答弁スキル、異世界で火を噴く
岩破繁、五十八歳。
長い政治人生で残した実績は「説明資料の厚さだけは日本一」「質疑で時間だけを溶かす男」と揶揄された程度。
そんな彼が、今――藁敷きの荷馬車の上で目覚めた。
「……む? ここは委員会室か? いや、椅子が固い……?」
そして視界には金髪の神官少女。
「召喚に成功しました! 勇者様、我が国を救ってください!」
「ふむ……救う、ということですがですね……その、まずは状況を広く、俯瞰的に――」
少女は深く頷いた。
「状況を俯瞰してくださるんですね!? なんて頼もしいお言葉……!」
――その瞬間、彼の頭に機械音声が響く。
【スキル発動:《パワー・オブ・スピーチ》】
発言内容を“好意的に解釈”させる力。信頼+120%。
「……ほう。異世界では、私の答弁が役に立つらしい」
こうして――日本では無能扱いだった男が、
異世界では“説明だけで最強”の存在となる物語が始まる。
荷馬車がきしみながら街道を進む中、岩破繁は少女――リリアと名乗った――から、この国が置かれている危機を聞いていた。
「……つまり、“魔王軍”というのが攻めてきておるわけですな?」
「はい……。近隣の町はすでにいくつも占領され、王都まであと三日も保たないと言われています……」
「ほうほう……なるほど。実に由々しき事態でありますな」
岩破は腕を組み、重々しく頷いた。
もちろん、危機の深刻さを理解しているわけではない。
だが“わかったふうに頷く”ことだけは、長年の政治活動で鍛え上げられていた。
その瞬間。
【スキル効果:威厳+20%】
リリアはうるんだ目で岩破を見つめた。
「さすが勇者様……! 状況を一瞬で理解されたのですね……!」
「……まあ、概ね、把握したということであります」
【スキル効果:信頼度+30%】
説明している本人が最も理解していないのに、信頼だけが増していく。
この世界の仕様は明らかにおかしい。
◆ 王都への到着
やがて馬車は高い城壁に囲まれた王都へと辿り着いた。
衛兵たちは最初こそ警戒したが、岩破の長い自己紹介を聞き終わる頃には、すっかり態度が変わっていた。
「な、なるほど……つまり……ええと……その……」
「ご理解いただけたようで何よりです」
「……はい! よく分からないけど納得しました!!」
【スキル発動:相手の理解力を“納得力”に変換】
【結果:議論が成立したような気分になる】
異世界の王城へ向かう岩破を、リリアは誇らしげに見上げていた。
◆ 緊急対策会議
王城の大広間では、重鎮たちが険しい顔で集まっていた。
「勇者召喚に成功したと聞いたが……本当なのか?」
「本当にこの老人が……?」
「弱そうだぞ……?」
ざわめく会議室。
その空気を一刀両断するかのように、岩破がゆっくりと席に着いた。
「では、まずはご挨拶をば――」
そこから始まったのは、三分間の自己紹介だった。
名前、出身地、略歴、趣味、現職(※もう失職している)、
家庭菜園へのこだわり、夜食にはうどん派であること――
必要な情報より、必要でない情報のほうが圧倒的に多い。
しかし……。
「……なるほど。つまり勇者殿は“全体を俯瞰して行動するタイプ”ということか!」
「素晴らしい! そんな勇者を召喚できたとは!」
「この方こそ、我が国を救う器量を持つ男だ!」
なぜか大絶賛が起こっていた。
【スキル効果:説明が長引くほど、相手の評価が上がる】
【付与効果:理解したような錯覚に陥る】
岩破は咳払いして、さらに言葉を続けた。
「私としてはですね……まず、“魔王軍への対応方針”をですね……
しっかりと議論しつつ、将来的にはその方向性を前向きに検討し……」
「おお……!」
「素晴らしい……!」
「そんな考え方があったとは……!」
もう誰も、彼が何を言っているのか理解していない。
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◆ 会議の結論
「……というわけで、我々としては“前向きな勇者派遣”を行うことを確認したのであります」
「異議なし!」
「異議なし!」
「異議なし!!」
【全会一致で可決されました】
かくして岩破は――
「魔王軍討伐部隊・最高責任者」
という、とんでもない役職を任されることになった。
本人が最も驚いている。
「……む? わし、そんなつもりで喋っておったのか?」
「勇者様のご決断、本当に感謝いたします!!」
リリアに深く頭を下げられ、岩破は頭を抱えた。
「……これは、思ったより面倒なことになってしまったかもしれんな」
異世界での“答弁無双”は、まだ始まったばかりである。




