第5話 夢想封印
――世界が、揺れている。
上も下も、内も外も。
当たるも、当たらないも。
すべてが曖昧になり、境界がほどけていく。
弾幕は空間に溶け、空間は意味を失い、
“戦い”そのものが消えかけていた
「……まだ、決まってないよ」
少女の声が響く。
近くで聞こえた気もするし、遠くから聞こえた気もする。
位置すら、確定しない。
「ここも」
「あなたも」
「私も」
「全部、まだ決まってない」
その言葉に応じるように、
霊夢の身体の輪郭が、わずかに揺らぐ。
存在が、“薄くなる”。
このままでは――
“存在しているかどうか”すら未定義になる
「……ふざけないでよ」
小さく、呟く。
だがその声は確かに響いた。
まだ、消えていない。
まだ、“ある”。
「決めるって言ったでしょ」
霊夢は、ゆっくりと目を閉じる。
深く、息を吸う。
感じる。
この世界を。
幻想郷を。
境界を。
人と妖怪。
内と外。
夢と現実。
“分かれているからこそ成立しているもの”
それらを、一つ一つ意識する。
曖昧になっていた輪郭を、掴み直す。
「……これが、幻想郷よ」
目を開く。
その瞳は、もう揺れていなかった。
「決める場所なの」
その瞬間。
霊夢の周囲に、結界が広がる。
見えない線が、世界を切り分ける。
上と下。
内と外。
境界が、戻ってくる。
「へえ」
少女の声が、少しだけ近づいた。
「“そうやって決める”んだ」
「そうよ」
霊夢は答える。
「私は、そういう役目だから」
一歩、踏み出す。
今度は確かに、地面がある。
“立っている”と決まっている
「でもさ」
少女が言う。
「それって、“そうすることにした”だけだよね」
「ええ」
霊夢は否定しない。
「そうよ」
「じゃあ」
少女が、静かに問う。
「“そうしない”って決めたら?」
世界が、再び揺らぐ。
境界が、ほどけかける。
だが――
「それでもいいわ」
霊夢は、迷わず答えた。
「え?」
少女の声が、わずかに揺れる。
「別に、“どっちでもいい”のよ」
札を構える。
霊力が、静かに集まる。
「でも」
一歩、前に出る。
「私は“こうする”って決める」
その瞬間。
世界が、収束する。
無数に分かれていた可能性が、
一つにまとまっていく。
当たるか、当たらないか。
あるか、ないか。
勝つか、負けるか。
すべてが、“一つ”になる
「……あ」
少女の声が、初めて揺れた。
「それって」
霊夢は、静かに言い放つ。
「夢想封印」
光が弾ける。
紅白の霊力が、一直線に少女へと収束する。
逃げ場はない。
回避も、防御もない。
なぜなら――
“当たる”と決まったから
光は、少女を包み込んだ。
その瞬間。
世界が、完全に固定される。
上は上。
下は下。
内は内。
外は外。
すべての境界が、確定する。
そして。
「当たった」
それが、現実になる。
静寂。
光が収まる。
そこに立っていたのは――
変わらず、少女だった。
ただし。
その輪郭は、先ほどよりもはっきりしている。
「……決まっちゃったね」
小さく、呟く。
その声は、今度は確かにそこにあった。
「そうね」
霊夢は、札を下ろす。
「今回は、私の勝ち」
少女は、少しだけ考えるように目を細めてから、
ふっと笑った。
「うん」
「“そういうこと”にしよっか」
その瞬間。
少女の輪郭が、ふっと薄れる。
存在が、曖昧になっていく。
「……また来るでしょ」
霊夢が言う。
少女は、消えかけながら答えた。
「うーん」
「それも――」
少しだけ間を置いて、
「まだ決まってない」
そして、完全に消えた。
風が吹く。
境内は、元の静けさを取り戻していた。
空は青く、
地面は固く、
世界は、ちゃんと分かれている。
霊夢は、ゆっくりと息を吐いた。
「……疲れた」
その言葉だけが、現実だった。




