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世界樹の記憶《リアラ》  作者: 鈴木 厳流彩


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5章



第5章 一節


 洞窟を出てから、一日と少し。

 タダンカが“仲間になりたい”と願ってくれた。それは、もう昨日のことだ。

 そしていま、俺たちはロマーリアの中心地にある、大図書館の前に立っている。


 彼女を《召喚器》に登録すること。

 それが、この世界で“正式に仲間”になるために必要な最初の手続きだった。


 その建物を初めて目にしたとき、俺は思わず、息を呑んだ。

 ロマーリア大図書館。この都市の中心部にそびえる巨大な建造物の一つ。

 外壁は白金色の石でできており、太陽を受けて輝くその姿は、まるで天空から降りた神殿のようだった。

 重厚な三重の階段。その先に構える六本の柱と、巨大なアーチ型の玄関口。

 門の中央には、「真理と記録の館」と古代文字で刻まれた銘が、静かに光を放っていた。


 「……すごい、ですね。」


 リアラがぽつりとつぶやく。

 彼女の隣で、タダンカも思わず口を開けて見上げていた。


 「こ、こんな建物、初めて見た……。あれ、神殿じゃなくて……ほんとに図書館なの?」


 「うん、そうみたい。誰でも中に入れるって。」


 俺は手首を返し、懐から時計型の《召喚器》を取り出す。

 この装置には、最初に世界樹の使徒から受けた“個体認証”が刻まれており、転生者であれば、さらにこの図書館の奥にある場所で照合されることで、正式な降臨者の契約や、特別な記録の閲覧権が得られると聞いていた。


 重々しい扉をくぐると、中は外観以上に壮麗だった。


 天井まで届く巨大な書架が、幾重にも並ぶ。

 中央には円形の吹き抜けとらせん階段があり、各階に通じるバルコニーのような通路が張り巡らされている。  まるで迷宮のように広く、それでいて整然としていた。


 「わぁ……あっち、なんか光ってるよ……!」


 タダンカが指さす先には、浮遊する半透明の球体がぽつりぽつりと漂っている。

 読み取り台に乗せることで記録を再生できるらしい。


 「すみません、ロマーリアの大図書館は初めてなんですが……。」


 俺が近くにいた受付のローブ姿の女性に声をかけると、彼女は穏やかに微笑んでうなずいた。


 「ようこそ、転生者様。《召喚器》をお持ちですね。では、こちらでご案内いたします。」


 大図書館のスタッフは皆、"世界樹の使徒"と呼ばれる特別な存在だ。

 誰もがこの図書館を司る管理者であり、転生者がこの世界で活動するため、四六時中嫌な顔一つせず、知識を分け与えてくれる。


 「……マスター。これから何が起こるの?」


 タダンカがそっと問う。


 「たぶん……俺と君が、この世界で“誰なのか”を、確認されるんだ。」


 重なる階層、遥か高みまで伸びる螺旋の天井。

 その果てにある“真理”を、いま、俺たちは少しだけ覗こうとしていた。




第5章 第二節


 大図書館の奥深く。


 石造りの床の上に、白い光が揺れていた。


 重厚な扉の先、誰もいない半円形のホール。そこは、転生者と、それに連なることを望みし者のみが入ることを許された、閉鎖された空間だった。


 神聖な空気が漂っている。だがそれ以上に、不思議なざわつくような気配があった。


 「……ここが、その場所……?」


 タダンカが、すん、と鼻を鳴らす。


 「なんか……空気が、変。背筋がゾワってする。」


 「……平気?」


 「うん。ちょっと、怖いけど……マスターと一緒なら、だいじょぶ。」


 そう言いながらも、タダンカは俺の袖をきゅっとつまんでいた。


 契約の間。


 ここは、降臨者をこの世界に紐付ける為の部屋だ。降臨者を新しく呼び出すのであれば一人で訪れるし、トレードであれば反対側の扉から来た別の転生者と対面し、降臨者を交換する。それがこの空間の本来の目的。


 だが今回は、誰も来ない。


 俺たちだけが、この空間に入ってきた。

 タダンカは、“再契約”によって新たな降臨者として登録されることになる。


 リアラは外で待たされていた。


 この部屋には、その場の関係者以外は入れないからだ。


 中央に置かれた、石の台座。

 その上には俺の“召喚器”、時計型のそれを照会する場所がある。


 「それ……あたしが入るやつ?」


 「ああ。正式に契約すれば、タダンカの存在がこの召喚器に記録されて、降臨者として登録される。つまり、君は……俺の仲間になる。」


 「ふふん。なんか、ちょっとだけかっこいいね。」


 タダンカが胸を張る。その尻尾がふるりと揺れた。


 すると、部屋の奥、天井近くの壁から、白く揺れるローブを纏った女性が現れる。


 それは“世界樹の使徒”。

 今この部屋で、転生者の契約と召喚をつかさどる存在だった。


 声も性別も曖昧な、機械的でありながら、どこか祈りにも似た響き。


 「降臨者候補、確認。対象:転生者“ナナシ”の召喚器。セフィロ・コンバートメントシステム、チェック開始。」


 光の粒が舞い、タダンカの身体を包む。


 「ちょっ……な、なにこれ……。」


 「平気だ。身体の構成要素を調整するだけらしい。」


 「調整?」


 「この世界に存在し続けるには、“何か”から別の“何か”に……姿や魂のありようを、少しだけ変えなきゃいけないんだ。」


 俺自身、何度もリアラから聞いていた。


 ここは、世界を超えてやって来た存在たちが、“在る”ための世界。


 時には、外見や性格さえ変えさせられる。

 それが“セフィロト・コンバートメント”。


 言い換えれば、“世界にとって自然な存在として再定義する”こと。


 そのため、元の姿をそのまま留めることはできない。記憶や存在の一部が、塗り替えられることもある。


 「……けっこう長いこと、あたしって誰なのか、わかんなかったんだよね。」


 タダンカがぽつりとつぶやいた。


 「だけど今は……別にいいかなって。だって、“あたし”はここにいるから。」


 「確認完了。降臨者“タダンカ”、召喚器への登録を開始します」


 白い光が、時計に流れ込む。


 召喚器の中心が、ゆっくりと淡く光った。


 「登録、完了。降臨者タダンカは、転生者“ナナシ”の降臨者に追加されました。」


 「……ふふ。なんか、正式に“仲間”って感じ?」


 タダンカがくるりと回って、俺の方を向いた。


 「これからも、よろしくね。ナナシ。」


 「ああ、こちらこそ。よろしく、タダンカ。」


 照れくさく微笑んで、そっと差し出した俺の手を、タダンカはぎゅっと握り返した。


 








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