表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第3話 境界以前の存在

 ――空間が、わずかに軋んだ。


 霊夢がスペルカードルールを宣言した瞬間、


 曖昧だった世界に、ほんの少しだけ“輪郭”が戻る。


 上と下。


 内と外。


 当たると当たらない。


 それらが、かろうじて区別され始める。


 だが――


「へえ」


 少女はそれを眺めながら、感心したように呟いた。


「“そうやって決める”んだ」


 まるで初めて見る遊びのように。


「……あんたね」


 霊夢は構えたまま言う。


「その余裕、あとで後悔するわよ」


「後悔?」


 少女は首を傾げる。


「それも、まだ決まってないね」


 霊夢は軽く舌打ちした。


 話が通じているようで、根本が噛み合わない。


 だが、それでも――


今は“戦いが成立している”


 それだけで十分だった。


 札を構え、霊力を練る。


 次の瞬間、動こうとした――その時。


 空間に、裂け目が走った。


「ちょっと待ちなさいな」


 聞き慣れた声。


 スキマが開き、そこから顔を覗かせたのは、


 八雲紫だった。


「……あんた、やっぱり来たのね」


 霊夢はため息をつく。


「そりゃあ来るわよ」


 紫はゆっくりと現れながら、少女へと視線を向ける。


 その表情は、いつもの余裕を残しつつも――


わずかに緊張していた


「……あら」


 少女も、紫を見る。


「あなたも“境界”なの?」


 問いかけ。


 だが、その言葉の意味は重い。


 紫は一瞬だけ目を細めた。


「ええ、まあね」


「境界を操る程度の能力よ」


「ふーん」


 少女は頷く。


「じゃあ、“境界がある”前提なんだ」


 空気が、凍る。


 霊夢はその言葉の意味を理解しきれないまま、


 紫を見る。


 紫は、静かに息を吐いた。


「……霊夢」


「何よ」


「それ、“普通の異変じゃない”わ」


「もう分かってるわよ」


「いいえ、まだ分かってない」


 紫は、少女から目を離さずに言う。


「あれは、“境界の外”ですらない」


「……は?」


「外ですらない?」


 霊夢の眉がひそまる。


「どういうこと?」


 紫は、少しだけ考えるように目を閉じてから、


 言葉を選ぶように口を開いた。


「私の能力は、“境界を操る”もの」


「内と外、人と妖怪、現実と幻想――」


「そういう“分かれているもの”を扱う力よ」


「それは知ってる」


 霊夢が頷く。


「でもね」


 紫は、ゆっくりと続けた。


「あれは、“分かれる前”なの」


 沈黙。


 風が止まったように、世界が静まり返る。


「……分かれる前?」


 霊夢が繰り返す。


「ええ」


「境界があるから、“内”と“外”がある」


「でも――」


 紫は、少女を見据える。


「境界がまだ“成立していない”なら?」


 霊夢の思考が、一瞬止まった。


 内も外もない。


 人も妖怪もない。


 当たるも当たらないもない。


 それは――


“何も決まっていない状態”


「……そんなの、存在できるの?」


 思わず漏れる疑問。


 紫は、ゆっくりと首を振る。


「普通はね、できないわ」


「でも――」


 視線を細める。


「幻想郷は“境界で成立している世界”よ」


「……だから?」


「境界を維持しすぎたのよ」


 静かに、しかしはっきりと。


「内と外を分けて」


「人と妖怪を分けて」


「幻想と現実を分けて」


「ずっと、“分け続けてきた”」


 霊夢は、わずかに目を見開く。


「それが……何だっていうのよ」


「偏るのよ」


 紫は言う。


「“分けること”に偏れば、どうなると思う?」


 霊夢は答えない。


 だが、直感的に分かる。


 分ける。


 区別する。


 定義する。


 それが極まれば――


「……“分けられないもの”が出てくる?」


「そう」


 紫は頷く。


「それが、あれ」


 少女は、二人の会話を静かに聞いていた。


 まるで、自分の話ではないかのように。


「私はね」


 少女が口を開く。


「別に、何かを壊したいわけじゃないんだ」


 淡々とした声。


「ただ、“決まってない”だけ」


「……」


「どっちでもいいし、どっちでもないし」


「どっちにもなれる」


 ゆっくりと一歩、踏み出す。


 その足元は、やはり曖昧だった。


「ねえ」


 霊夢を見る。


「決めるの?」


 問い。


 単純で、しかし重い。


 霊夢は、ゆっくりと札を構え直した。


 今、はっきりと理解する。


これは“敵”じゃない


“揺らぎ”だ


 そして同時に。


放置すれば、幻想郷は崩れる


「……決めるわよ」


 短く、強く。


「そう」


 少女は微笑む。


「じゃあ、見せて」


 空気が震える。


 未定義と、定義。


 二つがぶつかる瞬間。


 紫は一歩引きながら、小さく呟いた。


「……さあ、どうするのかしらね」


 霊夢の背中を見ながら。


“境界を成立させる者”が、どうやって勝つのか


 その答えを、見届けるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ