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世界樹の記憶《リアラ》  作者: 鈴木 厳流彩


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23章


一節


 今年のアクアバウトの表彰式は異様だった。


 いや、むしろ“葬式”と呼んだ方が相応しかったかもしれない。


 決勝戦の余波でスタジアムの一部は崩壊し、豪華絢爛なはずの表彰壇はひび割れ、照明は半分以上が点いていない。

 そして、かつて威厳と奇抜さを誇った《南天六賢者》の姿も変わり果てていた。

 壇上に立つのは、モヒカン賢者、ヘルメット賢者、そして毛皮賢者の三名のみ。


 そう、三人しか残っていなかった。


 後で聞いた話では、とげ付き帽子賢者は決勝戦の異常さに恐怖し、まさかの失禁。

 そのままトイレへ駆け込んだが、運悪くクイズ待ちの行列に捕まり、表彰式には間に合わなかったらしい。


 表彰式では例年、優勝から四位までの全チームが壇上に並ぶのが恒例であった。

 だが今年、その壇上に立てたのはたった一人。


 リアラだけだった。


 四位のブロックスは、決勝翌日になってもなおクイズから戻らず、関係者入口は未だ使用禁止。

 三位となるはずだったチームも、決勝戦を観戦した直後にチーム全員で引退を表明した。


 そして、決勝を戦った二チーム、《サマルカンド・エイプス》と《おおらかな海》は、リアラを除いて、スタジアム中央で“ボール”を囲むように転がり重なり合い、もはや肉塊と化していた。


 観客からは「死体だ……」「いや、寝てるだけだ……」と囁かれたが、スタッフ達はもはや確認する気力すら失っていた。


 だが幸いにも、クイズを終えて駆けつけた、サザンクロスベイ救急隊の活躍により、“ボールのように丸まった彼ら”は大神殿へと転がされるように搬送されていった。

 非公式の記録によれば、下山の際にエレベーターから転がした時、若干名被害者は増えたという。


 期待の生演奏も、音楽隊の半数以上が逃げ出した影響で、演奏もまばらの耳を汚す怪音波。

 誰もが思った。

 これは表彰式というより、やはり“葬式”なのだと。


 だが、ただ一人立ち尽くすリアラを称える拍手と歓声だけは、止むことがなかった。


 三人だけとなった賢者たちが、形ばかりの祝辞を述べ、トロフィーと賞金を手渡す。

 その瞬間、リアラの足がふらりと揺れた。


 「リアラっ……!」


 観客席から飛び出した俺が、すぐに駆け寄り、彼女の身体を支える。


 トロフィーが、カラン……と音を立てて壇上を転がった。


 「マスター……私……。」


 か細い声とともに、リアラが俺の胸に倒れ込む。


 その体は驚くほど軽く、そして、確かな熱を帯びていた。


 彼女をそっと抱きしめる。


 そして、耳元で祝福するように囁いた。


 「お疲れ様、リアラさん。貴女が無事で、本当に良かったです!」


 その瞬間、遅れて駆け寄った観客たちが拍手を送り始め、やがてそれはスタジアム全体に広がっていった。


 歓声が、まるで空へ還る魂を見送るように、柔らかく響き渡っていた。



第二十三章 二節


 夜の帳が下り、葬式のような表彰式を終えた俺たちは、疲れ切ったリアラとともに、リアーユ山を静かに下りていった。


 目指すは、サザンクロス・ベイの選手宿舎、《ホワイトウェーブ・ロッジ》。


 離れたのは、たった一昨日の朝だったはずだ。

だが、あまりにも多くのことがありすぎて、もう一週間が経ったかのような気さえする。


 無言のまま、俺たちは灯りの落ちたロッジへ戻っていた。

 廊下も、階段も、いつになく静かだった。まるで、ここだけが時間の外に取り残されたような、そんな静けさ。


 やがて、ロッジ一階の大広間へとたどり着く。


 そこでは、表彰式のあとに「祝賀会」が開かれるはずだった。

 しかし、扉は閉ざされ、人気の気配もない。

 あれほどの歓声を浴びた直後だというのに、まるで誰も俺たちの帰りを待ってなどいないようだった。

 俺は、そっと扉に手をかける。


 鍵はかかっていない。

 ほんのわずかな抵抗だけで、扉は静かに開かれた。


 次の瞬間。


 パァァッ! 


 魔法の照明が一斉に灯り、煌びやかな光が大広間を満たした。


 「優勝おめでとうーーッ!!」


 声が、いくつも重なる。


 そこには、信じられない光景が広がっていた。


 テーブルの上には料理がずらりと並び、笑顔と笑い声が交差する。

 立っていたのは、チーム《おおらかな海》のバッカ、レスカー、オトウト。

 それにまさかの、サマルカンド・エイプスのルフィーザ、ヴェジーナ、パナッブ、メナック。

 そして、バッカの妻、ルーと、五人の子どもたち。

 さらに、見たこともない身の丈三メートルはある、筋肉の塊のような巨大な猿がひとり。


 「な、なんで!?どうして……?」


 思わず口にした驚きの声に、レスカーがいつも通りの口調で答える。


 「ご安心を。身体はある程度残っていましたから、決勝後すぐに、責任をもって大神殿で蘇生していただきました。」


 ……そういえば、以前リアラからも聞いたことがある。

 転生者でなければ、一定以上の状態で死体が残っていれば、大神殿での蘇生が可能だと。


 「レスカー、ヂコヒ、セサストミナ゛ッチ。」


 相変わらずのイレボナ語。

 オトウトはなにを言ってるかさっぱりわからない。

 だが、その“いつも通り”が、どこか無性に嬉しかった。


 「……エンペラートは?」


 ふと、あの大ペンギンの姿が見えないことに気づいたリアラがバッカに尋ねる。


 「アイツはここにいるぜ。」


 バッカは破れかけた例の“怪物パンツ”、カイパンを取り出し、ニッと笑う。

 中のポケットには、あの金の玉が、今もきっちりと収まっていた。


 「さあさあ、何をしてるんですか、皆さん。料理が冷めてしまいますよ?」


 ルフィーザが笑顔で言う。

 つい先ほどまで破壊神のようだったその猿の、どこか気が抜けた柔らかな声音に、リアラも俺も思わず笑ってしまう。


 昨日の敵は、今日の友。

 アクアバウトが終われば、そこにあるのは健闘を讃え合う仲間の輪。


 もっとも。


 「ついに私たちの出番だな!私たちサマルカンド・エイプスは戦闘民族だけじゃねぇ、酒乱民族でもあるんだッ!」


 ヴェジーナが叫べば、


 「飲むぞーッ! 暴れるぞーッ!」


 パナップも吠える。


 あまりの騒ぎに、ルフィーザがふたりの頭を床に叩きつけ、そのまま土下座のフォームへ。


 「……まったく、これだから猿は……。」


 そう呟いたメナックは、すでに自分の分と誰かの分まで、大好物の《サウザシェフの特製、火付き星の白鷺の握り拳スープ》を啜っていた。


 そして壇上には、チーム《おおらかな海》のキャプテン、バッカの姿がある。


 両脇には、愛妻ルーと、五人の子どもたち。


 彼は、優勝の喜びと仲間たちへの感謝、リアラの献身、そしてライバルだったサマルカンド・エイプスへの敬意を込め高らかに、叫んだ。


 「全ての勇者に! そして我らの女神、リアラに、乾杯だァァァ!!」


 その声と共に、杯が鳴り、笑顔が重なり、夜空に祝福の光が舞い上がる。


 こうして、長く厳しい戦いの幕は、祝福の中に閉じた。



二十三章三節



 深夜、サザンクロスベイ。


 星々は波の向こうで、いつもより少しだけ控えめにまたたいていた。


 ホワイトウェーブ・ロッジの片隅、風のよく通るウッドデッキに、ひとりの男が立っていた。

 バッカである。


 「……はぁ~……。」


 勝利の夜。

 家族の笑顔。

 仲間たちの乾杯。

 そして、例のハープ。


 すべてを終えて、ようやく静けさを取り戻した今、バッカは深く夜風を吸い込んだ。


 だが。


 ふと、視界の端に、ひらりと揺れる人影が映った。


 「ん……?」


 艶やかな黒髪。水色のワンピース。

 すらりと伸びた足が、月明かりに浮かび上がる。


 「あっ……。」


 バッカは、声にならない声を漏らす。

 見覚えがあった。

 あの“夜の冒険”をしかけた、あの女だ。

 ハープが唄った、記憶の奥の彼女だ。


 まさか、本当に……!?


 その女が、ゆっくりと片手を上げ、手招きをした。

 何かに取り憑かれたように、バッカはその背を追って歩き出す。


 「ま、まあ、今夜くらいな……うん、優勝したしな……ルーには、バレてないしな……!」


 脳内では、後で言い訳するための文言がフルスロットルだった。


 階段をひとつ、踊り場をふたつ。

 やがて案内されたのは、選手村の一室。


 「どうぞ。」


 甘く囁く声。

 指先でドアが押し開かれ、バッカは何の警戒もせず部屋の中へと足を踏み入れた。


 その瞬間。


「「「ようこそ、チーム《3P》へ」」」


 なぜか三重和音で響いたその声に、思わずバッカの背筋が凍る。


 照明が明るくなる。

 その部屋の中には、チーム《3P》メインメンバー。


 アイーガは腰に手を当てて仁王立ち、ダッシュは体育座りでストレッチ中、そして問題の女……いや、女装したオルテーアが、微笑を浮かべてこちらを見ていた。


 「ちょ、ちょっと待ってくれ!……こ、これはなんの冗談だ?」


 「見学からで構わないぞ!」


 アイーガが明るく笑う。


 「うちのチーム、全員そうでしたからねぇ……ふふ……♡」


 裏声のオルテーアが、優雅に寄ってくる。


 「ま、まって、それ絶対見学じゃない!ていうかこの空気、明らかに……!」


 バッカが一歩、二歩と後ずさる。


 「さ、準備運動は済んでるな?我らの“フォーメーション”には、新しい刺激が必要でな……!」


 いつの間にかアクアバウトのユニフォーム姿になっていた三人が、ずいずいと間合いを詰めてくる。


 「だ、だれかァァァ!! 助け……?」


 ドン!


 そのとき、背後のドアが、ゴトンという重低音と共に閉ざされる。

 振り向くと、そこには……テトリーヌがまるで“その形に合わせて設計された家具のように”、ぴったりとハマっていた。


 もはや、逃げ道はなかった。


 「さあ、バッカさん……“第二幕”の始まりですわ……♡」


 「いやあああああああああああああああああああッッ!!」


 夜のサザンクロスベイに、アクアバウト・キャプテンの断末魔が響き渡った。




ノクティヴェイル 第二十三章4節



 翌朝。


 アクアバウトで出会った仲間たちに別れを告げ、俺とリアラは《ホワイトウェーブ・ロッジ》を背に、ゆっくりと港町サザンクロス・ベイを歩いていた。


 道端の花々はすでに水を吸い上げ、しっとりとした香りを漂わせている。

 石畳の路地を、朝の潮風がさらりと吹き抜けた。


 右手に、握りしめていた優勝記念のメダルが、かすかに音を立てる。

 冷たい金属の感触が、昨日の戦いの余韻を残していた。


 「……ふふっ。」


 隣から、そんな小さな笑い声が聞こえた。見るとリアラが、俺の歩幅にそっと合わせながら微笑んでいる。


 「……なんだか、まだ夢みたいですね。あの舞台で、みんなと勝てたなんて。」


 「はい……俺も、そう思います。」


 決勝戦で倒れた仲間たち。

 運営の計らいで、七人分の蘇生費、7万ゴールドのうち半分が賞金から差し引かれ、残りは運営が負担してくれたらしい。


 俺の手元には約束通りの4万ゴールドが、ルーさんの見送りと共に、しっかりと届けられていた。


 「バッカさんは、今朝もまだ寝てるそうです。」


 「……そうなんですか。最後に会えると思ったのに。でも、決勝戦だけでなく、その前からいろいろありましたもんね。」


 「ええ……奥さまは、“たまには休ませてやりたい”って。すごく、優しい人でした。」


 リアラの声が、どこかあたたかく響く。


 「さて……。」


 坂の上から港が見えてきた頃、リアラは立ち止まり、俺のほうを向いた。


 潮の香りが舞い上がり、彼女の髪が、そっと揺れる。


 「……マスター、次はどこへ向かいます?」


 リアラが言った。


 あの時のリアラの笑顔。

 それは今でも、はっきりと思い出せる。


 優しさに満ちたその微笑みを思い出すたび、

 俺の胸には、甘く切ない感情が満ちていく。

 失いたくないと願ってしまうほど、大切なものとして。


終章


 ここまで話したところで、俺は一度、言葉を切った。

 隣を見ると、彼女は相変わらず穏やかな笑顔で、黙って話を聞いてくれている。


 疲れただろうか。

 それとも、幻滅しただろうか。


 そんな不安が胸をよぎった瞬間、彼女は少しだけ微笑みを深め、俺に向かって静かに言った。


 「続き。聞きたいな。」


 その一言に、胸の奥が少しだけ軽くなる。

 ありがとう。


 俺は次の話を続けようとして、ほんの少しためらった。

 語るには、まだ心の準備が足りない。


 息を整え、空を見渡す。

 この世界は、なんて広いのだろう。


 ほんの一呼吸。

 永遠にも思える、その短い間。


 心を落ち着かせるため、次の話を紡ぐ前に、俺はしばし目を閉じた。


──ノクティヴェイル 第二巻 完──





間章


 此処まで話をした俺は、一度、言葉を切った。

 隣を見れば、彼女はまだ、笑顔で黙って俺の話しに耳を傾けてくれている。

 疲れただろうか?

 それとも、幻滅しただろうか?

 恐る恐る隣にいる女性の表情を読み取ろうとしている俺の不安を読み取ったのか、彼女は微笑みを強めて、俺にそっと促してくれた。

 「続き。聞きたいな。」

 ありがとう。

 俺は勇気をもって次の話を口にすることにした。

 けど、それを語るのは少しだけ待って欲しい。

 息を整え、空を見渡す。

 この世界は何て広いんだろう。

 ほんの一呼吸。

 永遠にも思える、その息継ぎ一つの間。

 俺は心落ち着かせ、次の話をする前に、記憶の中を整理するため、しばし目を閉じた。



──ノクティヴェイル 第二巻 完──




 ここまで話したところで、俺は一度、言葉を切った。

 隣を見ると、彼女は相変わらず穏やかな笑顔で、黙って話を聞いてくれている。


 疲れただろうか。

 それとも、幻滅しただろうか。


 そんな不安が胸をよぎった瞬間、彼女は少しだけ微笑みを深め、俺に向かって静かに言った。


 「続き。聞きたいな。」


 その一言に、胸の奥が少しだけ軽くなる。

 ありがとう。


 俺は次の話を続けようとして、ほんの少しためらった。

 語るには、まだ心の準備が足りない。


 息を整え、空を見渡す。

 この世界は、なんて広いのだろう。


 ほんの一呼吸。

 永遠にも思える、その短い間。


 心を落ち着かせるため、次の話を紡ぐ前に、俺はしばし目を閉じた。


──ノクティヴェイル 第二巻 完──


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