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世界樹の記憶《リアラ》  作者: 鈴木 厳流彩


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3章



一節


 ロマーリア街道を北に1日ほど進んだ先にある、小さな村、カザブ。


 運のいいことに、俺たちは誰とも遭遇することなく、無事その村へと辿り着いた。


 街道の途中に点在する畑と石垣。

 雨ざらしの看板と、のんびり草を食むロバの姿。

 素朴で、そして平和そうな雰囲気の村だった。


 「……ここが、カザブですか。」


 「はい。記録にあるとおり、香草の出荷が主産業のようですね。倉庫が三つ、小型の醸造所も見えます。」


 村の中央には石造りの平屋が並び、その一角、木組みの大きな建物には、「交易詰所」と刻まれた看板が掲げられていた。


 そこに掲げられた布地の掲示板に、旅人向けの注意書きがいくつか貼られている。


 と、荷車の荷下ろしをしていた初老の男が、こちらに気づいて声をかけてきた。


 「おや、あんたら旅の者か?」


 「ええ、そうです。少し、この村で休ませていただこうかと。」


 「ふん……旅慣れた足取りじゃねぇな。けど装備は、そこそこ、か。……で、怪物退治なんてのは得意だったりするのか?」


 「……怪物、ですか?」


 俺が首をかしげると、男はニヤリと笑って、周囲を見回してから声を落とした。


 「もしやる気があるんなら……ちょっと、話だけでも聞いてみねぇか?相手は人間だが、ただの盗人じゃねぇ。“怪物”みてぇな奴だ。」


 「……話くらいでしたら、もちろん。」


 「助かる。詰所の奥で、詳しい話をしてる連中がいる。あんたらみたいな若いのが来るのを、実はずっと待ってたんだよ。」


 そう言って、男は荷車の手綱を引きながら、詰所の脇にある扉を指差した。


 俺はリアラと目を合わせて、小さくうなずく。


 「……行ってみましょうか、リアラさん。」


 「はい、マスター。」


 俺たちは並んで、扉の向こうへと足を踏み入れた。




第三章 第二節


 村の中心にある木造の建物。

 詰所と呼ばれるその場所は、思いのほか質素で、こぢんまりとしていた。


 中に入ると、ひげをたくわえた中年の男が机に肘をつき、干し肉をかじっている。

 リアラが軽く会釈をすると、男はちらりとこちらを見て、口を動かす手を止めた。


 「……旅の者か? 怪物退治とか、得意だったりするか?」


 第一声がそれである。


 「い、いえ、あの……旅の者ではありますが……怪物退治というほどでは……。」


 俺はたじろいだ。

 だって、そりゃそうだ。

 聞いた話じゃ、このカザブの村は、ヴィーガン。つまり、菜食主義者の集落ってことになっていたはずだ。


 けれど目の前のその男は、まるで“当たり前”みたいな顔をして、干し肉をバリバリと噛んでいる。


 「……あ、あの……ここって……菜食の村じゃなかったんですか?」


 気づけば、聞いていた。

 男は干し肉を咀嚼しながら、嫌がることもなく、どこか遠い目でつぶやいた。


 「ああ。そう、そうだったな……あれは、前の祝賀祭の夜だったか。」


 その視線の先は、俺たちじゃない。過去の何かを見てる。


 「誰かがよ、うちのカレー鍋に……“ぶち込んだ”んだ。あいつをな。」


 “あいつ”とは何か、あえて聞かなかった。


 「一口目で衝撃が走ったね。まるで……天使様が口の中に舞い降りたかのような噛みごたえだったよ。」


 それ言い回し大丈夫か?と俺が思うより先に、男の口が止まらない。


 「次の夕方、気がつきゃ俺は、隣の家の鍋にこっそり“あいつ”をぶち込んでた。」


 ……え?


 「それからは早かった。隣の家、そしてまた隣の家へと、夜ごと皆で汗をかいた。ひたすら、気付かれないよう、丁寧にこそこそ、とな。」


 何かの宗教勧誘のポスティングかよ?完全にアウトだろ。


 「で、次の月。村の会議が開かれてな。“我々は干し肉の民となる”って、満場一致よ。」


 男は誇らしげに、咥えてた干し肉をブラブラ。


 「今じゃこのあたりの野生生物は、ぜーんぶ、干し肉さ。ハッハッハッ!」


 ……完全におかしい。

 脳が現実を処理しきれず、俺の口は半開きになっていた。

 何も言い出すことの出来ない俺の代わりに、リアラが一歩前に出る。


 「ご用件をうかがっても、よろしいでしょうか?」


 「ん。ああ、すまんすまん、思わず話がそれちまったな。そう……困っててな。盗賊だよ。最近、村の倉庫からモノが消えててな。」


 「盗賊、ですか?」


 「そう、たった一人だって話なんだが、やたらと動きが早くて、誰も尻尾がつかめねぇ。痕跡からして、どうも森の北にある古い洞窟を根城にしてるらしくてな。」


 男は机の引き出しから古びた地図を取り出して、トントンと指で叩く。


 「ここだ。ぶっちゃけ、入り口を確認してくるだけでも、助かる。中に入らなくてもいい。万一、見張ってるヤツに気づかれたら逃げりゃいい。」


 「……報酬は、どれくらいに……?」


 「1000ゴールドだ」


 「せ、せん……!?」


 思わず声を上げてしまった。

 リアラも横で、小さく目を見張っている。


 「そ、そんなに払って大丈夫なんですか?」


 「そりゃな。香草だけじゃないんだ、うちの村は。ワインも作っててな、それがごっそり盗まれちまってる。数百ゴールドどころの騒ぎじゃない。だから、この金は“投資”ってわけさ。」


 男は渋い顔でため息をつき、再び干し肉を噛み締めた。


 「ただ、命を張ってとは言わん。あくまで“様子見”。確認してくれるだけでいい。」


 「……行ってみようと思います。」


 そう答えた俺に、男が少しだけ目を細めた。


「無理はすんなよ。相手は、なかなかの曲者って話だ。」


「わかりました。」


 そう言って詰所を背にした後、リアラがほんのり笑って俺の肩にそっと触れた。


 「1000ゴールド……。もし本当に受け取れたら、しばらく宿には困りませんね。」


 「……はい。あと1ヶ月以上は大都市に泊まれます。」


 「ふふっ。たった1ヶ月で終わらせないよう、頑張りましょうね、マスター。」


 彼女の声には、どこか戦友のような信頼と、旅を楽しむようなときめきが混じっていた。



第三章 第三節


 洞窟までは、村から半日ほどの道のりだった。


 地図を頼りに森の奥へ進んでいくと、そこは鬱蒼とした樹々に囲まれた、まるで絵に描いたような“怪しい場所”。


 昼なお暗いその森の中に、ぽっかりと開いた横穴。

 それが、例の盗賊が潜んでいるという洞窟だった。


 「……ここ、ですね。地図の印と一致しています。」


 「うん。入口……あるな。中は暗くて見えないけど、誰かいる感じは、しない……ような?」


 俺はそっと足音を殺し、洞窟の入り口に近づいた。

 リアラも慎重に、少し離れてついてくる。


 ……静かだ。

 聞こえるのは風の音と、木の葉が揺れるかすかなざわめきだけ。

 だが。


 「リアラさん。これ、見てください。……足跡、ですよね?」


 「はい。大小混ざっていますが……人間のものだと思います。しかも、わりと新しい。」


 足跡は複数あるようにも見えたが、いずれにせよ“誰か”がここを使っているのは確かだった。


 そして、俺はふと洞窟の岩肌を見て思いつく。

 ごつごつとした岩。湿った空気。……この場所に、人が本当に戻ってくるのか。

 それを、確かめてみたかった。


 「……リアラさん。少し、このまま待ってみませんか?」


 「え?」


 俺は周囲の茂みを見回してから、小声で続けた。


 「この洞窟を根城にしてるなら、どこかに出かけて、また戻ってくるかもしれません。いま中に誰もいないなら……夜明けまで、ここで見張ってみようかと。」


 リアラは少し驚いたようだったが、すぐに頷く。


 「……わかりました。では、火はやめておきましょう。」


 「お願いします。」


 二人で静かに、洞窟から少し離れた木陰に身を潜めた。

 森の中の夜は深く、風に揺れる枝葉の音が、静寂の中にかすかに響く。


 時が流れる。


 月は西へ傾き、空が徐々に白んでくるころ。


 「……あれ?」


 リアラが、かすかに息を呑んだ。

 俺も顔を上げて、森の向こうに視線を向ける。


 ……いた。


 ガサリと草を踏む音とともに、ひとりの影が現れる。


 肩に大きな袋、腰にはナイフ。

 そして、奇妙なまでに大きな兜。

 ふんどし姿にマントを翻している。

 その出で立ちは、どう見ても普通の旅人ではなかった。


 「……盗賊でしょうか……?」


 「たぶん……。」


 影は警戒することもなく、慣れた様子で洞窟の前に立つと、ちらりと周囲を見渡してから、すっと中へと入っていった。


 俺とリアラは顔を見合わせ、そっと頷き合う。


 この洞窟は、やはり“使われている”。


 沈黙の中、俺はひとつ深呼吸をしてから、ぼそっとつぶやいた。


 「……埋めちまうか。」





第三章 第四節


 ドゴォーン!


 天をも貫く轟音が、夜明けの薄明を引き裂き、遠くの山々までもこだまする。


 魔法の玉による爆発が、隠れ家として使われていた洞窟の入り口を瓦礫の山へと変え、俺たちの討伐劇は幕を閉じた。


 「……今の音……?」


 「まさか、盗賊……!?」


 「方角は……確かに北の森のほうじゃったが……?」


 その頃スカブの村では、村人たちが空を見上げていた。

 夜の帳が薄明に染まり始める空に、ひときわ目を引く“なにか”が、すーっと流れていく。


 赤黒い煙を曳きながら、二つの影が流れ星のように空を切り裂いていた。


 「……あれ……なんか……飛んできてる!」


 「えっ、まさか?」


 ドガシャァァァァン!!!


 次の瞬間、村はずれの藁葺き屋根に何かが突き刺さった。

 屋根が見事に吹き飛び、干し藁が空に舞い、鶏がギャアギャアと騒ぎ出す。


 「ゲホッ……ゴホッ……。」


 土煙の中から現れたのは、全身黒こげ、炭まみれ、髪の毛も逆立った少年と、焦げたスカートを必死に押さえる女性。


 村人たちは一瞬、絶句する。


 が、次の瞬間。


 「討伐、完了です……。」


 ぼろぼろの姿でそう告げる少年の声に、


 「「「うおおおおおおおおおっ!!」」」


 村中に歓声が湧き上がった。


第三章 第五節


 村人たちは、黒こげの俺たちを囲んで大騒ぎになった。  炭の匂い、舞い上がる藁屑、呆然とした鶏。地面に突き刺さる俺。スカートを押さえてうずくまるリアラ。


 「し、生きてるか……!?」

 「おい、あれ……あの黒いのって、あの旅の二人じゃないか!?」

 「こ、これは……討伐して帰ってきたってことかァァァ!」


 気づけば村長らしきお爺さんが、すっと俺たちの前にやってきた。


 「そなたら……本当にやったのか。あの盗賊を……!」


 「……ええ、なんとか、入口を……塞ぎました……。」


 「……正確には、爆破しました。」

 リアラが、ぽそっと冷静にツッコミを入れた。


 「ば、爆破!?」


 村人たちがざわつき始めたが、すぐに感情が熱を帯びていく。


 「やったああああああ!!」

 「これで……これでうちの香草もワインも安全だァァ!」

 「うちの干し肉も!!」


 歓声が爆発する。どうやら、例の盗賊には本当に困らされていたらしい。


 こうして俺たちは、村の広場へと連れて行かれた。  いつの間にか井戸のそばには長机が並び、村人たちが用意した朝食がずらり。炭で真っ黒な俺たちが座らされると、まるで英雄扱いだった。


 「はい、こちらが約束の報酬の千ゴールドです!」


 袋にぎっしり詰まった金貨が、目の前に置かれる。ずしっとくる重み。


 「マスター……。」


 リアラがぽつりとつぶやいた。


 「マスターって……ほんとうに、すごい人だったんですね……。」


 「え、そんな、たまたまです。……本当に、偶然ですから。」


 俺が煤けた顔でそう返すと、リアラは笑って、でもすぐに視線を落とした。


 「……ずっと、信じてましたよ。あの時から。」


 その目は、ただの敬意じゃない。

 あれは、俺なんかにはもったいないくらい、綺麗な眼差しだった。


 その瞬間。


 「おーーーい!宴の準備、できたぞーーーっ!!」


 「焼き立てのパンと、香草とかの煮込みだー!」


 「ワインも開けちまえーー!」


 村人の声が重なり、いつの間にか祭りのような空気に。  リアラは目をぱちくりさせて、俺と顔を見合わせる。


 「……え、今から……朝……ですけど?」


 「ま、たまには、こういうのも……あり、ですかね。」


 リアラは小さく笑って、うなずいた。


 こうして、俺たちはスカブの村の英雄として、朝から酒盛りに巻き込まれることになったのだった。








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