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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-03
27/119

026 新たなる旅立ち

 セトルが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。だが、それは自分の部屋のものではない。

「…………」

 どうやらここはサニーの家のようだ。このベッドも、この村で初めて目を覚ました時と同じものだった。

 セトルが目を覚ましたことに気づいたザンフィが彼の頬を嘗める。

「はは、くすぐったいよ、ザンフィ!」

「おう、目が覚めたようだな、セトル」

 振り向くと、腕を組んだアランが壁に背中を預け、安心したように微笑んでいた。

「アラン……そうだ、みんなは!?」

「ああ、大丈夫だ。みんなとりあえず落ち着いて帰っていったよ。――お前のおかげだぜ!」

 アランははにかんだ笑みを浮かべてそう言ったが、セトルは不思議そうに眉をひそめた。

「僕……の?」

「なんだ、覚えてないのか? お前が放った光でみんなが鎮まったってのによ!」

 そういえば、そんなことがあったような気がする。何となく胸が熱くなってきて、それから――

 セトルは両手を見詰めた。

「僕が……」

「セトル! 気がついたんだね! よかった~」

 ドアが開き、サニーたちが中に入ってきた。

「いやー心配しましたよ」

 と、ウェスターはどこか嘘っぽい笑みを浮かべている。

「セトルちゃん、ありがとね、みんなを止めてくれて」

 ケアリーの声にセトルはいつもの温かさがあるのを感じた。

 セトルは安心して微笑んだ。あんな不思議な力を見せたのに、誰も自分から離れようとしないことに嬉しさを感じずにはいられない。

「あの光も青い瞳の力なんだろうか?」

 セトルの瞳を見詰めながらルードが言うと、アランも頷く。

「そうだな……ウェスター、何かわからないか?」

「さあ、ワースやスラッファがあんな力を使ったところは見たことありませんが……その詮索は、今はやめておきましょう。恐らく、彼自身もわかっていないことでしょうから」

 ウェスターは眼鏡の位置を直し、今もサニーたちと無邪気に会話をしているセトルの方を見た。

(ワースたちならわかるかもしれませんが……知っていても教えてくれないでしょうね)

「それよりセトルちゃん」ケアリーが言った。「また、村を出るって本当なの? さっきウェスターさんが言ってたわ」

「ウェスターさんが!?」

 意外だった。まさか彼からその話をするとは。セトルは彼の方を向いた。

「本当は反対したいのですが、精霊も言ってましたしね」

 セトルと目が合ったウェスターはそう言い、眼鏡を押さえるようにして視線を外す。

「それに、今この村の人たちは心が不安定です。あなたはこのままこの村に残っても大丈夫と思っていますか?」

「……いえ」

 セトルはうなだれた。大丈夫、と信じたいけど、やっぱりあんな力を放てば今までのように接することは難しいだろう。青い目のことだって、人がいいと言ってもみんな慣れるまでそれなりの時間がかかったみたいだし。

「皆が落ち着くまでは村にいない方がいいかもしれません」

「……そうですね……わかりました」

 顔を上げ、セトルは決心したような目でケアリーを見た。

「そういうわけだから、僕行くよ。――大丈夫、必ず戻ってくるから」

「セトルが行くならあたしも行くよ!」

「当然、俺もな」

 サニーとアランは微笑んだ。最初から村を出る予定だったけど、やっぱり二人にそう言ってもらうと嬉しかった。

「サニー、迷子になってウェスターさんに迷惑をかけないようにするのよ」

 スフィラと、それにルードも、サニーがついていくことに反対しなかった。もうそのことも聞いていたのだろう。あるいは、既に悟っていたか――

「わ、わかってるわよ! 大丈夫、大丈夫!」

「そうですね、それで迷惑するのは私ではありませんから」

 ウェスターは意味ありげな笑みを浮かべる。アランが、どういう意味だ、と訊くが、彼は答えずにただ笑った。

「まあいいや……行くなら早い方がいいだろ? 村のみんなから何か変なこと言われる前に村を出ようぜ!」

「そうですね」とウェスター。「セトルももう大丈夫のようですし、準備ができたら村の入り口に集合してください」

 言うと彼は先に家を出ていった。そのあとにアランも一度帰ってくるとか言って出ていった。セトルはベッドから降りると、壁に立てかけてあった自分の剣を手に取る。

「じゃあ、特に準備することないから僕はもう行くよ!」

「気をつけてね」

 ケアリーは優しく微笑んだが、その瞳は寂しそうだった。

「セトル、サニーを頼んだぞ!」

「はい!」

 セトルは元気よく返事をし、ドアノブに手をかけた。

「待ってセトル、一緒に行こ!」

 部屋を出ようとしたセトルにサニーが言う。

「うん、それじゃあ一緒に行こうか」

 外に出ると、一人の男性が様子を窺うようにうろうろしながらカートライトの家を見ていた。それは――

「ウォルフさん……」

 だった。彼はサニーの無事な姿を見ると、どこかほっとしたような顔をし、そしてすまなさそうにしながら二人の元に歩み寄った。

「サニーちゃんすまねぇ、悪いことをした」

 ウォルフのこんな表情をセトルは今まで見たことがなかった。彼はいつも強くて勇ましい、そんな人だった。

「いいよぅ、本意じゃなかったんでしょ?」

 しかしウォルフは俯いた顔を上げなかった。そしてそのまま気まずい空気の中、時間だけが過ぎていった。

「……優しいな、サニーちゃんは……」

 どれくらい経っただろう、ウォルフは呟くようにそう言って踵を返した。

「僕たちしばらく村を出ることにしました。アランも一緒です」

「ああ、さっきアランから聞いたよ。俺も、その方がいいと思う」

 振り返らずにウォルフは言い、そのまま歩き始めた。

「今度お前らが帰ってくるまでには、この村を前と同じ平和な状態にしとくさ」

 そう言い残し、彼は広場へ続く階段の向こうへと消えた。

 もうこの村にあんな争いは起こらないだろう。そう信じたい。

「じゃあ、僕らも行こうか。アランたちが待ってる」

「うん……」

 サニーは頷いた。そして何度か家の方を振り返りつつ、アランたちが待つ村の入り口へ向かった。


        ✝ ✝ ✝


「お、意外と早かったな!」

 村のアーチに凭れていたアランは、二人の姿を見つけてそう言った。

「ウォルフさん……居たろ?」

「うん……サニーに謝ってた」

「やっぱりな。さっさと中に入ればいいのに、あの人昔からああだったからな」

 そうだったんだ、とセトルは思った。同時に二年という月日がいかに短いかということも感じた。

(二年経っても、みんなのこと、知らないこと多いなぁ……)

 セトルは誰もいない広場を見下ろした。

「それで、これからどこに行くの?」

 サニーは暗い雰囲気を払うように明るい声でウェスターにそう訊いた。

「《ロッケリーバレー》というところです。知ってますか?」

「えーと、インティルケープからずーっと行ったところにあるところよね?」

 サニーは思い出すように人差し指を顎に押しつけてそう答えた。セトルも行ったことはないが、どんなところかぐらいは聞いたことがある。確か、常に強風の吹き荒れる乾いた谷、だった気がする。

「ええ、そこに風の精霊『アイレ』が居と聞いています。我々がやろうとしていることには精霊の協力が必要です」

 ウェスターは眼鏡の位置を直した。

「厳しい戦いになります。本当にいいのですか?」

 何を今さらと思ったが、セトルたちは皆、頷いた。

「当たり前だろ、そんなこと俺は最初から覚悟してるぜ!」

 とアラン。

「それに、今から戻るのもおかしいじゃん! パパたちに行くって言っちゃたし」

 手の甲を両腰にあててサニーが言う。すると、ウェスターは微笑み、そうですね、と呟いた。

「僕は、もっと自分のことが知りたい……この旅で、それを見つけてみせます!」

 セトルは拳に力を込める。

「行こう! ロッケリーバレーへ!」

 静まり返ったアスカリア村を跡に、彼らは新たな旅立ちを迎えた。世界をまだ見ぬ危機から救うために――。


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