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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-07
54/119

053 王立図書館

 時刻は昼――。

 王立図書館と言うだけあって華美な建物を予想していたが、実際に入ってみるとそうでもなかった。少し古びた木製の建物で歴史を感じる。中は当たり前だが静かで、数人の学士たちが調べ物をしている。

 天井まで届く高さの本棚が部屋を囲み、そこにびっしりと本が詰められている。二階・三階も同じ様になっていて、星の数ほどあるんじゃないかと思われるそれは語り部の家の比ではなかった。

「これならきっと見つかりますね!」

 とやる気を出しているセトルもいれば、

「うえ~、頭が壊れちゃいそう……」

 とだらしなく面倒そうにそう言うサニーもいる。

「とにかく、手あたり次第探そうぜ!」

 アランの言葉を号令にし、皆は手分けして探すことにした。アランはシャルンと一階を捜索し、セトルが二階を調べているとサニーとしぐれが加わって一緒に調べることになり、ウェスターが一人で三階の書物に目を通している。

 中には古代語で書かれている本も多かった。古代語はムスペイル言語とエスレーラ言語とがある。霊術士は基本エスレーラ言語を学ぶ。その古代語は必須科目なのだ。ムスペイル言語を学ばないのは、こちらの方が簡単だからなのと、それが霊導学向きだということが理由らしい。これは古代ノルティアが霊術に、アルヴィディアが霊導技術にたけていたことを現している。

 精霊に関しての記述はエスレーラ言語で書かれているものだと思われた。まだ新しい現代語――と言っても数百年、数千年の歴史はあるが――で書かれているものには恐らく載っていない。見る本を特定していかないと日が暮れるだけでは済まないだろう。

 霊術が使えるサニーとシャルンはエスレーラ言語を理解している。しかし二人とも基本だけなので、読み解くのは困難に思われた。セトルたち読めない組がエスレーラ言語の本を探し出し、机に向かいあって必死に解読を試みる彼女たちの横に積み上げる。

 日が暮れてしまった。

 閉館まであと一・二時間といったところか。セトルたちは一度一階に集まった。

「あったか?」

 そう尋ねるということは、アランたちは見つかってないということだ。セトルたちの表情から二階もどうだったのかわかる。

「ていうか全然進んでない気がするんだけど……」

 サニーが読んでいたところにはまだ本が山積みになっている。読み解いた本などほんの数冊でしかない。しかもその全てが何の関係もないものばかりだった。

「こっちも似たようなもんだ。ところでウェスターは?」

「まだ上で調べてるんとちゃう?」

「あ、下りてきたよ!」

 図書館の中心にある螺旋階段をウェスターは一歩一歩下っている。それを見つけたセトルは、どうでしたか、と訊くが、彼は首を横に振った。

「ダメですね。三階のエスレーラ言語で書かれた書物は全て目を通し終えましたが、闇精霊に関する物はありませんでした」

「全部!? 速っ!」

 サニーが驚きの声を上げる。流石ウェスターと言ったところか。彼は恐らくムスペイル言語の方も完全に理解しているのだろう。

「どうやらそちらも見つからなかったようですね。もっとも、書物がまだ積み重なっているところを見ると、調べ終わってはいないようですが」

 仕方ないことだ。大学にでも行ってなくては読むのは難しいものばかりだったのだから。

「まだ時間があるからもう少し調べてみるわ!」

「無理しなくてもいいよ、サニー。また明日出直そうよ」

 セトルがまた二階に上がろうとしたサニーの手を掴む。

「ここで帰ったら負けなのよ!」

 彼女は不満そうな顔で振り向く。最初は大量の本を見てやる気が失せていた彼女だが、いつの間にか負けず嫌いのスキルが発動していたみたいだ。一分一秒を争うことではあるが、無理をして体を壊してたんじゃ意味がない。それを言っても、彼女はまだ渋っていた。その時――

「フフフ、困っているようだねぇ」

 図書館の静けさを破るような声が今は自分たちしかいない一階に響き渡った。

「誰や! ……げ、あんたは」

 振り向いて叫んだしぐれはあからさまに嫌な顔をする。

「ノックスさん!?」

 セトルは目を瞬いた。外の暗がりから入ってきたのは、確かにティンバルクに置いてきた彼だった。時間的に来ることは可能だが、ティンバルクに滞在するように言ったのはやはり無駄だったのだろうか?

 前髪を払う仕草がいつも通りキザっぽい。すると、彼の後ろからアイヴィと、彼女を護衛するように独立特務騎士団の兵士が二人、続いて入ってきた。

「アイヴィさん、何で!?」

「わたしが彼を連れてきたの」

 アイヴィはセトルを見て微笑む。

「この前ウェスターに頼まれたのよ。ティンバルクに居るノックス・マテリオという語り部は役に立つのでサンデルクに招き、正式に彼の協力を得てもらいたい。わたしの蒼い目とセトルくんの名前を出せば簡単についてくるはず、ってね」

「それでよく見つけられましたね。名前しかわかってないのに……」

「一番騒がしいところの中心人物がそうだとも言われたわ」

「ああ……」

 セトルたちは呆れたように納得した。確かにそれは一番わかりやすい特徴だろうと思った。そして、彼にも尋ねてみるというウェスターの不可解な言葉の意味がわかった。ここに来れば会えるということだ。最初に独立特務騎士団の施設に行った時はまだ居なかったから今日、それもついさっき到着したのだろう。

「ここで調べ物をしてるってことは、グラニソとは契約できたみたいだね。ボクがいなかったから苦戦したんじゃない?」

 ノックスのそれは、連れて行かなかったことをまだ根に持っているような言い方だった。ウェスターがそんな言い方など気にも留めずに言う。

「ええ、ですが、次の闇精霊の居場所がわからないことには動きようがありません」

 さらっとさりげなくキーワードを出す。直接訊くよりはいい方法かもしれない。

「なるほどぉ、ここを調べたら見つかるかもしれないけど、一朝一夕じゃボクくらいじゃないとできないね。まあ、君たちが見つけられないのも無理ないよ」

「変態ナルシスト……」

 しぐれがぽつりと呟いた。

「そちらさんは俺たちを冷やかしに来たのか?」

 アランが鋭い目で彼を睨む。

「まさか、半分はそうだけど、もう半分はまじめな話。これを君たちに渡そうと思ってね」

 そう言って彼は自分の手提げカバンから一冊の本を取り出した。ちらっと見えたが、カバンの中には本がぎっしりと詰まっている。その本をウェスターに渡す。表題のない簡素なものだった。

 ウェスターはペラペラとページを捲っていく。エスレーラ言語で書かれていた。

「この前はああ言ったけど、実は統括精霊以上の精霊たちの正確な居場所はわかってなかったりするんだよ。そこにそれらしきことが書いてあるから、あとは君たちで勝手に調べていいよ」

 彼が言い終わるとウェスターはパタンと本を閉じた。

「ありがとうございます。おかげでわかりましたよ」

「え? もうわかっちゃったの? マジ!?」

 ノックスは驚き慌てる。その表情からどうやら古代語に困る自分たちを見て楽しもうという魂胆が読み取れた。

「それで何て書かれてあったの?」

 サニーが訊く。するとウェスターは本を彼女に渡した。しおりが挟んである。そのページを開き、彼女は目を丸くした。

「何これ……全然読めない」

 この図書館にあった本なら頑張れば解読できる彼女だが、ノックスの持ってきた本には今まで見たこともないようなエスレーラ言語の文字や文法が使われていた。見てると頭の中がぐるぐるしてくる。彼女は魂が抜けたように口を開けて固まっている。

「仕方ないですね、サニー。やれやれ、結局私が説明しなくてはいけないのですか」

 面倒そうにウェスターは嘆息する。向こうでノックスが楽しんでいるようにニコニコと笑っている。

「確かにそこには正確なことは書かれていませんでした。ですが、センテュリオの示した言葉と合わせると答えは出ます。結論だけ言いますね。まず、『星の陰』とはこのシルティスラントの裏側と呼ばれる場所。サンデルクから見て南東にずっと行ったところがそうです。私は行ったことはありませんが、そこには島が一つだけあるそうです。『闇を誘う深淵の地』はそこにある谷か洞窟かといったところだと思います。しかし、場所はわかってもすぐに行けるというわけではないようです」

 皆が首を傾げる。代表してしぐれが訊く。

「何でなん? 場所がわかってるんならすぐに行ってもええやん」

「闇の精霊ですよ? 周りに少しでも光霊素(ライトスピリクル)があると思いますか? 真っ暗で何も見えないでしょう?」

「それだと困りますね。何も見えないんじゃ精霊との契約どころじゃないし……光霊素(ライトスピリクル)がないんじゃ、サニーの光球(ライトボール)も使えないだろうし」

 セトルは考えた。恐らく真の闇は普通の光など通さず、目が慣れるということもない。運よく精霊のところまで辿り着いたとしても、契約が失敗することはこれまでのことでわかる。しかも統括精霊。暗闇で勝てる相手ではない。

 ウェスターが口元に笑みを浮かべて眼鏡を押さえる。

「そこで必要になってくるのが――」

「――《ブライトドール》と言われる古の霊導機(アーティファクト)さ」

 黙っていることに堪えられなくなったのか、おいしいところを持っていきたくて狙っていたのか、ノックスがウェスターの言葉を遮るように言った。当然ウェスターはムッとして彼を睨んでいるかと思いきや、やれやれと肩を竦めているだけだった。

「《ブライトドール》……ですか?」

「そうです。残念ながら現在それは使える形で残っていません。作るしかないでしょう。少し待っていてください。上でその作り方が載ってある書物を読んだ気がします」

 そう言ってウェスターは三階へと駆け上がって行った。

 その間、ノックスが前に言いそびれた別れた後の体験談を勝手に語り始める。特にすることもないのでしばらくその話を聞いてあげることにした。エスレーラ遺跡で見つけたお宝とか、迷い霞の密林を数週間彷徨っていただとか、どうでもいいことばっかりだった。彼は語り部になるのが嫌でトレージャーハントをしているのかと思っていたが、どうやら語るのは別に嫌いじゃなく、むしろ大好きなんだなとセトルは話を聞きながしながら思った。

 閉館間近にウェスターが戻ってきた。特に何も持っていない。なかったのだろうか?

「わかりました。どうやら特殊な鉱石を使うようです。恐らくここでは手に入らないので、セイントカラカスブルグの私の研究所(ラボ)まで行きましょう」

 不安そうな表情をしていたセトルたちは顔を輝かせた。ウェスターのことだ、ブライトドールの精製法は完璧に頭に入っているのだろう。ついでにアランが腕を組んで呟く。

「ウェスターって弁護士(ローヤー)だったよな? 研究所(ラボ)って……あのおっさんもう弁護士(ローヤー)として見ない方がいいか?」

「そこはもうつっこまない方がいいよ……」

 セトルは苦笑を浮かべた。その時――

「!?」

 何かが倒れる音がして振り向いて見ると、シャルンがうつ伏せに倒れていた。息が荒く、顔が真っ赤だ。

「シャルン! どうした? 大丈夫か?」

 すぐさまアランが駆け寄り、彼女を抱き起こす。そして苦しそうな彼女の額に手をあてる。

「すごい熱だ。速く医者に!」

「だったら大学の医務室が近いわ。設備も整っているからそこに連れて行きなさい。案内するわ!」

 アイヴィは二人の兵士に指示を出し、先に戻って医者に伝えておくように言うと、一度彼女を抱いているアランを振り向いて図書館の出口へ向かった。彼はそっとだが急いでアイヴィのあとについていく。

「そういえば彼女、ずっと黙ってましたね」

 ウェスターは眼鏡の位置を直すが、彼もどこか動揺らしきものが僅かに見て取れた。

「フラードルから顔色悪いと思ってたけど、無理してたのね」サニーがうなだれる。「あたしのせいだわ。吹雪いてるのに無理やり買い物行かせたから……」

「そんなことないて、サニー。それより心配やな……」

「僕たちも行こう!」

 セトルは言い終わる前にはもう走り始めていた。

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