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世界樹の記憶《リアラ》  作者: 鈴木 厳流彩


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6章



第6章 一節『かもめ亭の夕餉』


 登録の手続きを終えた俺たちは、まっすぐ「かもめ亭」へ向かった。

 ロマーリアの中央街道沿いにある老舗の宿屋で、居心地の良さは、この前泊まったときとまったく変わっていなかった。


 暖かなランプの明かりと、窓から漂ってくる香ばしい香りが、張りつめていた心をゆっくりとほぐしてくれる。

 木製の引き戸をくぐると、この日は女将さんが「いらっしゃい」と微笑んで迎えてくれた。


 「三人ね。ちょうど広めの席が空いてるよ。」


 案内されたのは、奥の四人掛けのテーブルだった。  昼間の喧騒とは違い、夕方の店内はゆったりとしていて、どこか落ち着いた空気が流れていた。


 「……ふぅ。ちゃんとした椅子に座って食べるの、久しぶりですね。」


 リアラが、ほっとしたように息をつく。


 「おなかすいた~!ねえ、今日のおすすめって何? この“香草チキンプレート”ってのにしよっかな~!」


 タダンカがメニューを見ながら、無邪気に声を弾ませる。

 俺も同じものを頼むことにした。リアラは軽めのスープセットを選んだ。


 やがて運ばれてきた温かい食事に、俺たちは自然と笑顔になる。

 木の皿に盛られた香草焼きの鶏肉はジューシーで、表面に浮かぶ油が食欲をそそった。

 スープから立ちのぼる湯気が、旅の疲れをゆっくりと溶かしてくれる。


 「……マスター、リアラ。これから、どうするの?」


 食事がひと段落した頃、タダンカがぽつりと口を開いた。

 その耳はぴくぴくと動き、何かを探るように俺たちを見つめている。


 「うん……そうだね、タダンカ。とりあえず、今日の宿代を払っても、まだスカブの村から貰った1000ゴールドはあるし。けど……。」


 そう言って俺が目配せすると、リアラも同じことを考えていたようだ。


 「保存食も減ってきてますし、道具の手入れもしたいです。もう少し旅を続けるなら、出費は避けられませんね。」


 リアラも、静かにうなずいた。


 「あたし、思ったんだけどさ。今、ちょうどロマーリアの闘技場、月例試合のシーズンなんだって。」


 タダンカの言葉に、俺とリアラが同時に顔を上げる。


 「出場料は無料、ブロンズランク限定のトーナメント。賞金もあるし、ランクアップのチャンスもある。ちょっと前に一度だけ出たことあるんだ。」


 「闘技場……。」


 リアラの表情が、わずかに曇る。

 ラムーンとのあの戦いを思い出しているのかもしれない。


 「大丈夫。あたしが出るから。ふたりは見てて。」


 タダンカが、にっと笑った。

 その笑顔には、不思議と迷いがなかった。


 「……わかりました。タダンカが出てくれるなら、俺も、全力で応援するよ。」


 「ありがとうございます。私も……回復魔法の準備だけはしておきます。」


 かもめ亭の窓の外には、夜のとばりが静かに降りていた。



第6章 二節


 月例試合の本戦までは、あと三日。


 俺たちはそれまでのあいだ、「かもめ亭」に滞在しながら、それぞれの準備を進めることにした。


 「マスター、包帯と保存食の在庫、あとで一緒に確認していただけますか?」


 翌朝。食堂の端で朝食のトレイを片付けながら、リアラが声をかけてくる。

 彼女はすでに身支度を整え、胸元には旅用の革のポーチが提げられていた。


 「はい、分かりました。道具袋、昨日けっこう乱雑に詰めてしまいましたし。」


 「わたしのほうで、ハーブ系はもう一度選別しておきます。あ、それと、塩も買い足しておきたいですね。」


 リアラは、いつもの癖で指先をそっと唇に当てながら考え込む。

 まるで薬草棚の管理人みたいなその仕草に、思わず俺は小さく笑った。


 一方、タダンカはというと。


 「ねぇマスター、あたしにも装備ってやつ、いるよね? 動きやすいやつ!あと、カッコいいやつ!」


 と言って、昼前からロマーリア南部のマーケットを駆けずり回っていた。


 戻ってきたときには、腕に試着した革の腕当てをずらりと並べ、 「どっちが“つよそう”に見える?」と真剣な顔で聞いてくる始末。


 「それ、どっちも“ふんどしに合わない”けど……それが正解かもしれない。」


 「でしょ~!」


 満足げにしっぽを振るタダンカ。

 そのふわふわの耳は、明日の不安など微塵も感じていないかのように、楽しげに揺れていた。


 そんなふうにして、静かで、どこか賑やかな三日間が過ぎていった。


 昼間は必要なものを買い集め、夕方はかもめ亭の食堂で温かい食事をとり、夜は三人で地図を広げながら、旅の行き先について話し合う。


 不思議な時間だった。


 つい先日まで、俺とリアラは二人きりの旅だった。

 それが今や、この丸いテーブルに笑顔が三つある。


 「よしっ。明日はがんばるよ!」


 試合前々夜、夕食を終えたタダンカが、ぐっと拳を握ってそう言った。


 「なんか、ちょっと楽しみになってきたかも。」


 「……無理だけは、しないでくださいね。」


 「うん。大丈夫。……だって、もう“ひとり”じゃないし。」


 その言葉に、リアラがそっと微笑む。


 俺は二人の間に目をやり、なんでもないように見えて、実はすごく大きな一歩を感じていた。


 そして、試合を翌日に控えたその夜。


 「……ふんどし、ダメだったぁ……。」


 しょんぼり肩を落としたタダンカが、部屋の隅で新しい装備に着替えながらつぶやいた。


 「え?」


 俺が振り返ると、彼女は革製の軽装鎧に身を包んでいた。

 肩当て、胸当て、手甲、膝当て。どれも実用的で動きやすそうだ。


 「闘技場の視覚的な美観規定ってのに、ふんどし姿が“過度に古典的かつ風紀を乱す”って判断されたんだよぉ……。」


 「……そ、そんな判断あるの……?」


 「“観客に混乱と動揺を与える可能性があるため”って紙に書いてあった!」


 彼女はぶんぶんと紙切れを振り回して抗議したが、その姿はどこか誇らしげで、尻尾までピンと立っていた。


 「でも、まあ……ちょっとかっこいいし、これもアリ?」


 くるっと回ってポーズを取るタダンカ。  その姿は、ふんどしより確実に強そうに見える。


 「マスター、どう?」


 「い、いいと思う。すごく似合ってる。ふんどしよりも……その、だいぶ……いろいろ助かる。」


 俺は目を逸らしながら、ありったけの誠意でうなずいた。


 「よしっ、明日はこれで暴れてくるね!」


 タダンカの声が、夜の宿に元気よく響いた。





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