石ムーンストーンが使われていることはわかった。残りの原理とかそういうのはわからないままだが、別に知らなくても問題はない。

 洞窟は下へ下へと続いている。そろそろ海の底を越えたかなと思ったとき、急に視界が広がった。奥行きは広く、天井はブライトドールの効果が届かないほど高い空間があった。そしてそこに全体的に暗い色をした神殿のような建物が建っており、中に入るとすぐに祭壇があった。

 近づくと、地面から湧き出るように漆黒の輝きが現れる。たちまちそれは姿を変え、人が認識できる形になる。床の影が立体的に伸び、かろうじて人の形をしている鎧を纏った黒いスライムのような姿。これが闇精霊『オスクリダー』なのだろう。

 統括精霊というから、センテュリオのように威厳を感じる姿かと思えば、そうでもなかった。

「…………」

 オスクリダーは何も言わないままこちらをダークブルーの尖った目で見据えている。ウェスターが一歩出るのを待っているようだ。

「闇精霊、オスクリダーですね。私はあなたと契約を望む者です」

 ウェスターのその手には既に槍が構築されてある。オスクリダーは体をうねうねと揺らしながら間を置いて、

「……タタカエ」

 と呟くような低い声で言った。セトルたちが一斉に武器を取る。

 先手必勝でセトルは右から、アランは左から走り、オスクリダーを挟み撃ちにする。セトルは大上段から剣を振り下ろし、アランは掬い上げるように長斧を振るう。二人の刃はオスクリダーを捉え、首と胴体を斬り落とした。――と思いきや、オスクリダーは影に潜るようにしてそれを躱し、二人から離れた場所に出現する。

「――オチヨ」

 その瞬間、二人の頭上に黒い塊が現れる。シャルンと同じ術、《ダークフォール》だ! しかし彼女のよりも大きく、そして速い。二人は咄嗟に横に跳んでそれを躱した。

「――炸裂する霊素よ、エナジーショット!!」

 ウェスターが叫ぶ。オスクリダーの胸部付近に霊素の塊が飛び、破裂する。

 オスクリダーが怯んだところにシャルンとしぐれが飛び込む。まずしぐれが居合切りの要領でオスクリダーの腹部を斬り裂き、闇霊素(ダークスピリクル)を散らす。そこにシャルンが間髪入れずトンファーを力強く打ち込む。だがオスクリダーは腕の籠手のような部分でそれを受け止め、指をシャルンに向けてビュンと伸ばす。針のように尖ったそれはシャルンの顔を貫いた。――ように見えたが、実際はシャルンがうまく躱して頬を掠めただけだった。頬から血が流れでる。

 オスクリダーは再び影に潜った。黒い円が床を凄まじいスピードで移動する。あれに攻撃したところで恐らく意味はない。気配を感じないので目で追うしかない。円はウェスターの前で止まり、飛び出しざまにオスクリダーは尖った指で連続した突きを放つ。ウェスターも槍で応戦するが、全てを防ぐことはできず、何度か突きをもろに受けてしまった。小さい風穴が体に数か所開いた感じがした。だが大丈夫、貫通はしてないし急所も外している。すぐにサニーの治癒術がかかった。その間ザンフィがオスクリダーの体を駆け回り、その鋭い爪で引っ掻き回す。微量ながらも闇霊素(ダークスピリクル)が散る。

「くらいな、絶風閃(ぜっぷうせん)!!」

 ザンフィが飛び降り、入れ替わるようにアランの長斧が風を斬りながら唸りを上げる。オスクリダーは影に逃げようとするが間に合わず、一閃され、直後の豪風で仰け反る。そこに隙が生まれた。

 すかさずセトルが頭を狙って剣を振り下ろす。だが、オスクリダーの体が歪んだように変形し、セトルの剣は空を斬っただけだった。バランスが崩れた所にオスクリダーの指が迫る。間一髪でアランがそれを弾いた。彼がそうしなかったら間違いなく串刺しになっていただろう。

 オスクリダーは一旦影に消え、セトルたちから距離をとった。すぐに上級霊術がくるのがわかった。闇の陣が二人を中心に広がる。

 次の瞬間、陣から飛び出した複数の血塗られたような禍々しい剣が二人に襲いかかる。闇の上級霊術ブラッディソードである。二人に避ける暇などなかった。魔剣は容赦なく雨のように降り注ぐ。

「荒れ狂う風よ、怒りに身を任せ、彼の地へと集え――」

 二人の身を案ずる前に、ウェスターの詠唱が響く。

「――ヴィントフォーゼ!!」

 直後、凄まじい風がオスクリダーを取り囲む。巻き上がるように吹き荒ぶ風は裂刃にもなり、オスクリダーの体を切り刻む。

 セトルたちを襲っていた魔槍が消えた。二人は――何とか生きている。魔槍を受けて血を流しているが、二人を包む光の結界が彼らを救ったのだろう。サニーが咄嗟にマジックバリアーを唱えたのが正解だった。

 巻き上がる嵐風の中でオスクリダーは遂に闇霊素(ダークスピリクル)となって飛散した。

 サニーが続いてナースを唱え、皆の傷を癒す。

 祭壇の前に集まると、再びオスクリダーがその姿を現した。

「……ケイヤクノギヲ」

 いつも通りの儀式を行い、いつも通り指輪が残った。闇の精霊石――《オブシディアン》である。統括精霊とはいえ、やることが全く変わらなかったのでセトルは少し拍子抜けした。

「では、戻りま――!?」

 ウェスターが振り向いた途端、洞窟内が大きく揺れた。

 また地震だ!

 それも前のより大きい。セトルたちは思わず倒れるように床に手をついてしまった。

 揺れが次第に収まる。

「またや! 一体どうなってんねん?」

 床に座り込んだまましぐれが叫ぶように言う。

「これは……封印が解け始めているのかもしれません。心配です。早く外に出ましょう!」

 幸い洞窟は崩れてなく、セトルたちは一気に外へと飛び出した。

「ウェスター、封印が解け始めているのとあの地震がどう関係があるの?」

 外に出て一安心したところでシャルンが訊ねる。

「あなたは知らないでしょうが、私たちはシルシド鉄山で封印を解いているひさめを見ました。そしてその後しばらく経ってマインタウンを震源に不自然な地震が起こったそうです。この前の地震に疑問を感じたので部下に調べさせていました。結果、そういった地震はここ半年で、ビフレスト地方で二回、中央大陸(セントラル)で三回、ムスペイル地方で一回、ニブルヘイム地方で一回、そしてこのアースガルズ地方では今のを含めて三回確認されています。どう考えても蒼霊砲の封印が関わっているとしか思えません」

 ビフレスト地方でも起こったと聞いてセトルたち三人は村のことが心配になった。あの四鋭刃たちと対峙したあとで起こったのなら皆の安否が気になる。すぐにでも様子を見に行きたいが、そんな時間はなさそうだ。

「封印が解かれた後に地震が起こる……やっぱ関係あるんやないの?」

 しぐれは頭を押さえて考えるようにするが、こればっかり考えていても仕方ない。

「そういや最近、敵さんの妨害がないな」

 アランが腕を組み、深刻な顔をする。言われてみると、アスハラ平原でアルヴァレスと対峙したのを最後に敵の干渉が全くない。何かを企んでいるか、既に自分たちなどどうでもいい存在なのか。もしかするとこれは嵐の前の静けさなのかもしれない。

「あたしたちがセイルクラフトで移動しているから追いつけないんじゃない」

 サニーの言う通りかもしれないが、アスハラ平原でアルヴァレスが見せたように、向こうは空間転移ができる。やろうと思えば先回りなんて簡単だろう。

「それも心配ですが、今は置いておきましょう。妨害があろうがなかろうが、私たちのやることは変わりません」

 ウェスターが眼鏡の位置を直す。セトルが頷く。

「そうですね。僕たちはまだセンテュリオと契約をしないといけない。向こうが邪魔しないのなら、その間に契約を済ましてしまおうよ」

 皆は頷き合い、まだ余震が続いている中、セトルたちは飛び立った。

 次に向かう場所は『天高く聳えし原初の古塔』である。

 まだどこにあるか半明してないが、そこで光精霊センテュリオが待っている――。


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