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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-06
49/119

048 災難再び

「ウェスターさん」

 先程の地震の余震がまだ続く中、地下へ地下へと下りる階段を抜け、土でできた橋を渡ったところでセトルが言う。

「精霊と契約するの、僕たち三人で大丈夫でしょうか?」

 今まで精霊との契約は少なくとも四人で行っていた。六人居ても苦戦を強いられていた精霊を三人でどうにかできるのか、セトルはそれが心配だった。ウェスターは、ふむ、と呟いて眼鏡の位置を直す。

「そうですね。難しいかもしれません。せめてあと一人こちら側に誰か居たらよかったのですが……まあ、そう言っても仕方ありません。成功しないとここから出られないのですから」

 ウェスターは微笑んだ。具現招霊術士(スペルシェイパー)と呼ばれる彼がいれば百人力である。きっと今回も大丈夫だろう。

 セトルがそう思ったその時――

「――ボクのこと呼んだかい?」

 別れた三人のうちの誰のものでもない声が後ろから聞こえた。振り向いたしぐれが、

「あんたは!?」

 と驚きの声を上げる。そこにいたのは、ディープグリーンの整った長髪をした背の高いノルティアンの青年だった。下部に太陽のような模様が入った白いコートを纏い、キザっぽく前髪を払う仕草には見覚えがある。

「そう! 一流のトレージャーハンターにして世間でも名の知れた美食家、ノックス・マテリオとはボクのことさ♪」

 彼とは一度、アクエリスからソルダイに向かう船の上で会っている。その時のすばらしい思い出の数々がセトルの脳裏に蘇ってきた。それはもう苦笑しか生まれない思い出である。

「何でここにおるんや!」

 さっそくしぐれが突っかかるように言う。だが、それを言ってはいけなかったことに彼女も言ったあとで気づいた。

「よくぞ聞いてくれました! あのとき君たちと別れてからボクは――」

 両手を全開し、彼は語り始めた。しまった、というようにしぐれは自分の頭を叩く。自分たちと別れてからというと、かなり前のことだ。物凄く長い話になる予感がした。

「知り合いですか?」

「いえ、知りません!」

「あんな奴知らへんよ!!」

 ウェスターの問いに、二人は同時にきっぱりと答えた。ノックスはショックを受けたのか、大げさな動きで崩れるように地面に手をついた。ウェスターは悟ったのか、そうですか、とだけ言ってそれ以上何も訊かなかった。

「さっさと行こや!」

 そう言ってしぐれが速足で歩きだすと、ノックスが縋るような声を上げる。

「ま、待ってくれよ~、ボクも道が塞がってるから帰れないんだよ~」

 二人は無視した。

「いけず~!」

 セトルも彼のことは苦手だが、少しかわいそうな気がした。だから――

「しぐれ、ノックスさんにも一緒に来てもらおうよ」

 とノックスに救いの手を差し伸べた。彼は目を輝かせる。君こそ心の友だ! と後ろから聞こえた。立ち直りが速い。いい性格をしている、とセトルは思い、心の中で溜息をついた。

「そうですね。いい考えかもしれません。彼にも手伝ってもらいましょう。丁度人手が欲しかったところですし」

 どうやらウェスターも賛成してくれるようだ。彼がどれほどの戦力になるかわからないが、相手は精霊だからいざって時は下がってもらってくれればそれでいい。しぐれは足を止め、不満そうにこちらを振り向く。

「こんな奴がいても足手纏いにしかならへんやろ!」

「むむむ、失敬だな、ボクだってちゃんと戦えるさ!」

 ノックスはコートの裏から二丁の拳銃を取り出し、くるくると回す。ちゃんと武器は持っているようでセトルは少し安心した。

「単身ここまで来ているのですから、少なくとも足手纏いにはならないと思いますが?」

「うっ……それはそうやけど」

 自分たちは空から来たのでどうとも言えないのだが、セイルクラフトなしで、それも一人でここに来ることは普通の人には難しいと思う。見たところほとんど無傷のようだし、ウェスターの言う通り、ただ者ではないかもしれない。

「それに事態が事態だからここは協力しあったほうがいいと思うよ」

「お、セトル君いいこと言うじゃないか♪ そうだよね、同じ人同士協力しないとね♪」

「あなたは黙っていてください!」

 まったく調子がいい。彼が喋るごとにしぐれの怒りのゲージが溜まっているような気がする。これ以上喋らせると爆発してしまいそうだ。

「……わかった。今は我慢したる。せやけど、こっから出るまでやで!」

 仕方なく納得した感じで彼女は言うと、不機嫌そうにまたまた歩き始めた。三人はそれに続き、歩きながらウェスターが今やろうとしていることをノックスに説明した。彼から返ってくる答えのほとんどは自己陶酔的なまったく答えになっていないようなものだったが、ウェスターはそれを笑って躱している。流石だと思うところだ。

「へぇ~、『ティエラ』と契約をねぇ……だからボクの力が必要なんだね♪」

 つかめない笑顔でノックスが言う。しぐれは彼の話を聞かないように少し離れて歩いている。彼女が魔物に襲われてもすぐに助けられるような位置でセトルも歩き、後ろの二人の会話を聞いている。

「地精霊は『ティエラ』というのですか? 契約のことも知っているようですし……あなたは一体何者ですか?」

「ははは、ボクはただの一流のトレージャーハンターにして世間でも名の知れた美食家だよ♪」

 それは『ただの』というのだろうか? それにやっぱり答えになっていない。そんなことを思っている間に、五角形の台が目の前に現れた。ティンバルクで見たような形だ。だが、それよりも小さくて古く、あちこちに罅が入り、苔が生えている。

「あ、ここにティエラがいるよ」

 常にニコニコとした笑顔のノックスが言う。すると洞窟が揺れ始める。いや、洞窟というよりはこの空間が揺れているような感じだ。突然の揺れに驚いている間に、あの台の上に黄色い輝きが勢いよく出現した。そしてそれは今までの精霊たちと同じように別の形へと変形を始める。

「ババーンっと飛び出てティエラだよ~」

 元気のいい声と共に地精霊の形は完成した。モグラと人間の少女を足して二で割ったような姿をしている。厳つい爪の生えた手には巨大なスコップを握っているが、髪は金色のツインテールでつぶらな瞳は愛らしく、全く迫力はない。寧ろこの姿をマスコットにしたら人気がありそうだ。

「お前、召喚士だな。あたいと契約がしたいんだろ?」

 口は悪かった……。

「これが……ティエラですか?」

 拍子抜けしたようにウェスターが言う。セトルとしぐれも唖然としてティエラの姿を見詰めている。

「お! 何だ、ノックスもいるのか!」

 ティエラはノックスの姿を見つけると、まるで親友のように声をかけた。ノックスも、久しぶり♪ と返す。すぐにセトルが彼の方を向く。

「ノックスさん、知り合いだったんですか?」

「ん? まあ、ここにはしょっちゅう来てたからねぇ」

 地精霊のことを知っていたのはそういうことだったのか。だが、なぜかそれだけではないような気がするのは気のせいだろうか?

「まあいいです」とウェスター。「それより地精霊ティエラ、私と契約してください」

「ノックスもそっちにつくんだろ? 四対一、腕が鳴るな~」

 ティエラはジャンプして高く飛び上がった。

「来ますよ!」

 槍を構築し、ウェスターが言う。

 ティエラが空中でもの凄い勢いで回転を始め、そのままこちらに落下してくる。まともに受ければスコップで真っ二つ、とか言っているレベルではない。だが、軌道を読むのは簡単。四人はそれぞれ散らばり、それを躱す。

 どーん! という衝撃音が響き、洞窟全体が揺れるような振動に襲われた。天井が崩れる。――と思ったが何ともないようだ。ティエラの力が働いているということだろう。

 ティエラが体勢を整える前にしぐれが走り、スコップを持っているもぐらのような右腕に一撃を加えた。

「いって~な~」

 と言っているがたいして効いていない御様子。飛び散った地霊素(アーススピリクル)は少量。あの腕、表面の皮膚は意外と硬いようだ。

 ティエラはその右腕でしぐれを振り払う。一撃が重い。彼女は衝撃を受け流したが、それでもダメージは大きく、着地時の受け身を失敗した。

「しぐれ、大丈夫?」

 セトルがそう言いながら踏み込みつつ、剣を打ちこむ。

「な、何とか……」

 ひとまず彼女は大丈夫だろうが、あとで招治法をかけないと。そう思いながらセトルは休むことなく剣を打ち込む。しかしあたらない。スコップで防がれるか、躱されるかのどちらかだった。

「くっ――牙連飛刃剣(がれんひじんけん)!!」

 セトルは連続で斬り上げたのち、そこから飛刃衝を放つ奥義を繰り出す。(アース)霊素(スピリクル)が飛び散り、最後の飛刃衝もまともに入った。――はずだった。裂風で吹き飛んだティエラは何事もなかったかのように立ち上がる。

「くらえ~! ロックバインド!!」

「させません! ――蒼き地象の輝き、アクアスフィア!!」

 双方の術はほぼ同時に発動した。セトルの足下から岩塊が突き上がる。速い! 間一髪で躱したが、足をやられてしまった。それでも運がいい方、偶然が味方したのだ。

 セトルは自分自身に招治法をかける。しかし、他の人を治すのと違って、自分を治療するのはコツがいる。

 ウェスターのアクアスフィアはティエラを捉えていた。いくら腕の防御力が高くても術の前では無意味。あの水の球体が消えた時、この戦いは終わると誰もが思った。だが、術が消えたあとにはティエラの姿はなく、代わりに巨大な穴が一つ空いていた。ティエラはそれこそモグラのように地面に潜り、身を躱していたのだ。耳を澄ませば、地面をティエラが移動していると思われる音が聞こえる。

「少し下がってくれないか?」

 ノックスがそう言って銃口をウェスターの少し手前の地面に向けた。そこが少しずつ盛り上がってくる。ティエラが飛び出す前兆だ。その変化は極めて微小で、ノックスがそうしなければウェスターは気づかなかったかもしれない。

 言われるままにウェスターは下がり、次の術の詠唱を始める。その時――

「ババーンっと飛び出すティエラだよ~」

「わかってるよ、ティエラ♪」

 ニコニコと笑いながらもノックスは銃を連射する。弾丸があたるたびに(アース)霊素(スピリクル)が散り、わぁ! とティエラが悲鳴に近い声を上げる。

 どうやら普通の拳銃ではないみたいだ。セトルは見ていたが、弾は鉛ではなく、霊素(スピリクル)のようだ。

 霊導銃、そう呼べばいいのだろうか? 

 その証拠に弾丸はどこにも残ってなく、ノックスも弾を込めるような仕草をしていない。それでも、一回の連射数は限られているらしく、一定の間隔で連射が止まる。

「もう怒ったぞ~! テラフォールト!!」

 途端、巨大な霊術陣が発生し、地震が起こった。ウェスターが術を中断して注意を払う。地割れが起き、地面が隆起し、天井が崩れる。だが、この空間が崩壊を始めたわけではない。それはわかっている。

 自分の足を治したセトルは、痛みで動けないでいるしぐれの元に行って彼女を抱え、安全な場所――霊術陣の外――に避難させる。

 揺れが激しくなり、ウェスターたちが陣の外に出るのは困難になってきた。地面が被さるように盛り上がる。

 逃げられないと悟ったウェスターは、集中して自分の周りに霊素の膜を張る。ディフェンスフィールドだ。これで致命傷は避けられるはずである。

 ノックスはというと――いない!? さっきまで彼がいた場所から彼は消えていた。いつの間にか陣の中心にいるティエラの背後をとっている。

「チェックメーイト♪」

「!?」

「――吼えよ、クリゾンロアー!!」

 ティエラが気づいた時には二丁の霊導銃が咆哮していた。二つの銃口から同時に発射された紅い光線は、一つに融合してティエラに防ぐ間を与えず陣の外まで吹き飛ばした。術が途切れ、ティエラはくやしそうに、くっそ~、といいながら輝きへと戻った。

「すごい……」

 セトルは思わずそう呟いてしまった。足手纏いどころか、いいところをほとんど彼に持っていかれた気がする。

 輝きがティエラの形に戻る。

「何だよ~、ほとんどノックスしか戦ってないのと同じじゃねぇかよ~」

 ティエラにそう言われ、しぐれはムカっときたようだ。立ち上がろうとしたが、痛みで顔が引き攣る。思いだしたようにセトルが彼女に招治法を施す。

 一度あの五角形の台の前に集まり、そこで契約の儀を始める。では、とウェスターが一歩前に出る。

「我、召喚士の名に――」

「あ、ちょっと待ってや!」

 ハッとしたようにしぐれが言ったので、契約の言葉を遮られたウェスターは、何ですか? と彼女を振り向いて訊く。

「えっと、ここにシヨウロっちゅうもんが生えてるって聞いたんやけど、どこに生えてんやろか?」

 そう言えばそのことをすっかり忘れていた。本来そっちの目的で来たようなものなのに……契約のことで頭がいっぱいだった。

「シヨウロ? 君たちもそれを採りに来てたのかい?」

 ノックスが意外そうに答える。『君たちも』ということは、

「あなたもそれが目的だったようですね」

 ということだ。ノックスは笑顔で頷く。眼鏡の位置を直し、ウェスターはティエラに訊く。

「それで、それがどこに生えているかわかりますか?」

「シヨウロだったら、あの向こうにたくさん生えてるよ」

 ティエラはスコップで奥へと続く道を差す。

「おおきに♪」

 話は終わり、契約の言葉を言い直す。ティエラは光柱に溶け、いつも通り指輪が手に入った。紅色を帯びた透明な宝石、地の精霊石トパーズだ。

 契約が終了し、四人はシヨウロを採取しに奥へと進んだ。

(サニーたち大丈夫かなぁ?)


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