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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-04
30/119

029 不穏な空気

 ウェスターの霊導船ブルーオーブ号はインティルケープの港に停泊してある。雨はまだ降りそうにないが、急いだ方がよさそうだ。

 これからセトルたちは首都《セイントカラカスブルグ》に行き、ウェスターの邸を拠点に他の精霊の情報を集めることになっている。

 港の近くある商店街の前を通ったとき、突然セトルが立ち止まった。

「あれ? あの人たちは……」

「どうしたのセトル?」

 前を歩いていたサニーたちはそれに気づいて振り向いた。

「ほら、あそこにいる二人」

 セトルが指差した方向を見ると、商店街の武具屋の前に二人のサングラスをした女性が何かを話しているのが目に入った。

「あれは……シャルンとソテラじゃないか!?」

 目立つオレンジ色の髪に身軽そうな服装しているのがシャルン、その横の耳の辺りを短めに刈った藍色の髪をし、白と紫のノースリーブの服を着ている女性はソテラで間違いない。あの海賊事件のあとに姿を消していたが、何でこんなところにいるのだろうか?

「アラン、今『シャルン』と、そう言いましたか!?」

 珍しくウェスターが感情の高まった様子で訊いてきた。

「あ、ああ……」

 アランはそんなウェスターに驚いたのか、曖昧に頷いた。

(あの髪……やはり)

「ようやく――!?」

 ウェスターが何か言いかけた途端、彼女たちは血相を変えて走り去った。

「……行っちゃったね」

 二人が見えなくなってからサニーが呟くように言った。

「追いましょう!」

 ウェスターはそう言ってセトルたちが答えるのを待たずに走り出した。彼にいつもの冷静さが感じられない。三人はわけがわからないまま、とりあえずシャルンたちを追っていった。

「ねぇ、あの人たちって何なわけ?」

 走りながらサニーが訊く。彼女は二人に会ったことがないから知らないのは当然だ。

「ウェスターさんとの関係はわからないけど」セトルが答える。「あの二人は前に話した海賊事件の時にいろいろと協力してもらったんだ」

 ウェスターとの関係も気になるが、実際あの二人の様子はただ事ではなかった。一体なにがあるというのか、そのことが気にならないと言えば嘘になる。

「何かサングラスしてたから怪しく見えたけど、良い人たちなんだね」

「…………」

 サニーの言葉に皆が沈黙した。あのサングラスの下がどうなっているのかセトルとアランは知っている。いや、どうやらウェスターも知っているようだ。

「彼女たちのサングラスにはそれなりの意味があります」

 いつの間にかウェスターはいつもの冷静さを取り戻しているようだった。

「どういうこと?」

「それは私からは言えませんよ」

 ウェスターは走りながらずれた眼鏡の位置を直した。

 気がつけばここは町の外。あの二人はどこまで行くのだろうか――。


        ✝ ✝ ✝


 インティルケープから南西に少し行ったところに、ゴツゴツした岩が立ち並ぶ海岸線がある。セトルたちはそこで二人を見失ってしまった。

 雲行きもどんどんと悪くなってきている。もういつ雨が降ってきてもおかしくない。

「完全に見失いましたね……」

 辺りを見回してウェスターが嘆息する。

「ウェスターさん、ウェスターさんはあの二人とどういう関係があるんですか?」

 見失ったおかげで一息つくことができたセトルがそう訊く。

「二人、と言うよりシャルンの方ですが……弁護士(ローヤー)の仕事で少しありまして……」

 少し間を置きウェスターは曖昧に答えた。弁護士(ローヤー)の仕事、本当にそうだろうか? セトルにはどうも違うように感じた。

「ちょっと、あれ見て!」

 サニーのただ事でない声にセトルたちは振り向くと、彼女が指差した方向を見た。

 そこには大きな霊導船が泊めてあり、そこを睨むようにザンフィが毛を逆立てている。そしてその前には――

「あれは、確か『ひさめ』とかいう忍者じゃないか!?」

 アランが言った通り、そこには赤毛の髪をアキナ風に結っていて、どこか変わった服装――忍び装束という――をしている少女がいた。シルシド鉄山で少しの間しか見ていないが、よく覚えている。少し遠いが見間違えたりはしない。彼女はサニーが連行された原因であり、しぐれの探し人でもある。

「これは、二人を追っていて意外なものを見つけてしまいましたね。どうやら、ひさめだけではなさそうですし」

 ウェスターは眼鏡を押さえるようにして、口元に獲物を見つけたハンターのような笑みを浮かべた。ひさめの隣に誰かがいるようだ。恐らく仲間だろう。しかし、ここからでは短く刈った金髪を立てるようにした髪型と血のように真っ赤なコートくらいしかわからない。

 セトルたちは岩陰に隠れながら、できるだけ近づいた。

「ここまで来ればはっきり見え――!?」

 アランがその真っ赤なコートを着た男の顔を見て目を丸くした。男はノルティアンであり、鋭い刃物を爪のように取り付けた黒いグローブを両手にしていて、コートの下には法衣のような服を纏っている。そしてその顔の両頬には、トランプのスペードに似たマークの刺青(いれずみ)をしている。

 彼の目を見てセトルは恐怖に似たものを感じた。それは平気で何人もの人を殺している殺戮者の目だった。

「あ、あいつは……」

「アラン、知ってるの?」

 呟くように言った彼に、セトルが訊いた。だが、アランが答えようとした時、彼らの会話が聞こえてきたので話を止め、皆は耳を傾けた。

「――つーことは、もうこの大陸に封印はないんだな?」

 男は吊り上がった目でひさめを睨むように見る。すると、彼女は何も言わずただ頷いた。

 あのときも思ったが、彼女には感情というものを感じられない。忍者だからだろうか? でもそれだったらしぐれも忍者だ。忍者として感情を殺しているわけではないのかもしれない。しぐれが特別なだけかもしれないが……。

 一瞬、彼女のノルティアンの瞳がこちらを見たような気がした。

「……ゼース」

 そして彼女はその男の名と思われる言葉を口にした。口調はやはりアキナ(なま)りだ。

「誰かが……隠れてる」

「何だと!?」

 ばれた!? セトルたちに緊張が走り、彼らは各々の武器に手をかけた。その時――

「――ダークフォール!!」

 突如、二人の頭上に黒い闇の塊が出現し、もの凄い勢いで降下してきた。それは地面に触れると破裂したが、そこに二人の姿はなかった。あの一瞬で彼らはそれを躱していたのだ。

 驚いたサニーが声を上げてしまったが、その破裂音で搔き消され、どうやら聞かれずに済んだようだ。セトルは首都へ向かう途中の船であれと同じ術を見たことがある。

(あの術は確か……)

「くそっ! 誰だぁ!!」

 ゼースという男が吠えるように叫んだ。すると、セトルたちとは反対側の岩陰からサングラスをした女性が二人現れた。

 シャルンとソテラだ!

「――やっと、見つけた……」シャルンが呟いた。「その顔の刺青、忘れはしない……お前は、家族の敵!!」

 シャルンはサングラスの奥からゼースを睨みつけた。彼は何のことかわからないようだったが、口元に酷薄な笑みを浮かべ、両手の爪を広げた。

「フン、何のことか知らねぇが、とりあえず俺に喧嘩売ってるってことは、死ぬ覚悟はできてるんだな?」

「…………」

 ひさめは成行きを見るように一歩下がった。やっぱり、その顔に感情は無い。

「知らない? 惚けるな! お前はわたしの家族を殺したんだ!」

 シャルンは両手に持ったトンファーを強く握りしめた。

「へっ、殺した奴らなんて多すぎていちいち覚えてねぇよ!」

 やはりセトルの感じたままだった。ゼースは吐き捨てるように言うと、周囲の霊素(スピリクル)を爆発させ、立ち上る力の渦を自分の周りに作った。

「だったら、これを見て思い出しなさい!」

「?」

 シャルンはサングラスを掴み、勢いよく投げ捨てた。それに続いてソテラもサングラスを外す。

「赤い瞳……」

 渦が消え、ゼースは驚嘆に呟いてから、一層酷薄さを増した笑みを浮かべ、赤と言うよりオレンジに近いシャルンたちの――《ハーフ》の瞳を見据えた。

「そうか、キサマらはあの時の奴らの……くくくっ」

「思い出したようね……」

 シャルンは安心したようにそう言った。

『ねぇ、どうなってるのよコレ!』

 全く状況を掴めないサニーが声を潜めて言う。

 セトルたちの場所からは彼女たちの瞳は遠すぎて見えないが、その会話から彼女たちがハーフだということをサニーは知ったようだ。

 あの二人と会っているセトルとアランにも何が何だかわからない状態だ。ただ一人、ウェスターだけは、

『なるほど、そういうことでしたか』

 と呟き、この状況がわかっているようだった。

『おいあんた、一人だけわかったような顔してないで教えろ!』

 アランは言うが、ウェスターは答えず、眼鏡の位置を直した。

 その時、この騒ぎに気づいた船の中が慌しくなり、国軍の兵士のような全身鎧を纏った者たちが船上からざわざわと下の様子を見下ろす。

「で? わざわざ俺に殺されに来たと?」

 ゼースはどこか面白がっているようにそう訊いた。

「まさか、わたしはキサマを殺すために来たんだ!」

 一喝し、シャルンはトンファーを前に突きつけた。すると、ソテラが彼女の肩にそっと手を置いて、心配するような目で彼女を見た。

「シャルン、無理は……」

「わかってるわ、ソテラ。大丈夫よ」

 シャルンは振り向いてそう言う。しかし、口ではそう言っているが、奴は何年も追い続けていたシャルンの敵だ。シャルンの性格からして無理をしないわけがない。長い付き合いでソテラにはそれがわかっている。だから、いざというときシャルンを守れるのは自分だけのはず。

「フハハ、吠えるじゃなねぇか! だったら少しでも俺を楽しませろよ!!」

 ゼースは開いた爪を構え、姿勢を低くして走った。

「まずい、助けないと!」

 セトルは岩陰から身を乗り出した。今から駆けつけて間に合うような距離ではないが、それでも二人を助けないと。あのゼースという男は恐らくかなり強い。ただ強いだけじゃなく、相手を殺すことに何の躊躇もない。それは直感的に感じることができた。ひさめや船の兵たちもいる。彼女たちだけではまず勝てない。その時――

「!?」

 ゼースの動きが止まった。気づけばひさめが彼の前に牽制するように立っていた。

 一体いつの間に……。

「おい、どういうつもりだ? ひさめ!」

 ひさめの行動に苛立ちを隠せないゼースが言うと、彼女は感情が無いままゼースの顔を見上げた。

「……ゼース、うちらに余計な戦闘をしてる暇なんか無い」

「うるせぇな、そんなの知るかよ。俺は殺りたい時に殺るんだ! てめぇは黙って後ろで見ていろ! 絶対に手ぇ出すなよ!」

 反発したゼースはひさめを飛び越え、シャルンに襲いかかった。

 シャルンも怯まず、トンファーで応戦しようとするが、リーチは向こうの方が長い。

 ガキン!!

 何かが間に割って入り、金属音が響いた。それは――

「よう、大丈夫か?」

 アランだった。


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