マンチキンダンジョンマスター観察記録
「マスター、申し訳ありませんがもう一度言って頂けますか?」
信じられない。いや信じたくない。何故?どうして?
頭の中をこんな言葉が埋め尽くすほどに、眼前にいるダンジョンマスター様が言い放った言葉は私を混乱の渦に落とし込みました。
「うん、君がダンジョンボスです。よろしくね」
あぁ・・・聞き間違いや幻聴ではないのですね。
ダンジョンボス。それは生まれたばかりのダンジョンが最初に呼び出すモンスターであり、そのダンジョンにおけるモンスター達の頂点に立つもの。ダンジョンの恩恵を受け共に成長していく大切なパートナーです。
一般的に龍人や鬼人、魔人が選ばれることが多いと聞きます。理由は高い戦闘力、人型であるダンジョンマスターと共に生活しやすい、強化する糊代が大きい、本来であれば必要な高い召喚コストを初回召喚ボーナスにより踏み倒せる事など、多数あります。
そんな大切なパートナーに、よりによって私みたいな小物を選ぶなんて・・・
「・・・正気ですか?」
「うーん、よく聞かれるんだけど、僕が答える意味が無いんだよねその質問。君が感じたままを評価してね」
マスターはそう言ってニッコリと微笑みを向けてきますが、自身の命に直結するダンジョンコアを守る最後の砦にDランクモンスターである私を選ぶ時点で狂っているとしか思えないのですが・・・
「私、樹妖精ですよ?戦力でいったら豚鬼より多少ましな程度なんですけど、そんなのがダンジョンボスとして何の役に立つのでしょうか?」
自分で言うのも情けないものですが、依代が世界樹とかでなければ樹妖精の戦力はたかが知れています。私の依代はマメ科蔓性植物である葛の群生なのですから、扱える緑魔法も平均的な樹妖精以下になります。
中堅の冒険者パーティに遭遇すればまぁ勝ち目は無いでしょうね。
「そんなに自分を卑下しないでよ。このダンジョンが生き残るためには君の力が最適解なんだ。それにDPを注いでスキルを付与する必要があったから、僕には君をボスとして召喚する以外の選択肢なんて無かったんだよ」
スキルとはダンジョンを構成する力であるDPをダンジョンマスターまたはダンジョンボスに直接注ぎ込むことで得られる特別な能力です。使い方によってはただダンジョンやモンスターを増強するより遥かに効果的ではありますが・・・素体が私程度ではたかが知れています。
「どんなスキルを付与したのだとしても、龍人とかのほうがお役に立てたでしょうに」
「僕はそうは考えない。仮にセオリー通り龍人や鬼人を呼び出していたら、多分僕は20日持たずに死ぬだろうね」
「えぇ・・・それなら私などでは3日も持たないでしょう?」
どうやらこのダンジョンはとても過酷な状況にあるようです。おそらく有利な初期地点の奪い合いに敗れたのでしょう。
というのも今回新たに生まれたダンジョンはここだけではないのです。
この世界では光と闇の神々が覇権を争っており、定期的に異世界から魂を呼び寄せ、転移者とダンジョンマスターとして投入しています。
今回は闇の神々が【クラス丸ごと転生】と称して20余りのダンジョンマスターが一斉投入されたと聞いています。
当然、有利な立地は早いもの勝ちですから、わりを食う者もいるでしょう。眼前のマスターの様に。
「マトモに戦えばそうかもしれない。でもね、ここには来ないんだ、転移者も冒険者も。何故かって?まずは周りをみてごらん」
促されるままにあたりを見回したところ、10m×10m程の筏のようなダンジョン以外で視界に入るのはただひたすらに続く波打ちうごめく水面だけ。
―――これはひょっとして大海原というやつなのでは!?
いけない!このままでは潮風にやられて枯れてしまう!!
自分の置かれている状況の酷さに目眩がしたところで、マスターがイタズラを成功させたような顔で私の依代から葉をひとつ、手に取りました。
「だいじょーぶ、君には快適な環境のはずだよ。海水だらけで焦ったと思うけど、ちゃんと適応できている。ほら見てこの葉っぱ、凍ったみたいに見えるでしょ?」
見ると確かに手に取られているものを含めた一部の葉だけが凍りついているように見えます。
気温が低いわけでもないのに不思議なものです。
「これはね、君の中の余計な塩分をこの葉っぱに集めているんだ。凍ったように見えるのは塩の結晶だよ。他にもね、葉や茎の表面をキューティクルで覆って保湿することで塩水の付着を防ぐとともに内部の水分を保持したり、根っこにある瘤で吸い上げた海水を濾過して不要なミネラルを排出したり、共生している根粒菌たちが海水に触れても浸透圧を調整して活動できるように糖アルコール類を提供したりと色々な能力が増えているんだよ。だから君は大海原など恐れる必要がないのさ」
なんですかその力?自分のことながら全く知らない能力なんですけど。やだ、怖い・・・
「スキルの力は凄いよねぇ~付与したのは【塩耐性】っていうんだけどさ、君が元々持っている力と合わせて大海原で水耕栽培ができるレベルになっちゃったんだよ。依代である葛由来の生命力・繁茂力に加えてマングローブやアイスプラント以上の耐塩性を獲得した君は何の懸念もなくこのダンジョンを埋め尽くすことができるのさ」
確かに貴重なDPを使って得るスキルなだけあって、海が危険な障害から、水・リン・カリウムを豊富に提供する資源へと変化してくれたことで、私が生い茂るのに適した環境となったのは間違いないようです。
「しかし・・・貴重なスキルですが、戦闘には寄与できませんよね?この筏を埋め尽くしたところで、侵入者にあっけなく滅ぼされるはめになるだけでは?」
そう、当初私が懸念した問題は、何も解決していないのです。
「それも問題ないよ。というのもね、ここは東西の大陸を大きく隔てる大洋のド真ん中なんだ。東西どちら側も人類の活動圏からざっと1000km以上離れているから、たどり着くのは不可能なのさ」
―――絶海の孤島よりさらに厳しい状況をあっさりと語りますね。確かにそれだけ陸から、船の活動範囲からすら離れているとなれば、ここにたどり着く者は皆無と言えそうです。しかし・・・
「それは、ダンジョンとして重大な欠陥を抱えているということですよね?人間は脅威ではありますが、獲物でもあるんですよ?人っ子1人訪れないダンジョンをどうやって営むというのですか」
そう、ダンジョンとは人を呼び込み、殺すことで成長していくものです。ほかにもダンジョンを生み出した闇の神々の意向に従い、人の領域に向けて侵略をしていかなければならないはずです。
「それも考えてあるんだ。ダンジョンの運用ルールをよ~く調べてみたんだけどね、ダンジョンが生き延びるために必要な条件はふたつあって、コアの維持とマスターの生存が満たされていれば良いんだ。
それで、コアの維持にはダンジョンの規模に応じたDPが必要だから人が訪れないダンジョンは滅ぶことになる。と思われているんだけど、実はDPって人の生命を奪わなくても手に入れる方法があるんだよね」
秘密の抜け道を見つけた子供のような表情で言われた内容は、俄には信じられないような内容でした。
私はダンジョンについて詳しいわけではありませんが、それでもマスターが常識に外れたことを言っているのは分かります。
「信じられないのも無理はないから、簡単に説明するね。まず、一般的なDPの入手方法は侵入者を斃して亡骸をダンジョンに吸収させることだよね」
「はい。ほかには魔物氾濫で吐き出したモンスターを使って人里や他のダンジョンを襲うことでDPを得ることが出来ると聞いています」
「そうだね、まぁそっちの方法は一旦置いておこう。ダンジョンが侵入者を吸収したときに、その侵入者の魂・肉体・生命力・魔力・身体能力・スキル・装備・所持アイテムがそれぞれDPに変換される仕組みになっているんだ。
だけど、吸収したものが即座にDPに変換されるわけでは無くてね、一旦はダンジョンのアイテムボックスに格納されてから変換が始まるんだ。
そこでDPにするより有効な使い道があるものは別途選り分けたりできるんだよね、それで侵入者の武器や効果の高い回復薬なんかを宝箱に仕込んで新たな侵入者を呼び寄せたり、強者の肉体を首なし騎士の素体にして戦力強化したりするのさ・・・でもまぁ大半はDPにしちゃうかな。
ちょっと話がずれたので元に戻るけど、要はアイテムボックスの中身がDPに変換できる仕様になってるんだよね。で、変換できるのは侵入者関連に限らないんだ」
つまり侵入者以外からの資源、例えばダンジョン内で生成される物質などがDPに変換できるということでしょうか・・・もしそれが本当なら危険を冒して侵入者を呼び込む必要などない訳で、現状のダンジョン運用ルールが崩壊してしまいます。
「そんなうまい話無いだろって顔してるね。そう、実際にダンジョン製アイテムで無限DPゲットは出来ないようになってる。DPを使って生み出したダンジョン製アイテムは吸収してもDPは得られないんだ。
配下モンスターに生産させる方法ならDPは得られるんだけど、やっぱりモンスター産のアイテムで得られるDP量はものすごく絞られていて、配下モンスターの食費などの維持費を考えると黒字にならない。だから引きこもって無害なダンジョン運営は出来ないんだ・・・普通ならね」
そういいながらもマスターは自信満々のドヤ顔をしています。普通ではない抜け道があるというのでしょうか?
「ここでちょっと話を変えて、ダンジョンマスターとダンジョンボスがうけられる恩恵の話なんだけど、それぞれダンジョンの格に見合った数のスキルをDP消費して付与できる。初期でもひとつはつけれるから、君に【塩耐性】を付与したんだよね。
それで、僕もスキルを一つ得ているんだけど・・・」
「はぁ・・・やはり戦闘に寄与するスキルではないのですね・・・」
「ご名答、戦闘の役に立たないこともないんだけどね。【錬金術】をとったんだ。まぁ普通に考えればアイテムなんてDP使って生産すればいいんだから闇の神々陣営的にはゴミスキル扱いされているやつ。【塩耐性】もそうだけど、大変お安くゲットできました。
ただまぁ、ご覧の通りここは海のど真ん中で龍脈とか瘴気溜まりとかがあるダンジョン生成に適した場所とは違って、僕の初期DPはものすごく少なかったからもうほとんど残ってないんだけどね」
ダンジョンボスの権限として残DP量を確認したところ、確かにもうほとんど残っていません。
常識的な場所にあるダンジョンであれば、最低でも1階層+ボス部屋と数部隊の小鬼程度は準備できるはずなのですが・・・
「まぁ暫くは君以外のモンスターを召喚する予定ないからいいんだけどね」
そういいながら、ダンジョンのアイテムボックスから釜のようなものと鉈を取り出して、釜の中に海水を入れなにやら作業をすると、内部の海水が沸騰し、釜の上部に蒸留した真水が溜まり始めます。
「で、錬金釜をはじめとした道具がおまけでついてきたんだけどね、これらを使ってまず海水から蒸留水を作ります。わずかな魔力で生み出せるこれが僕の命をつなぐ貴重な真水になるんだけど、使い道はそれだけじゃないんだ」
鉈をもったまま笑みをうかべながら近づいてこられると怖いんですが・・・
マスターは依代である葛の根にある塊を鉈で切り取ると、楽しそうに刻んで釜にいれました。
葛の繁茂状況からすれば大したダメージにはならないので別に構わないのですが、いったい何をするつもりなのでしょう?
「さて、これで準備はできた。葛根と蒸留水を錬金釜にいれ、魔力を込めて【錬金術】スキルを発動すると・・・よし!病気治癒ポーションが上手にできました」
「あの・・・いまは私もマスターも病気などしていませんけど」
「そうだね。だからこれはダンジョンに吸収させちゃおう」
そういってせっかく作ったポーションをダンジョンに吸収させてしまいました。どういう意図があるんでしょう?先ほどダンジョン産のアイテムではDPを得られないとおっしゃっていたのに・・・
「ねぇ、今のDP残量を確認してみて?」
さっき確認したばかりなんですけど・・・え?増えてる!?
「さっきのポーション、吸収してしっかりDPに変換できたのが確認できたね」
「なぜ・・・ダンジョン産のアイテムはDPに変換できないはずじゃ・・・」
「うん、でもこれは錬金術師が作ったアイテムだからね。冒険者が持ち込んでくるアイテムと同じカテゴリーなんだ」
たしかにDPで生成したアイテムではありませんけど・・・
「錬金術師が正規の手順で錬金したポーションだよ?魔法薬はそれなりに貴重なものだし、ダンジョンで得られる素材を材料にするなんて珍しくもない。
なにも、不正は、なかった。イイネ?」
「アッハイ・・・なんとなく納得できないところはありますが、これでコアの維持のみならず、時間をかければダンジョンの拡張なども夢ではないことがわかりました」
私もマスターも寿命などはあってないようなものですし侵入者の危険がなく、いくらでも時間をかけられるのであればこの地でもダンジョンを発展させることは出来そうですね。
「それで、生き延びるためのもう一つのハードル、僕の生存についてなんだけど、ダンジョンマスターっていうのはかなりの不思議生物でね、なんというかゲームキャラみたいなものなんだよ」
「げぇむきゃら?どういうことでしょう?」
「僕が死亡する条件はHPがゼロになる事、これだけ。寿命は無いし、暑さ寒さとか毒や病気、渇水や空腹は強度に応じてHPを減らす仕様になってるんだ。寒暖・毒・病気については君の素材からつくる各種魔法薬をはじめとした錬金アイテムで対応できるし、水についても蒸留水がある。で、食糧だけど・・・」
マスターのような動物は私達のような植物と違い、多種多様な食糧を摂取する必要があるはずです。
「ぶっちゃけ栄養価とかどうでもよくてさ、空腹度ってカロリーしか見ていないんだよね。だから君の緑魔法で生った果実やら豆やら、なんなら葉っぱをそのまま食べても樹液を飲んでもカロリー摂取できちゃうんだな、これが」
つまり、それは私とマスターが作るものだけでダンジョンの維持が可能だということですか。生物としてそれでいいのかという気がしますが、元々ダンジョンなど通常の物理法則から外れた存在ですから、そういうこともあるのでしょう。
「というわけで、渡り鳥以外は誰もやってこない、天敵のいないこの場所で思う存分生い茂ってちょうだい。ひとまずの目標としては、少しずつダンジョンを拡張して帆船の形を取ることを目指すよ。30年ぐらいでできるかな」
全く侵入者が訪れない?ダンジョンなど聞いたこともありません。どう考えても運用ルールの抜け穴をついているズルにしか思えないのですが・・・
「大丈夫なのでしょうか?闇の神々からお叱りを受けたりは・・・それにある程度成長したら光の神々との戦いに参加しなければならないのでは?」
マスターは、不安そうな私を安心させるためなのか殊更笑顔で、朗らかな口調で語ります。
「心配だよねぇ、わかるよ、僕もそうだもん。こうしようって戦略を決めた後に、急にルール改変とかされたらたまったもんじゃないよね。
だからよ〜く調べたんだ、神々の間での決めごととか、ダンジョンの運用ルールとか、今までの歴史とか。それはもう古の勇者と魔王での代理戦争の時代から今のダンジョンをめぐるリソースの奪い合いの時代まで全部ね」
えぇ・・・勇者と魔王の時代って千年以上前ですよ・・・一体どれだけの時間を費やしたというのでしょう・・・
「クラス召喚された時、みんなさっさと場所決めして去っていったんだけど、実はあの場所って時間の流れが止まっていて、有利な場所取り競争だけ諦めれば、そこでずっと時間かけて調べものができたんだよね。
だから僕は納得いくまで調べものに時間を費やしてね、世界法則・時代解説・改変履歴・歴史業績を隅々まで何度も読み込んだんだよ」
とんでもない情報量を取り込みました。と、あっさり言っていますけれども、一体どのくらいの時間がかかったんでしょう?いくら時間が止まっていたとはいえ。
「まぁでも、そんなに時間はかからなかったかなぁ。体感で丸1週間ぐらい?疲労とかもない不思議空間だったから7徹ぐらいになったけど、楽しい時間だったよ。説明担当の神様とも仲良くなれたし。あ、神様に会った時には当たり前のことでもちゃんと確認する癖をつけることをお勧めするよ。アイツ『聞かれなかったから』連発してたからね」
何でしょう、マスコットに擬態した淫獣営業マンの姿を幻視したのですが。私が神様に会うことなどないと思うのでどうでもいい話ですが・・・
「ともあれ、話を戻すとルールをひっくり返される危険っていうのは確かにあるんだけど、少なくとも50年は大丈夫。というのも神々が新たな戦力を投入するのが50年周期になってるんだよ。
んで、ルール改変が出されるのはこの時だけなんだよね。だから、その間にルールをひっくり返されても対応できるように準備しておくというのが当面の目標になるんだ」
「わ、わかりました・・・深くは考えないようにします・・・」
「とりあえずはそれでいいよ、これから理解する時間はたっぷりあるんだし。
さて、神々の代理戦争については対応する時に説明するとして、今はさっき稼いだDPを使って[名付け]を行うよ」
・・・モブ魔物として輪廻を繰り返している私には縁がないものでした。そうでしょう?良くて森林フロアの一角を守っている雑魚にわざわざ手間をかけるダンジョンマスターなどいないわけですから。
[名付け]によって定型の軛から解放され、自身とマスターの希望する方向へ成長が可能となります。幹部クラスであっても恩恵に預かれるとは限らないんですから、私のようなものには・・・って今はダンジョンボスでしたね・・・
「ダンジョン"彷徨える旅鴉"の名と権限において、汝に『藤姫』の名を授ける。我が期待と汝の望みに忠実な道程を歩まんことを・・・これからよろしくね、藤」
藤、ですか・・・なんでしょう、聴きなじみのある名前ではありませんが妙にしっくりときますね。なんだかより大きく、太く、強くて、それでいて儚い風情を纏った存在に進化していく。そんな気がします。
「こっちの世界には存在していなくて驚いたんだけど、故郷にある樹の名前。葛にちょっと似てるんだけど、より大きくてね。それから美しい花を咲かせる、僕のお気に入りだったんだ」
そういいながらどこか遠くを見つめるマスターの横顔には、愉しそうな色に紛れて、わずかに郷愁の匂いがしています・・・
「さぁこれで最初の準備は終わり!!時間だけはたっぷりあるから、二人でゆっくりしっかり生きていこうね」
「はい、マスター。いただいた藤の名に恥じないよう、大きく成長いたします」
――― 5年目 ―――
「マスター、指示通り渡り鳥用の餌台と実を準備しましたけど、何をするおつもりですか?」
錬金術で生成したと思しきナニカを入れたシャーレを手にご機嫌なマスターに問いかけます。
なんでしょう・・・一見なにも入っていないように見えるソレは、邪気が無い悪意と言いますか、目的だけを追い求めた果てにあるもの、削ぎ落としてはいけないものまで削りきった果てにあるものを体現していると私の魂が訴えてきます。
「うん、もうすぐ光の神々が転移者を投入する時期が近づいてきてさ、僕らダンジョンに攻撃ノルマが課されるからね、この場所からでも起こせる魔物氾濫の仕込みをするのさ」
この大洋ド真ん中で引きこもっている現状では神々の争いに寄与などできないと思っていました。この5年間でやったことといえば、錬金術の習熟と筏の拡張、船長室になる予定の部屋の建築ぐらいですから、てっきり戦争ノルマに関してはペナルティの罰DPを納めるつもりなのだと思っていましたが。
「見る?当ダンジョン初めての配下モンスター、人造生命だよ。錬金術で造って眷族化したのさ」
やっぱりまともにモンスター召喚するわけではないのですね。わかってましたけど・・・
「そのシャーレ培地にあるツブツブがそうなんですか?ホムンクルスって普通は人型、変わっていても動物型だと思っていましたが・・・群生するナニカというのは珍しいですね」
「うん、ホムンクルスってどうしても寿命短くなるからさ、繁殖力の高い形を模索したんだよね、その結果がこの細菌型ってやつ。魔物氾濫用だから繁殖に制限かける必要ないし、子孫まで支配下に入る眷族化をかけても元が肉眼で見えないくらい小さい生き物だとほとんどDPはかからなかったよ」
確かに元がどう強化しても何もできなさそうな弱い生き物であれば、ゼロに何を掛けても変わらないようにどんな強化をかけても消費は知れているでしょう。しかし・・・
「目に見えないほどの小さい魔物を放ったところで、何ができるというのですか?周りに人っ子1人いないというのに」
「だから魔物氾濫用なんだよ。この子たちにはこれから西大陸全域で猛威をふるってもらいます。
この子たちの戦闘スタイルは寄生型なんだよね。鳥と人の喉から肺・気嚢にかけて取りついて、そこで繁殖するんだ。まあ取りついても何ができるわけでもなく、免疫システムにやられたりとかするんだけど、それでも数を増やして咳と共に空気中に散布され、他の個体に乗り移ろうとするのさ。
そうやって広まっていく中で、老人とかの弱った個体には免疫システムの暴走や痰による呼吸困難によって命を落とすものも出るんだよ。そうやって戦争ノルマを果たしてそこからDPをいただくって寸法さ」
老人等ですか、弱いところを狙い撃つのがマスターらしいと考えるべきでしょうか?普通は沢山DPが得られる強者を狙うものなんですけどね。
「あ、弱くておいしくない獲物ばっかり狙うって考えてるでしょ?数で勝負すれば馬鹿にならないんだよ?僕の予測だと大体感染者の致死率は1%切るか切らないかぐらいになるんだけどね〜1地方10都市100万人に感染が広がれば1万人が死ぬことになるんだ。
この子たちは鳥や人の体内にいるから、都市の結界に阻まれることなく侵入できるからね、普通の魔物氾濫とは死者の桁が3つぐらい変わるのさ」
そんなに・・・
「さらに言えば、この魔物氾濫は初動が上手く行けばもう終息しないんだよね。だから僕たちは放っておいても光の神々の勢力に向けて攻撃し続けている扱いになるんだ。
だからまたしばらくは外の世界のことは忘れて引き込もれるって寸法さ」
そういいながら、用意した餌台の上にシャーレ内の培地を撒き、その上に餌となる豆を置いたところ、そう時間をかけず羽休めに立ち寄った渡り鳥達が培地ごと啄んで行きました。
「よし、鳥糞のリン目当てで毎年餌台作っていたから特に警戒されずに仕込みができたよ。あとは半年後に東大陸向けの仕込みをすれば完了だね。猛威を振るうよう祈ってるよ〜」
「そんなに上手くいくのでしょうか?まぁ駄目ならペナルティDPを支払うのですから、しっかり働きましょうねマスター」
「わかったよ〜。油断しないで堅実にいこう」
この時放った人造生命が他のどのダンジョンマスターよりも戦果を叩き出すとは、この時の私には全く予想できませんでした。
――― 30年目 ―――
「さて、準備はいい?忘れ物はない?」
「大丈夫ですよマスター。そもそもすべて持っていくのですから」
30年引きこもっていた海域から初めて移動するとはいえ、ダンジョンごとすべてまとめて動くのですから、準備もなにもないでしょうに。
「それもそっか、コツコツと積み上げてきたものが形になって良かったよ。いよいよもってダンジョンには見えない様相になってるけどね」
・・・確かに、葛がびっしりと生い茂っている帆船など、モンスターと思われることはあってもダンジョンとは見抜けないでしょうね。
「うん、いい出来だと思うよ。全長60M、全幅15M、3本マスト縦帆で二層甲板に船首楼三層、船尾楼四層というこだわりの大型スクーナーに仕上がったねぇ。
しかも船員は無しで、藤だけで動かすことができるときた」
「・・・結局、私以外のモンスターを召喚することなくここまで来ましたね・・・」
「人造生命がいるよ?今も両大陸で適度に暴れてるし」
「アレは創造したのであって召喚はしていないでしょう。そもそもダンジョン内の話です。罠も魔物もいないクソ雑魚がずっと生き残ってるのが前代未聞なんですよ」
そもそも戦闘力ゼロで生き残るのも異様だというのに、帆船内に九層、船外海域を一層で合計十層までダンジョンを拡張して格をふたつも上げるところまで行ってしまいましたからね。
「その分きみの強化に費やしてるんだからいいでしょ~。【緑魔法】と【分体】は気に入らなかった?」
「えぇ、言いたいことは沢山ありますよ。元々使用できる緑魔法をさらにスキル習得する意味はどうなんだとか、いい加減戦闘に使えるスキルを付けないのかとか」
あきれ交じりの声で文句を言うと、心底心外だといわんばかりの顔で反論してきました。
「え~スキルで強化したことで緑魔法を極めた先の領域にたどりついたんじゃん。ほぼ消費無しで動物のようにツタや根を動かせるようになったし、世界樹でもなければ生み出せないようなやべぇ蜜やら雫やらも造り出せるんだよ?僕の錬金術とあわせてエリクサーの量産が可能になったのに何が不満なのさ?
それに【分体】を組み合わせて樹人もどきを生み出せるんだから、戦闘だって何とかなるし」
結局私ひとりで戦うことに変わりはないですよねそれ。
「私はただの樹妖精だってこと忘れていませんか?いうなれば中層エリアに出没する雑魚なんですから、転移者どころかちょっとした熟練冒険者を相手にすることもできませんよ」
私は当然の懸念を口にしたのですが、マスターは深いため息を吐いています。
「比較対象がいないからその気持ちもわからなくはないけど・・・ダンジョン九層分に依代を展開させた樹妖精って聞いたことある?多分君より強い同族は世界そのものたる世界樹を依代としている緑の女神だけじゃないかなぁ。
しかもそのダンジョンだって君の体から生み出されたようなものだし、君は雑魚モブAではなく緑魔法を極めた世界有数の強者『藤姫』なんだと自己認識を改めておいてね」
そんな大げさな・・・確かに今の私はダンジョンボスなのですし、普通の同族よりは強いでしょうけど。
「実際ね、いまこの船を構成している木材は君の剪定した枝をダンジョンに取り込んで加工したものだからね。取り込んだ段階で”木材”となって竜骨やら板材やらに加工できちゃうのはダンジョンの不思議機能だけどさ、帆も綱も接着剤も君の葉・蔦・樹液からできてるからね。
釘なんかの金属類にしたってさ、君の根が海水から長い時間をかけて集めたものが材料なんだし、この船そのものが君の力を現しているんだよ」
「なんか煽てて誤魔化そうとしないでください・・・DPには余裕が出てきたんですから、戦闘向きの魔物を召喚すればいいのに」
気恥ずかしくなった私がそうこぼすと、マスターが一転して真剣な顔で考え込みました。
「今DPに余裕あるのはエリクサー変換の影響が大きいから・・・最悪あと20年しか使えない手段をあてにすることはリスク管理上あり得ないんだけど、藤がここまで戦闘に不安を感じているとなるとサポートする部下を付けるべきか?
いやしかし改変後に現状の維持DPが稼げるかも不透明なのに、さらに維持コストを増やすのは・・・でもここからは他者の接触が想定されるわけだし・・・」
あぁ、常に笑みを絶やさないかわいらしいお顔が、憂いに曇ってしまいました・・・
違うのです、困らせるつもりなどなくて、私はただ不安だったので話を聞いていただきたかっただけなのです。
「ん?あぁ悲しませちゃった、ゴメンね。大丈夫だよ、藤は強いから。僕が保証する。でも不安が治まらないなら戦闘支援する部下をつけようか?」
「いえ、大丈夫です。マスターを信じます。一回も戦闘していないので根拠なく不安がっているだけですし」
「そうだね、藤は偉い子だ。まずは樹人つかって戦闘を一回経験してみよう!やばかったら逃げられるよう準備しておくから、初陣こなしてからまた考えようね」
また私に笑みを向けてくださいました。そうです、私をここまで育てていただいたマスターを信じないでどうするのですか。
「(まぁそれで藤も自分が戦闘力でもバケモノだと理解するだろうからね。最悪砲撃で木端微塵にすればよし。
藤ってば僕が想定していた以上に有能だからねぇ。海から硫酸イオン集めて硫酸を、空気から窒素を集めて硝酸を作るとか想定外だったよ。おかげでこの船の武装はニトロセルロース火薬をつかった木砲に樹人や弾ける果実を弾丸にして発射するなんて代物になったし、ハーバー・ボッシュ法どころか産業革命も工場制手工業すら未発達のこの世界では異物ってレベルじゃないけど)」
「なにかおっしゃいました?」
「いや~なにも~。さて、それでは西大陸に向けてしゅっぱ~つ!」
こうして私たちは長らく続いた引きこもり生活から、あらたな環境をもとめ旅立ったのです。
なお、海賊船を相手にした私の初陣はまったく問題がなかったことを付記しておきます。
海賊船って樹人一体で制圧できるものなんですねぇ。
――― 50年目 ―――
「はい、結果発表~」
マスターがわざわざ手製の太鼓を叩きながら、ご機嫌な様子です。
「というわけで、僕たちがダンジョンマスターとして投入されて50年!1サイクルが完了して次のダンジョンマスターが投入されました!!
それで僕ら世代のリザルトが出たんだけど・・・残存ダンジョンは、僕含め4か所でした~」
「20余りから随分減りましたね」
「そうだね~特に初期DPのよかった地点をとった奴らは、早々に全滅したみたい。転移者が投入される5年目まで持たなかったんだってさ。
まぁ冷静に考えれば毎回そこにダンジョンが作られるわけだから、そりゃ警戒されるよね~」
「つまり最初の場所取り競争は罠でしかないというわけでしたか。生き残ったダンジョンはどういった特徴があるのですか?」
「生き残ったのは"彷徨える旅鴉"・"偽りのオアシス"・"雪庇の隠れ家"・"峠の怨穴"、基本的に交通の便が悪いところだね。ほかには係争中の国境みたいな複数勢力が争っている場所もいい線行ってたんだけど、"峠の怨穴"以外は結局やられちゃったみたい」
海・砂漠・雪山・国境ですか。たしかに人里から大きく外れていますね。
「みんなダンジョンの外に大きな縄張りを作っているのが特徴だね。そこから獲物をダンジョンに引き込んでいるのさ。"偽りのオアシス"は装甲蟻で隊商を、"雪庇の隠れ家"は雪女で狩人を、"峠の怨穴"は鏡像獣で山賊や敗残兵をそれぞれ拉致してDPを稼いでいるわけ。
多分だけど、みんなダンジョンの位置どころか存在すら知られていないんじゃないかな」
「生き残るためには人間に目をつけられないのが一番大事なのですか。私たちも拉致こそしませんけど・・・」
「買ってきてるしね~。今の僕らは奴隷交易商船団にしか見えないでしょ~。エルフが奴隷商人やってるっていうのがちょっと変わり種だけど」
エルフの話題になって思わず渋面を作ってしまいました。
「なに?まだエルフたちに慣れないの?ダンジョン内に人が住むケースもない訳じゃないんだし、この船に乗せているわけじゃないからいいでしょ?」
そう言ってマスターは船窓から港に接岸している2隻の船を見ています。
「えぇ、ちょっと彼らの崇拝が・・・相手が違うでしょうに・・・」
面白そうな顔しないでください。
「仕方ないでしょ~、彼らはダンジョンに住んでるなんて知らないんだからさ。
故郷を滅ぼされ奴隷に落ち売り飛ばされる運命にあった蔦の氏族を救い、居場所を与えてくれた葛の樹妖精!!そりゃ祖霊の顕現にしか見えないでしょ、崇拝するでしょ」
「全てマスターのおかげなんですよ?私は指示通り動いただけですし。だというのに彼らはマスターの存在すら認識していないんです」
「いや認識されると僕が困るからね?討伐対象だからね、僕は。知られないほうがいいのさ。それに・・・」
マスターが唐突に私の正面に立ち真面目な顔をして、やさしく語りだしました。
「藤、彼らの信仰を受け取りなさい。彼らはもう君しか頼るものはいないんだ、導き救う経験は必ず君の糧になる。
そうやって僕以外とのつながりを作っておくんだ。それが君のためであり、僕のためにもなる」
「マスターのため・・・ですか?」
「そう、今はどうなるかわからないけど、悠久の果てに独り立ちすることがあるかもしれない。もしそうなったときにこれから育んでいくつながりとそこから得られる経験は君を導く光になるだろう。
実際そんな事態にはならないかもしれないけど、万が一そうなった時に安心できるようにしておきたいんだ。おちおち眠っていられない状況はいやだからね」
マスターの瞳には、またいつもの可愛らしいお戯れを・・・と笑い飛ばせない真剣さがありました。
「そ・・れは・・・マス・・ター・・が・・・・討・・伐・・され!!・・・」
思い当たる事態を想像するだけで、視界が真っ黒になっていくのを止められません。
「そう、落ち着いて聞いてね。僕らダンジョンマスターは所詮闇の神々による歪な被造物。殺せば死ぬんだ、最悪の状況を想定しないでおくことは僕の性分からして無理だからね」
「嫌、嫌です!そんなことおっしゃらないで!!」
「大丈夫、僕は死なない、死ぬつもりはない。ほんの僅かな可能性であっても対策を考える僕の悪いクセが出ただけだよ。心配かけてゴメンね?大丈夫だから・・・」
その優しき言葉に嘘は混じっていないのでしょう、しかし言い知れぬ不安をぬぐい去ることは出来そうにないです。
「不安で哀しいんだよね、わかるよ。でも聞いて、もし僕が何者かに捕らわれの身になったら?助けてくれないの?」
「え・・・」
「もしそうなったとき、今の藤の様子を見ると自分で判断して助けに来るのは難しいかなぁ?
だからね、安心して助けを待てるようにしたいんだ。協力してくれる?」
いつのまにか普段のちょっとおちゃらけたような口調に戻ったことで、私も少しずつ落ち着くことが出来たようです。
「そう・・・ですね、今のままじゃいけないということを実感しました・・・でも!軽々しく居なくなるようなこと言わないでください!凄く、凄く怖かったんですよ!!」
「ゴメンて。僕もちょっとナイーブになってたんだ。
だって見てよ、この雑な改変!引きこもり出来ないようにルールの穴を塞ぎに来ることは予想してたけどさ~、単純に全アイテムのDP変換を禁止するだけとか雑な仕事にもほどがあるでしょ~。絶対全体への影響とか検証してないよコレ~」
先ほどまでと一転して、ぶーたれた顔で不満を言われましても・・・まぁそのおかげで私も調子を取り戻せました。
「はいはい、予想の範囲内だったんでしょう?DPの稼ぎ先は奴隷交易にシフトしているのだからよいではないですか」
「それに今回投入されるダンジョンマスター達だってさぁ、僕ら世代のリザルト確認してないの?条件いいからってみんな5年以内に討伐された場所ばっかり選んじゃってさ~」
「今回の8名は・・・ご愁傷さまです・・・」
「いやもう僕らの前から何世代もこんな調子なんだよ?もう運営やる気ないってこれ~赤字じゃないからって惰性で続けてるだけになってな~い?」
「たとえそうであっても私達のやることは変わりありませんから。僚船の商品積み込みが完了しました。出航しますよ!」
エルフたちに提供している船もこの船と同型のダンジョンの一部で、私が生い茂って操船しています。マスターの相手をしながら3隻の帆船を操るという並列処理にも随分慣れてしまいました。
これからは少しエルフたちとの自主的な会話、交流を深めていくとしましょう。最後の方は茶化していましたが、私に必要なことだとマスターが判断しているのですから。
――― 250年目 ―――
「この先にある森が我らの故郷、追われし地にございます。
ここまで我らを導いてくださった藤姫様に感謝いたします。これからも我らと祖霊がともにあらんことを」
村長(予定)の祈りに応える形で、随伴している樹人の枝先に小さな現身を出現させます。
妖精サイズですが、見た目は私と遜色ない姿をしています。
エルフたちの信仰を受け止め、交流を深めるようになってから出来ることが劇的に増えました。
スキル追加などのダンジョン機能による強化を行っていないにもかかわらず、緑魔法のさらなる極み、現身の作成、ダンジョン領域外への繁茂、大量の樹人・現身の同時並行操作、依代群生全体の知覚認識情報の一括処理、群生間で共有するアイテムボックスなど、普通の樹妖精ではとても出来ないようなことを自在に行えるようになっています。
「長、感謝にはまだ早いですよ。これから他の氏族や魔物との争いが待っているのです。私の本体は遠い海上にある以上、貴方達の奮闘が結果を左右するのです」
「はい、承知しております。皆、藤姫様のために命を懸ける覚悟です。しかし、我らを追いやった杉の氏族にあっては祖霊が顕現しておらず、藤姫様の御加護がある我らの敵ではありません。それに人族の支援もございます、必ずやこの森に根付くことがかないましょう」
「その通りだ、『蔦の聖女』よ。われら辺境伯領の危機を救ったそなたには感謝しかない。花粉症なる病をわが領に振りまく杉のエルフ共は我らにとっても滅すべき敵である。そなたが快適に過ごせるのであればこの森を焼き尽くしても構わぬ」
大柄な偉丈夫である辺境伯様が豪快に笑います。彼らとは数年前にどこかのダンジョンからの魔物氾濫で全滅寸前のところを助けて以来の付き合いになります。
手足が吹き飛び今にも死にそうなこの御仁をマスター謹製のエリクサーで完全回復させた縁で、彼の領内に私の依代が根付くことになりました。
それで現身をつかって領民の困りごとを解決しながらのんびりと繁茂していたら、どうやら教会から列聖されたらしく、彼らの信仰も受け取ることになりました。
・・・いいのでしょうか?私、魔物ですよ?そう思って教会関係者に聞いてみたところ、前例もあるし問題ないとのことでした。回復魔法を使うスライムが戦士達と共に旅をし、遂には魔王を討ち果たしたことで列聖し幸せに暮らした逸話があるそうです。
「はぁ、ありがとうございます?でも焼く必要はありませんよ。杉は私が絡みつくには丁度いいですし、辺境伯領に花粉が届きそうなエリアはしっかり伐採しておきますから」
「そうか、わかった。困ったことがあれば遠慮なく言うのだぞ、そなたへの借りはいまだ返し切れていないのだからな」
信仰という形ですでに十分受け取っているのですが。私の元にいるエルフたちと友好的に接してくれている事もありがたいのです
「藤姫様、これよりこの地から”開拓”を開始いたします。お心安らかに根付かれますよう」
「わかりました、これより予想される妨害・苦難を皆で乗り越え、故郷の地を取り戻しなさい。私は貴方達と共にあります」
「はっ!お任せください!!」
――― 同時刻 ―――
「というわけで蔦の氏族の故郷奪還は順調に始まりました。マスター」
「りょ~かい!この調子でどんどん信者増やしちゃってね。頼りにしてるよ」
マスターは私に信仰が集まるのがうれしいのか上機嫌です。
私としては彼らの信仰はマスターに向かうべきだと考えているのですが、マスターは表に出ることを好まず、ひたすらダンジョンの概念や理屈、世界との関わりを調査して過ごされています。
その成果として信仰をDPに変換する手法を発明され、もうここ30年以上人を斃してDPを得ておりません。
もともと存在を知られない事を戦略の柱にしていたこともあり、マスターの存在を知るものは私だけです。その事実が悲しくもあり、独占出来てうれしくもあり。
比べて私は様々なところで知られる身となりました。蔦の氏族の女神、聖女、大商人達の主人たるもの、大海の覇者、魔物氾濫喰い、森の侵略者等々。
有名になるにつれて雑事も増えてしまいましたが、マスターのお力と私の成長がそれを補い、個人的にはマスターとゆっくりした時間を過ごせています。
「次の調査研究は、魂の輪廻についてやるよ!目指せ輪廻樹の領域!!」
あぁ・・・このぬるま湯のような幸せな時間が悠久に続きますように・・・
――― 450年目 ―――
「藤、君との契約を破棄するよ。いままでダンジョンボスお疲れ様」
「え?マスター?なんの冗談です?」
いつものような朗らかな笑顔でとんでもないことを言い出しました。
「残念ながら冗談ではないんだ。ここからの僕の旅路に君を連れていくことは出来ない。君や、君を信ずるもの達の為にもね」
「・・・どういうことです?さすがに怒りますよ?」
マスターは突然何を言い出すのでしょう・・・わ、私になにか不手際でもあったのでしょうか・・・
笑顔を張り付けたままのマスターは、最近はあまり触ることのなかったコアの元へ行き、なにやら作業を始めました。
「・・・これでよし、僕およびダンジョンコアと藤とのつながりはなくなったよ。君は僕に縛られず自由に世界へ羽ばたいてちょうだい」
マスターとのつながりが!?どうして!?船とはつながっているのに!?ダンジョン階層ごと切り離した!?
「嫌です!!どうしてこのようなこと!?」
私の叫びを聞いてもマスターの笑顔が崩れることはありませんでしたが、代わりにダンジョンコアそのものが、ゆっくりと崩れ始めていました。
「マスター!?コアが!?」
「うん、そういう事。間に合ってよかった、君との付き合いは永いけど、さすがに黄泉路に付き合わせるわけにはいかないからね。
逝くのは僕だけでいい、君を支えてくれる信者たちがいるからね」
なぜ!?どうして!?何が起きているの!?
「ここ数世代はシステム全体で赤字が続いていたからね。遂に神々も損切りを決断してシステム維持を放棄したのさ。
となれば神々によって作られた歪な被造物である僕たちは灰に還るわけだよ。つながっているダンジョンやモンスターごとね」
「そ・・・れで、つながりを・・・切・・った・・・の・・・ですか?」
ダンジョンコアが破壊された場合、つながっているダンジョン、モンスター等は連動して滅びに向かいます。
たしかにコアを切り離せば残りのダンジョン階層やモンスターは崩壊を免れるでしょう。
しかしマスターとコア無きダンジョンなど死んだも同じです。管理する者がいなければ遅かれ早かれ破滅してしまいます。
「そうだよ。幸いにもこのダンジョンには藤がいてくれる。君なら人々の信仰を糧にDPなどという歪なシステムに頼ることなくダンジョンを管理発展させて、人々を導いてくれると確信しているからね。僕は憂いなく去ることができる」
「そんな・・・ではあなたもコアと切り離せば!!私ならコアの代わりが出来るんでしょう!?」
私の悲痛な叫びにも、マスターは笑みを崩すことはありませんが、哀しい声色で諭すように語りました。
「ゴメンね、それは無理なんだ。僕は君たちと違ってまともな魂がないから、神々のシステムがなければどのみち灰となって散ることになる。
輪廻を調べて理解ったことなんだけど、闇の神々は異世界から魂を持ってきていたわけではないんだよ。異世界でやっていたのは霊基構造の読取だけで、その情報をもとに模倣再現したモノが僕たちダンジョンマスターの魂モドキになったのさ。
まぁつまり転生なんて嘘っぱちでさ、模倣元の僕は異世界でそのまま平凡に生き、普通に輪廻の輪へ帰っていったと思うよ」
「では・・・神々がシステムを放棄すれば・・・」
「そう、僕の魂モドキも散り散りになるだろうね。でもまぁ、不思議とどうにかしようだなんて足掻く気にはならなくてね、これが僕の寿命なんだと腹落ちしてるんだ、僕の模倣元は人間だからね、450年は生き過ぎだよ。
それに心残りみたいなものもなくてね、やり切った達成感で満たされているんだ。それはたぶん藤、君のおかげだ」
「わ・・たし・・の?」
「僕は重箱の隅をつつくように念入りにルールを精査した上で、やりたい放題やって愉しむようなどうしようもないヤツだからね。周りがどれほど振り回されようがお構いなく。
そんな僕が最期の刻に『僕は、僕の求めるままに我がままに、愉しく生きて、死んだぞ』なんていう境地に至るとは思っていなかったよ。
それはどんなに振り回されようとも、頭のおかしいことを言っていようとも僕を理解しようと努力し、寄り添い、ついてきてくれた君なくしてはあり得ないことだった。
藤、僕にとって君は大切な相棒であり、一緒に馬鹿をやる親友であり、成長を楽しみにする愛娘であり、生きる意味をもたらす灯火であったよ」
「マスター・・・お体が・・・」
マスターは笑顔を崩さない代わりに、体全体が少しずつ崩れてきています。終わりが近いというのが明らかにわかるのに、動じることなく懐からひとつの紙片を取り出しました。
「さぁ、お別れだ。君は僕というシステムの軛から解放され、この世界で君を信じる者たちから力を得て神と成る。最後に餞別を残しておいたよ。受け取るも打ち捨てるも君の自由だ。君のこれからの神生に幸あれ・・・」
その言葉を最後に、遂にマスターの全身が崩れて灰になり、舞い散っていきます・・・まって!いや!いかないで!!おいていかないで!!
――― 45?年目 ―――
半狂乱でマスターであったものをかき集め続け、どのくらい経ったでしょうか・・・
いまはもう私しかいないこの船の中は、これほどの哀しみにあふれているというのに、外の世界は神々の手じまいによる混乱から脱して平穏を取り戻しつつあります。
可笑しいのは、この事態の収拾に最も貢献したのが私だという事実。狂って壊れることと求められる自分であることを同時に満たせる己の並列思考を恨めばいいのか感謝すればいいのか・・・
どうやら私は旅立つ創世の神々と別れ、この世界を憐れみ一柱残った救世の女神とやらに成ったようです。
マスター、貴方はいまの私をみてどのように愉悦うのでしょうか?ふと手元の紙片、マスターの最期の餞別に目を落とします。
『君の成長を見届けた証として、神としての忌み名【亜狭間不二比売尊】を贈る。君は僕にとって無二の姫であったよ。願わくば幸せに過ごさんことを』
・・・幸せになんて、貴方抜きでは無理です・・・
こうしてずっと哀しみに狂っていたのですが、少し時間がたったことで別の感情も生じ始めました。怒りです。
そうです、あの人勝手すぎますよね、さんざん自分勝手に愉しんだ末にいきなりいなくなるなんて!
何も知らず輪廻を繰り返すだけだった私を散々弄び、もう(輪廻に)戻れないような神格にしておいて!
私は心も樹木も貴方に寄り添って来たというのに、貴方にとって私は親友!娘!!
これはどうにかして私の訴えを聞いてもらわないことには収まりません!
決めました!マスターには戻ってきていただきましょう!!魂モドキ?歪な被造物?関係ありません。闇の神々に作れたものです、私に出来ない道理はありません!
幸い時間だけはたっぷりあるのです、逃げ去った闇の神々を追い、マスターの残滓をくみ上げ、改めてマスターの模倣元を調べなおせば復活も不可能ではないはず!!
そうして私は決意をあらたに、この世界の運営ルールの構築から取り掛かることにしました。
――― ???年目 ―――
「なぜ君とあの世界がいまだに存在しているんだい?わけがわからないよ」
私の蔦にからめとられたぬいぐるみ様の不可解生物がうめき声と共に言葉を零します。
「あなたの問いに答える必要はありません。立場をわきまえなさい、問うのはこちらです」
マスターが私たちの世界に造り出された際の説明役を果たした神。
長い時をかけ、複数の世界に根を伸ばし管理し、遂に捕まえることに成功しました。
「まずは私の問いにYes or Noで答えなさい。その他の発言は許可しません」
いかに神の間で嘘が通じないとしても、会話での質問では意図的に情報を隠す欺罔を防げません。マスター曰く、この獣はそういう手法にたけているとのことですから、基本的なところから一つずつ追い詰めていきましょう、魂の製法にたどり着くまで。
――― ????年目 ―――
<<よいな!接触は最小限じゃぞ!!>>
「わかっています。この世界への影響は極力抑えていますから。この現身は人間と変わりませんよ」
この世界の管理者からのメッセージを聞き流しながら教室へ向かう階段を上っていきます。
模倣元のマスターがいる時間軸、そこに現身を潜り込ませて霊基構造の読取を行う。
そのために動かす因果の量を調整するのに苦労しましたが、その甲斐あって短い間ですが接触できる立ち位置を手にしました。
「みなさん、本日から教育実習生としてお世話になります、浅間藤子と申します。短い間ですがよろしくお願いしますね」
彼の居る教室に入り、挨拶。居た!もう懐かしいと感じる崩れぬ笑顔が私を射抜きました。
・・・これは平静を保つのが大変です。立場上皆に平等に接する必要がありますので、彼をさらってしまいたい欲望との闘いとあわせてかつてないほどの精神力を要しますねこれは。
そうして2週間ほど、彼を近くで観察できてマスターの再生に必要となるであろう霊基情報の収集を完了しました。
ここで新たに判明した事実として、彼はいまの現身のようなオトナのおねえさんが好みらしいということ。
またこの学校には藤棚があり、そこの藤の精と話をしたところ、藤の精は総じていわゆる重い女であり、マスターが藤のようになってほしいと名付けした以上、わたしが重い女になることは想定されていたはずだということ。
これはいい情報を得ることが出来ました。
――― 時間とかそういうモノを超越した次元 ―――
いよいよです。
大丈夫、私がやれることはすべて行いました。
「・・・必ずやマスターは戻ってきます」
私はダンジョンコアがあった場所に大きく生った実を仰ぎ見ながら祈るようにつぶやきました。
おかしいですね、今の私が何に祈るというのでしょう。いや、そうでもありません。思えば私自身の祈りや信仰は常にこの方に奉げられていました。
その祈りの対象が、遂に今結実するのです。
「マスター、戻ってきてください・・・」
その言葉に応じるように、実が割れ、なかからひとりの男性が現れました。
「・・・ここは?・・・僕は消え去ったはずじゃあ・・・」
マスターです!!私にはわかります!!あのときお別れしたマスターが、ついに私のもとに帰ってきてくれました!!
「マスター!!お体は、お体は異常ありませんか!?」
「藤?・・・だよね?どういうこと?体は・・・なんともないと思うけど、僕は何で生きてるの?」
よかった!私の今までの頑張りは無駄ではなかった!!
「マスター・・・話したいことが沢山あります・・・けど・・・まずは・・・」
私はこぼれ落ちる涙をぬぐいながら、満面の笑顔でマスターを抱きしめました。
「おかえりなさい!!」
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