043 思わぬ相対
「……こんなものか? 蒼い瞳は」
セトルの剣を指と指の間で受け止めた燃えるような赤い髪の男は、興醒めしたようにそう言うと、そのまま腕を振るった。セトルはその勢いに思わず剣を放してしまい、背中から地面に叩きつけられ、そのまま数メートル地面を滑った。止まったところですぐに自分の剣が飛んできて顔の横ぎりぎりに突き刺さる。
「くっ……強い」
アランが拳を突きつけて叫ぶ。
「アルヴァレス、てめぇよくも!!」
腰まで届く長い赤い髪が揺れ、アルヴァレスは口元に、フッ、と不敵な笑みを浮かべる。
数分前のことだ。
アスハラ平原の旧道を、魔物を退けながら進んでいると、セトルたちは青色の全身鎧に身を包んだ男が遠くの海原を眺めているのを見つけた。鎧の首の辺りについた長い布のようなものが風に靡いている。男の表情から何を考えているのかは読めない。
だが、後ろにはねたあの燃えるような赤い髪は見覚えがある。あいつは――
「アルヴァレス!?」
である。セトルたちはすぐに辺りを見回した。他には誰もいない。奴一人だ。
「……貴公らか」
アルヴァレスはこちらに気づくと、まるで虫けらでも見るような冷めた瞳でセトルたちを見据え、声の届くところまで歩み寄った。
「こんなところで何企んでんのよ!」
サニーがほとんど叫ぶように言うが、アルヴァレスは無視して視線をウェスターに向けた。
「ウェスターよ、この間は私の部下がずいぶんと世話になったみたいだな」
「ええ、ずいぶんと世話をさせられましたよ」
二人は睨み合った。その間は一瞬だったが、セトルたちには非常に長く感じられた。そしてアルヴァレスが口を開く。
「ウェスター、こんなカスどもは放っておいて私と共に来い。貴公なら何の問題もない」
「あなたが何をしようとしているのかわかりませんし、もともとあなたに協力しようとは思っていません」
ウェスターは眼鏡のブリッジを押さえ、きっぱりと断った。
「あなたは何がしたいんですか?」
剣の柄に手を置き、セトルが訊く。返答によってはすぐに剣を抜くつもりだ。アルヴァレスは黙ったままセトルの青い瞳を見下す。
「答えられないってか?」とアラン。
するとアルヴァレスは酷薄な笑みを浮かべる。
「フン、私の目指すものは完全なるノルティアンの世界だ。そのために邪魔なアルヴィディアンどもを、古霊子核兵器を用いて一掃する。もちろん、ハーフや貴様ら蒼い瞳のやつらも一緒に消えてもらう」
「なん――!?」
なんだと、とアランは言おうとしたが、その前にセトルが飛び出した。剣を振るうが、アルヴァレスは易々とそれを防ぎ、セトルを振り払らうと、指で挟んだ彼の剣を投げつけた。剣がセトルの顔の横に刺さる。ハラッと髪の毛が散る。
「アルヴァレス、てめぇよくも!!」
アランが叫んだ。同時にしぐれとシャルンが左右から飛びかかり、忍刀とトンファーを振るう。だがその両方を両腕にはめた籠手で受け止めた。
「残念だが、貴公らと遊んでいる暇はない」
「こっちも似たようなもんさ。だが、ここでてめぇを倒せばこっちは暇になるんだ!」
両手の塞がっているアルヴァレスにアランは斬りかかった。アルヴァレスはしぐれの忍刀とシャルンのトンファーを掴み、彼女たちごと投げつけた。
「きゃっ」
三人は衝突した。いや、アランはよけようと思えばよけることができた。しかし二人を庇って、ほとんど受け止める形で彼女たちの下敷きとなった。
体勢を立て直さないと奴の攻撃が来る! そう思い、三人はすぐに起き上がろうとするが、アルヴァレスの追撃は来なかった。
「ま、待て!」
その代りセトルの腹の底から搾り出すような叫びが聞こえた。見ると、アルヴァレスは空気に溶けるように姿を消そうとしている。空間移動の術。いや、普通の人間がそんなものを使えるはずがない。恐らくあれも古の霊導機の力だと、ウェスターはわかった。
「ロアードは精霊と契約する貴公らを脅威と見ていろいろとやっているようだが、所詮ザコが集まったところで戦力にはなるまい。かといってウェスター、貴公一人でどうにかなるようなことでもないがな。死にたくなければ、我々の邪魔をしないことだ」
言い終わるとアルヴァレスの姿は完全に消え、彼がそこにいたという形跡は何も残らなかった。
「セトル、大丈夫?」
体を起こそうとしたセトルの顔が引き攣ったのを見て、サニーが心配そうに言う。たったあれだけのことで、思いのほかダメージが大きかった。彼女が治癒術を唱えてくれたので、だいぶ楽にはなった。
(あの人の前ではまるで無力だった。もっと、もっと強くならないと……)
セトルは心の中で強くそう思った。今のままでは、たとえ精霊が集まったところでアルヴァレスには勝てない。強くなるにはどうしたらいいのか。この想いはアランたち三人も感じているはずである。
「死にたくなければ……ですか」ウェスターは眼鏡の位置を直す。「私は死にませんよ。あなたのバカげた理想は必ず砕いてみせます」
誰もいない空間に向かって、彼はそう呟いた。
「一体ここで何してたんやろな?」
しぐれは立ち上がると首を傾げる。さあな、とアランが服の汚れをはたきながら言う。
「奴の考えなんかわかんねぇよ。だが、敵の目的はわかったんだ、今はそれでいいじゃないか」
シャルンも頷く。
「あんな風に逃げられたら追えないわ。こっちはこっちで早く精霊と契約しましょ?」
「そうだね。サニー、三人の怪我も直してやってくれ」
アランたちは特に怪我をしているようには見えないが、見えないだけでセトルがそうだったようにダメージは大きいはずである。特に二人の下敷きになったアランは。
サニーは頷くと、たいした怪我じゃない、と治癒術を断るアランたちにほとんど無理やりに術をかけていった。
「……今日はここまでにしましょう」
突然ウェスターがそう言ってきた。するとサニーがしぐれを治しながら納得いかない顔で彼の方を向く。
「何でよ? まだ夜には早いじゃない?」
あと三時間もすれば日は完全に沈むが、それだけあればもう少し進むことができる。大変な怪我をしたわけでもない、セトルも理由はわからなかった。
「少し考えをまとめる時間が欲しいのです。今日はいろいろとわかったことがありますから」
ウェスターには自分たちがわからなかったこともわかっているのだろう。考えがまとまるまでは教えてくれそうにないが、セトルもやりたいことがある。反対はしない。
セトルは皆を見回した。頷いたところを見ると賛成のようだ。サニーだけは渋っていたが、皆に合わせることにしたようだ。
雷精霊の居るエスレーラ遺跡まで、まだかなりの距離がある。恐らく二日・三日じゃ着かないだろう。休める時に休んでおくことも一つの手だ。だが、セトルには休んでいる余裕などなかった。
(もっと強くならないと……)
夜の闇に紛れて、セトルは空気相手に剣を振るった。




