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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-05
42/119

041 迷い霞の密林

 忍者の里アキナへ続く、街道ではない道をセトルたちはひたすら走った。三日ほど追われる日々を過ごし、彼らはもう体力も気力も限界に達しようとしていた。

 だが、ここにきてようやく自由騎士団の兵たちを完全にまいたようで、彼らはひとまず安心した。そこでウェスターがアランたちにわかっていることを説明する。この件はアルヴァレスによる情報操作だと。それは彼らの得意分野、つじつまが合う。

 目の前には広大な森が広がっている。この森のどこかにアキナがあるらしい。しかし、この森を抜けるにも、今の体力では到底不可能に思える。

 森は《迷い霞の密林》と呼ばれ、その名の通りこの森は常に白い霞に覆われ、そのためか方向感覚が狂い、遭難した者は数知れない。その遭難者の幽霊が出るという噂もあり、普通の人は滅多なことでは近づきもしない。

「ゆ、幽霊ってホントに出るの?」

 夜、不気味な森の前で野営をしていることもあり、ウェスターの説明を聞いたサニーは震えた声でしぐれに訊いた。

「幽霊が出るかどうか知らへんけど、魔物ならぎょうさんいてるなぁ。植物系に動物系、あとゴースト系もおるけど、魔物やったら平気やろ?」

 この森を唯一熟知しているしぐれが知らないなら、出ないのかもしれないが、魔物として処理してるんじゃないの、とセトルは思った。だがそれを口にはしなかった。

「べ、別に怖いわけじゃないわよ! ただ、出たらびっくりするなぁって……」

 無理に強がるのも、いつものサニーだ。

「幽霊はともかく、森の中はサニーでなくても迷います。皆さんもはぐれないように十分気をつけてくださいよ」

 眼鏡を押さえてウェスターはどこか皮肉めいた口調でそう言う。するとサニーが、どういう意味よ、と彼を睨んだ。

 本来ならしぐれだけが中に入り、セトルたちはこの森の前で待つ手筈だったのだが、ソルダイでのこともあり、自由騎士団がいつ襲ってくるかわからない今、皆で行った方がいいとウェスターが提案した。しぐれはしばらく躊躇していたが、やがて決心してその案に乗ってくれた。

 セトルたちは交代で見張りをし、見張りをしていない者はテントの中で体を休めたが、流石にまだ緊張が解けてなく、十分には休めなかった。だが、それでもずいぶんと楽なった気がする。そして朝日が昇ったころ、セトルの慌てた声で皆は目を覚ます。

「みんな起きて、自由騎士団がもうそこまで来てるよ!」

 その声を聞いて、ウェスターがまるで眠ってはなく目だけ瞑っていたように目を開き、すぐにきりっとして立ち上がる。他のみんなはまだ眠そうに目を擦りながら起きあがる。

 ウェスターは外に飛び出し、セトルと共に見張りをしていた丘の上に行く。そして下を見下ろし、ふむ、と呟く。そこには、何人もの人がこちらに向かっているのが小さく見えた。

「あの位置からでは、数十分もしないうちにやってくるでしょう。すぐに戻って野営をした跡を消し、速やかに森へ入るべきです」

「そうですね」

 二人はそれだけ話すと踵を返し、皆の元に戻る。既にサニーたちは完全に目を覚まして、片付けをしていた。そしてセトルたちが戻ってきたころには、もうほとんど片付いていた。

「しぐれ、アキナまでの案内頼むよ!」

「任せとき、セトル」

 しぐれの誘導で一行は僅かに霞がかった密林へと足を踏み入れた。密林の中は光が届いてないかのように暗く、薄気味悪い。カサカサと揺れる茂み、飛び立った鳥の悲鳴にも聞こえる鳴き声、そしてどこからともなく聞こえる獣か魔物かの雄叫びが、より一層恐怖心を煽る。

「ひぃ! い、今、今なんか動いた!」

 茂みの揺れる音に反応したサニーがセトルの背中にしがみつく。セトルは躓きそうになったのを堪えて彼女を振り向いた。それを見たしぐれが不機嫌そうな顔をする。

「危ないじゃないか、サニー」

「ごめん、でもさっきなんかがそこに……」

 と彼女が震える指先で横の茂みを差すが、そこには何もおらず、アランがその近くを少し調べたが、やはり何も見つからなかった。

「何もいないぜ? 風じゃねぇの?」

「ううん、絶・対なんかいたわよ! きっと幽霊だわ。幽霊じゃなきゃお化けよ!」

「どっちも一緒のような……」

 見ていると面白いくらい妙な慌てようのサニーに、セトルは嘆息して肩を竦めた。

(幽霊が草むらをカサカサ……想像できないわね)

 シャルンは少し笑いそうになったのを抑えた。

「おや? サニーの後ろの木、人の顔に見えますね♪」

 楽しそうに笑みを浮かべたウェスターが彼女の後ろを指差す。サニーが振り向く。そこには一本だけ目立つ大きな木があり、その木皮には確かに人の顔ともとれる模様があったが、意識して見ないと見落としてしまう程度のものだ。しかし、サニービジョンにはそれがとても恐ろしいものに見えたのだろう。彼女は顔が恐怖に染まり、悲鳴を上げて思いっきりセトルにしがみついた。

 何も言ってこないが、しぐれの表情も嫌悪さが増し、彼女は落ちてある小石を蹴った。すると木に反射したその小石が見事に彼女に直撃する。顔を赤らめ皆を振り向くが、サニーが騒いでいたおかげでそれに気づいた者はいなかった。

「サニーは幽霊が怖くないのではなかったのですか?」

 人をからかうのは面白いです、という顔をしてウェスターは笑った。サニーは何も言い返せない。ここで強がって言い返したところで、それは見苦しいだけだ。

 その時、セトルがピクリと何かに反応し、顔を引き締めて辺りを見回した。

「ど、どうしたのセトル?」

 しがみついたまま、ビクビクした声でサニーが言う。

「うん、さっきのサニーの悲鳴を聞いて、お客さんが駆けつけてくれたみたい……」

 たまに言うセトルの皮肉めいた言葉で、皆に緊張が走った。セトルがしがみついているサニーをそっと離す。途端、アランの背後に白い布のようなものに目と口の穴を開けた典型的なお化けの容姿をした魔物『ファントム』が現れた。短い腕を前に垂らし、フワフワと宙に浮いている。

 アランは振り返りざまに長斧を振り、それを一刀両断した。ファントムは布が裂けたように体がちぎれ、霊素(スピリクル)へと還る。だが、駆けつけたお客さんはそれ一体だけではなかった。動物、植物、ゴースト系、様々な魔物が霞の立ち籠める森の奥から現れ、セトルたちを取り囲んだ。

「おやおや、サニーは人気者ですね♪」とウェスター。

「こんなのに好かれたくなんかないわよ!」とサニー。

「もう、普段やったら魔物なんか滅多に会わへんのに……サニーのバカ!」

 さっきまでの不機嫌さをぶつけるようにしぐれは言うと、双葉の芽のような魔物を忍刀で斬りつけた。葉っぱが散る。

「ば、バカって何よ、しぐれ!?」

 扇子の動きでザンフィに指示を出しながら、サニーは眉を吊り上げた。


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