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世界樹の記憶《リアラ》  作者: 鈴木 厳流彩


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9章


 観客席で、リアラが息を呑んだ。


 「まさか……あれは……!」


 隣で俺も思わず身を乗り出す。


 「リィナさんの……あの魔法!?」


 リングに風が走る。

 照明が一瞬ちらついた。


 そして。

 タダンカの口から、低く深い声が響く。


 「闇よりも暗き、かの時……。」


 その声は普段の彼女のものじゃない。

 まるで腹の底から別人がしゃべってるかのような、ズンと響く呪詛。


 空気が重く沈む。

 ピリピリと肌に刺さる冷気。

 温度が一気に数度下がったのが、分かる。


 「夜よりも深き場所にて……。」


 ぽぅ……という低音の唸りと共に、リングに黒い魔法陣が浮かび上がる。


 七重の輪に重なる文様。

 中心から脈動する紫と黒の光が、観客席まで届いてくる。


 「混沌の姿を受け入れし……我が愛おしき、下僕たちよ……。」


 タダンカの腹を中心に、もわっと何かが渦を巻き始める。

 光でも闇でもない。


 ぬめっ……と粘りつくような、“得体の知れない何か”。


 そして……。


 「……我ここに、汝に命ず……。」

 

 グボォッ!!


 突如、タダンカのふんどしの下から“何か”が噴き出した。


 黒く、粘り気があり、霧のように広がる……とにかくヤバいやつ!


 ぬるりと地を這いながら、魔法陣の輪郭にまとわりつくその“闇”に、観客席から悲鳴が上がる。


 「……っ、な、なんかクサっ!!」


 誰かが叫んだ。

 それを皮切りに、場内がパニックになる。


 鼻を押さえる者、目を潤ませる者、涙を流しながら逃げ出す者!


 「油?汗!?このレベルの異臭、ジャッジ来るでしょ!?」


 「空気がねっとりしてる!?鼻がしょっぱくなってきた……!!」


 もはや魔法というより、公害兵器。

 臭い、黒い、ねちっこい。

 三拍子そろった最悪の演出が、闘技場を覆っていく。


 視覚・嗅覚・理性の三重苦に、観客はひとり、またひとりと白目をむいていった。


 圧倒的、描写拒否感。


 吐き気を誘う悪臭。

 光を呑む黒。

 粘つく空気。


 そして、「何かがおかしい」という脳の悲鳴。


 だが、それはまだ、序章にすぎなかった。

 

 「……我ここに、汝に誓う……。」

 

 詠唱は続く。

 唱える声は、もはやタダンカではない。

 彼女を通して、別の存在が語っているようだ。

 魔法陣が震え始めた。

 七重の輪が、うねりながら拡大し、リングの外周を呑み込んでいく。


 「我を求める汝等に対し、等しく褒美を与えん事を。」


 その声が文言の最後に思えた。

 確信はない。


 ただ、隣にいるリアラも同じだった。

 恐らく理性のアラームが、目にする事の出来るギリギリの縁から語りかけてきて、見ている者の感覚が研ぎ澄まされているのだろう。


 タダンカが言い終わると同時に、ズズズ……と地を這う音と共に、タダンカの足元が崩れたように見えた。

 黒い奈落が、ぽっかりと口を開く。

 その淵から、何かが這い出してくる。


 ある者はそれを混沌と呼ぶ。

 ある者は、それを闇と呼ぶ。

 そしてまた別の者は、『秩序』と呼び、称え、敬った。

 

 ……アレルーヤ。


二節


 アルカディア。


 秩序の理想郷。


 果たして、命ある内にそこへと至ることが出来た幸運な者は、いったいどのくらいいるのだろうか?


 彼女の呼び掛けに応じ、今まさに顕現せんと待ち構えている存在、いや存在たちは、皆誰もが等しくそこへと至っていた。


 否、知り得たと言う方が正しいのかもしれない。


 アルカディアはどこにでもあると彼らは言う。

 ただそこに、 気づき 、踏み込めるかどうかだけだと、彼らは囁いてくる。


 望めば、彼らはいつでも語りかけてくれる。


 触れたければ、彼らはいつでも、その身を差し出してくれる。


 見たい、知りたい、近付きたい。

 ……それだけで、冒険だ。


 至るためには、大切な何かを失わなければならない。

 至るためには、大切な何かを差し出さなければならない。


 間違ってはならない。


 彼らは何も求めないし、何も奪わない。

 ただそれに至ろうと踏み出すことが、即ち求める対価を支払う事に他ならないのだ。


 宴が始まる。

 あなたはもう戻れない。

 踏み込んでしまったのだから。


 究極の秩序、アルカディアの片鱗。

 それを垣間見られる事は、幸か不幸か。


 彼らはいつでも隣にいる。

 夢と現し世の狭間で。

 静かに揺蕩いながら。


 正気と狂喜の狭間で、いつでも貴方の心の隅へと、常にその手を差し伸べている。


 そして今、その"隣にいるもの"が、闘技場の底から、確かな重さを伴って這い出そうとしていた。


(二節元文

秩序の理想郷。


果たして、命ある内にそこへと至ることが出来た幸運な者は、いったいどのくらいいるのだろうか?


彼女の呼び掛けに応じ、今まさに顕現せんと待ち構えている存在、いや存在たちは、皆誰もが等しく至っていた。


否、知り得たと言う方が正しいのかもしれない。


アルカディアはどこにでもあると彼らは言う。

ただそこに、 気づき 、踏み込めるかどうかだけだと、彼らは囁いてくる。

聞けば彼らは、いつでも語りかけてくれる。


触れたければ、彼らはいつでも、その身を差し出してくれる。


見たい、知りたい、近付きたい。

……それだけで、冒険だ。


至るためには、大切な何かを失わなければならない。

至るためには、大切な何かを差し出さなければならない。


間違ってはならない。


彼らは何も求めないし、何も奪わない。

ただ、それに至ろうと踏み出すことが、即ち、求める対価を支払う事に他ならないのだ。


宴が始まる。

あなたはもう戻れない。

踏み込んでしまったのだから。

究極の秩序、アルカディアの片鱗。

それを垣間見られる事は、幸か不幸か。

彼らはいつでも隣にいる。

夢と現し世の狭間で。

静かに揺蕩いながら。

正気と狂喜の狭間で、いつでも貴方の心の隅へと、常にその手を差し伸べている。

そして今、その"隣にいるもの"が、闘技場の底から、確かな重さを伴って這い出そうとしていた。)




三節


 「《ギガ・スレイヴ(超・奴隷)》ッ!」


 タダンカが吐き出すようにその名を口にすると共に、闘技場に沈黙が走った。

 そして次の瞬間、奈落より這い上がったのは、焼印だらけの肥えた肉塊。

 腹は丸太のように突き出し、乳首には金属製のクリップが光る。

 鼻には銀のリング、口元を覆うボール状の枷、目元は黒革の仮面に覆われ、その奥からはどこか恍惚とした光が滲んでいる。


 汗ばんだ頭皮には、ほとんど髪が残っていない。

 年齢は……四十代後半。

 見る者が見れば分かる。「人生、いろいろあったんだろうな」という、哀愁漂うおじさんそのものだった。


 黒革の拘束具、即ち黒姿(クロス)に身を包み、肥大した体をピスピスと喘がせながら、まるで陶酔するように、その男は静かにタダンカを背後から支えた。


 言うなれば人豚。


 タダンカの魔法が召喚した存在“混沌のしもべ”。

 それは、悦に目覚めたこの中年男性。


 観客席では、誰かが口を押え、誰かが目をそらす。


 「……あれは……人間……なの……?」


 震えを帯びたリアラの声が漏れた。


 タダンカの背後で控える人豚の肩に支えられ、彼女の体が担ぎ上げられる。


 次の瞬間、彼女の身を包む闇が渦を巻き、タダンカの体に絡みついた。

 そして視界の歪みが晴れた時、そこに立っていたのは、かつてのタダンカではなかった。


 猫耳。鋲付きのチョーカー。

 黒のレザービキニ。金属製のガーター。

 腰元から垂れる鎖がチャリン、チャリンと音を立てながら揺れている。


 その姿は、狂気と混沌の申し子のようだったが、彼女の瞳だけは変わらない。

 いつもの、無垢でいたずら好きな少女の輝きだけが、そこに残されていた。


 これを文字で表現する事自体、冒涜なのかもしれない。


 大いなる混沌。もしくは闇。

 異様なのは、それでは終わらない。


 目を擦る様な一瞬で、背後に控えていた人豚が、二体、三体……と増え、ついには四体に達する。


 そしてその四体が連携し、奇妙な構造を取り始めた。

 あれは……担ぐ?支える?いや、まるで、“乗り物”だ。


 組み上げられた人豚の肉塊が、一つの“御輿”のような形になり、その上にゆっくりと乗せられるタダンカ。


 いつの間にか、召喚された中年人豚四体が、それぞれのポジションに自然と収まり、組み合い、交ざり合いながら“御輿”を構成し、その上に女王のごとくタダンカが座していた。


四節


 リング中央では、黒姿(クロス)に身を包んだ四体の半裸の中年男性が、乗り物の様に混ざり合っていた。

 その背中にまたがるのは、全身レザーに包まれ、猫耳と鋲付きチョーカーをつけたタダンカ。

 腰元から揺れる鎖が、チャリン……チャリン……と不穏なリズムを奏でる。


 この光景で最初に口を開いたのは、観客席の幼い少女だった。


 「ママ、あれなに……?」


 娘の声に、母は即座に反応した。

 ぐいと娘の頭を自分の胸に抱き寄せ、ひきつった笑みで言う。


 「しっ、見ちゃいけません!!」


 その一言を皮切りに、会場の秩序は完全に崩壊した。


 吐く者。泣く者。笑う者。

 各々が持つ自由意思に従い、目にした"何か"を表現するのに皆必死だ。

 客席の様子は、 言うなれば、命の解放の美術館。

 誰もが尊厳という仮面を脱ぎ去り、真の自由を愉しんでいた。

 中には見ているそれを、数人で模倣しようとする者も現れたと聞く。

 流石にそれは根も葉もない噂だろうと、俺は信じたかった。


 リングでは、肉戦車のごとき“おじさんカルテット”が整列し、轟くような「ブッ、ブフッ、フゴォォオォ!」という威嚇音を発しながら、タダンカを乗せて動き出そうとしていた。

 その背には「SMクラブ:ちゃあしう」の焼印。

 ランクはオーバーロード、最高峰だ。

 なぜそんなピンポイントなネーミングが……と誰かがツッコミを我慢した瞬間。


 ウァアァァアァァァアァァォァー!!


 どこかで聞いたことがある様な緊急警報音が、闘技場全体に鳴り響いた。まるで何かが“始まってしまった”事を告げるかのように。


 天井からは赤い光が照らされ、会場全体が「R-18指定区域」へと一瞬で切り替わる。


 次の瞬間。


 リイ゛ィィィィン……。


 耳鳴りのような高音が、前頭部から揺さぶってきた。

 空気が硬くなる。音が遠のく。心臓の鼓動だけが、やけに大きい。


 続いて、圧。


 グォン!


 重力の波みたいなものが、全身を貫いた。

 膝が勝手に沈みそうになり、視界が一度、ぐにゃりと歪む。


 まばたき一つ分の刹那の後。

 

 それは、現れた。


 闘技場の四隅に、蜃気楼のような輪郭が立ち上がる。

 ぼんやりした黒い影が、金の縁取りをまといながら、次々と確かな“形”になっていく。


 見間違いかと目を擦った。

 でも、開いた瞳に映ったのは、黒と金の甲冑。

 重厚な兜。

 人間のものとは思えない、圧倒的な存在感。 


 一呼吸置いて 理解が追い付く。

 そう、数日前リアラに聞いた、あれだ。


 “ジャッジ”。


 それは大都市において、秩序を破る者に裁きを下す絶対の存在。大都市内での違反行為には、容赦なく介入する制裁者である。


 彼らの姿は、まるで“ノクティヴェイルの秩序そのもの”。

 重厚な甲冑、そして圧倒的な「管理者」の風格。


 「通達。本試合は特例コードH-777。“淫靡・未申請魔術”に該当しました。」

 「観戦を継続する者は、年齢認証を完了し、左肩に公式バッジを装着のこと。」

 「未認証観客および未成年者は、指定出口より速やかに退出を。」


 数名のジャッジが、ロボットのように無感情な声を響かせながら所狭しと動き回る。その中で、試合の邪魔にならない位置を巧妙に探りながら、タダンカの近くにいたそのうちの一体が、懐からレッドカードを取り出した。


 「該当術者、タダンカ氏。R-18未申請。次回出場資格の一時停止措置に入ります。」


 「えっ!? ちょ……そ、そんなぁぁあああ!?」


 タダンカが慌てて身を乗り出すが、四人のおじさんがブフブフ言いながら、彼女を元の場所に納める。


 その様子に会場の混乱がピークに達する中、ひときわ高らかな叫び声が響いた。


 「《覇王焼光閃》!」


 独特の構えと共に、練り上げた気の塊をアージァが打ち出したのである。




五節


 練り上げられた気の塊が、アージァの手から打ち出される。


 熱を帯びた突き刺さる様な衝撃が、ひとりの豚、タダンカを担ぐ“御輿”の一部を打ちぬき、ぶるりと震わせた。


 「おほぉぉおおぉおおおッ……!!」


 声にならぬ悲鳴が空気を震わせる。

 それは痛みの声ではなかった。

 むしろ、歓喜。


 他の豚たちが、その一撃が刻んだ新たな“印”に、一糸乱れぬ羨望のまなざしを向ける。

 どこかうっとりと。

 どこか陶酔しながら。


 そして、御輿は一度、静止した。


 混乱極まる会場の中、リングの周囲には音以外を遮断する魔法の天幕が展開される。


 それでもその“音”は、会場に残っていた観客達を、さらに半分にするには充分すぎるほどの破壊力を秘めていた。


「フゴォ……オゴファアァ……ッ!」


 四体の豚が、身を震わせながら懇願するように嘶く。

 それは希望ではなかった。癒しでもなかった。

 むしろ、労働と隷属、そして痛みを乞う声だった。

 

 アルカディア。

 混沌の対極にあるとされる、秩序の理想郷。


 タダンカの呼び出した四人の豚こそは、今やその一端にまでたどり着かんとする、完璧な聖豚セイントであった。


 身に纏いし黒姿クロスは、今や更なる戦闘形態"女性用黒色下着"、通称、《決闘黒姿タイマンクロス》へと変態している。


 見られ、嘲られ、侮られることこそ、彼らにとっては栄養。

 そのすべてが、聖豚達の魂を灼き、恥辱の一粒一粒が快楽へと変貌してゆく。 

 

 痛みを与えられる者は、幸いである。

 理解は求めない。

 ただ、そこにいることを赦される悦び。


 豚たちは、無言で立ち上がる。

 ふるえる膝を、誇らしげに。

 焦点の定まらぬ瞳に、確信だけを宿して。


 次の瞬間。

 御輿が、疾走を始める。


 それは、突進ではなかった。

 儀式。


 痛みを求める者たちの、絶対なる秩序への祈り。


 豚たちは一斉に、絶望の向こうにある秩序を理解し、希望へと向かって喜び勇み駆け出した。



六節

 「《超究武神連打》!」


 流れるようなコンビネーション、打つ、蹴る、踏む。

 文字通りの三属性。


 力量の差は明らかだった。

 格闘の王者に対し、相対するのは、老い、疲れ、太ったただの中年。


 だが、倒れた豚は、笑った。

 啼く声が、空にこだまする。


 「イイ゛……ッ」

 「アフッ……」

 「オォォォ……フォッ……!」


 痛みに震えながらも、豚たちは確かに“何か”を得ていた。

 

 息つく暇もなく、タダンカがそっと手にしたのは牛革の鞭。


 その先が、アージァの蹴りから逸れた一匹へと振り下ろされる。


 パアァァァンッ……!


 「グヒィイイイィッ!!」


 その瞬間、全ての豚が叫んだ。

 理解されずとも構わない。

 世界に拒まれようとも、かまわない。

 ここが自分たちの楽園なのだと、誇示しているようだった。

 

 どれほど倒れても、倒されても。

 彼らには“失敗”がなかった。


 行動に結果が伴わなければ鞭打。

 女王に喜ばれたならば濃厚な御褒美。

 相手から降りかかる拳は容赦がない。


 つまり。

 どう転んでも、そこには“報酬”があった。

 完璧な秩序。

 パーフェクトワールド。


 与えられることこそが救済。

 与えられたレールこそが、祝福。

 この状態の彼らは“無敵”だった。

 

 ほどなくして、求めていたエネルギーが頂点に達する。


 四体の豚が、ぬるりと絡み合い、肩を組み、指を重ね、奇妙なフォーメーションを始める。


 融合。

 合体。

 昇華。


 黒衣に包まれた紳士たちが、“新たなる構造体”として結実する。

 

 それはもはや“生きた彫刻”だった。


 意味不明な咆哮がこだまする。

「オォォオォオォオオ……ッ!!!」


 タダンカが、構えた。


 女王の微笑みを浮かべながら、身を屈め、彼らの上に身を預ける。

 

 そして、宴が始まった。


 肉の彫刻が、疾走する。

 重厚な音が、闘技場を震わせた。



七節



 「なんじゃらこれぐがぁぁぁあッ!!?」


 その雄叫びは、アージァの口から放たれたものだった。


 「おっほぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」


 意味不明な咆哮とともに、黒姿を纏った秩序の化身達が、全力ダッシュで突撃を開始した!


 ズガアアアアアアアアアアン!!!


 豪快すぎる肉の衝突音とともに、リングが一瞬浮く。


 アージァの身体は、何の猶予もなく轢断された。

 豪快すぎる粉塵が吹き上がり、観客たちの悲鳴と興奮が同時に重なって、ジャンルの境界線が踏み砕かれる。

 ホラー?コメディ?

 否。

 フリーダム。

 

 「ひょおおおおおおおおおおお!!」


 奇声とともに、人豚たちがフォーメーションを変更。

 なんと、“肩車”スタイルに変形し始める。


 1人の上に1人、さらにその上に1人、そのまた上に1人……まさかの“人間観覧車モード”が完成!


 回る。回る。リングの上で。

 しかもその中心には、無抵抗なアージァがいる。


 「や、やめっ、ぐえぇぇっ!!?」


 アージァ、肉のローリングアタックに巻き込まれ、まるで洗濯機の中に放り込まれたぬいぐるみのように、ぐるんぐるんに回される。


 足が頭に、頭がリングに、リングが崩れ、そしてアージァの精神が……崩壊寸前。


 「ブヒブヒブヒィィィィッ!!!」


 加速するごとに増す、ブヒみ。

 うねる肉の旋回が、アージァの人生を削り取っていく。


 そしてついに。


 リング端、アージァの身体が“パコンッ”と飛び出した。


 シュバァァァァアアアアン!!


 空を切る音。吹き上がる空気。

 肉の奔流の遠心力により、チャイナ、放出。


 リングの外へ、美しく放物線を描いて吹っ飛んだその軌跡は、まるで、退場を告げる花道のようだった。


 『……ノックアウトォォォォ!!!!』


 誰よりも大声で叫んだのは実況席のアシスタント。

 隣にいた上司は、とうの昔にどこかへ逃げたらしい。


 そして、数秒ののち。


 ジャッジが再びリング中央に降り立った。


 「審議の結果、タダンカ、試合申請手続き不備につき、次回出場停止。代替選手として、降臨者リアラ・ヘル氏、三回戦に出場。」

 

 「えぇぇええぇ!?!?!?」


 転生者観覧席のリアラが、思わず本気の素で叫んだ。


 膝に毛布をかけ、湯飲みを持っていたが、驚きで茶をこぼしたのは言うまでもない。


 「ぶ……ぶっ壊れとる……世の中が……ぶっ壊れとるわい……。」


 一方のアージァは、リングに仰向けに寝転がり、白目をむきながら、かすれた声でそう呟いた。



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