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世界樹の記憶《リアラ》  作者: 鈴木 厳流彩


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25章


一節


 サザンクロスベイの街の中心から、少しだけ外れた海風通りの一角。そこには、冒険者に人気だというフクロウカフェがあった。


 入り口には木彫りの看板がぶら下がり、そこには「フクロウカフェ・冒険者ギルド」と、ちょっとふざけた筆跡で書かれている。中を覗けば、毛並みのよさそうなフクロウたちが棚の上からこちらを見下ろしていて、テーブル席では様々な装いの冒険者たちが、ビール片手に何かのカードゲームをプレイしたり羽根ペン片手に語らい、何かを書き込んでいた。


 けれど、俺たちが向かうのはその奥だった。


 「転生者ギルドの方へ」と言うと、店内奥のカウンターにいた男のギルドマスターが、ちらりと俺たちの召喚器に視線を向け、無言で頷く。


 そして、カウンター横にある鉄扉を、顎で示した。


 扉には、小さな窪みがひとつ。

 召喚器をかざすための場所だ。


 リアラと並んで一歩踏み出し、俺が時計型の召喚器をそっとあてがうと、カチリ、と金属音。鍵が外れ、扉が静かに開いた。


 中は、まるで別世界だった。


 そこは、吹き抜けの天井を持つ二階建ての広い酒場。天井の梁には魔法のランプがぶら下がり、あたたかい光で全体を照らしている。


 大きな丸太の柱に支えられた空間では、降臨者たちと転生者たちが肩を寄せ合い、賑やかに会話を交わしていた。異なる種族、異なる装い。

 この場所だけは、まるで“全てを受け入れる宿”のような雰囲気があった。


 中央の掲示板は、一際目を引いた。


 パーティーメンバーの募集、ダンジョン同行者の依頼、降臨者の交換案。

 それだけじゃない。

 魔術師ギルドからの調査依頼、失われたアイテムの情報、世界樹に関する謎の報告まで、所狭しと紙が貼られている。


 「……ここが、転生者ギルド……?」


 俺が小さくつぶやくと、隣のリアラが、懐かしそうに微笑んだ。


 「ええ。どこの街も変わりません。……この空気も、匂いも。」


 どこか安心したように、その声はゆっくりと溶けた。



2節


 酒場風の広間を抜けて、俺とリアラは奥の受付カウンターへ向かった。


 そこには、きちんと制服を着た受付嬢がいて、俺たちに気づくと丁寧に頭を下げた。


 「ようこそ、転生者ギルドへ!」


 リアラも微笑みを返し、俺もそれにならって軽く頭を下げる。


 「転生者ギルドも、町によって雰囲気は違いますが……やれることは同じです。」


 と、リアラが小声で囁いてくれた。たしかにこの建物、外観のカフェと並んで、機能的でちゃんとそれっぽくしてる。


 受付嬢に案内されて、ウェルカムドリンクを受け取る。涼やかなハーブの香りがする炭酸水だ。


 そのまま二人で窓際のテーブルに腰を下ろす。ふぅ、と一息。


 「……転生者専用のクエストが、ここでは主に取り扱われています。一般の冒険者さんでは手に負えないような内容ですが、降臨者の力を用いれば……楽勝なことが多いです。」


 リアラはグラスを指先でなぞるようにしながら、ゆっくりと説明してくれる。


 「他にも、仕事仲間の召集や、情報、アイテムの交換など……さまざまなやり取りが可能です。中には、単に無料のドリンクを飲みに来るだけの方もいますが。」


 「俺たちみたいに、ですね。」


 俺がそう返すと、隣の通路から明るい声がした。


 「はーい、おまたせ!軽食サービスだよ!」


 カチャ、と皿をテーブルに置いたのは、ウェイトレスの女の子だった。ぱっと見十五、六歳くらい。くるんとした栗色の髪に、元気な笑顔。そして……けっこう、育ってる。多分、リアラの50%増しくらいはあるんじゃないか。


 「こちらの女性は初めてじゃなさそうだし~……私が話すこと、全部なくなっちゃう〜。」


 そう言いながらにこっと笑ったその目が、なぜか一瞬だけ俺を見たあと、リアラに泳いだ。


 ちらりとリアラの視線が揺れる。少しだけ口元が引き結ばれたのを、俺は見逃さなかった。


 「……あ、ありがとうございます。」


 サンドイッチの皿に手を伸ばしながら、なんとなくフォローになればと、俺は女の子の方を向いた。


 「ここって、けっこう詳しい話も聞けるんですか?」


 「うん。例えば、大図書館、銀行、神殿の基本的な役割とか、世界樹の加護がどこまで都市を守ってるかとか。」


 手慣れた様子で、彼女はぱたぱたと指を立てて、リアラの説明の隙間を埋めるように話していく。


 「あと、ギルド内の交換はあそこの受付嬢が間に入ってくれるから。希望があれば、降臨者の交換を手伝ってくれたり、レアリティとかも聞けるよ。ログも残るから、騙されにくいってこともあるし。ま、ちょっと面倒だけどねっ。」


 リアラが少しだけ伏し目がちに視線を落とした。その横顔に何かを感じたけれど、俺はあえて、なにも言わない。


 女の子は最後に胸を張って、明るく宣言した。


 「転生者ギルドへようこそ!人手はいくらあっても足りないわ!よろしくねっ!」


 笑顔のまま、くるりとターンして戻っていく彼女を見送りながら、俺はリアラの方をちらりと見た。


 リアラはグラスを持ち直しながら、やわらかく微笑んでいた。さっきよりもほんの少しだけ、心が緩んだように。



三節



 「そういえば君たち、簡単な急ぎの仕事があるんだけど、興味ない?」


 さっき奥へと消えたウェイトレスの女の子が、グラスを下げるついでのような軽さで戻ってきて、声をかけてきた。


 けれど、俺の目はとなりのテーブルにいる男と、その仲間たちへと向いていた。


 武骨な雰囲気の転生者。パイプから細く煙を吐きながら、酒を煽っている。左に座る両手斧を担いだ屈強な戦士風の熟年降臨者と、酒を交わしながら。


 そしてその足元、右の後方では、二つの頭をもつ漆黒の猟犬。牙をむき出しにしたまま、肉の塊にむしゃぶりついていた。


 ……異様な迫力。

 だけど、それよりも目を奪われたのは、そのすぐ後ろで、小さな体を縮こまらせるように座っている、蒼の髪の少女。


 あれは……。


 昨日、武器屋の前で頬を叩かれていた少女だった。髪は軽く乱れ、顔を伏せているけれど、間違いない。頬には、まだ青紫の痕が残っている。


 男たちの皿には、肉とパンとチーズが惜しげもなく盛られている。猟犬ですら分厚い骨付き肉を頬張っているのに、彼女の皿には、何も乗っていなかった。


 「……なに見てる。丸一日は食事なしだって言っただろ。」


 男の声が冷たく響く。

 少女は怯えるように体をすくめ、視線を落としたまま、震えていた。


 一瞬、俺は男を睨み付け拳を握る。けれど足が震えて、それ以上は何も出来なかった。


 男の隣では、戦士風の黒人の降臨者が、黙ってグラスの中身を見つめていた。どこか悔しげで、でも、何もできないような……そんな顔だった。


 目を閉じかけたそのとき、ふと、ある事が頭に閃く。


 俺は、椅子を引いて立ち上がった。


 「すみません。その子、いえ、その降臨者の子、買えませんか?」


 男のパイプの動きが止まった。周囲の空気が、わずかに揺れる。


 「……は?」


 「1万ゴールドで。……お願いします!」


 思わず口走っていた。もう引き下がれない。


 男は眉をひそめ、鼻で笑った。


 「お前なぁ……馬鹿か?1万ゴールドがなんだって?コイツは精霊石はたいて俺が当てたレアなんだ。1万ゴールドなんかじゃ、全然釣り合わねぇよ。」


 そんな。降臨者って、そんなに価値の高い存在なのか?知らなかったの、俺だけか?悔しいけど、でも、もう引き下がれない。


 「……じゃあ。」


 俺は息を吸って、言葉を継いだ。


 「カード勝負はどうですか。そっちが勝ったら、何も受け取らず1万ゴールド払います。そうでなければ、俺がその子を1万ゴールドで引き取る。受けてくれるなら、手付金で別に2,000ゴールドもお渡ししますよ。」


 「……カード?」


 男が目を細めた。


 「嫌だな。昔、イカサマされたことがある。信用ならねぇ。」


 やっぱり無理か。


 と、思ったそのとき。


 「腕相撲、するか?」


 「……えっ?」


 一瞬、固まった。腕相撲!?俺、腕相撲とか体動かす系苦手なんだけど。


 「酒の余興だ。こっちが勝ったら、一万しっかり払え。そうでなけりゃ、そいつはお前にやる。……それでいいなら、カード引け。」


 彼が懐からトランプの様なカードを何枚か差し出してくる。俺は震える指で、その中の一枚を引いた。


 「……2、です。」


 「ほー。2か。運がいいな。じゃあこっちは、指2本だけでやってやるよ。」


 男は笑った。握った拳から、わざと3本の指を折ってみせる。


 「今ならやめられるけどどうする?お前は両手でもいいぜ? こっちは酔ってるしな。せいぜい、頑張れよ。」


 正気か?この男、酔った勢いで頭がおかしくなっちゃったんじゃないのか?いずれにしても、これはチャンスだ。


 「……やります!」


 言った瞬間、リアラの横顔がふと揺れた。彼女は俺を見て、ほんのわずかに微笑んだ。


 それは、声にしない肯定のようで。


 私は、信じている。


 そんなふうに感じられた、気がした。

 

 力勝負は苦手だが、相手は酔っぱらいの指二本。イケる。

そう思い、テーブルを立とうと椅子を引いた瞬間。


 「アリューゼイン、ご挨拶だ。」


 男がニヤリと笑いながら、パイプを傾けた。


 は?

 ……え?

 唖然とする俺を横目に、男は戦士風の黒人の男、アリューゼインへと顎で合図する。


 「こっちはうちのアリューゼインがやる。そっちも、後ろにいらっしゃるお嬢さんがやったって構わないんだぜ?」


 「いやいやいやいや、こんなの無理ですよ!っていうか、どっちがイカサマなんですか、それ!」


 思わずツッコミを入れた俺をよそに、男は涼しい顔で五杯目の酒をグラスに注ぎ直し、どかっと奥の椅子に身を沈めた。まるで、高みの見物といった風情で。


 一方、アリューゼインは、損な役回りだとでも言いたげに小さくため息をつきながら、静かに立ち上がった。


 終わった。

 脳内で「バキン」と音がした。やる前から心が折れる音。

 俺の中で勝敗が決まったような気がして、胸の奥が空っぽになった。



四節



 理不尽極まりない腕相撲勝負が、始まった。


 「うちの嬢ちゃんには悪いがなぁ。」


 黒人の大男、アリューゼインは苦笑を浮かべ、分厚い腕をどすんとテーブルに乗せる。


 「旦那の手前、手加減ってのは出来ねえんだよ。指二本の大サービスだ。せいぜい、楽しませてくれよ」

 

 まるで丸太……いや、石柱か?

 そもそも指二本でもう太さが俺の手首くらいありそうだ。


 イカサマなんて必要がない。見た目で分かる、勝負以前の暴力的戦力差。握った瞬間、俺の手がメリッと潰れるんじゃないかと本気で思うほどだった。


 「はっじまるよー!どっちが勝つか、ベットは今のうちだぞー!」


 ギルドの奥から現れた即席の賭け屋が叫ぶやいなや、周囲の空気が一変した。


 「どう見ても無理!俺なら両腕折れてる!」

 「いや、指二本なら、あの小僧にワンチャンあるぞ?」

 「後ろの女の子が泣いちゃう前に止めてやれ〜!」


 ムードは完全にお祭り。

 リアラが心配そうにこちらを見ている。

 やばい。

 これはカッコ悪い。

 いやほんと、マジでやばい。


 「はじめっ!」


 審判代わりのウェイトレスが手を振り下ろした。

 その瞬間。


 ググッ……!


 冗談抜きで、手首がベコっといきそうな強さ。

 手の骨が悲鳴を上げてる。

 というか目の前がチカチカしてきた。

 これもう、軽く意識が飛ぶようなレベルだ。


 ふ、と。


 急に、押し込まれていた腕の圧が緩んだ。


 驚きと同時に、胸に力を入れ直す。たぶん人生で一番、心の中で叫んだ。


 「ほう……面白ぇじゃねぇか。」


 アリューゼインが苦しそうに目を細めて、しかし口元には笑みを浮かべながら、一瞬、俺ではなくリアラの方をちらりと見る。


 この時の俺は知らなかったのだが、リアラは静かに誰にも気づかれないよう風の魔法を使い、アリューゼインの頭上に「酸素の薄い層」を作り出していたのだ。


 アリューゼインの呼吸が地味に乱れ、筋力と判断力が鈍っていく。


「……マスターが、この子を助けたいと、思っているのなら。」


 リアラは、誰にも気づかれぬまま、ただ静かに、そっと呟いた。



五節


 ……ググググググ!


 ギリギリと軋む音が、俺の腕から響いていた。

 だが、押されていない。

 むしろ、少しずつ、ほんの少しずつだが、アリューゼインの腕が、上がっている。


 「うおおおおお!?押し返してる!?」


 場内がどよめく。


 「マジかよ、幻覚か!?」

 「いや……これ、勝つぞ!?あの豆モヤシが!」


 拍手、歓声、悲鳴、謎の振動音。

 誰かが口笛を吹いた。


 「アリューゼイン、負けたらメシ抜きなぁー!」


 大男の主たる転生者が、パイプから煙を吐き出しながら飄々と声をかける。


 「やめろォ!!」


 アリューゼインの叫びが響く。顔が本気だ。黒い肌に汗が滲む。本気で食事の心配してる顔だ。


 そのとき。


 「……ふむ?」


 奥で腕を組んでいた魔術師風の降臨者が、眉をひそめた。


 風の揺らぎ。空気の層の微細な歪み。

 彼は気付いた。これは魔法だ。

 男は舌打ちすると、リアラに向かって指先をちょいと動かした。


 次の瞬間。


 「……ふッ!」


 リアラの口元から、小さな息がこぼれる。

 耳の後ろ、胸、そして股のあたり。まさぐられるようなくすぐったい気配が、じわじわと忍び寄ってきた。


 (っ……こんな、時に……!)


 顔には出さない。けれどリアラの集中が、ほんのわずかに乱れる。


 そこからは、早かった。


 「……おい、あれ魔法じゃね?」

 「お前も気付いた?あの子、何かやってるよな?」


 次第に周囲の転生者と降臨者が、気付き始める。

 だが、止める者はいない。逆だ。


 「なら……よし、俺もやるか。」

 「修行の成果を見せる時ね!」


 どこからともなく声が上がる。


 「豆モヤシの右腕に、獣の膂力を! 一時の契約、《獣力招来》!」

 「アリューゼイン様、今助けます!ニコニコ・ロビーヌが命ずる!咲きなさい、幻の指!《トレス・デ・フルール》!」


 二人の降臨者が、同時に魔法を紡ぎ上げた。


 「椅子の足、折られてんじゃん。」

 「待った、床の構造ちょい変える。よし、豆モヤシの椅子、浮いた!」

 「アリューゼインの椅子、木製だな! 《ワイルドグロース》! 椅子の足よ、伸びろォォッ!」


 それを皮切りに幾人もの降臨者が、己の持つ技量を誇示せんと、肩を並べ始める。


 もう誰も、腕相撲を止めようとはしていない。

 ただ、全力で“自分の推し”を勝たせようとしていた。


 アリューゼインの肩から角が延び、俺の腹筋は六つに割れ、リアラはくすぐったさと戦いながら必死に酸素を操作し、誰かがビールを呑みながら叫んだ。


 「戦いは数だよ、兄貴!」


 もはや、力比べではない。

 例えるならこれは、互いの推しの勝利を願う、魔力まみれの総選挙だった。



六節


 気がつけば、腕相撲をしているはずの二人は、もはや普通の人間とは思えない状態になっていた。


 俺の右腕には異様な筋肉が盛り上がり、肩からは野生の毛がもっさりと生えている。

 目は血走り、鼻息が荒い。どう見ても何かがおかしい。


 一方のアリューゼインは……頭から猫の耳、尻から犬の尻尾。

 首から上は保護色になっていて、口と目だけが空中に浮いている。もはやデュラハンの方が可愛いレベルである。


 「オーケー! 霊糸操作で姿勢安定した! 豆モヤシ、腰がズレてる、修正!」

 「《律動》という孔を突いた。アリューゼイン、これでお前の心拍と集中力は安定する。」


 脇から魔法以外の能力支援まで飛び出した。

 もう、姿勢制御や集中力補助は 標準装備 らしい。


 俺の背後では、金の輪を持つ小柄な天使達と、黒羽の小悪魔たちがふわふわ浮かびながら、肩を組み、光と影の二重奏でコーラスを始めている。


 「見よー、この優しきー眼差しー。そしてー神々しきー聖なる筋肉をー!」

 「あなた様こそー、恐怖とー破壊の権化ー、暴虐の覇王ー!」

 『まさに、創造神の造形美ー!』


 小悪魔の一人が、謎の笛を吹く。

 その手には“豆モヤシ応援団”と書かれた旗が握られていた。


 ……誰が作ったんだそれ。


 天使達の方は、頭上の輪っかを割ってタンバリンのようにバンバン叩きながら、「筋肉に祝福を!」と神聖なダミ声で叫んでくる。


 「……いや、何あれ。」

 「本当に祝福か?」


 ギャラリー達もさすがにドン引き。あるかないかも分からない祝福効果より、俺はもう、ただ黙っていて欲しかった。


 腕相撲に集中する意識の一部をアリューゼインの周囲に少しだけ割くと、そこもまた、常識を塗り替えられるような目を見張る光景が広がっていた。


 「レイナース、シリュヴェリア! 我らがエインヘリヤルを支えるぞ!」

 「ええ、アリア。此度は共に、アリューゼインを支えましょう!」

 「私達は、私達は!必ず勝たなければならないのよ。お願い、御姉様達。一緒に戦ってぇ!!」


 「「分かったわシリュヴェリア、合体しましょう!」」


 召喚魔法らしき何かで降臨してきた送魂の女神三人組が、アリューゼインを背中から一人、両側から二人で支え始める。

 まるで特撮ヒーローの最終合体。美しいけど、何か違う。

 もしかしたら、騎馬戦かなにかと勘違いしているのかもしれないし、彼女たちがもしこれをヴァルハラ式腕相撲と言い張るのであれば、 俺はもう何も言わない。


 「……腕相撲って、こうやるんですね……。」


 呟くリアラの維持している風の魔法が、アリューゼインの呼吸困難をさらに加速させる。

 "神聖魔法"で呼吸を止めにかかるリアラなど、デフォルトに見えるくらい、この状況は完全にカオスだった。


 もはや、何が何だか分からない。


 疲れれば、誰かが回復魔法を飛ばす。

 しかも全員全力。


 「《活力の奔流〈キュアルガ〉》!命よ、再び燃え上がれ……!」

 「主の御声によりて……《静謐の祈り〈ベフォイーミュ〉》。思考、清らかに」

 「アリューゼイン~、吸って~吐いて~……はいっ、深呼吸っ!《気功奥義・天領爆醒孔》!」

 「豆モヤシ、寝てんじゃねぇッ!俺の念力、最後まで持ってけ!《オーラ・マッサージ、フルコース》!」


 聖職者、魔術師、武道家、訳の分からない能力者までもが、揃って自分の奥義を尽くして、二人を支える。


 疲れれば癒され、足りなければ補われる。

 そのたび、俺とアリューゼインの精神はどこか別の領域へ飛びそうになっていた。


 誰も止められない。





七節


 「……ハァ……ハァ……ハァ……。」

 「……やるじゃねぇか、小僧……。」


 両者とも全身から汗と魔力といろんな何かを噴き出しながら、まだ踏ん張っていた。

 筋肉が震え、ギャラリーの魔力は尽き、もう言葉も出ない。

 それでも勝負は終わらない。


 そんな中。


 「お前の顔も……見飽きたぜェッ!!」


 アリューゼインの瞳が、ギラリと光った。


 その腕に、全ての力が込められる。

 空気がひび割れ、天使が消し飛び、椅子が砕けた。

 背後の魔法陣も、瞬く間に蒸発した。


 バギィィィィィィィィィィィン!!!


 音を立てて、テーブルが真っ二つに割れる。


 俺の右腕はねじれ、テーブルに沈み、決着。


 ……静寂。


 その場にいた全員が、言葉を失っていた。


 砕けたテーブルの破片が、床にパラパラと落ちる。

 俺はそのまま崩れ落ち、燃え尽きた顔で伏せた。


 勝者は、アリューゼイン。


 「……あ、アリューゼイン様……カッコ……。」

 「ちょっと惚れたわ……。」

 「豆モヤシぃぃぃ!お前よく頑張った!いい夢見させてもらった!」


 そして、ようやく喧騒が戻ってくる。

 誰かがエールをあおり、誰かが拳を突き上げる。


 酒場はめちゃくちゃだった。


 テーブルは砕け、椅子は植物と化し、天使は羽根を撒き散らして逃げ去る。


 「……もう、何が起きても驚かねぇな。ここじゃあ。」


 誰かがつぶやいたその言葉が、まるでこの世界の総括みたいに響いた。

 柱の影では、小悪魔が静かにタンバリンを叩いていた。




八節


 勝負は、終わった。


 俺の右腕はぷっくりと腫れ、テーブルは文字通り木っ端微塵。酒場の床は粉々の板とコップの破片、エールの海。地獄の一歩手前みたいな有様だった。


 「……お代、1000ゴールドずつです。」


 受付嬢の言葉は、神託のように重かった。支払いは当然、俺とアリューゼインのマスターの銀行口座から即時引き落とし。見事なまでの世界樹式・自動徴収システムだ。


 結局、勝負の発端であった蒼髪の少女の“所有権”は、変わらなかった。


 理由はシンプル。

 アリューゼインが、勝ったからだ。


 ……俺にとって、人生初の真剣勝負だった。結果は、敗北。けれど、不思議なことに、アリューゼインに対しては一切、嫌な気持ちが湧かなかった。


 むしろ、彼の勝利は自然に感じた。


 これが、実力ってものか。


 肩を落としつつも顔を上げると、リアラがいた。

 彼女は、優しい眼差しでナナシを見つめていた。ねぎらいと、あたたかさと、少しの誇らしさがそこにはあった。


「よくやったな、アリューゼイン。……お前も惜しかったぜ、少年。」


 男が、ため息混じりに言った。そして当然のように、隣の少女の腰に手を回し、我が物顔で引き寄せる。


 ……そのときだった。


 「ちょい待ちなよ。」


 背後から、妙に気だるげで、しかし良く通る女の声が響いた。


 見ると、賭場にいそうな雰囲気のギャンブラー風の女性転生者が椅子を傾けながら、ウィンクしてきた。


 「勝負、“勝ち”じゃなきゃ、あの子は“豆モヤシ”のもんだったよねぇ?」


 「……は?」


 男が眉をひそめる。


 そこへ、別の転生者が口を挟んだ。


 「いや、あの……テーブル、勝敗の前に自然に壊れましたよね?おたくの降臨者の一撃じゃなくて、限界で崩壊した感じで。」


 場が静まった。


 確かに。

 崩れた瞬間、勝負の“決着”そのものが曖昧になっていた。


 男が険しい顔で言いかける。


 「だったら、もう一回……。」


 だが、それを遮るように、ギャンブラー女がにやりと笑う。


 「だーめ。あんた最初に言ったよね。“こっちが勝ったら一万ゴールド、そうでなきゃそいつはお前にやる”って。」


 指を一本立てて、くるくる回しながら彼女が続けた。


 「勝ってないなら、こっちの豆モヤシがその子を受け取る。そういう“賭け”だったでしょ?……約束は守ろうよ、大人だろ?」


 静寂。

 そして、誰もがそれにうなずいた。


 男はしばし唇を噛んだあと、苦笑して肩をすくめる。


 「しゃーねぇ。負けじゃないが……勝ちでもねぇ。受付嬢、あとは頼む。」


 数分後、少女のマスターは、俺へと切り替わった。


 ギャンブラー女は、面白そうにこちらへウィンクを一発。


 「ほらな、坊や。運も、筋肉も、最後は“引き”だよ?」




九節


 登録が終わった瞬間、俺の肩がぐらりと揺れた。


 「マスター!」


 振り向けば、リアラが心配そうな顔で駆け寄ってきた。

 茶色の瞳が潤んで、頬にかかる髪をかき分けながら、俺の手をぎゅっと握る。


 「よかった……本当に、よかったです。」


 その声には、心からの安堵と喜びが滲んでいた。たぶん、俺よりもリアラのほうが、この勝負を真剣に見守ってくれていたのかもしれない。


 思わず、情けなく笑ってしまう。


 「いえ……勝ってないです。運だけで……拾ったようなものでした。」


 「いえ、勝ち負けではありません。あれほどの場に立って、怯まず、最後まで……マスターは、凄かったです。」


 いつになく力強く断言するリアラに、俺は一瞬だけ目を逸らした。そんな風に言われ慣れてない。


 「って、それより!」


 男の方を見ると、すでに彼はアリューゼインと何やら言い合いながら、転生者ギルドの端でぶつぶつ文句を言っていた。


 ヤバい。これは……難癖を付けてくる兆しだ!


 「行きましょう!リアラさん、それと君も!今のうちに!」


 「えっ、は、はいっ!……お嬢さんも、手を……!」


 リアラが女の子の手を優しく取ると、緊張していた少女はびくっと肩をすくめながらも、小さくうなずいた。


 「…………」


 その目はまだ不安げだったけど、俺たちの方を向いてくれている。それだけで、今は十分だった。


 俺たちはギルドの騒がしさを背に受けながら、そそくさと通路を抜けて外へ出た。


 冷たい夜風が、火照った頬に心地よい。


 ふぅ、と一息ついてから、俺はリアラに向き直る。


 「……今晩、どうしましょう。宿、まだ取ってないのですが。」


 「でしたら、私、以前に見かけた落ち着いた宿があります。少し歩きますが、お二人にもきっと気に入って頂けると思います。」


 「助かります……ありがとうございます、リアラさん。」


 そして、そっと少女の方を向いた。


 彼女はまだ、視線を下げたまま。それでも、リアラの手を離そうとしなかった。


 「……えっと。急で、ごめん。今晩から、よろしく。」


 ぎこちなく声をかけると、彼女は小さく、こくりと頷いた。

 それだけの反応だったけど、俺はなんだか妙に嬉しかった。


 こうして、俺たちの新しい夜が始まった。





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