第1話 未定義の異変
――最初は、ほんの些細な違和感だった。
博麗神社の境内。
いつも通りの静かな昼下がり。
霊夢は縁側に座りながら、お茶を啜っていた。
風は穏やかで、空は青く、鳥の声も聞こえる。
何も変わらない、いつもの幻想郷――のはずだった。
「……おかしいわね」
ぽつりと、霊夢は呟く。
何が、とは言えない。
ただ、確かに“何かがズレている”。
例えば。
目の前にある石段。
それは確かに“そこにある”はずなのに、
どこか輪郭が曖昧に見えた。
触れれば普通に固い。
でも、視界に映るそれは、どこか“確定していない”ように揺らいでいる。
「……気のせい?」
そう言って立ち上がる。
が、その瞬間。
足元の感覚が、一瞬だけ消えた。
「……っ」
踏み出したはずの足が、“地面にあるのかどうか分からない”感覚。
次の瞬間には、普通に着地している。
何事もなかったかのように。
「……は?」
霊夢は眉をひそめた。
今のは、明らかにおかしい。
浮いたわけじゃない。
でも、落ちたわけでもない。
ただ――
“立っているかどうかが未定義だった”
そんな感覚。
「……これ、異変よね」
断言する。
幻想郷で“曖昧”はありえない。
ここは、境界によって成立している世界だ。
内と外。
人と妖怪。
夢と現実。
それらがきちんと分かれているからこそ、この世界は安定している。
なのに今、
“分かれていない”
霊夢は空を見上げる。
青空は、やはりどこか輪郭が曖昧だった。
遠くに見える山も、微妙に“揺らいでいる”。
「……紫の仕業?」
真っ先に思い浮かぶのは、あのスキマ妖怪。
だが――
「いや、違うわね」
霊夢は首を振る。
あれは“境界を操る”能力だ。
なら、境界は存在しているはずだ。
今のこれは違う。
境界そのものが“成立していない”
――その時だった。
「まだ決まってないよ」
背後から、声がした。
霊夢は反射的に振り返る。
そこにいたのは――
一人の少女だった。
巫女服に似た装い。
けれど、その輪郭はどこか曖昧で、
まるで存在が“確定していない”かのように揺れている。
髪の色も、白にも黒にも見える。
瞳も、左右で違う色をしているようで、でもよく分からない。
「……誰?」
霊夢が問う。
少女は、少しだけ首を傾げて、
淡々と答えた。
「うーん……それも、まだ決まってない」
「は?」
「名前も、立場も、意味も」
少女は微笑む。
「全部、これから決められるよ」
霊夢は、ゆっくりと札を構えた。
この時点で、理解する。
これは“普通の異変じゃない”
そして少女は、続けた。
「ねえ」
「決める?」
一歩、踏み出す。
その足元は、やはり曖昧だった。
「それとも――」
「決めないままにする?」




