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世界樹の記憶《リアラ》  作者: 鈴木 厳流彩


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31章



一節


 リアラも、リディエルも、まだ眠っていた。


 俺は目を覚ましてすぐ、何かがおかしいと気づいた。


 寝台のすぐ向かい。


 そこに、あり得ない“何か”がいた。


 キノコ?

 いや、木?

 いや、違う。

 どちらでもなく、どちらでもあるような……黒褐色で、ねじれた幹のような胴体。

 その“それ”は、まるで虫のように四つ這いで、眠っているリアラたちに覆いかぶさっていた。


 いや……違う。頭を、かがめて……。


 その巨大なキノコの傘のような頭部から、ふわりと白く光る霧のようなものが漂っていた。

 淡く、きらめきながら、ぽた……ぽた……と。

 リアラとリディエルの額に落ちていく。


 「……っ……!」


 言葉が出なかった。

 声も、足も。

 怖い。怖い。怖い。

 でも目は、そらせなかった。


 その笠の下には“顔”があった。見せかけの顔。

 それが、どこか、母親の顔のようなものを彷彿とさせた。

 泣いていた。笑っていた。見ているだけで、胸が締めつけられた。


 だめだ……心まで、引き込まれる。


 俺は震えながら、今見えている“それ”以外にもう一体がいるかもしれない、なんて想像する余裕もなかった。


 だから。


 「ぐっ!」


 背中から、ドン、と何かに突き飛ばされたとき、初めて理解した。


 俺は、狙われていた!


 床に顔を打ちつけ、痛みにうめきながら振り返ると、そこにいた。

 もう一体の“それ”が。


 その口のない顔は、俺の祖母に似ていた。

 でも、背中には……木が裂けたような大きな口が、二つ。


 「っ、来るな……来るなっ!」


 四つ這いで必死に後ずさる。膝が滑る。恐怖で呼吸が乱れる。

 そいつは吸盤のある棘の手で、俺の足首を捕らえた。


 「やめろ……やめてくれ!」


 必死に蹴るけど、効かない。

 ヌルリと冷たい手が、背中にのしかかってくる。

 重い。苦しい……。


 「もうダメか……」


 目を閉じかけた、そのとき。


 ガァンッッ!!


 乾いた爆音と共に、客室のドアが破裂した。

 風が吹き込む。光が差し込む。

 何かが、俺たちの方へ踏み込んできた。



二節


 「そこまでだァッ!!」


 叫びとともに、熱気がなだれ込む。

 まるで業火のような気迫。裂けた扉の向こうに立つその人影は、逆光の中で髪を燃え立たせていた。

 赤。血のように、焔のように強い、強すぎる赤。


 その右手には、炎を宿すような刀。

 構えすら不要だとばかりに、振りかぶるよりも速く、一閃!


 ズバァンッ!!


 キノコのような化物の一体が、空間ごと裂かれるかのように吹き飛んだ。

 断末魔ともつかぬ異形の音を残し、床に木片を撒き散らす。


 「目を開けろ、少年!」


 その声は雷鳴のようで、同時に焚火のように温かかった。


 「君はまだ、生きている!」


 怒鳴るように言いながら、彼女は俺に視線を向けていた。

 まっすぐ、逸らさず。

 まるでその眼差しだけで立たせるつもりなのかと思うほどに、真っ直ぐだった。


 「恐れるな、これは夢。されど君の命は現実だ! その身は弱くとも、心だけは折られるな!!」


 鋼のように鋭く、だが烈火のように熱く。


 斬った。次の瞬間、また一体の化物が裂かれる。

 その刀は、ただの刃じゃない。迷いも、恐怖も、すべてを焼き払う意志の塊のようだった。


 「泣いてもいい。怯えてもいい。」


 背を向けたまま、でも語気は強く、鼓膜を震わせる。


 「だが、絶対にあきらめるな。君は一人ではない!」


 轟音とともに床が揺れた。斬撃が風を巻き、空気が熱を帯びる。


 「前を見ろ!立ち上がれ!こいつはわたしが叩き斬る!!」


 そう言い放つその背中が、確かに俺たちの前に立っていた。




三節


 三体いた異形も、瞬く間に最後の一匹が断末魔の悲鳴とともに崩れ落ちた。


 炎のように現れた謎の女性が、すべてを薙ぎ払ったのだ。


 俺は礼を言う暇も惜しむように、真っ先にリアラのもとへ駆け寄っていた。


 「……リアラさん。」


 その声に、微かに揺れる睫毛。


 指先が、彼女の頬に触れる。


 温かかった。


 ほんの少し冷えたその肌に、でも確かに、生命の鼓動が宿っていた。


 「夢ですよ。大丈夫……もう、夢は終わりました。」


 その言葉を聞いた瞬間、リアラの瞳がゆっくりと開いた。


 「マスター……。」


 目元に溜まった涙が、ぽろりと零れる。


 震えるように唇を噛みしめた彼女は、それでも微笑んでいた。


 「……ご無事で、よかったです。」


 言葉にならない安堵が、リアラの胸に広がっていく。


 一方で、もう一人。


 リディエルもすぐに助け起こされた。


 ふわふわと夢の名残を抱えたまま、目を擦るようにしてこちらを見ていた。


 俺とリアラがそっと支えるその横で、赤い刀を鞘に収めた女性が、再び口を開く。


 「わたしは退魔士の練極。君たちの命を守りに来た!」


 彼女の声は炎のようにまっすぐで、まるで再び、胸の奥に希望の灯が照らされるようだった。




4節 


 「……間に合ったようで、よかった。」


 あの燃えるような声が、今度は柔らかく、どこか安堵の響きを帯びて俺たちに降り注ぐ。


 炎のような長髪を高くまとめ、黒地に紅の裏地を揺らす羽織を纏ったその女性、練極は、まるで異界の戦場から舞い戻ったかのような雰囲気をまとっていた。


 濃墨の道着に朱金の帯、胸元は潔く開かれ、腰の太刀は朱の波紋に静かに煌めいている。真っ直ぐなその瞳には、ただ強さだけでなく、誰かを導こうとする確かな意思も宿っていた。


 「三人とも、立てるな?」


 その視線が、俺たちを順に見渡す。


 「時間がない。この列車は……さっきの化け物どもの“親玉”の体内、みたいなものだ。油断してたら、また襲われるぞ。」


 言葉の熱が、空気を震わせる。


 「夢は続いてる。でも、抗う意思があれば、幻想は砕ける。まずはここを脱出する!走れるか?」


 その声に、俺もリアラもリディエルも、無言で頷いた。


 練極を先頭に、四人で二号車の客室を抜け、廊下へと出る。


 静寂。


 まるで最初から何もなかったかのように、あの異形たちの唸りは消えていた。


 練極は警戒を緩めず、足を進めながら状況を語る。


 「ここは2号車。客室は7号車まである。でも、本当の目的地は10号車。そこに“核”がある。」


 「核って……この列車の?」


 問い返す俺に、練極は短く頷いた。


 「そう。この幻想列車、《パラディソ=ラストリア》を動かしてる中枢、夢の“心臓”だ。そこを叩けば、悪夢も止まる」


 その言葉には、ほんの僅かだが怒りが滲んでいた。

 彼女は、この列車のことを知っている。

 ただの通りすがりじゃない。きっと、何か理由があってここにいる。


 俺はリアラと目を合わせ、リディエルの手をそっと握った。


 「……行きましょう、マスター!」


 「はい!リディエル、大丈夫?」


 「……は、はい。大丈夫です……!」


 震える声ながらも、少女は小さな一歩を踏み出す。


 そして、四人は走り出した。


 闇の中に潜む“幻想の核”へ。

 この夢の終着点を、断ち切るために。




五節



 ガタン、と。


 列車のどこかで鳴る重々しい軋みの音を背に、俺たちは練極のあとに続いて駆け出していた。


 「10号車……そこに“核”があるって、言ってましたよね?」


 俺が問いかけると、前を走る練極がちらりとこちらを振り返った。


 「そうだ。だから、そこを叩く。」


 赤髪がひときわ揺れる。


 「改めて名乗っておこう。わたしは練極れんぎょく。異界の退魔士……だった者だ。正直、自分でも今の身分はよく分からん。だが、ここに囚われた理由だけは、はっきりしている。」


 彼女は少しだけ歩調を緩め、俺たちに並ぶようにして言葉を続けた。


 「さっきの怪物……“夢胞鬼むほうき”と呼ばれている。幸福な記憶に寄生して生まれる、“幻想に堕ちた者たちの残滓”だ。」


 「幻想に?」


 「夢に溺れた者は、いつしか自分の過去も痛みも忘れる。そして、喰われるんだ。現実も、希望も、命もな。」


 重い言葉だった。でも、目の前の彼女はそのすべてを知ってなお、前に進んでいるようだ。


 「じゃあ、その“親玉”というのは?」


 リアラが問うと、練極は一拍置いて言った。


 「この列車そのものだ。正式名称は《パラディソ=ラストリア》。意味は“幻想の楽園”だそうだ。」

 

 「楽園、ですか?」


 リディエルが小さく反応する。


 「そう。誰もが幸福でいられる夢の中。だがそれは、あまりにも都合の良すぎる世界だ。現実を忘れ、抗う意思を捨てた者たちが、最後にたどり着く場所。それが、この列車だ。」


 「じゃあ、夢胞鬼たちはその成れの果て?」


 「ああ。自分の痛みに向き合えず、ただ夢を望んだ者たちの、末路だ。」


 言葉が静かに落ちる。


 だが、練極は振り返って、俺たちの顔を順に見た。


 「だが、お前たちはまだ戻れる。夢を壊して現実へ帰る道は、まだある。」


 強く、真っ直ぐな声だった。


 そんな彼女の背中を、俺たちは無言で追い続ける。


 やがて、鉄製のドアの前にたどり着いた。

 そこには、くすんだ金のプレートでこう記されている。


 【第八車両:食堂車】


 「……食堂?」


 「夢の構造は、理屈だけじゃ測れん。用心して進むぞ!」


 練極の手が、静かにドアノブに触れた。


 その向こうに待つのは、ただの空腹を満たす場所か。

 それとも、悪夢を肥え太らせる宴の残り香か。


 俺たちは、再び息を整え、扉の向こうへと踏み出そうとしていた。




6節



 列車の通路は、ひとつしかない。


 つまり、核にたどり着くには、この《食堂車》をどうしても通らなければならない。だが。


 「やっぱり、嫌な予感しかしないですね。」


 名札のついた扉を前に、思わずつぶやく。どう考えても“食堂”って雰囲気じゃない。


 俺たちは覚悟を決め、練極がドアノブを静かに回した。


 ギィィ……。


 きしむ音とともに開かれる重たい扉。

 けれど中から出迎えてくれたのは、美味しそうな匂いでもテーブルクロスでもなかった。


 ズ……ズズ……。


 床、壁、天井、テーブル、椅子……どこもかしこも、“あれ”で埋め尽くされていた。


 「夢胞鬼……っ!」


 どこかが鳴ったわけでもない。叫んだわけでもない。

 だが、静かに開けたつもりの扉の気配は、すでに20体以上もの“異形”の耳に届いていたらしい。


 「くるぞ!」


 練極の言葉に反応した俺は、咄嗟にリディエルを背後にかばう。

 すぐ前では、リアラと練極がすでに前衛の構えを取っていた。


 ドガッ!


 「っ……!」


 先に飛びかかった一体が、リアラへ襲いかかる。

 リアラは反射的に左手の鉄扇を閉じて受け流し、相手の勢いを利用した反撃を、右手の鉄扇で試みる。


 が。


 「……硬っ!」


 振り抜いた一撃は、まるで“樹”を叩いたような鈍い音を残し、跳ね返された。

 さらに追撃のように放った、電撃をまとわせた《デュエルファン零式》の回し蹴りも、ビリ、と火花が弾けて、それだけで終わる。


 通じない。効かない。あれは……雷が通らない、木?


 「リアラさん、下がって!」


 「いえ、まだ……っ!」


 苦戦する彼女に、追い打ちをかけるように、さらに三体の夢胞鬼が、呻き声とともに跳びかかってきた。


 このままじゃやられる!リアラが死を覚悟した、まさにその瞬間。


 「退魔士流交殺法奥義」


 練極が、まっすぐ前を見据えて叫ぶ。


 「火行、二の太刀、《焼龍剣》ッ!」


 ゴォオオオオオッ!


 赤き焔が、練極の刃から爆ぜた。


 それはまさに、剣の形をした“炎の龍”。剣閃とともに螺旋を描き、前方の夢胞鬼たちを一瞬で巻き込んで焼き尽くす。


 轟音、風圧、熱気。


 列車の中とは思えないほどの灼熱の奔流が駆け抜け、通路が一瞬、真昼のような光に包まれた。


 煙を上げ、炭のようになった骸が崩れ落ちる。


 「私は私の責務を全うする。ここにいる者は、決して誰も死なせない!」


 練極のその言葉が、闇に沈みかけた皆の心に、再び焔を灯してくれた。



7節


 轟!


 列車の通路が、またもや赤く染まる。


 練極の振るう焔の刃が、まるで舞を踊るように、夢胞鬼の群れを次々と焼き払っていく。


 「火行、四の太刀、《竜巻閃焼殺》!」


 ぐるりと輪を描く焔が、飛びかかろうとした個体をまとめて一掃。絶え間ない剣戟に、次々と黒い影が焼け焦げ、灰となって崩れ落ちていく。


 気づけば、さっきまで怪物で埋め尽くされていた食堂車は、燃え焦げた残骸が、無残に床を覆っていた。


 「すごい!」


 リアラが、思わず呟いた。


 俺も、リディエルも、言葉が出てこなかった。ただ呆然と、焔をまとうその背中を見つめていた。


 「うむ。少々、焼き過ぎたかもしれん!」


 刀を肩に担ぎ、振り返った練極が、豪快に笑う。


 「だが、よく燃やせば道は開ける!この刀はただ敵を斬るものではない!弱きを照らす光にもなり得るのだ!」


 そう言って、彼女は俺たちのほうを見て、ぐっと目を見開いた。


 「だがな。本当に凄いのは、君たちだ!」


 その声に、思わず背筋が伸びる。


 「あれほど甘美な夢に沈みながらも、それを振り切って立ち上がった!その強さ、心から尊敬に値する!」


 真っ直ぐな言葉だった。胸の奥に、温かくて、少しだけ苦いものが広がる。


 ……でも俺は、そっと目を伏せた。


 「……そんなに、俺、強くないです。」


 そのまま、ぽつりと続ける。


 「たぶんこの先も……あなたみたいには、なれない。」


 憧れに似た視線を向けながら、ぽつんと口にした俺に、練極は太陽のように笑い、俺の肩をポン、と叩いた。


 「強さというのは、肉体のみに宿るものではない!」


 力強く、しかし優しく続ける。


 「恐怖を抱きながらも前を見据える者!誰かのために涙を流せる者!迷いながらも歩を進める者!そのすべてが、誇り高き“強さ”だ!」


 そう言ってから、ふっと表情を引き締める。


 「急ぐぞ!」


 声が一段、鋭くなった。


 「パラディソの中核は、この先、九号車の車掌室を越えた先にある!燃やすべき悪があるならば、我らの焔で照らし尽くそうではないか!」


 その言葉に、リアラがこくんとうなずく。リディエルも、少し震えながらも前を向いていた。


 俺の胸には、彼女の言葉がまるで福音のように静かに何度も反響している。きっと彼女の言葉が、この先もずっと俺の歩むべき道を照らしてくれるだろう。

 

 そして四人は再び、十号車を目指して走り出した。


 

八節



 車掌室の扉が目の前に現れた。黒く、分厚く、まるでこの先の何かを隠しているような重たい存在感。


 「開けますね……。」


 リアラが、そっと扉に手をかける。


 その瞬間。


 「待て!」


 低く、しかし鋭い声が空気を裂いた。

 練極がリアラの手首を掴んだのだ。


 「この先は、列車の心臓部。十号車を守る最後の砦。恐らく……“鬼冠者”がいるはずだ。」


 練極の声は、いつになく真剣だった。


 「そいつは、夢胞鬼の主にして、この列車の意思そのものだ。あるいは、“核”の守護者。ここまでとは比べものにならぬほど、手強い敵になるだろう。」


 静寂が落ちた。耳の奥で、列車の振動が心音のように響く。


 「心の準備はできているか?」


 振り返った練極が、俺たちを見つめる。


 怖くないと言えば嘘になる。


 でも。


 「はい、行きます。」


 俺は、はっきりと思いを形にした。

 その横で、リアラもまっすぐに頷く。

 リディエルも、小さく震えながら、それでも前を向いていた。

 三人の覚悟を受けた練極が、にこりと笑う。


 「よし。それでこそだ!」


 言葉と共に、練極の両手が前に出る。

 すぐに、ギィと重たい音を立て、それは開かれた。


 その先に広がる光景。


 車掌室。


 そこは、赤と黒の光に包まれた、これまで見てきたどのような景観とも異なる、異様な空間だった。






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