表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の記憶《リアラ》  作者: 鈴木 厳流彩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/40

16章



一節



 朝の風は、どこか背中を押してくるようなやさしさを持っていた。

 けれどそれとは対照的に、目の前に現れた乗り物は、まるで世も末の戦場にでも向かうかのような異様な存在感を醸し出している。


 「……これ、本当に“公式の”移動手段なんですか……?」


 リアラがそっと俺に囁いた。


 スタッフの操縦する魔導バイク三台が、連結された巨大な台座型車両。

 その車体は鉄製の装甲に包まれ、車輪の代わりに魔法のローターが唸りを上げている。

 トゲ、鋲、謎の旗。まるで北方蛮族の儀礼戦車的な何かのような出で立ちだった。


 「なあに、見た目はアレだが、乗り心地はまあまあだぜ。」


 バッカがにやりと笑いながら、先に乗り込んでいく。

 俺たち《おおらかな海》のメンバー。

 リアラ、バッカ、そして無口なオトウトと、冷静なレスカーもそれに続いた。


 車内は意外にも広く、中央にテーブルと簡易ベンチが設置されていた。

 移動する振動はそれなりにあったが、窓から見える街並みは、美しく飾り付けられていて、まるで祭りの行列を眺めるようだった。


 「このまま走れば、スタジアムまで十五分ってとこだな。」


 バッカが地図を指差しながら言う。

 乗っている間はみんな静かだった。けれど、その沈黙は不安や緊張というより、試合前に気持ちを整えているような、そんな静けさだった。


 やがて戦車がスタジアム裏手の搬入口へと到着し、俺たちは控室へと通された。

 スタジアムの地下。

 といっても、設備は立派で、壁には各チームのエンブレムが並び、選手たちの士気を高める魔法装飾まで施されていた。


 「さて……どのブロックに入るか、運命の時間だな!」


 バッカが受付スタッフから手渡された小箱から、ひときわ輝く金属製のカードを引く。

 その表面には、文字が魔力で浮かび上がった。


 「《Bブロック》……っと。よっしゃ、来た!」


 「Bブロック……ということは、第一試合の可能性が高いですね。」


 リアラが、落ち着いた声でそう言う。


 「ええ、まだどこと当たるかは分かりませんが……。」


 俺も小さく頷いた。ま、この世界にどんなチームがあって、どんな人が所属しているかすらも知らないのだが。


 このくじはブロックのみを指定するらしい。

 この年に一度のサザンクロス・ベイの港町の試合では、開会式のあとに“サプライズ形式”で対戦チームを発表されるのが、伝統なのだ。


 控室での準備を終えた頃。

 天井に設置された魔力拡声器が、小さな音とともに点灯した。


 『これより、アクアバウト開会式を開始します。全選手は指示に従って、スタジアムへ。』


 「……いよいよ、ですね。」


 「……ええ。マスター、行ってきます。」


 リアラが小さく微笑んで、そっと右手を差し出してくる。

 俺は、その手をやさしく握り返した。


 開会式のステージへと通じる階段を登り終えた次の瞬間。

 目の前に現れたのは、まるでロマーリア闘技場をも超える祝祭空間だった。


 観客席は数千を超える大観衆。

 魔導パネルが空中を回転し、風船や紙吹雪が舞う中、六人の影が壇上に立つ。


 「おおっ、来たな……!」


 バッカが目を見開く。


 壇上に並んだのは、モヒカン、肩パッド、ツインテール、ヘルメット、毛皮、とげ付き帽子。

 そう、あの南天六賢者だった。


 「全員そろってるぞ!」


 「ツインテール、左右対称ですね。」


 リアラが目を細めると、ちょうどその瞬間。


 「英雄王シンに、恥じぬ振る舞いを!!」


 六人が一斉に右手を天に突き上げる。

 観客のどよめきと、爆音のような拍手がスタジアムを包んだ。


 その後、選手たちはブロックごとにスタジアム中央へ呼び出される。


 「続いて、Bブロック。チーム《おおらかな海》!」


 リアラ達四人がそのまま歩を進める中、俺はひとり観客席の前の方、SSランク観覧席へと案内された。


 マスター……行ってきますねっ!


 一瞬振り返り、こっちに手を振ってくれたリアラが、そんな風に言ってくれた気がした。




 第十六章 二節



 魔力拡声器から、明るくよく通る声が響く。


 『Bブロック、出場チームを発表いたします!』


 観客席からどよめきが起こり、耳を澄ませたその瞬間。


 『チーム《おおらかな海》!チーム《ブロックス》! そして、チーム《3P》!!』


 その声と同時に、ウォーターフィールドの上空に3枚のチームフラッグが現れ、風にたなびいた。


 リアラ達、《おおらかな海》のチームカラーは深い藍色。

 そしてその横に、光を受けてギラギラと輝く旗が佇まう。


 「き、来ちまったか……チーム《3P》……!」


 スタジアムから、バッカがそのチームフラッグを見つめながら拳を握りしめた。


 「アイーガ、オルテーア、ダッシュ……あの三人、優勝経験こそないが、毎年トーナメントで暴れてる猛者ばっかりだ。ヤバいぞ……!」


 それはまるで、ヒーローショーの悪役が出てきたかのような口ぶりだったが、リアラは別のことが気になったらしい。


 「いま……3チームって言いましたか……?アクアバウトって確か、チーム同士の対抗戦では……?」


 リアラが疑問を口にしかけた、ちょうどその時だった。


 『なお、今年は大会参加希望者が例年を大幅に上回ったため、全ブロックにおいて【全選手同時出場のバトルロワイヤル形式】を採用しております!!』


 「……えっ!?ば、ば、ばとる……ろわいやる……!?」


 リアラの声が、一オクターブ跳ね上がる。

 突然の変更、それも三つ巴。想像以上の混乱だったに違いない。


 「な、なにを言って……どうしてそんな、事前に教えてくれないんですかっ……!」


 「まあまあ。毎年何かしら“事後報告”になるのが、アクアバウトのいいところだからな!」


 バッカがニカッと笑う。

 さも当たり前のように。


 「……いいところ……なんですか、それ、本当に……?」


 リアラは両手で頭を押さえ、目をぐるぐるさせていた。

 その後ろで、レスカーとオトウトはというと?


 「例年通りですね。」


 「ニロトレ。」


 ふたりとも、完璧なまでの無表情。慣れている、というより最初から驚くという感情がプログラムされていないかのようだった。


 「……そう言えば……バッカさん……あの、アクアバウトは、1チーム5人ですよね?」


 ふと、リアラが言葉を止めて、バッカの方を振り返った。


 「私達の、チームメンバー……五人目、どこに……?」


 その瞬間、バッカが手を上げた。


 「あー、それな。すまねぇ。五人目は、見つからなかったんだわ。」


 「えっ……。」


 「でもよ、代わりにあんたのマスター様には、骨折したメンバーの代理ってことで観戦してもらってる。ああ見えて、観察眼はあるんだろ?チームの戦術担当みてぇなもんよ。」


 「そ、そんな……!」


 リアラの目がぐるんと揺れる。

 その背後、バッカは「大丈夫、大丈夫!」と気楽に親指を立てていた。


 どう見ても、大丈夫そうには見えない。


 「いや、バッカさん……あの、五人対五人じゃないんですか、バトルロワイヤルって……!」


 「んなもん、四人で五人倒しゃいいのさ。な?レスカー、オトウト」


 「戦力的には、±ゼロ……いえ、プラスです。」


 「ミキソワ。」


 ほんとに大丈夫か、このチーム。


 観客席からは、サポーターたちの歓声がますます大きくなっていた。

 いよいよ始まる。

 ウォーターフィールドに出れば、もう逃げられない。


 俺は、 試合の外からリアラ達を見守るしかない。


 次の瞬間、アナウンサーの声が轟いた。




 第十六章 三節


 アナウンスが響くたび、観客席が波のように揺れる。


 『それでは続いて、同ブロック、次の出場チームを紹介いたします!』


 最初に、スタジアム中央に立つ《おおらかな海》の対面側へと、音もなく巨大な影が現れた。


 『まずは、チーム《ブロックス》!!』


 ドン。ドン。ドドドン。


 地面が震える。

 いや、震えているような気がした。


 《ブロックス》のメンバーたちは、列になって登場するでも、歓声に手を振るでもない。


 ただ、そこに“ある”だけだった。


 先頭には、巨大な四角形の塊、キーパーのテトリーヌが、ゴゴゴ……と音を立ててしっかり存在を誇示する。


 「……お、おおきいですね……」


 リアラがごくりと唾を飲んだ。


 その後ろでは、ぴょん、ぴょん、と跳ねながら登場したスライムペア、ブヨ&プヨが、回転しながら合体・分裂を繰り返している。


 その挙動に観客席から「かわいいー!」「また合体してるー!」という子供たちの声。


 続いて現れたのは、やたらとキラッキラな何か。


 「……あれ、なんですか……?」


 リアラが目を細めたその正体は、ダイヤモンドカットのような体を持つジェミニだった。


 太陽光を全反射し、ピカピカと閃光を放つたび、観客のあちこちで「眩しっ!」「見えないっ!」という悲鳴があがる。


 そしてその隣。

 最後に登場したのは、發の麻雀牌の姿をした、謎の存在。

 背中に刺さった1本の竹。どこからどう見ても、ただの牌だ。


 「……あれは……“先パイ”ですね。」


 レスカーがぼそりとつぶやく。


 「噂じゃ、倒すと“ロン”って声が聞こえるらしい……。」


 バッカの声が妙に真剣だった。


 スタジアム中央には、不気味な沈黙と……大きすぎる安心感が満ちる。


 『チーム《ブロックス》、スタンバイ完了!』


 続いて、もうひとつのフラッグがはためく。


 『チーム《3P》、入場!!』


 キーンと甲高い風の音が響いたかと思うと、スタジアムの一角に、鋭く切り込むように現れた5つの影。


 金属と布の入り混じったような、水中服風のスーツに身を包んだ一団。

 宇宙服とフェンシングを融合させたようなその姿は、異様にスタイリッシュで、やけに機能的に見える。


 中央には、長身でやたらと尻のラインが強調された男、アイーガ。

 その背後に、神経質そうな目元のオルテーア、そして両膝を抱えて体育座りしているダッシュ。

 最後尾には、寡黙な風魔法使いエア、そして無表情のキーパー、アロームが続く。


 歩調を合わせて無言で歩いてくるその姿は、何かを仕掛ける前の緊張感すら孕んでいた。


 「き、来た……あいつら……。」


 バッカが観客席に向かって、小さく息を漏らす。


 「並んでるだけで絵面が強すぎるんだよな、毎年……!」


 それでも彼らはポーズも取らず、ただ静かに定位置へと向かう。

 さながら、試合そのものよりも“その直前”が一番美しい”とでも言わんばかりの演出。チーム名の由来は(ポイズ(気品)・パーフェクション(完璧)・ プリスティーン(純粋)の頭文字だ。


 『チーム《3P》、スタンバイ完了!!』


 三チームがそろった。


 陽光きらめくサザンクロス・ベイの特設ウォーターフィールドに、観客の熱気が満ちる。


 そして。


 『各選手、ウォーターフィールド内の配置につき次第、Bブロック試合開始!!』




第十六章 四節


 『各選手、ウォーターフィールド内の配置につき次第、Bブロック試合開始!!』


 その瞬間。スタジアム中央の上空に、巨大な魔法陣が展開された。


 ゴゴゴゴゴゴ……!


 空気が震え、水の粒が渦を巻く。

 そこから姿を現したのは、直径数十メートルに及ぶ、青く輝く水の球体。


 空中に浮かぶ、巨大なアクア・ドームだ。


 その表面は、ゆらゆらと魔力の膜が張られており、周囲の光を屈折させながら観客に幻想的な光景を映し出す。


 「……は、入るんですか、あれに……!?」


 リアラの声が震えた。


 「おう。大丈夫、呼吸もできるし、慣れれば水中って感覚もなくなる。まあ、最初の一分は、めっちゃややこしいけどな。」


 バッカが軽く笑うと、すでにオトウトとレスカーはスタンバイを終えていた。


 水球の周囲に浮かぶ魔導リフトが選手たちの足元に移動し、それぞれが自チームの“出撃ポイント”へと導かれる。


 《ブロックス》は沈黙のまま滑るように乗り込み、《3P》は一度アイーガが「うおおおおっしゃ行くぞおおおお!!!」と叫んだあと、なぜか誰よりも早く乗り込んだ。


 そして、リアラたち《おおらかな海》もまた、その浮遊舞台へと向かう。


「マスター……どうか、見守っていてください。わたし、きっと、やり遂げてみせます……!」


 リアラが一歩、魔導リフトへと足をかけた。


 その目には、決意と、ほんの少しの戸惑いと、でも確かに未来への一歩が宿っていた。


 大空に浮かぶ、水のフィールド。


 アクアバウト、いよいよ開幕である。




 第十六章 五節



 ピピィーーーッ!


 スタジアムに響き渡る試合開始の笛の音。同時に、三チームの選手たちが、一斉に水球中央へと飛び出した。


 水中に浮かぶ、たった一つのボールを目指して。


 だが、稲妻のような速さで最初にそれを掴み取ったのは、チーム《3P》のリーダー、アイーガだった。


 「ふん……チーム《おおらかな海》のバッカ。その速さ、噂ほどにもないわ。」


 ピチピチの水中スーツを身にまとい、妙に尻のラインが際立ったその姿が、ボールを掲げて静かに笑う。


 だがその視線は、すぐさま鋭く変わる。


 「ブロックスのキーパーめ……ガッチリとゴール塞ぎやがったか……!」


 アイーガはグッと拳を握りしめ、背後に叫んだ。


 「オルテーア! ダッシュ! 先に《おおらかな海》のゴールだ!《ジェット・ストライク・フォーメーション》を仕掛けるぞ!!」


 アイーガが言葉を終えるやいなや、チーム《3P》の動きが変わる。


 3人の男たちが、迷いなく慣れきった動きで、お互いの身体を、密着させ始めた。




第十六章 六節


 《ジェット・ストライク・フォーメーション》


 それは、チーム《3P》の名を冠するにふさわしい、完璧で、気品に満ち、そしてどこか“純粋すぎる”陣形だった。


 先頭に位置するのは、ダッシュ。


 彼は水中で体育座りの姿勢を保ったまま、ボールを胸に抱え込む。

 逃げも隠れもせず、ただ一直線に“撃ち出される”ための形だ。


 その身体を、後方からオルテーアが包み込む。


 魔力は彼の体内を通り、過不足なく、一本の流れとなって前へと集約されていく。


 そして最後尾。


 全体を支える基礎構造として、アイーガがぴたりと密着した。


 いや、密着というより、もはや埋没している。


 さらにその背後から、エアの風魔法が叩き込まれる。


 外部刺激によって起動した魔力が、一気に加速し、圧縮され、次の瞬間、ボールは“弾”となって射出される。

 選手ごと。


 その初速は、通常のアクアバウト・シュートの四倍以上。


 理論上、反応してから防ぐことは不可能とされていた。


 完璧な構造。

 無駄のない連携。

 誰一人、迷いも躊躇もない。


 だからこそ。

 観客席のあちこちから、微妙な沈黙が落ちた。


 全身水中スーツの男たちが、真顔のまま密着し、

 体育座りと膝立ちを維持しながら、息を揃えて魔力を流し合う。


 それは、計算され尽くした攻撃の姿勢であると同時に、己を解放しきった漢達の、一つの究極の姿。

 あるいは、見てはいけない何かだった。


 美しく、整然としていて、そしてどこか、決定的にズレている。


 その“完璧さ”こそが、チーム《3P》最大の武器であり、同時に、誰もが言葉を失う理由だった。


 「……な、なんか……見てはいけないものを見てる気がしました……。」


 後日、宿屋の一室でこの試合を振り返ったリアラは、真顔でそう呟いていた。




 第十六章 七節



 「魔力、転送完了……!」


 アイーガの気迫に合わせて、ダッシュがボールを高く掲げる。

 圧縮魔力が螺旋状に収束し、今まさに《ジェット・ストライク・フォーメーション》が完成する!


 全員がピクリとも動かず、ただ真顔で密着し合ったまま、超速魔力シュートの発射を待つ。


 場内の観客たちが固唾を呑む中。


 「クヤツヲレウアズュマ゛コォォオォォオ!」


 全力で謎の言語、イレボナ語で何事かを叫びながら渾身のタックルをかましてきたのは、チーム《おおらかな海》のオトウト。遅れじと、《ブロックス》のジェミニ、先パイ、 そして、《おおらかな海》のレスカー、そして全身で勢いをつけたバッカが、次々と水を蹴るような勢いで突撃してくる!


 「ぎゃあああああッッ!?!?」


 突如、3方向から迫る破壊のラッシュ。


 バッカの右ストレートがダッシュの顔面を粉砕。

 間を置かずして、レスカーとジェミニが左右からスピアー気味に突撃し、オルテーアの肋骨を華麗にサンド。

 そして最後は先パイの“愛のこもった”体当たりが、アイーガの尻にドンピシャで命中した。 

 チームの枠を越えた、美しき連携。

 

 シュート体勢に入っていた《3P》の三人は、抵抗する暇もなく、見事なシンクロ率で、バラバラに吹き飛んだ。


 ブシュアアッ!


 水中に、鮮やかな赤が広がる。

 それはさながら、“バラの花が、水底に咲いた”かのようだった。


 「ふ、ファウルじゃ、ないのか……?」


 観客席の誰かが、ポツリと呟く。

 すぐさま隣の者が首を振った。


 「バカか。あれは“全員がボールに接続している”とみなされる。だから、攻撃対象は全員合法なんだよ……!」


 審判も、旗一つ振らない。

 ホイッスルを口元に当てたまま、哀れみの視線で沈黙していた。


 「……な、なんか……見てはいけないものを見て、さらに見てはいけない終わり方を見た気がします……。」


 リアラが、真顔でそっと目を逸らした。


 チーム3pの残りの面々は、開始早々伝家の宝刀を失い、戦意喪失から退場を宣言した。

 かくして、バトルロワイヤルにおける最短退場記録が、ここに誕生する。


 その記録、シュート発射0回。生存時間、約31秒。


 それでも、彼ら3人の結束に揺るぎはなかった。

 ……例え全員担架の上だったとしても。



 第十六章 八節


 残るは、《ブロックス》。


 正直に言ってしまえば、彼らのアクアバウトの技術は「小学生のバスケットボール」レベルにも満たなかった。


 ドリブルはできない、パスは迷子になる、フォーメーションなど影も形もない。

 だが。

 それでも、彼らは勝ち残っていた。


 理由はただ一つ。

 キーパー、テトリーヌの存在である。


 「そぉいっ!」


 オトウトのサポートを受け、バッカが勢いよくボールをシュートする。

 

 が。


 ……コンッ!


 鈍い音とともに、ボールは弾かれ、無情にもコートの端に転がっていった。


 続いてリアラが丁寧に狙い澄ましたロングシュート。


 「えいっ……!」


 ポンッ!


 またしても、跳ね返される。


 今度はバッカの、豪快なフォームからの渾身の一撃。


 「オリャアアァァァッッ!!」


 ガンッ!


 ……弾かれたボールは、アクアドームの外にまで飛んで行く勢いだ。


 テトリーヌは、四角いゴール枠の中に、まるで“その形に合わせて設計された家具のように”、ぴったりとハマっていた。


 長方形の体。顔など余計なものは存在しない立方体は、硬く、動かず、ただ静かにそこで立ちはだかり、すべてを拒絶する。


 間違いなくキーパー界の頂点。

 神の領域に踏み込んだとさえ称されるテトリーヌ。

 これまでの生涯、得点を許したこと一度もなし。

 ボールを通したこと、皆無。

 その圧倒的な守備力から、いつしか付いた二つ名は、《鉄の処女アイアン・メイデン》!


 「ちょ、ちょっとバッカさん! あれ、あれって反則じゃないんですか!? どう見ても“ただの障害物”じゃないですか!!」


 あまりにも奇想天外な状況に耐えかね、ついにリアラが絶叫した。


 だがバッカは、まるで“これこそアクアバウトの醍醐味”と言わんばかりの笑顔で、親指を立てた。


 「ははっ、仕方ねぇよ。ブロックスの奴ら、昔は降臨者だったって噂だしな。ルール的にはオッケーだ、うん!」


 「ふぇぇ……。」


 目を見開いたまま、一瞬ガクリと膝が折れそうになるリアラ。

 見かねたオトウトが慌てて支えたが、逆にオトウトもつられてガクッときそうだった。


 その様子を見ながら、バッカは満面の笑みで肩をすくめた。


 「な? アクアバウト、楽しいだろ?」



 第十六章 九節


 そして。

 その時は、唐突に訪れた。


 すでに試合開始から、何分が経ったのか。

 いくら ボールを奪い 何度 更新のシュートを決めるも一向に進まない試合に、流石のチームおおらかな海のメンバーたちも、息が上がり始めていた。


 「はぁ……っ、ぜえっ……!マ゛ーレ、ムオチリカスオトケロ……」

 「オトウト……それ、今、相手のパスだ……!」


 リアラも疲労でふらつき、オトウトはもはやイレボナ語しか話さない前後不覚。いや、最初からか。バッカに至っては、息継ぎとガッツポーズを間違えていた。


 そんな中。


 「……決断の時、でしょうか」


 艶やかな唇から漏れるような声とともに、水面を見つめるレスカーの目が、静かに光を宿す。

 雪のように白い肌に、水着姿の肢体が艶やかに濡れ、髪の雫が頬を滑り落ちる。


 《ブロックス》。


 圧倒的守備力を誇る、鉄の処女テトリーヌを擁する彼らだったが、攻撃面はど素人。動きも緩慢、ボールの扱いも雑そのもの。


 つまり、どんなに大振りな技や奇抜な戦術を行っても、失敗が失点に繋がりにくいのだった。


 「キーパー、交代。私が行くわ」


 「なっ! レスカーさん!?」


 突然の決断に、バッカとオトウトが思わず振り返る。全身に水しぶきを纏いながら、ゴールを飛び出すレスカー。

 いつもは妖艶で余裕のある微笑みを浮かべていた彼女が、今は真剣そのものの表情で、ボールを抱えて一直線に加速する。


 「いけええええっ、レスカーさん!!」


 「それって、まさか……!《レスカー・シュート》ーー!!?」


 知る者は少ない、かつて「おおらかな海」に奇跡の勝利をもたらしたという、伝説の大技。

 ブロックに入った選手の一人や二人など、ボールごとゴールに叩き込んでしまう“捨て身の超突進技”。


 バッカの目がきらきらと輝く。

 オトウトは震えながら両手を合わせて祈る。

 リアラは、すでに疲れ切って水中で正座していた。


 水面を斬り裂き、猛然と突進するレスカーの姿は、まさに海の荒鷲。


 次の瞬間、試合場がざわめいた。



 十六章 十節




 レスカーがボールを抱え、独特の構えに入る。


 沈黙のような期待が、水中に満ちていた。


 だが、その静けさを破ったのは、リアラのぽつりとした一言だった。


 「……あれ、プヨプヨしたスライム、ひとりしかいない……?」


 その言葉に、時間が止まった。


 バッカがはっと顔を上げる。オトウトの目が、静かに細められた。

 そして、レスカーの軌道が一瞬、僅かに揺れる。


 しかし、止まらない。


 水を蹴る脚力が水面を弾き、殺意すら帯びた鋭角の軌道で、レスカーは突き進む。

 目標、ゴール!

 そしてその背後にある“勝利”へ向かって。


 「《レスカー・シュート2》ッ!」


 ボールを蹴る瞬間、レスカーの唇が微かに動いた。


 だがその直後、轟くような音が響いた。


 「ピーーーーーーッ!!!」


 鋭いホイッスル。審判の腕が大きく振り下ろされる。


 「ファウル! キーパーによる意図的接触を確認! 《おおらかな海》、選手一名退場ッ!!」


 レスカーの体が、水中で制止した。


 「……え?」


 目を見開いたまま、彼女は立ち尽くしていた。

 勝利を確信していたその表情には、確かな困惑が浮かんでいる。


 「なぜ……? 私は、きちんと狙ったはず……」


 ボールに向けて、最短距離での突進。周囲に選手の影もなかった。

 彼女の中には、一切の迷いもなかった。

 それなのに、判定は「ファウル」。

 しかも、即時退場のレッドカード。


 水中に、レスカーの白い髪がふわりと漂う。


 その背に、沈黙の視線が突き刺さる。

 バッカも、オトウトも、リアラも。

 皆、なぜこの判定が下されたのか、理解できていなかった。





十六章 十二節


 審判の判定を受けたレスカーは、信じられないという表情で水中を振り返った。


 彼女が蹴り飛ばした“ボール”は、静かにぷかぷかと水に揺れていた。

 だが、よく見ると、それは球体ではあったが、スライムだった。


 うす青色の、ぷにぷにとした身体。わずかに震える質感。

 そして何より。

 その中央には、つぶらな瞳が二つついていた。


 「えっ……? あのボール……生きてる……?」


 バッカが呆然と呟いた。


 「ぷ、プヨ……じゃない……! 兄……ブヨ!?」


 リアラが、ふと顔を上げて声を漏らす。


 間違いない。

 そのスライムは、先ほどまで“ボール”だと思われていた、プヨの双子の兄にして弟、ブヨだったのだ。


 その目に、はっきりと読み取れる感情があった。


 恐怖。


 つぶらな黒目がぷるぷると揺れていた。自らの意思で動かず、ただ無抵抗に、そして無抵抗に、レスカーの殺人的なシュートを直撃された存在。


 「う、うそ……!私、そんなつもりじゃ……!」


 レスカーが小さくつぶやく。


 水着のまま、蒼白の顔でその場に膝をついた彼女は、わずかに震えていた。


 バッカが息を呑んで、頭をかかえる。


 「し、信じられねぇ……まさかブヨだったなんて……!」


 審判が掲げる赤いカードが、ゆっくりと降ろされた。


 アクアバウトのルールの一つに、「ボールを所持していない選手、あるいは判別可能な意思体への攻撃は、重大なファウルと見なす」というものがある。


 特に、攻撃が故意であり、かつ対象が明らかに“無力な存在”であった場合、その危険性から、即時退場、即ちレッドカードが適用される。


 そして、今回のブヨに対する《レスカー・シュート2》は、その条件を満たしてしまった。


 「そ、そんな……私……」


 レスカーの表情が、すっと曇る。

 いつもの微笑みは、もうどこにもなかった。


 彼女は何も言わず、ただ静かに、プールサイドへと引き上げていった。


 誰も、それを止めることはできなかった。


 水面に、なおも揺れるブヨの小さな目が、どこか訴えるようにこちらを見つめていた。

 それは、“ボールではない”という、無言の証言だった。


 かくして《おおらかな海》は、この試合における大切な戦士の一人を失った。



ノクティヴェイル 第十六章 第十三節


 静かだった。


 レスカーの退場という思いもよらぬ展開に、プールサイドは一時、まるで水底に沈んだような静寂に包まれていた。


 だが、その沈黙を破ったのは。


 「……ぷよん♪」

 「……ぶよぅ♪」


 まんまるスライムの兄弟、プヨとブヨの、とぼけたような笑顔だった。

 その表情には、罪悪感など微塵もない。


 むしろ、してやったりとばかりに、にんまりと口角を吊り上げている。


 次の瞬間。


 「……!」


 ジェミニの体表に走る幾何学的なラインが、突然きらめきを放つ。

 ダイヤモンドカットのごとき鋭い稜線が、陽光を集め、照り返し、強烈なフラッシュが、水面に咲く。


 「うわっ……!?」

 「きゃっ……!」


 一瞬の閃光に、バッカ、リアラ、そしてオトウトまでもが目を閉じる。


 だが、彼らが再びまぶたを開いたとき。

 そこには異様な光景が広がっていた。


 プヨとブヨが、いない。


 代わりに、ジェミニ、先パイ、そして一瞬で棒状に変形したテトリーヌが、それぞれの体の一部で、まったく同じ外見のボールを保持していた。


 「な……なんだ……!? 三つ……!? ボールが、三つ……!?」


 バッカの声が震える。


 「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ……さっきまで、一つだけだったはず……!」


 リアラが困惑し、思わずゴールを背に後ずさる。


 その中で、唯一、瞬時に異変を看破していたのが、オトウトだった。

 

 「イロヒ、プヨナ、ブヨギ、ホアスアスチボールヂ!シックナ、カニズニアヂ!」

 

 彼の口から発せられたのは、誰にも解読できないイレボナ語。


 それでも彼は叫び続けた。

 伝わらずとも、理解されずとも、それでも。


 本物は、一つ。


 残りの二つは、プヨとブヨが化けた偽物のボール。

 しかも、それが見分けのつかない“完璧な変身”である以上、対応は不可能に近い。


 次の瞬間。


 言葉を交わさずとも、合図は合っていた。


 ジェミニのスピン、パイ先輩の回転、そしてテトリーヌの体当たり。


 三つの“ボール”が、水を裂いて一斉に放たれる。


 《三角アタック》。(このフォーメーション名は、法務部の助言により、某ファンタジー作品への配慮として仮称となっています。)



 アクアバウトの技術自体は小学生並みだが、多彩な技が多くの人々を惹き付ける「ブロックス」チームが編み出した、幻惑と物理攻撃を合わせた渾身のフォーメーション。


 ボールが三つ同時に放たれるという事実。

 守る側は、瞬間的に“本物”を見抜き、ブロックしなければならない。


 ……。


 「……っ!」


 その“瞬間”が、今日はなかった。


 シュート音が三つ、ネットの揺れが一つ。


 得点。


 その知らせと同時に、観客席が揺れるようにざわめき、そして叫んだ。


 「入ったぁああああっ!」

 「今のは……まさか、三角アタック……!? うわ、本当に成功するんだあれ!」

 「すげぇ……まさか最後の最後に、あの技が出るとは……!」


 熱狂と賞賛、どよめきが水上を包み込む。


 疲弊したチーム「おおらかな海」は、ついにその一点を返すことなく、

 静かに、笛の音が、ブロックスの勝敗を告げた。


 「……終了です。試合、ここまで」


 まるで、何かの夢が終わったかのように。


 リアラは小さく息を吐き、バッカは空を仰ぐ。

 そしてオトウトは、静かに自らの胸に手を当て、ただ、目を閉じた。



第十六章 第十三節



 夜。


 大会公式の宿泊施設に戻ってきた俺たちは、魔導バイクの揺れで微妙に酔いながらも、どうにかチーム用の食事部屋にたどり着いていた。


 その場に、バッカの姿はない。


 沈んだ空気の中、レスカーは卓上のカップに視線を落としながら、しゅんと頭を下げる。


 「……本当に、すみません。私のせいで……。」


 どこか打ち捨てられたような響きが、食堂の木壁に染み込んでいく。


 隣では、無表情のまま頷くオトウトが、真剣な顔で口を開いた。


 「ヂウズエベヂ。ミチリウノアギアビワエ!」


 なんとも達者なイレボナ語である。が、例によって誰にも意味は伝わらない。


 「……ありがとう、オトウト。でも、何言ってるのか分からないわ……。」


 レスカーの肩が、さらに小さくなった。


 ……ああ、これはいけない。


 そう思った俺は俺はそっと口を開く。


 「レスカーさん、今日はお疲れ様でした。でも、あれはファウルじゃなくても危なかったですし……。」


 「そうです。もし完全な形だったら、ブヨさん……砕けてました……。」


 リアラもやんわりとフォローを入れる。


 「それに……私達の事は心配しないで下さい。マスターと決めたんです。クルーズは途中になってしまったけど、せっかく来たんだからラピスラズリ大陸を冒険しようって……。」


 そう、心は少しずつ、前を向いていた。


 だが、そのとき。


 ドッガアアアァァァン!!


 「喜べお前らああああああああああああ!!!」


 爆音とともに、食堂のドアが、蹴り飛ばされた。


 「な、なっ……バッカさん!?」


 リアラが立ち上がりかけて、思わず椅子をひっくり返しかけた。


 「じゃんけんで勝ったぞォォオ!!」


 バッカが、まるで優勝パレードのチャンピオンのように両腕を上げながら入ってくる。顔は満面の笑み。


 「え、え?……えっ?」


 混乱するリアラと俺。


 そんな中、沈んでいたはずのレスカーが、ピクリと顔を上げた。


 オトウトも、カチリと首を傾ける。


 「……今、なんと?」


 「正真正銘、敗者復活戦だァァァ!俺たち、《二回戦進出》決定だってよ!!」


 「っ……!!」


 その言葉に、椅子を蹴り倒して立ち上がるレスカー。


 「……っ!!」


 オトウトも両手を掲げ、ジャンプして机に膝をぶつけた。


 そして!


 「……ッ!」


 パリーン。


 静寂を破る、澄んだ音。


 見れば、リアラと俺の手元にあったティーカップが、床に落ちて粉々に砕けていた。


 「……え?二回戦?」


 「……また私、出るんですか?」


 呆然とする二人。まだまだ物語は終わらないらしい。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ