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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-14
103/119

102 神の階

 ピアリオンが地面に降り立ち、始まりの合図を言った瞬間、セトルが消えた。刹那、ピアリオンの背後に神剣を振り被ったセトルが出現する。ウェスターとノックスはその一瞬の出来事に驚愕した。今までのセトルならここまでの動きはできなかったはずである。

 これが神剣のもたらした力ということだろう。

「ほう、それほどなら神剣を持つに相応しいな」

 ピアリオンはそう呟くと、後ろを見ないままセトルの一閃を横にスッと移動しただけで躱した。

 しかし、空気を斬りながら、セトルはもう次の攻撃の準備に取り掛かっていた。神剣に青白い輝きを纏わせる。

 神霊術付加である。

「はぁ!」

 神剣を横にいるピアリオンに向かって薙ぐ。が、

「――ディレイ」

 ピアリオンが呟いた途端、セトルの動きが急激に遅くなった。

「あれは」

 ノックスが銃を撃ち、セトルからピアリオンを引き離す。

「ディレイ、対象の周りに流れる時間を遅める時霊術ですね」

 ウェスターが眼鏡を押さえて敵の技の分析をする。

「こ……の……」

 セトルの蒼眼が煌いた。次の瞬間、セトルにかかっていた霊術が消え、周りの時間が通常に戻る。

 すぐにピアリオンの姿を捜した。それはどこにも見当たらなかった。

「どこに……」

「上です!」

 ウェスターに言われ、セトルはバッとその場から飛び退いた。一瞬前までいた場所に、上空にいたピアリオンが放った光線が直撃する。小規模な爆発が発生し、セトルは腕をクロスさせてその衝撃波から身を守るが、吹き飛んでしまう。

「――白銀の氷柱に抱かれ砕けよ、アブソリュート・クラッシュ!!」

 ピアリオンの着地と共にウェスターの霊術が発動。ピアリオンを中心に白い霧のようなものが発生し、刹那、周囲の氷霊素(アイススピリクル)が巨大な氷となってピアリオンを包み込んだ。そして、パリンと爽快な音を立てて崩れる。が、そこにピアリオンの姿はなかった。舌打ちするウェスター。

「何だ?」

 セトルの前の空間に歪みが発生する。そして渦巻くような歪みから、ゆっくりとピアリオンが姿を現していく。

「空間転移。流石は時と空間を司る精霊だね」

 ノックスが面白いものを見ているようにニヤける。ピアリオンの顔がはっきり見えてくると、彼は余裕の笑みで口元を歪める。

「どんなに頑張ろうと、お前たちは私を傷つけることはできな――」

 ピアリオンは言葉を途中で止めた。そこにいたセトルが、青白いオーラを神剣に纏わせて振り払っていたからだ。

「――蒼天飛刃撃(そうてんひじんげき)!!」

 剣から放たれた凄まじい裂風が、青白い光を纏ってピアリオンに迫り来る。通常の飛刃衝に神霊術を付加させた奥義だ。

 ピアリオンは目の前に迫る危機に眉一つ動かすことなく、フッと目を閉じて言う。

「私が話しているんだ。最後まで聞くのが礼儀だろう」

「あなたに傷をつけないと契約はできない。隙があれば攻撃するだけです」

 セトルの言い分を聞き、ピアリオンは目を半開きに開く。もう裂風はすぐそこまで来ている。彼は片手を前に掲げた。と、見えない力場のようなものがセトルの裂風を完全に弾き消し飛ばした。

「な!?」

 驚愕するセトル。今のは全力で放ったはずだ。それなのにこうも簡単に防がれるとは。他の精霊たちとは格どころか次元が違う。

 ピアリオンは石碑の前に立ち、ふわっと宙に浮き上がる。そして、満足げに微笑んだ。

「だから言った通りだろう。だが、まあ合格だ」

「え……?」

 セトル、ウェスター、ノックス、三人ともピアリオンの言葉に目を点にする。

「だから、合格だと言ったのだ。力を見れればそれでいいんだ。何も私を倒す必要はない。何せそれは不可能だからな。召喚士、さっさと儀を済ませろ」

 セトルたちは顔を見合し、石碑の前に集まった。

『何だ、あのいいかげんな精霊は?』

 集まるなり、セトルが小声で不満をノックスにぶつける。しかしノックスは、そうだね、とただ笑うだけである。

『とにかく、ああ言ってくれているのですし、契約の儀を済ませてしまいましょう』

 ウェスターがそう言い、ピアリオンに向き合って一歩前に出る。

「我、召喚士の名において、時の精霊ピアリオンと盟約する……」

 天から一条の光が伸び、その中にピアリオンが消えていく。精霊の契約、だいぶ久しぶりである。流石にこれは他の精霊たちと同じ――ではなかった。

「!?」

 恐らくはダイヤモンドの指輪としてウェスターの掌に残るものと思われたのだが、ピアリオンの無色透明な輝きは、ウェスターではなくセトルの神剣ミスティルテインに宿った。

「セトル、どういうことです?」

「僕に聞かれても……」

 珍しくウェスターが睨むようにセトルを見ている。精霊が自分の元に来なかったのがよっぽど不満なのだろうか。すると、神剣からピアリオンの声が頭に流れてくる。

『私が宿ることでミスティルテインが強化すると言っただろう。フフ、そうふて腐れるな、召喚士。指輪がなくとも、どこにいようとも召喚術には応えてやるさ』

「そうですか。それなら、まあいいでしょう」

 納得したウェスターが眼鏡の位置を直したその時、ゴゴゴ、と地鳴りのような轟音がし、半秒後に大地がこれまでにないほど大きく揺れ始めた。まるで星全体が揺れているような大きさである。

「地震!? これは、まさか……」

 立っていることなどできず、セトルは地面に膝をついた。

「遅かった!?」

 同じように膝をついたウェスターが叫ぶように言う。この地震はもう全てが遅く、ワースは既に世界分離を実行していることを現しているのだろうか?

「いや」

 ノックスが尻餅をついたような体勢で否定する。

「まだ『神の階』が見えていない。たぶん、これはそれが出現する前兆」

 揺れはほんの数秒で収まったが、それがもの凄く長く感じられたのは言うまでもない。

「収まった……」

「前兆とはどういうことです、ノックス?」

 三人は立ち上がり、ウェスターがノックスの揺れている間に言った言葉について訊く。ノックスは真面目な顔で、

「上を見てごらん」

 と天を指差す。

「上?―― !?」

 ノックスに言われた通り上を見た二人は驚愕に目を見開いた。空が、まだ昼間だというのに夜のように暗くなっている。だが、そういう色になっただけで太陽はあり、周りは普通の明るさを保っている。しかし、二人が驚愕したのはそんなことではなかった。

「何ですか……あれは?」

 ウェスターが見ている先、暗い空の中に、一本の光の軌跡のようなものがずっと伸びていた。

「あれが、『神の階』だよ」

 答えたのはセトルである。その時、ミスティルテインが輝き、ピアリオンが石碑の前に姿を現す。

「いよいよもって時間がないな。あれが出たということは、テュールの使徒どもは既にテューレンにいるということになる」

 天を仰いでそう言うと、彼はセトルたちを向いて次の道を示す。

「テューレンへは、『絶巓の神殿』より行くことができる。鍵は神剣だ。急げ」

 そして輝きに戻り、ミスティルテインへと戻っていく。

「『絶巓の神殿』……聞いたことありませんね。何かの例えでしょうか?」

「……」

 ウェスターが顎に手をあてて考え込むその後ろで、セトルは一人暗く深刻な表情をして僅かに俯いていた。

(みんなには言うべきか。でもこれ以上は……)

 セトルは迷っていた。もう自分だけの問題ではないことはわかっているのだが、できれば皆を、仲間をこれ以上危険な場所に連れて行けない。テューレンに行って、たとえ兄を倒すことができても、そこから無事に戻って来られる保証はない。自分たちが来られたのだから戻れるという甘いものではないのだ。

(どうしよう……)

「……」

 そのセトルの悩みを探るようにノックスが真剣な表情で見詰めているのを、セトルは気づいてはいなかった。

「ここで考えても仕方ありませんね。一旦戻りましょうか」

 ウェスターが思考を中断して息をつくと、ノックスが思わず殴りたくなるようないつもの笑みを顔に貼りつけて言う。

「あー、ウェスター。僕はティンバルクに残るよ。ちょっと調べたいことがあるからさ。あと僕の愛しのセトル君、何か気づいているようなら、ちゃんとみんなに言った方がいいよ♪」

「――ッ!?」

 心を読まれた!? セトルはそんな驚きの表情でノックスを見る。だが、それでウェスターにも気づかれてしまった。

「セトル、何か知っているのですか?」

「あー、えっと……みんな揃ってから話すよ」

 とりあえず今はそう言っておくことにした。

(『絶巓の神殿』、僕はそこを知っている。ノックスの言う通り、やっぱりみんなには話すべきだろうな)

 ウェスターが、そうですか、と今はそれで納得し、突き詰めるようなことはしなかった。

 そして、セトルたちはティンバルクにノックスを残し、首都セイントカラカスブルグに戻った。


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