表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-16
116/119

115 運命の分かつ時

 尻餅をついたセトルの首に、剣の切っ先が向けられる。

「セトル!?」

 まだ自分の治療を終えてないサニーが叫ぶ。治癒術で自分を治すのは難しいのだ。

「どうした、セルディアス。神剣を持ったとしてもこんなものなのか?」

 く、とセトルは呻く。ワースは強い。それも圧倒的だ。神剣を持っていなくたって、彼の力はセトルより一枚も二枚も上手だ。とてもじゃないが、勝てる相手ではない。

 ――今までならば。

「そんなわけないよ」

 キン、と突きつけられた〝神剣〟デュランダルを弾く。

 そしてセトルは飛び起きるように後ろに大きく跳躍する。

「ほう」

 とワースは感嘆の声を上げる。セトルはミスティルテインを構え直す。次の瞬間、両者同時に地を蹴った。一瞬で距離が縮まり、再び神剣同士の激突が始まる。

 周囲の空気を劈くような剣撃音。

「兄さん、本当にテュールは世界分離を望んでるの?」

「テュールの意志はオレたち自身だ。それに、話し合いは先程終わったはずだ!」

 ガキン、とセトルの剣が弾かれる。できてしまったその隙にワースの掌底が打ち込まれる。咄嗟に身を捻って躱し、セトルはその捻った遠心力のまま剣を一閃。しかし、ワースもそれを躱す。


 サニーの治療が終わった。足が動くようになる。でも、どうしようもない。

 自分の力は非力すぎる。ここまでついてきといて何もできないなんて悔しい。

 だから、セトルは一人で行こうとしたのだろうか。自分では、足手纏いになるから。

(あたし、お荷物だよね……)

 手に持った扇子を強く握る。セトルを庇っただけじゃ役に立ってるとは言わない。それで自分が怪我して……その時のセトルの顔はすごく悲しそうだった。

 すると、ザンフィが肩に登って来て鼻を頬にあててきた。

 まるで自分の不満と不安をわかってくれたようだ。

(そうだ! 何かしなくちゃ、役に立たなくちゃ、ここまで来た意味がないじゃない)

 サニーは扇子をバッと広げた。

 自分にできることを、

 セトルの助けになれることを、

 ここにいる自分がやらなくてどうするというのだ。

「あたしの最高の霊術、ぶつけてみるね」

 肩のザンフィに微笑む。ザンフィをそれに答えるように鳴いた。


「――漆黒の闇を屠る裁きの煌きよ」

 サニーの詠唱が聞こえ、セトルとワースは同時に彼女の方を振り向いた。

「何かするようだな」

 ワースはそう言うが、別に止めようとはしない。自分は常時『神壁の虹(ヘブンリーミュラル)』によって霊術から守られている存在だ。彼女がどんな上級霊術を唱えようとも、無駄なこと。

「サニー!」

 セトルは止めようと叫ぶが、彼女の詠唱は止まらない。

「――我が声に応え、天界より降り注がん」

「セルディアス、余所見をしている余裕はないぞ」

 振り下ろされたデュランダルを、セトルは寸でのところ受け止めた。

(あのサニーの詠唱……聞いたことない)

 これは彼女に賭けてもいいかもしれない。とセトルは少し思った。たとえそれが兄に効かなくとも、何らかしらの隙を生んでくれるかもしれない。

「――運命に縛られし者を、解き放て」

 詠唱が、完成を迎える。

「あたしの想い、届いて!―― ジャッジメント・オブ・フェイト!!」

 空が、割れた。

 いや、光の亀裂が入ったのだ。

 そこから、巨大な光の柱が落ちる。それは、目を見開いて上空のそれを見詰めていたワースを呑みこんだ。

 近くにいたセトルには聞こえた。中で、もの凄い反発音が繰り返されている。

 光が止んだ。ワースは――まだ立っている。

 それを見た瞬間、セトルは走った。走って、サニーの術を防いだ反動で動けないワースを、初めて本当の驚愕の表情を見せている兄を、刺突の構えに持ったミスティルテインで突き刺した。

「がはっ! ……ば、バカな……」

 吐血するワース。セトルが剣を抜くと、彼はその場に倒れ――なかった。

「……こんなものでは、終われない」

「な!?」

 ワースはセトルの腕を掴み、怪我を負っているとは思えない力で投げ飛ばした。勢いが止まらない。床と水平にどこまでも飛んでいきそうだ。

 しかしまずい、このままでは神の階から落ちてしまう。

「セトル!」

 サニーが叫ぶ。が、彼女にも、セトル自身にも、どうすることもできなかった。

 だが、落ちる寸前で腕が何かに引っ掛かった。いや違う。誰かに掴まれたのだ。

「あっぶねえ~。おい、セトル、大丈夫かよ?」

 腕を掴んでくれたのは、ボロボロになっている親友兼兄貴分のアラン・ハイドンだった。彼の横には、シャルン・エリエンタール、ウェスター・トウェーン、雨森しぐれ、みんないる。

 みんな傷だらけだが、無事だった。セトルは安堵しながら立ち上がる。

「みんなー!」

 サニーとザンフィが駆け寄ってくる。これで全員揃った。今度こそ兄、ガルワース・レイ・ローマルケイトを――

「ワースは……どこや?」

 しぐれが眉を顰める。皆の視線の先に、ワースの姿はなかった。ただ、テュールマターだけが存在感を顕にしている。

「上です!」

 ウェスターの声に、皆は一斉に上空を見やる。

「なに……あれ……?」

 シャルンが驚きの声で呟く。

 そこには、赤黄色の強い輝きを放つワースが、まるで太陽神でも降臨してきたように浮かんでいた。神々しすぎる。セトルの刺した傷は、なぜか塞がって血の染みさえ見当たらない。

「兄さんの……本気だ」

 セトルは一人、そう呟くように言って前に出る。

「セトル、どうするつもりですか?」

 ウェスターが訊く。

「決まってる。僕も本気をぶつけるよ」

『ああ、アレをやるのか。力に押し潰されるなよ』

 戦闘時は口を挟まないはずのピアリオンの声が頭に流れる。言われずとも、そんなことは絶対にない。

 皆が心配そうな顔をして見ている。

 次の瞬間、セトルに青白い、ワースと同じくらい強い輝きが纏った。〝神剣〟ミスティルテインを構える。

 上空から、ワースの声が降る。

「セルディアス。世界の存続と分離を賭けた最後の勝負だ。負けた方は、間違いなく消滅するだろう」

 ワースのあの位置、負けて消滅するのはセトルだけではない。仲間たちも皆、巻き添えになってしまう。負けるわけにはいかない。

「行くよ、兄さん。いや、ガルワース!」

「いいぞ。来い、セルディアス!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ