8章
八章一節
再びリングへと立つタダンカ。
砂の舞う闘技場の中心で、猫耳をぴんと立てながら、軽装の革鎧を着込んだその身体が、観客の熱視線を一身に浴びていた。
対して、リング向かいのエレベーター。
ゴウンと重い音を立て、上昇してくる。
そして現れたのは、ひょろりとした長身の若者だった、
メガネをかけ、控えめな身のこなし。
身長は2メートル近くもあるが、まるで影のように頼りなく、姿勢もやや猫背。
「は、はは……。」
タダンカの視線に気づいたその男は、怯えたように小さく笑い、首をすくめる。
そしておもむろに懐から取り出したのはリボルバー銃。
いや、あれはその形をした召喚器だ!
「アージァ、召喚……!」
その一言と共に、若者がリボルバーの引き金を引く。
次の瞬間、リングに轟音が響いた。
まばゆい閃光の中から、降臨者が姿を現す。
「ふむ。この気配……戦か。」
両肩を露わにした中国拳法家風の上衣に、道着のズボン。長く編まれたツインテールの髪が、背中で鞭のように揺れる。
鍛え上げられた肉体は、これから起こる超常的な技の数々を予見させ、そこに立つだけで圧倒的な風格を誇示していた。
「タクト、このバカ弟子が!敵を前に、なぁーにをボーッと突っ立っておる!」
「し、師匠……!今日は、貴方の戦いから学ばせていただきたく!」
「なんだと!?」
タクトと呼ばれた転生者の発言に、アージァは一瞬目を瞬かせる。
もはやどちらが主なのかすら分からない物言いに俺達が驚くなか、アージァは弟子の成長を喜ぶように小さく笑みを浮かべ、簡単な構えをとった。
「良いだろう、タクト。貴様はそこで、師の拳を瞳の奥底にまで焼き付けておけぃ!」
タダンカはそのやり取りを、ぽかんと口を開けて見つめていたが、やがてくすっと笑う。
「……面白そうじゃん。拳で語る系、嫌いじゃないよ!」
実況席から、朗々と響く紹介の声。
『さあ、お待たせしました!本日のブロンズランク二回戦!描写限界すれすれの猫耳ふんどし戦士、タダンカァアア!』
どっと湧く観客席。前回の戦いを思い出しているのか、笑いと歓声が入り混じる。
『そして対するは!敗けを知らない不屈の拳士!強さ間違いなしの伝説級。《拳を極めし者》!我らが至高の求道者、アージァアアアア!!』
アナウンサーの熱のこもった盛大な実況に、客席が沸く。
「笑止千万!このアージァが相手をしてやろうというのだ!存分にかかってくるがよいッ!」
リング中央に歩み寄る二人。
タダンカが口元に笑みを浮かべ、右手で軽く拳を構える。
「じゃあ、行くよ師匠。手加減はしないからねっ!」
アージァも応じるように、深く腰を落とす。
「小娘、拳で語る者に年齢も性別も関係なし。来い、拳士タダンカよ!」
そして。
開戦の鐘が闘技場に鳴り響いた。
砂を巻き上げ、二つの影が今、交錯する!
八章二節
拳と拳が交錯するたび、観客席からはどよめきが上がる。
タダンカの小柄な身体が、俊敏に跳ね、かわし、滑り込む。
それに応じて、アージァの重く鋭い拳と脚が、流れるように軌道を描いた。
「気斬衝攻打!」
正面からの拳の連打。打ち出されるたびに、空気が裂かれる。
タダンカはその拳の一撃一撃を紙一重で避けながら、時にカウンター気味のナイフを繰り出す。
「くっ、やっぱ固いっ……!」
ナイフの刃がかすめるが、アージァの筋肉は岩のように硬かった。
「そのような玩具、通用するなどとでも思うたかぁっ!!」
叫びとともにアージァの身体が跳ねた。
空中で鞭のようにしなる脚。
「石破天昇脚!!」
上空から振り下ろされたその蹴りは、地面ごと砕くかのような重さでタダンカを追い詰める。
「おっとととっ!?避けるのは得意だけどさぁ!」
ひらり、と逃れるタダンカ。観客席からは拍手と歓声が飛ぶ。
「見事だ小娘……だが、まだまだだぞ!」
静かに構えるアージァ。呼吸一つ乱れていない。
一方のタダンカは、肩で息をしながらも目は笑っていた。
「ふふ、まっすぐな拳って、好きなんだよね。わかりやすくて、それに熱くてさぁ!」
「戦いとは、ただ己の力量をぶつけるものに非ず。天の理、地の利、そして時の運。全てを制してこそ、拳士の境地!」
再びぶつかり合うふたりの拳。 リングの砂が舞い、足跡が交差し、火花すら散るような接近戦が続いた。
だが。
その均衡が、徐々に崩れ始めていた。
アージァの拳と脚が、段違いの密度と速度でタダンカを追い詰める。
観客は気づき始める。体格差、技量差、経験差……全てにおいて、タダンカが不利なのだと。
「くっ……!」
ついに、膝をつく音が闘技場に響いた。
タダンカが、片膝を地面に突く。
アージァはそれを見て、一瞬だけ静かになった。
そして、叱責とも叫びともつかぬ声で叫ぶ。
「何をしておる!!自ら膝をつくなど!」
観客が息を飲む。
「勝負を捨てた者のすることぞぉぉっ!!」
そして拳を天に掲げて、声を張り上げた。
「立て!立ってみせぇぇいッ!!」
八章三節
タダンカの膝が、砂に沈む。
その場に座り込んだような姿勢で、彼女はほんの一瞬、俯いた。
観客が固唾を飲む。
実況も声を発せない。
だが、その肩が震えながらも、ゆっくりと持ち上がった。
「……あたし、まだ……終わってない、よっ……!」
声はかすれていた。
だが、まっすぐだった。
膝に手をつき、地面を押す。
立ち上がる足が、ぐらつく。
けれどその背筋は、今までにないほどまっすぐだった。
「ぬう……!」
それを見て、アージァが目を見開く。
「……立ったか。タクトよ、見たかこの娘の“武”を!」
転生者席で、ひょろっとしたタクトがめちゃくちゃ頷く。
「し、師匠っ……! すごい……です、彼女……!」
タダンカは拳を下ろし、呼吸を整えながら言った。
「師匠……じゃないけどさ。……ごめん、最後に……。」
その瞳が、まっすぐにアージァを見据える。
「……どんな力でも、ぶつけていい、かな?」
一拍の沈黙ののち、アージァはふっと口元を緩め、ゆっくりと頷いた。
「ふん。拳士とは、最後の一歩に己の全てを乗せるものよ。よかろう」
笑顔と軽い会釈。
アージァの言葉への感謝をそれらで形にすると、ナイフを投げ捨てるタダンカ。
そして。
彼女は両手を広げ、天を仰いだ。




