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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-01
4/119

003 月日は流れ

 シヴの月15の日。

 緑が生い茂り、木々の葉が風に揺られ静かに囁いている。

 ここは《アスカリアの森》。世界の北方に位置する《ビフレスト地方》の最北端にそれはある。名前の通り、アスカリア村のすぐ裏手だ。

 そして、この森を猛スピードで駆ける足音がその静けさを破った。木々の枝が揺れ、小鳥たちが驚いたように飛び立つ。土煙が巻き上がり、茂みの中から巨大な猪が飛び出してきた。

 何かから逃げているようだ。しかし、前は切り立った崖、逃げ場はない。

「――やっと追い詰めた」

 茂みから続いて人影が飛び出す。

 猪を追っていたのはあの銀髪青目の少年、セトル・サラディンだった。

 彼がカートライト家に助けられてから既に二年が経過していて、今では大きかった鎧などもピッタリである。

 しかし、記憶は未だに戻っていない。

「ん?」

 追い詰められた猪は彼の方を振り返って、後ろ足で地面を数回蹴り、勢いよく突進してきた。

「最初からそうしてくれると助かるんだけどなぁ……」

 セトルは左手に握っていた剣を構えると、猪の突進を難なく躱し、横から一閃する。鮮血がほとばしり、猪は悲鳴に似た叫びを上げると、どっと倒れた。

「ふぅ……」

 セトルが一息ついたその時、

「一撃で仕留めるたぁ流石だな!」

 そう言う声がし、彼は後ろを振り返った。

「アラン!」

 そこにはセトルと同じような形状の両肩の無い鎧を纏い、額にブルーのヘアバンドを巻いた長身茶髪の青年――アラン・ハイドンが獣道を歩いていた。戦闘用の長斧である《ハルバード》を鉄製の籠手をはめた右手で掴み、セトルが仕留めたのと同じかそれ以上の大きさの猪を軽々と肩に担いでいる。

 彼はアルヴィディアンであり、村一番の力持ちでもある。子供のころからアスカリア猟師団に入っていて、今は確か二十二歳。時々今日のようにセトルを誘い、一緒に狩りをしているのだ。

「剣の腕は相変わらずだな。まったく、記憶が無いのにどうしてそこまで強いんだか……」

「う~ん、よくわからないけど、体が覚えているらしいんだ」

 セトルは剣についた猪の血を払って鞘に収めると、紐を取り出し、猪を担げるように縛り始めた。

「二年前だったか」セトルの作業を見守りながらアランは思い出すように言った。「まだ村の生活に慣れてなかったお前に『狩り』を教えてやろうとしたら、まだ何も教えてないのに俺より凄い獲物を捕りやがったことがあったな」

「あったけ? そんなこと……」

 セトルは猪を縛り終えると、それを背中に担いだ。

「まあ、覚えてないのも無理ない……か」

 苦笑し、アランはそう呟くように言った。

「とりあえず、これだけ狩れりゃ十分だろ、村に戻ろうぜ!」


        ☨ ☨ ☨


 アスカリアに戻った二人は、広場で紅い髪を結ってポニーテールにしている少女を見つけた。オレンジ色の半袖で短めのジャケットにそれと同じ色のスカート。皮製のベルトをして、黒いスパッツを履いている。肩にはリスに似た小動物を乗せて、その喉元を撫でながら誰かを待っているかのように広場を歩き回っていた。

「あ! セトル、アラン、おかえり! 狩りに行ってたんでしょ? どうだったの?」

 どうやら待ち人は彼らのようだ。

「見ての通りさ、サニー。ほれ!」

 アランは担いだ猪を降ろす。セトルも同じようにし、それの隣に並べる。

「こんなに大きいの、ホントに二人が捕ったの?」

 サニーは笑みを浮かべると、怪訝そうに二人を見た。

「失敬だな! ちゃんと俺ら二人で一頭ずつ仕留めたんだぜ。なぁセトル?」

「…………」

 アランはセトルに言葉を振ったが、彼は空を見上げてぼーとしていた。その視線の先には白い雲が流れている。しかし、彼が見ているのはそれではないような気がした。

 記憶の無い彼はよくこのようなことをしている。

「うぉーい! セトルくーん?」

 アランは彼の顔の前で手を左右に振りながら大声でそう言った。

「わ! な、何だよ、アラン!?」

「『何だよ』じゃねぇよ! またぼーとしやがって……」

 アランはセトルの声真似をして言った。

「ああ、ごめん。で、何の話?」

「まったく……もういいさ」

 アランは呆れたように肩を竦めるが、教えてよ、とセトルが腕を振りながら言ったので、からかうような笑みを浮かべた。

「あと百五十年後にな」

 すると、サニーが大笑いをし始める。

「な! 笑わないでよ、サニー」

 セトルは恥ずかしさで顔を赤くする。その時――

「うおっ! またでけぇの狩ってきたな」

 広場を流れる小川の向こうから、金髪を立てるようにしたセトルと同じくらいの年の少年が驚いた顔をして橋を渡って来た。白い長袖の服に青っぽい地味なズボンを穿いている。腰には短刀が挿してあり、瞳の色はエメラルドグリーン、ノルティアンである。

「お、ニクソンか、どうだこれ、すげぇだろ!」

 アランは自慢げに含みのある笑みを浮かべた。お前にはできないだろ、とでも言うように。

「まったくだ、こんなの狩れるのはお前らと猟師団リーダーのウォルフさんくらいだぜ」

 ニクソンの言葉にセトルは、へへへ、と鼻を啜った。

「そうだニクソンちょうどよかったぜ!」

 アランが突然そう言いだすと、ニクソンの肩をポンと叩く。するとニクソンは、何がちょうどいいのかわからず、首を傾げた。

「俺の代わりに獲物をウォルフさんに届けてくれ」

「は!? 何でだよ!」

「俺は今からじっちゃんにメシ作んないといけないからさ、頼むぜ! あの人メシが遅れるとうるさいんだ」

 有無を言わさずアランはニクソンに猪を預け、そのまま彼の家の方に向かって走り始めた。

「お、おい待てよ!」

 ニクソンは叫んだが、やはり無駄だった。溜息をつき、アランの捕った獲物を見下ろす。

「これ……俺に運べるのか?」

「あたしも手伝うよ」

「悪いな、サニー。でも大丈夫だ。これでも一応猟師団の一員だからな」

 ニクソンは猪を担ごうとするが、なかなか持ち上がらない。彼の力が無いわけではなく、獲物がでかすぎるのだということは誰がみてもわかる。それをセトルは普通に担いでいるし、アランに至っては片手、それも利き腕じゃない方で担いでいたのだ。

 やっぱりサニーも手伝うことになり、なんとか担ぐことができた。

「それじゃ、行こうか」

 微笑み、セトルが先に歩きだす。


        ☨ ☨ ☨


 次の日。

「セトルちゃん居る?」

 村の一番大きな邸で村長、ケアリー・サラディンはセトルを呼びながらノックもせずに、二階にある彼の部屋に入った。

 セトルの部屋は一通りの家具が揃っており、意外とキレイに片付いている。

 そのベッドの横にある窓を開き、セトルは空を見上げていた。美しい銀髪が風に靡いている。

「……セトルちゃんいるじゃないの」

 セトルは振り向き、ケアリーの姿を認めると口を開いた。

「ケア……義母(かあ)さん、何か用?」

 彼は咄嗟に言い直した。ケアリーは義理の息子のセトルに名前で呼ばれることを嫌っている。そのことをセトルは十分にわかっているのだが、二年経っても慣れないでいる。どうして慣れないのかはわからない。

 ケアリーは一瞬額に皺を寄せたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべると、懐から一通の手紙を取り出す。

「この手紙をインティルケープのマーズさんに届けてくれないかい? わたしは忙しくて行けそうにないのよ」

 そういえばこのところ彼女は忙しそうである。集会場で何かをしているみたいだ。ボロくなったので建て直しをすると聞いてはいるが、詳しいことは知らない。

 セトルは、わかった、と言って頷き、手紙を受け取る。

「一人で大丈夫かい?」

 心配そうにケアリーは言いながら、薬などの入った道具袋を手渡した。

「心配ないよ。インティルケープなら何度も行ったことあるし、マーズさんにも何度も会ってるしね」

 受け取り、セトルは微笑むと、壁に立てかけてあった剣を腰のベルトに挿した。

「じゃあ、早速行くよ」

「待って! 馬を用意するわ」

「いいよ、修行にもなるから歩いて行く」

 そう言うとセトルは部屋を出、一階に下りて玄関の扉を開けた。すると――

「あれ? セトル、どこか行くの?」

 偶然通りかかったのか、サニーが声をかけてきた。

「ああ、うん。ちょっとインティルケープまで」

「う~ん、セトル一人じゃ心配だから、あたしも一緒に行こうか?」

 サニーがそう言ってくるだろうということは予想できていた。だからこそセトルはゆっくりと首を横に振った。

「いいよ、魔物が出るかもしれないし、それにサニーが一緒だとかえって心配かな……」

(迷子になりそうで……)

「むむ、それってあたしが足手まといってこと?」

 眉を吊り上げた彼女にセトルは睨まれた。

「そ、そんなことないけど、やっぱり僕一人で大丈夫だよ」

 するとサニーはさらに頬を膨らます。

「むぅ、だったらついて行かないけどさ、あたしが居なかったこと後悔するかもしれないわよ」

「そうならないことを祈るよ。ハハハ」

 サニーと広場で別れ、セトルはインティルケープを目指して村を出発した。

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