4章
四章一節
スカブの村の朝は、どこまでも穏やかだった。
昨日の酒盛りが嘘のように、鳥たちのさえずりが澄んだ空気に溶け込んでいく。
藁葺き屋根の修理に動く村人の姿を見ながら、俺たちは朝食の香草スープとパンをゆっくりと口に運んでいた。
「おう、若ぇの。これ、持ってけ!」
そう声をかけてきたのは、前に詰所の前で干し肉をかじっていたおじさんだ。
よく見ると、髪はほとんど白髪で、腰には干し肉の入った袋をぶら下げている。
炭焼き窯か何かを見てきたような煤けた作業服に、無骨だけどどこか人の良さそうな顔つき。
「昨日はありがとな。アード・バーグ・キタキタだ。干し肉とパン作ってる。これ、旅の保存食にちょうどええ。」
そう言って、にやりと笑いながら袋を差し出してくる。
「えっ、いいんですか?」
「いいに決まってるだろ。英雄様だぞ?うちの干し肉は三日は持つし、パンは堅ぇが腹持ちするぞ。お前達に渡さねぇで帰ると、婆さんがうるせぇんだ」
「……ありがとうございます!」
素直に礼を言うと、アードさんはパンパンと手を叩き、くるりと背中を向けて去っていった。
その背中からは、どこか懐かしいような安心感が漂っていた。
さて。
袋を肩に担ぎながら、俺はふと、北の森の方角へ視線を向ける。
「マスター?」
リアラが、スープの残りを口に運びながら、すっと眉を寄せてこちらを見た。
「……昨日、あの爆発で“塞いだ”とは思うんですけど……。やっぱり、ちゃんと見ておきたいなって。」
「……なるほど。念には念を、ですね。」
リアラは静かに椅子を引いて立ち上がった。
もう、足を引きずっている様子はない。完全に治っているようだった。
「行きましょう、マスター。」
北の森へ。
再び俺たちは、昨日の爆破現場へと足を運んだ。
日差しが葉の隙間から斜めに射しこむ森の中。
昨日、魔法の玉が炸裂した洞窟の入り口は、瓦礫の山に埋もれていた。
「やっぱり……これは、塞がってますね。」
「でも……妙に静かすぎるような……。」
俺が岩を一つどけようとすると、ぐらぐらとバランスを崩し、砂埃が立つ。
「お待ちください、マスター。……この魔法なら、少しだけ通路を開けられるかもしれません。」
リアラがそっと両手を前に出し、深く息を吸い込む。
「《エア・ジェット》……!」
ブワッ!
突如、地面すれすれを走るような風の波動が、瓦礫の隙間に一気に吹き込む。
その衝撃で、小さな石や土砂が弾け飛び、わずかに“通れるかもしれない”程度の隙間が、洞窟の奥へと続いていた。
「……すごい……空気噴射魔法……?」
「マスターのために、ちょっとだけ強化しました。」
リアラが照れくさそうに微笑んだ。
「どうします?入りますか?」
暗がりの先。
そこに何かが、静かに待っているような気配があった。
第四章 第二節
洞窟の中は、ひんやりとした空気に包まれていた。 瓦礫を越えて進んでいくと、爆発の衝撃で崩れた通路の先に、ぽっかりと空いた空間が広がっていた。
リアラがランタンの明かりを掲げる。
「……誰も、いない……?」
「いや……見てください、あれ……。」
俺が指差した先。それは、洞窟の奥の隅っこ、煤けた布をかぶって転がる、何かの塊。
ぴくり。
……それが、かすかに動いた。
「うぅ……ぅ、ぐぅ……うう、くるしぃ……なんでだよぉ……なんで、食いもんがぁ……。」
煤と埃にまみれた毛布の山が、むくりと起き上がった。 いや、よく見るとそれは“人型”だった。
大きな肩。荒い布を巻いたマント。ボサボサの銀色の髪に、煤で真っ黒になった顔。
そして何よりその姿。
「……ふんどし……と、マントだけ……?」
リアラが目を逸らし、そっと顔を背ける。
「うぅぅ……うぐぐ……干し肉がぁ……ワインがぁ……パンも……ぜんぶ、爆風で飛んでいったぁ……。」
どうやら、こいつが“盗賊”だったらしい。
ただ、なんだろう。すごく……弱っていた。
「おなか……すいて……死ぬ……もう、無理ぃ……。」
膝を抱えて体育座りしたまま、目をぐるぐる回している。
「……えっと。すみません。貴方が、この洞窟に住んでた……盗賊?」
俺は恐る恐る声をかけた。
「うるせえ!! ……いや、ごめん、うるさくない……ご飯……なにか、ないですか……?」
その目には敵意も殺気もなく、ただ、底なしの飢えと絶望があった。
第四章第三節
洞窟の奥から響いたその声は、意外にも若い女の子っぽいものだった。
「……あれ?」
俺はそっとリアラの後ろに身を隠しながら、ランタンの灯を向ける。
浮かび上がったのは、煤と埃にまみれた、小柄で……けれど筋肉質な身体。
肌は浅黒く焼け、二の腕はしっかりと太く、しかし顔立ちはどこか幼さを残した少女。
頭には、煤けた白銀色の猫耳。そして……。
「ふ、ふんどし……!? って、ちょっ……あれ……マントだけで……!」
思わず顔を逸らし、俺の頬が、かぁぁっと赤くなる。
「ま、マスター?どうかされました……?」
「み、見え、じゃなくて、見ちゃいけないやつっ……! な、なんで……その、あんな格好……!」
そんな俺の動揺も知らず、その少女、いや“彼女”はうずくまり、ぶるぶると震えていた。
「うぅぅ……干し肉ぅ……パンも……ぜんぶ爆風で飛んでったぁ……。」
リアラが困ったように俺を見て、それからおもむろに袋を取り出した。
さっきアードさんにもらった、旅用の干し肉とパンだ。
「……マスター。渡しても、よろしいですか?」
「は、はい、ど、どうぞ……!」
俺の声は裏返りそうだった。
リアラはそっとしゃがみこみ、まるで野良猫に接するような慎重さで、手のひらに干し肉を乗せて差し出す。
「……どうぞ。お腹、空いてますよね?」
「……あたしに……?」
顔をあげた少女の目は、涙と煤でぐしゃぐしゃになっていた。
「く、くれるの……? ホントに……?」
「ええ、遠慮なく。」
リアラが優しくうなずくと、彼女は四つん這いで這い寄ってきた。
「……う、うま……ッ! なにこれ……うんまぁ……!!」
感動で目をうるませながら、しゃくしゃくと干し肉を噛みしめる。
その様子は、まさに野良の子猫だった。
「ぱ、パンも……いいの!? 神さまだ……このお姉さん、天使だあ……!」
俺とリアラは、そっと距離を取りながら見守る。
「マスター……たぶん、あの子、悪い人じゃないです。」
「そ、そう、ですね。見た目は……な、なんていうか、うん、すごいですけど……。」
すると、干し肉を咀嚼しながら、少女がこちらを見た。
「……ねぇ。あんたたち、名前……ある?」
「え?」
「せっかくメシくれたんだしさ。名乗るのが礼儀ってもんだろ?」
そう言って、彼女はふらりと立ち上がった。
ボロボロのマントがひらりと揺れ、ふんどしの白布が風に踊る。
俺は慌てて目を逸らす。
「ちょっ……う、うごくな……っていうか立つなってば……!」
そんな俺に苦笑しながら、少女は小さく笑って言った。
「あたしはタダンカ。かつて、そう呼ばれてた。」
「えっ、過去形!?」
「うるさいな! 今は……その、いろいろあって、こうなったのっ!」
ふてくされたようにそっぽを向く猫耳娘。
だけどその横顔には、どこか寂しげな色も混じっていた。
第4章 四節
パチ……パチ……
洞窟の奥、ほんの少しだけ開けた空間に、小さな焚き火の灯りが揺れていた。
天井から染み出した水が、つららのように滴を垂らす岩肌。
かつて盗賊たちが使っていたと思しき、木箱や崩れかけた棚の影がゆらゆらと揺れる。
「……ふう。よく燃えますね。」
リアラが小枝をくべ、ほっと息を吐く。
その向かいに座る女の子は、猫耳に煤けたふんどしとマント、尻尾が丸く背中に巻きついている。
タダンカ。
そう名乗った少女は、火の前で体育座りのまま、パンを手にぼそぼそと食べていた。
「……パンって、こんなにうまかったっけ……。」
口の端にパンくずをつけながら、ぼんやりと火を見つめている。
その頬はほんのり赤く、まるで眠たそうな猫のようにまぶたが半分閉じかけていた。
「……お、おかわり……ないよね?」
「どうぞ。アードさんから、まだ預かってますから。」
リアラが包みを差し出すと、タダンカはぴょこんと立ち上がり、それを受け取ろうとする。
「うわっ、立たないで!」
「えっ?」
慌てて目を逸らす俺に、タダンカはきょとんとした表情を浮かべたが……ふと、自分の服装を見て。
「って、ちょっと!?見ないでよっ!恥ずかしいじゃんかっ!」
「いや、最初から恥ずかしいって思ってたの俺の方なんだけど!?」
「……マスター、落ち着いてください。タダンカさん、後で着替えを……見繕いますね。」
リアラが困ったように微笑んだ。
それからまた、静寂が戻る。
ぱち……ぱち……と、火の音だけが響く。
「……あの。」
と、タダンカが呟いた。
「さっきから“マスター”って呼んでたけど……。」
「あ……えっと、それは。」
「ふーん。じゃ、あたしもそう呼ぼっかな。……なんか、かっこいいし。」
そう言って、タダンカはくしゃくしゃになったパンを両手で持ち上げると、まるで祝福するように掲げる。
「いただきまーす!」
「おかわりって、神様への供物だったの?」
俺が苦笑すると、リアラもくすりと笑った。
そしてまた、焚き火の火が揺れる。
あたたかな、けれどどこか張り詰めた夜の中。
このあと、少女は語ることになる。
かつて「タダンカ」と呼ばれていた者の過去を。
第4章 五節
焚き火の火がぱちぱちと小さく音を立てていた。 橙の炎が照らすのは、煤にまみれたマント姿の少女と、それを見守る俺たちの影。
「……あたし、昔は男だったんだ。」
唐突にそう告げたのは、干し肉をしゃぶっていたタダンカだった。
「……えっ?」
思わず口に出た。
俺の驚きも無理はない。目の前の猫耳少女は、どう見ても女性。
「ふふ。驚いた? でもホント。元は“犍陀多”って名の盗賊でさ。」
「……あの、“大盗賊”の?」
リアラがそっと問い返す。
「うん。あたし、いちおう降臨者だったんだ。名前も、能力もあった。それでね……。」
彼女の表情が、苦虫を噛み潰すような厳しいものに変わった。
「ある時、私の主だった人が言ったんだ。襲え、盗めって。何でもない、何も知らないこの世界に住んでいる人達を相手に。」
言葉は淡々としているのに、どこか心に重く響いた。
「従って、やろうとしたその瞬間、体が止まったの。私、やろうとまでは出来たんだよ。……でも、そこまでだった。私の中には“優しさ”が植えつけられてた。心の奥に。それが……止めたの。」
タダンカは膝を抱え、焚き火の火に背を向けた。
「マスターの命令には逆らえなかった。でも、心のブレーキでできなかった。略奪も、暴力も、全部……。だから、あたしは命令を“盗む”ことにしたの。」
「……盗む、ことを……?」
俺が思わず聞き返す。
「うん。命令された通りに“盗む”って言って、でも結果だけ“失敗”にする。……それが、せめてもの、抵抗だった。」
小さな声。焚き火の音が、それを包む。
「マスターは怒ったよ。“使えないガラクタだ”ってさ。売ろうとしたり、他と取り替えようとしたり……。」
タダンカは一度言葉を切って、静かに続ける。
「でも……その時、事故で消えちゃった。マスターが。あたしは、残された。」
一呼吸、彼女のため息程の間。
「他の仲間もいた。でも、みんな……消えていった。あたしも、消えると思った。けど……なぜか、消えなかった。」
その声は震えていた。
「きっと、壊れてたんだと思う。あたしの中の何かが。だから、ここに“置き去り”にされたまま……。」
言い終えたタダンカの瞳に、涙が光っていた。
「食べ物も、作れなかった。盗むしか、できなかった。でも……もう、あたし、誰のものでもない。誰の命令にも、従わなくていいの。」
リアラがそっと近づき、タダンカの肩に手を置いた。
「……タダンカさん。」
「……ねぇ、リアラさん。タダンカ“さん”って、やめてよ。……あたしの名前、タダンカって、呼んで。」
リアラは驚いたように一瞬だけ目を見開いたが、すぐに優しく微笑んで頷いた。
「……わかりました、タダンカ。」
その言葉に、タダンカは少しだけ、子供のように笑った。
「……ねぇ、リアラさんのマスター。こんなこと、聞いてゴメンね。けど、あたし、これからどうしたらいいかな。もう、頭の中、ぐるぐるでさ……。」
タダンカが俺の方へ姿勢を変え、火を背に座り直す。
その顔からは、長い間答えを待っていた修練者のような、疲れと不安が滲み出ていた。
「そうだな……。とりあえず、今はもう少し、この焚き火を囲んでいよう。な?」
「うん……。」
リアラが湯を沸かし始める。焚き火の周囲には、少しだけ優しい温もりが戻っていた。
“名前を呼ばれたい”と願った少女は、ようやく、その願いに手を伸ばせたのかもしれない。
第4章 六節
洞窟の奥に小さく灯る焚き火が、赤く揺れていた。
空気はひんやりとしているのに、その火だけは優しく暖かい。
俺とリアラ、それにタダンカ。
三人で、炎を囲む形で腰を下ろしていた。
「……枝、減ってきたね。」
タダンカがふと、炎をじっと見つめながらつぶやく。
「……火ってさ。あったかいけど、消えるのも早いんだよね。なんか……今のあたしみたいでさ。ね、あたしあなた達についていった方がいいのかな?……降臨者って、そういうものでしょ?……きっと。」
声に混じるのは、ほんのわずかな寂しさだった。
「……無理に行かなくていいよ。ついてきたいなら、一緒に来ればいい。」
俺は薪をくべながら、ぽつりと答える。
「えっ、いいの?」
タダンカは目を輝かせた。まるで、最初からついてきたかったと言う風に。
「俺らも今、旅の途中だし。リアラさんと……あと俺の金が続く限りだけど、たぶん大丈夫。たぶん。」
「たぶんって何よ、あははっ。」
タダンカは火の明かりに照らされて、初めて心から笑ったようだった。
それは、さっきまでの怯えた猫のような表情とは、まるで別人のように見えた。
「……じゃあさ、ちょっとの間だけ、ついてってやるよ。」
「ええ。ようこそ、タダンカさん。」
彼女が照れくさそうに言うと、リアラは優しく微笑んだ。
「……あー、リアラさん。あたしのこと、タダンカ“さん”って呼ばなくていいよ。なんか……くすぐったい。」
「ふふっ、そうでしたね。……では、タダンカ。」
「うん!」
少女は、尻尾をふわりと揺らして笑った。
「……マスター。」
「え?」
「ありがと。あんたが私の新しいマスターだよ!」
ぽつりとこぼれたその言葉に、俺は火を見つめたまま、ほんの少しだけ、背筋を伸ばした。
誰かに必要とされるのって、こんな感じだろうか。
リアラがちら、と横目でこちらを見る。
その視線の奥に、言葉にはならないものがわずかに揺れていた。
それは嫉妬のようであり、安堵のようでもあった。
「……明日も、早いですよ。そろそろ休みましょうか。」
「はい。」
「わかったー。って、どこで寝ればいいの? あたし、毛布も持ってないけど。」
「俺らのが二枚ある。ひとつは……ほら、これ使って。」
そう言いながら、俺は横にいたリアラから毛布を受け取って、タダンカに差し出した。
「え、いいの……? じゃあ遠慮なく!」
くるまったタダンカが、ごろりと地面に転がる。
「ふふ……猫みたいですね。」
「はい、本当に……。」
火の音が、ぽつり、ぽつりと響く。
焚き火の明かりの向こうで、三人の旅がゆっくりと動き出そうとしていた。
第4章 七節
夢の気配がまだ残る静けさの中で、俺はぼんやりと目を覚ました。
焚き火はまだ消えず、赤い光を小さく灯し続けている。
視線を動かすと、タダンカとリアラが火のそばに座っていた。
二人とも静かに炎を見つめていて、話しかけるでもなく、ただその暖かさを分け合っているようだった。
俺がそっと体を起こすと、タダンカがこちらを見てぽつりと口を開いた。
「……マスターって、なんでナナシって名前なんだ?」
「え、あ……うーん……。」
俺はちょっと黙って、薪の燃えかすをつつきながら考える。
「……ほんとの名前、思い出せなくてさ。最初に気づいたとき、何もかも忘れてたんだよ。この世界のことも、自分のことも。だから、何者でもない俺って意味で、“ナナシ”って、登録しただけ。」
「ふーん。変なの。でも……あたしは、好きだよ。ナナシって。」
そう言って笑うタダンカの表情には、どこか自分と重ねるような色があった。
「……あたしさ。名前で呼んでもらったことなかったの。」
「え?」
リアラがそっと彼女を見る。
「前のご主人……名前、呼ばなかった。“おい”とか、“盗んでこい”とか、そういうのばっか。別に、それが当たり前だと思ってた。でも。」
焚き火の明かりが、彼女の尻尾をふわりと揺らした。
「……今日、マスターに“タダンカ”って呼ばれて。……リアラさんに、“ようこそ”って言われて。そんとき、ちょっとだけ、心の中が……ぽかぽかってしたんだ。」
彼女は、焚き火をじっと見つめたまま、目を細める。
「たぶんね。あたし、自分のこと“誰か”にしてほしかったんだと思う。」
リアラが、そっと膝を抱えるタダンカの背に手を添える。
「……それは、とても、大切なことです。」
「……マスター、リアラさん。あたしに、名前くれてありがと。」
「いや、俺は別に……でも、そう言ってもらえるのは、うれしいよ。」
その言葉に、小さく笑うタダンカ。
「じゃあ、今日から……ここが、あたしの場所ね。」
そう言って、火にくるまった毛布の端をぎゅっと抱きしめた。
その笑顔に、俺は思わず頷く。
「……おやすみ、タダンカ。」
「うん。おやすみ、マスター。……リアラさんも。」
「ええ。おやすみなさい。」
焚き火の灯が、三人の影をゆっくりと包んだ。
第4章 八節
朝。
洞窟の入り口から、淡い光が差し込んでくる。 森のざわめきと、鳥のさえずり。
その音が、少しずつ現実の輪郭を形づくっていく。
「……んぅ……。」
リアラがそっと身を起こす。
毛布を直しながら、焚き火の残りを確かめると、わずかに炭がまだ赤かった。
「おはようございます、マスター。」
「……おはようございます、リアラさん。」
俺も目をこすりながら起き上がり、伸びをひとつ。
「ん……あたしも起きたぁ……。」
その隣ではタダンカが毛布に包まったまま、猫のようにごろごろと転がった。
「……尻尾、ふにゃってなってますよ。」
「……へへ。今日から、あたし……“仲間”なんだよね。」
毛布の中から覗いた顔が、にこりと笑う。
「はい。一緒に行きましょう、タダンカ。」
リアラが差し出した手を、タダンカがしっかりと握る。
「んじゃ、まず腹ごしらえ!」
「まだ食べるのか……。」
「おなかすいたら動けないって! あたし、力出ないもん。」
用意していた干し肉とパンを、三人で分け合う。
タダンカは相変わらず大きな口でばくばくと食べ、リアラが微笑みながら水を差し出した。
食べ終えると、俺たちはそれぞれ、少ないながらも
荷物をまとめる。
「洞窟、こうして見ると……ちょっと名残惜しいね。」
タダンカが後ろを振り返る。
「でも、ここに居ても何も始まらないし。あたし……もう、独りでいたくないからさ。」
「うん。だったら一緒に行こう!」
リアラがうなずき、そっと俺の腕に視線をやる。
俺は時計型の召喚器を確認し、ポケットにしまい直した。
「じゃあ、出発しましょう。」
「はい。」
「うんっ。」
三人、肩を並べて洞窟をあとにする。
森の中を抜けていく風が、どこか清々しい。
朝露に濡れる草が靴をしっとりと湿らせるが、それすらも心地よい。
道のりは長い。
これから、街に戻って、新たな計画も立てなければならない。
でも。
今、俺たちには、三人で踏み出せる一歩がある。
それが、何よりの救いだった。
「……リアラさん、タダンカ。改めて、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、マスター。」
「……あたしも! えへへっ、ちゃんと役に立つからねっ!」
こうして旅の仲間が、またひとり増えた。




