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世界樹の記憶《リアラ》  作者: 鈴木 厳流彩


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37章


裏一節


 夢災は、完全に勝利を確信していた。


 並の動きしかできぬはずの人間どもに、この破壊力は受け止められまい。

 腕から繰り出される拳は、地面を容易く砕き、脚部から放たれた枝の弾丸は、少年の足を容赦なく貫いた。


 一番厄介だった練極でさえ、避けるだけで精一杯。

 そして少年に庇われた女の方は、ただ呆然と立ち尽くしている。

 抵抗の意思すら見えない。


 仕上げだな。

 ここまで手こずらせたのは、こやつらが初めてだ。

 だが、油断は禁物。

 念には念を、だ。


 夢災はマイクを握り直し、低く不吉な呪歌を紡ぎ出した。


「闘魔筋!いつでも直進ッ!

 J娘!おしゃれで破廉恥ィ!

 破亜死!話にならねェーッ!

 四角いなーかーまァーーーッ!」


 ……ひどい。

 もはや旋律のかけらもなく、ただ耳を殴る暴力音。

 酔っぱらいが居酒屋で無理やり熱唱するより酷く、常連客ですら一音目でシラフになり、裸足で逃げ出すレベルだった。


 空気そのものが濁り、森の小鳥たちは一斉に絶叫して飛び去る。

 夢災の呪歌は、聞く者の精神を嘲笑うように響き渡った。



一節


 「デュエル・ファン!」


 グシャ。


三十七章 二節


 一瞬の出来事だった。


 突如空中に現れたのは、巨大な扇風機。

 電車3台分はあろうかという質量を誇る、見間違いようのない扇風機だった。


 それがパラディソ=ラストリアの頭上、何もない空に召喚され、重力に従うように落下したのだ。

 運悪くその下にいたパラディソ=ラストリアと、傍らの夢災は、逃げる暇もなく押し潰され、無惨にもぺしゃんことなったのだった。


 「……は……?」


 想像を超えた光景に、俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。

 足元から、じわりと熱を帯びた痛みが広がる。左足の太ももを、パラディソ=ラストリアの枝が貫いていた傷。 

 その鈍痛が、現実を引き戻す。


 隣では、初めての召喚魔法に精神力を使い果たしたリアラが、全身を小刻みに震わせ、膝から崩れ落ちようとしている。


 「リアラさん!」


 足を引きずりながらも、なんとか彼女の身体を抱きとめる。背中が驚くほど熱い。全身が汗で濡れ、痙攣するように震えていた。


 リアラは途切れ途切れの息で、かすかに礼を言った。


 「……ありがとうございます……マスターに……支えていただいただけて……わたし……もう……。」


 その声は震えていて、胸の奥をぎゅっと掴まれるように切なかった。

 この戦いは、彼女なしでは決して勝てなかった。


 「……リアラさんのおかげで、俺たちは生きてます。」


 素直にそう告げると、リアラは弱々しく首を振り、か細い声を漏らした。


 「……いえ……少し……頑張っただけ……ですから……。」


 そこまで言いかけて、彼女は力尽き、静かに意識を手放した。


 同時に、空にそびえていた巨大扇風機、召喚獣、《デュエルファン》も、静かに霧のように消えていく。


 俺は彼女を抱きしめたまま、呼吸を整える。

 負傷した左足をかばいながらも、なんとか意識を保っていた。


 そこへ、練極がゆっくりと歩み寄り、静かな声で言う。


 「……助かった。君とリアラがいなければ、夢災は倒せなかった。それだけじゃない。私も助からなかった。君たちは、命の恩人だ。」


 命の恩人。その言葉は、本来なら練極にこそふさわしい。

 あの背中が、ずっと俺たちを守ってくれていたのだから。


 返事をしようとして、思わず膝をつく。負傷した足に力が入らない。


 それでも俺が返答に詰まっていると、練極はわずかに微笑み、焔に焼かれて布地がわずかに残るだけの姿で呟いた。


 「……彼女を、大切にな。」


 それはまるで遺言のようだった。


 次の瞬間、練極は懐から二枚の札を取り出した。  一枚には大きく「捕」、もう一枚には「怪」の文字。


 「《パラディソ・ラストリア》も夢災も……あれは植物のような存在だ。 ここで元を断たなければ、いずれまた芽吹く。」


 そう告げると、彼女は両手に二本の斬魂刀、《業冥》と《赤斬》を構える。

 札をそれぞれの刀身に貼り付け、静かに目を閉じた。


 「業冥……赤斬……。今まで、ありがとう。」


 声はない。けれど、刀が震えているのがわかる。

 まるで二振りの魂が、最後の時を悟って泣いているようだった。


 練極は刀を十字に構え、深く息を吸い込む。


 「退魔士流交殺法奥義。封印式黄泉斬り……《裂空斬》ッ!」


 双剣が、空を裂く。


 瞬間、練極の胸が門のように割れ、その奥から黒い蛇のような稲妻が飛び出した。

 それは稲光の速度で、夢災とパラディソ=ラストリアの残骸へと走り、喰らいつくように飲み込んでいく。


 バチバチと黒い光が迸り、森を一瞬だけ夜の底に変えた。


 やがて黒蛇は役目を終え、練極の胸へと戻る。

 しかし次の瞬間、その黒は渦を巻き、彼女自身をも中心から喰らい始めた。


 俺はただ、息を飲んで見ているしかなかった。

 その背中が霧に溶けていく瞬間まで何もできず、ただ胸が張り裂けそうに痛かった。


 光も音もなく、退魔士の姿は黒い稲妻に溶け、森の空気に消えていった。


 残されたのは、気絶したリアラを抱き、負傷した足をかばう俺ただ一人。

 静寂だけが、戦いの終わりを告げていた。




三十七章 三節 


 戦いは、終わった。


 森は静まり返っていた。

 さっきまで大地を揺らす激闘が繰り広げられていたのが、まるで嘘のようだ。

 木々の間を抜ける風の音と、遠くで小鳥の鳴く声だけが、ゆっくりと時を進めている。


 俺は、リアラを抱きかかえたまま、地面に腰を下ろしていた。

 左足の傷は鈍く痛む。そこから染み出す血が、草を赤く染めている。

 痛みはある。けれどこうして、彼女が生きている。それだけで十分だった。


 「……リアラさん……。」


 その名を呼ぶ声が、少しだけ震えていた。

 返事はない。ただ俺の腕の中で、彼女はぐったりと身を預けている。

 呼吸のたび、かすかに肩が上下し、生きていることを伝えてくれる。


 よく……生きて帰れたな。


 けれど、失われたものもある。

 戦場の片隅に、小さな光の粒がただひとつ、静かに浮かんでいた。

 それは、リディエルが最後に残した“クリスタル”の欠片。


 「……リディエル……。」


 胸の奥が、ひどく締めつけられる。

 小さな手を引いて歩いた日々は、短かったけれど、確かに一緒に笑っていた。

 彼女はもう、リアラの中に受け継がれ、この世界には戻らない。


 光はふわりと揺れ、風に舞うように俺の肩へと触れる。

 ありがとう。

 そんな声が、確かに胸の奥に響いたような気がした。


 やがてその光は、朝日を浴びた霧のように溶けていく。


 ……そのときだった。

 腕の中のリアラのまつげが、かすかに震えた。


 「……ん……。」


 「リアラさん!大丈夫ですか?」


 彼女は、まだ夢の中にいるような表情で、ゆっくりと目を開けた。

 俺の顔を見上げ、小さく、けれど確かに微笑む。


 「……ご無事で……よかった……。」


 か細くて、けれど胸に沁みる声だった。

 俺は思わず笑って、首を振った。


 「俺の方こそ……。リアラさんがいなかったら、ここにはいませんでした。」


 彼女は、首を横に振ろうとして、できずに、再び俺の胸に顔をうずめる。

 その髪にそっと手を添えると、小さな震えがゆっくりと収まっていった。


 鳥のさえずりと、静かな風の音が、ふたりを包んでいた。

 戦いの喧噪も、恐怖も、仲間の犠牲も、すべてが遠くなっていく。


 生きている。

 それだけで、こんなにも切なく、あたたかい。


 抱きしめる腕にそっと力を込めると、リアラは夢うつつに、小さく、けれど確かに微笑んで囁いた。


 「……あなたが……わたしのマスターで……本当によかった……。」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 答えを返そうとして、けれど喉が詰まり、ただ彼女を抱きしめ直す。


 失ったものは、確かにある。

 それでも、守れたものもここにある。


 森に朝の光が差し込み、世界は何事もなかったかのように動き始めた。

 俺はまた、歩き続ける。


 この手で掴み続けることを許された、確かな温もりと共に。




──ノクティヴェイル 第三巻 完──

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