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遠き声

掲載日:2026/10/23

 大きな声でしゃべる男の子だなと思いながらコーヒーを入れる。徹夜明けなのでぼんやり聞いているが、朝の登校で小学生がマンションの前を通る元気な声だ。夏ももう終わりだ。そうか、もう8時になるのか。ここはマンションの7階だけど、子供たちの声がよく聞こえる。昨晩から今までの私は、ネットショッピングでずいぶんいろいろと調べながら考え続けていた。

「じゃあ、行ってくるね」母が会社に出勤していった。

寝ようか、このままネットを続けるか、考えながらコーヒーを飲む。無職の私が過ごすのはそんな毎日だ。そんな自堕落な日々だが、夜になると元気が出ていろいろやりたくなる。この日の夜は食器棚を移動させたくて、夕飯時にお酒を飲んだ後、夜中2時に食器を全部出して床に並べ、棚を移動させ、少し腰を痛めながらまた食器を収納した。


 秋になったのか、朝の冷たい風を感じるようになった。徹夜明けのせいか、子供の声が癇に障るようになった。今日もあの男の子の声はひときわハッキリしていて、気になる。毎日よく通る声で話している。気にするようになってから、下校時の声もよく分かり聞こえるようになった。友達とはしゃいていた。この日私は朝方に寝て夕方に起きた。そして夜中1時に元気になったので、風呂場の桟の汚れを歯ブラシで掃除して、雑巾で拭きとる作業をした。なぜか過去を思い返し、自分のツイテなさを嘆き悲しんで泣きながら掃除をしていた。


 金木犀の香りがする。その香りに心穏やかになるかと思いきや、私はだんだんあの声の大きな男の子が嫌になってきた。その声が苦手になったらしく、イライラして少し怒りの感情が出てきた。そしてそれを誤魔化すためか、自分のやり場のない衝動的な気持ちをそらすためか、男の子が言っていた事を口マネしたりして発散させていた。今日男の子はちょうど歌を歌いながら友達と帰っていったので、私もその歌を歌った。森のくまさんだった。この日は夜、母が寝たらすぐにYouTubeで音楽を聴きながら生地をこね、パンを焼いた。夜中3時に歌を歌いながら、フランスパンを焼いて、練乳を使いミルクフランスを作った。発酵にたっぷり時間をかけたので、朝までかかった。立ちっぱなしで何時間も作業をしていたので、朝には頭の芯がボゥッとして痺れていた。


 すっかり寒くなって、炬燵にあたりながら日々を過ごす。私は頭に入るからという理由で、新聞を音読していた。夕方、声を出して読んでいると下校中のあの男の子が急にマネをして私の読んだ記事をリピートして大きな声で言い始めたのだ。まさかマンション7階の声が下に聞こえるのかと驚いた。でも私も散歩中にとあるマンションの前を通った時、そこからの声を道で聞いた事があるのでありうる話だ。聞こえるスポットが確実にあるのだと思った。それは窓の位置や風の向きなどで決まるのだろう。私が読み上げる端から彼も同じように同じ内容をしゃべるのだ。嫌がらせか?とショックを受けたが、途中から面白くなって得意げになって読んだ。彼はまた同じように私が読み上げた記事通りしゃべった。


 うるさい男の子に段々腹が立ってきた私は、角が立たないように復讐することにした。タロットだ。幼い頃に遊び用に買ってもらったタロットカードを取り出して、彼が悪いということを証明してもらうことにしたのだ。タロットカードについていた本は子供用なので5つ位の簡単な占い方が載っていた。私はその占いの中の「ワウ・スプレッド」で占うことにした。これはどちらが良いか?という二者択一の占いだ。夕方、男の子が友達とふざけ合っている声を聞きながら、さっそく、このような状態で彼が大声をあげている、私が彼をうるさいと言うことが悪いのか、彼が悪いのか判断して欲しいと占った。V字の形にカードを並べ、最終のカードは右側が男の子、左側が私と決めた。両方のカードをあけていく。すると彼の方のカードは世界の正位置が、私の方は隠者の逆位置が出た。世界は完成をあらわすとても良いカードだ。私の隠者逆位置は良くないカードだった。タロットは彼を悪くないと言うのだ。私は納得がいかず、丁寧にカードを混ぜて何度も何度も占ったが何度も何度も男の子の方には世界のカードが出た。その頻度の高さに驚き、恐れを感じた。タロットは怖いと思った。


 冷たい風が吹く中、窓を閉めても彼は私の口マネをした。そんな中で声が2つに増えた。友達らしい女の子も登場してきたのだ。彼は窓側から、女の子は勝手口の方から私が口にすることをそのまま繰り返した。私がしている新聞の音読がうるさいから、彼らも怒っているのだろうか?マンション周りに子供たちの声が増えていった。私を面白いと思って、彼が呼んできたのだろうか。母に話すと、

「子供の声がするなんて当たり前でしょ、気にする必要なんてないわよ」とにべもなかった。確かにこのマンションには小学生が何人か住んでいるし、通学路だから子供の声がするのは普通のことなのだ。しかし私は声に消耗するようになっていった。ただ口マネをされる、それを攻撃されているように感じる苦しい日々に煩悶した。口数が少なくなり、声がするとなるべく聞かないように部屋を移動した。


 そんなある日、私はリビングで寝ていたが、何か母が玉ねぎでも切っているのか涙が止まらなくなった。目が開けられない程なのだ。少しして会社から帰宅して来た母に、私は言った。

「病院に行こうと思う」。


 










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