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世界樹の記憶《リアラ》  作者: 鈴木 厳流彩


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22章中半



二十二章八節


 「――エンペラート、氷結ブレスだっ!」


 バッカが叫ぶ!

 そんな技はない。


 けれど、エンペラートは止まらなかった。


 小さな体で、ウォーターフィールドを掻く。

 手に取ったボールを胸に抱え、鋭く、そして美しく。

 水を裂いて進む姿はまるでかつて、海の王と呼ばれる存在が目の前に現れた様な、伝承のごとき威厳すらあった。


 「……あの子、凄い……」


 リアラがつぶやくように目を細める。

 空気魔法をもってしても難しい水流の乱れを、エンペラートは自らの本能だけで泳ぎ切っていた。


 ゴールは目前。

 あと一瞬、あとひと蹴り。


 「ぜったいにゆるさんぞ下等生物が!!!」


 だが。

 裂けるような咆哮。

 エンペラートの視界が、一気に暗転する。


 ルフィーザが突進してきたのだ。

 まるでそれまでの冷静さをかなぐり捨て、怒りの獣と化したように、伸ばした腕でエンペラートごとボールをゴールへと叩きつけた。


 バグォオォォォーーーン!


 炸裂音。

 水しぶきではない。

 客席を破壊する様な衝撃がスタジアムを揺らした。


 『決まったぁぁああああっ!! サマルカンド・エイプス、二点目ぃぃいいいっ!!』


 アナウンサーの絶叫が、歓声と悲鳴の中でかき消される。


 エンペラートは、ウォーターフィールドの外、観覧席の端の床を突き破る勢いで建造物にその身をめり込ませていた。

 ゴール判定の後、選手としてボールとともに中央に転送されてはきたが……その体は、水に浮かびながら、一切動かない。


 「……ッ」


 それは、アクアバウトバリュー50万に相応しい圧倒的な一撃だった。




第二十二章 第九節


 「はじめてですよ!……このわたしをここまでコケにしてくれたおバカさん達はッ!!」


 怒りの渦中にいたルフィーザが、言い放つ。


 スタジアム全体が、緊張の息に呑まれた。

 己のシュートを防がれた屈辱か、ペンギン型選手の乱入に対する侮辱か。

 否、そのすべてだ。

 我を忘れ、目に血を滲ませるその顔は、もはや理性の鎖を解かれた獣そのものだった。


 「……エンペラート……!」


 ぴくりとも動かぬ水の皇帝。

 センターサークルへ転送されて戻ってきたものの、その小さな体は、沈黙のまま。


 「キチクヒ、カルギ……!」


 ペンギンの名を口にするだけしか出来ず唖然とするバッカの耳に入るイレボナ語。

 バッカの肩に手を置いたオトウトが、そっと前へと泳ぎ出た。

 センターサークルに置かれたボールへと向かう。


 その瞬間だった。


 「ちくしょーーー!!!」


 獣の如き怒声とともに、ルフィーザの腕が雷のごとく唸り、伸びた腕でセンターサークルから出たばかりのオトウトをボールごと掴んだ!

 しなる腕が、そのまま大きく円を描く!


 「ッ! オトウトさんっ!」


 アクアドーム内の水が裂けた。


 唖然とする観客たち、助けようとするリアラの声も間に合わず、その一撃は、まさに暴力の化身だった。


 オトウトごと、キーパーのレスカー目がけてボールが投げつけられる。


 「……ッ! 捕まえ……!」


 レスカーが腕を広げた、その刹那。


 轟音。


 金属めいた爆音がスタジアムに響き渡り、弾丸のような衝突が起きた。

 レスカーとオトウトは、そのまま場外へと消え、またも客席に穴を空ける。


 次の瞬間、試合のルールに従い、ボール、そして二人の選手もまた、中央、センターサークルへと転送されてきた。


 「オ、オトウトさん、レスカーさん!?」


 リアラの声が、震えた。


 転送され戻ってきたオトウトの姿は、レスカーの胸に埋め込まれるようになっていた。

 その目は閉じられ、返事はない。


 クッション役となったレスカーの方はというと。


 「ちょ、ちょっと……ペシャンコ……。」


 彼女の体は、オトウトの衝撃をまともに受け、客席の床と挟まれて、まるで巨大なタライに潰された団子のように、ぺたんこになっていた。


 「くっ……!」


 バッカが歯噛みする。


 もうすぐ同点。

 これで、四対三。


 だが、チームおおらかな海の戦力は、もはや半分も残っていなかった。




二十二章 十節


 ウォーターフィールド中央。


 アクアバウトの試合において、ゴールが決まったあとはセンターサークルにボールが転送される。

 本来であれば、失点したチームのメンバーがその付近へ到着するまで、タイマーは止まっているはずだった。


 だが。


 「……あれ?」


 観客席の誰かが呟いた。


 ボールと共に、動かなくなったオトウト、そしてぺたんこになったレスカー、エンペラートまでもが、そのままセンターサークルに転送されている。


 つまり、システム上は「すでに失点チームの選手がボール付近に到着済み」と見なされたのだ。


 タイマーは止まらず、再開の笛の音が、無情にもスタジアム中に鳴り響く。


 「フン……たった五匹のミジンコが、メダカに勝てるとでも思ったのかい?」


 ルフィーザの口元に浮かぶのは、冷たい嗤い。


 そのモヒカンの猿は、もはや泳ぐことすら惜しむように、ただスッと腕を伸ばし、ゴールの無人地帯へとボールをシュートした。


 『……シュートォォォッ!!』


 アナウンサーの叫びが、むなしく響く。


 得点、サマルカンド・エイプス、4点目。


 だがそれすらも、終わりではなかった。


 ルール上、得点が決まるたびにボールは再び中央に戻る。


 今やキーパー不在。意識を失った選手たちが横たわるだけのチームおおらかな海の陣地。


 ルフィーザはもう何も言わず、ただ機械のように次のシュートを放った。


 得点、5点目。


 会場には、静まりかえった空気が満ちていた。


 その中に、微かに、かき消されそうな声が響く。


 「……と、父ちゃん!」


 「……お父さぁぁぁん!!がんばってぇぇぇ!!」


 最前列から、バッカの五人の子どもたちの声が父へと響く。


 妻ルーが、目を潤ませながら手を振る。


 6点目。


 そうしている間にも、時は流れて行く。


 呆然とするバッカ。声援を絶やさない家族。

 俺は、どうすることもできなかった。




二十二章 十一節


 センターサークルから少し離れたエリア。


 静まり返るアクアドームの中、ふたりの姿は、まるで時の流れから置き去りにされたようだった。


 リアラとバッカ。


 どちらも、1ミリたりとも動けなかった。


 「……あんなの、無理です。……ペチャンコになっちゃう。」


 震える声で、リアラがぽつりと呟く。


 その言葉は、ウォーターフィールドの流れに吸い込まれ、泡へと消えた。


 眼前には、意識を失ったままのオトウト。

 原型を留めないほどにぺしゃんこになったレスカー。

 そして、静かに冷たくなりつつあるエンペラートの姿があった。


 その間にも。


 「ゴォォォーーーールッ!!ルフィーザ、止まりません!サマルカンド・エイプス、8点目!!」


 アナウンサーの絶叫が、無情に響き渡る。


 リアラの瞳が潤む。


 ああ、もう、ダメだ。


 試合も。

 仲間も。

 そして、自分たちも。


 「……もうダメだ、お終いです……」


 呟いたその声には、悔しさも怒りもなかった。


 ただ、静かに幕を下ろす舞台に身を任せるような、そんな感覚だった。


 思い出が、走馬灯のように駆け巡る。


 マスターと過ごした、短くも温かな日々。

 降臨者としてこの世界に現れてから、回復のための道具の様に扱われ、その身を差し出す事すらも当たり前にされ、枕を濡らし続けていた、あの頃。

 誰かのために祈ることも、笑うことも、泣くことすらも、いつしか忘れていた。


 けれど。


 「……マスターと旅ができて……楽しかったです……。」


 照れくさそうに、けれど確かに幸せそうに呟いたリアラ。


 ロマーリアで訪れた夜市の香り。

 豪華客船での夢のようなひととき。

 サザンクロスベイで食べた、宿泊施設のパンケーキの味。

 オトウトの寝言、レスカーの深夜のうめき声、そして、バッカのいびきと家族の話。

 どれもこれも、宝物のような日々だった。


 「……バッカさんも……同じですよね?」


 リアラは、隣で小刻みに震える男へと問いかけた。


 目を伏せたまま、肩を落としたバッカは、何も答えない。


 ああ、やっぱり。


 そう思った、次の瞬間だった。


 「…………ちげぇよ」


 その声は、想像よりもずっと、低く、重く。

 そして、力強かった。


 リアラははっとして顔を上げる。

 そこには、瞳をギラつかせ、拳を握りしめながら、全身の震えを食いしばりで押さえつける男の姿があった。





二十二章 十二節


 スタジアムの空は、今日だけはやけに近く見えた。


 雪山の頂上、リアーユ山に造られた決勝スタジアム。


 その中央に浮かぶ、アクアドームと呼ばれる魔法の水球の中ウォーターフィールドと呼ばれる競技場で、バッカは立ちの姿勢で泳いでいた。少しも位置を変えず、ただ拳を握り締めて。


 周囲からは「怖いのか」「限界か」と囁く声すら聞こえ始める。


 ……だが、それは違った。


 確かにバッカは震えていた。


 だが、それは恐怖ではなかった。


 「……ワクワクしてるんだよ、俺は」


 かすれた声が、自分の喉から漏れた。


 彼は、アクアバウトが好きだった。


 一期一会の勝負。対戦ごとに異なる選手。

 初めて見る技、読めない展開、予想もできない未来。

 それらすべてが、彼の脳を強く震わせ、魂を揺さぶっていた。


 「……ああ、思い出す。いろんな戦いがあったなぁ……」


 この大会に出てから、たくさんの選手とぶつかり合った。

 水しぶきとともに跳ねる歓声。

 汗と疲労と、勝ちたいという想いが交錯するフィールド。

 そのすべてが、彼の心を“生”で満たしていた。


 そして今、目の前に立つ“絶対王者”ルフィーザ。


 理不尽に強い。

 だが、それでも。


 「……お前の技は、ほんとにすげえよ……。」


 ルフィーザのプレイスタイルは、ただの力押しではない。

 生まれ持ったモヒカンゴリラ並の体格。

 そこに、幾重にも重ねられた訓練、技巧、戦略、読み、そして伸びる腕。


 すべてを組み合わせ、昇華し、あの“怪物のような強さ”を作り出している。


 だからバッカは、ルフィーザのことを、決して「破壊者」などとは呼ばなかった。


 「……そうさ。褒め称えるべきだ。努力と才能の……結晶だろ?」


 認めている。尊敬すらしている。


 それでも。

 体が、動かない。


 ボールを追う体が、ピクリとも動かない。


 頭ではわかっている。

 行かなければ。

 戦わなければ。

 でも、全身の細胞が、拒絶していた。


 ルフィーザの射程圏に入ること。

 彼とアクアバウトをするという、事実そのものを。


 「……くそっ……!」


 歯を食いしばる。拳を強く握る。

 その手のひらには、血が滲むほどの爪痕。


 そして。

 スタジアムの外から、声がした。


 「バッカー!!」


 「パパー!!がんばれー!!」


 「負けるなー!おおらかな海、いっけー!!」


 凍った心に、あたたかな声が染みこんでくる。


 妻の声。

 子どもたちの声。

 サポーターの声。


 そのすべてが、バッカの胸に突き刺さっていた。



二十二章十三節



 声援に背を押されるまま、バッカの視線はゆっくりと動き、遠く、ルフィーザが決めた自分達のゴールの方角を向いた。


 自分だって、やりたいのに。


 アクアバウトを。

 この最高の舞台で、この身を投げ出してでも、プレイしたいのに。


 動かない。


 脚が、腕が、筋肉が、全身が。

 大好きなフィールドに一歩踏み出す勇気すら、今の自分にはなかった。


 「……くやしいなぁ。」


 ぽろり、と。

 両目からこぼれたものに、本人すら気づいていなかった。


 おおらかで陽気、筋肉で悩みを押し流すようなバッカが、静かに泣いていた。


 子供たちの声が、まだ耳の奥で響いている。

 けれど、脚は動かない。


 「アクアバウト、やりたいなあ……。」


 こぼれた言葉は、まるで子どもの呟きのようで。

 ただ、まっすぐに。

 飾り気もなく、胸の奥を貫いていく。


 声援はまだ耳に残っていた。

 胸が痛いほど熱くて、けれど脚は動かず。

 彼の目に映っていたのは、ただ一点、あの美しくも冷酷なルフィーザ。


 涙を拭うことも忘れて、バッカは見つめていた。

 ルフィーザの鮮やかな、そしてあまりに正確無比なシュートの軌跡を。


 その姿は、観客と何一つ変わらなかった。

 けれど、唯一違っていたのは、バッカの「口」だった。


 「なあ、リアラさん」


 ぽつりと呟く。


 「なんだっていい。俺は……どうなったって構わない」


 重ねた言葉は、震えていた。


 「……あんたの魔法で、俺をあそこに飛ばしてくれねぇか?」


 リアラが、小さく目を見開く。

 それは命令でも、作戦でもなかった。

 ただ、誰かの“生き様”に心を打たれた瞬間の、静かな驚きだった。


 「空気の魔法とかで……なあ、頼む。勝ちたいなんて言わないよ。そんなの、夢のまた夢だ。もし、勝てるなら……命だって捨てられる。だからさ……」


 声が涙で震える。


 その言葉を聞いた瞬間だった。


 リアラの中で、何かが静かに、けれど確かに動いた。


 「命を、懸ける……?」


 思わず呟いてしまう。

 この世界に降誕して以来、リアラは数多の転生者に仕えてきた。

 彼らの多くは、勝利を欲しがった。

 或いは称賛を、栄誉を、欲望のはけ口を。

 彼女自身はただの「戦闘要員」であり、夜の帳の中で、「ただ使われる側」だった。

 確かに愛された様に感じることも、頼られた様に感じられたこともあった。

 けれど、そのどれもが「命を懸けた懇願」ではなかった。


 この人は違う。

 バッカは、ただ“プレイがしたい”と叫んでいる。 栄光や勝利のためではない。

 子どもたちに、自分の姿を見せたい。

  たった一歩でも、フィールドに立ちたい。

 それだけの願いのために、自らの命を差し出すというのだ。


 それは、リアラにとって生まれて初めて目にした、命を要求する者たちではなく、命を差し出す側の本気だった。


 彼女の視界が、じんわりと滲んだ。 その熱は、涙ではなかった。

 魂の熱だった。


 「せめて……子どもたちの前で……妻の前で……一瞬でもいいから……あの場所に立たせてくれよ!!!」


 叫んだ。


 懇願だった。


 魂を削るような、叫びだった。


 それは、戦うことよりも、 何かを守ることよりも、 もっと深く、もっと熱く、もっと根源的な願い。


 「……バッカさん……。」


 リアラは、胸の奥を何か熱いもので握りしめられるような感覚に襲われていた。


 この世界で、何人の人間が、そんな願いを口にしてくれただろうか。


 降臨者として、ただの魔法装置のように扱われ、戦うことを義務づけられ、夜は道具のように愛し愛されたふりをしてきた。


 けれど、バッカは違った。

 今、自分に懇願しているのは、心からの願いだった。


 リアラだって、助けてやりたい。

 なんとかしてやりたい。


 だけど。


 「……残念ですが、それは……。」


 口にしかけた言葉を、飲み込む。


 風の魔法は、距離が離れれば効果が消える。

 しかも、ルフィーザの前に自分が出る勇気なんて、欠片も持ち合わせていない。


 諦めの言葉が口をついて出そうとした、まさにその瞬間だった。


 ピコーン!


 頭の中で何かが、閃いた。


 小さな豆電球に、光が灯るように。

 ずっと奥にしまっていた引き出しが、音を立てて開くように。


 「……できるかもしれません!」


 リアラの目に、そしてリアラのセリフを聞いたバッカの目にも、再び光が戻った。



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