6.襲撃
――バンッ!
突然、廊下の奥の扉が勢いよく開いた。
「シュリ!」
「うわぁっ!?」
驚いた拍子に、私はウェインの手を振り払ってしまう。
え、なになに? また敵!?
視線を向けると、そこにいたのは――金髪の王子・エドワード。焦ったような顔をしている。
「エドワード?」
「シュリは無事!?」
そう言うなり、エドワードはずかずかと近づいてくると――。
ガシッ!
「うわっ!」
思いっきり抱きしめられた。
「え、ちょっ――」
「襲撃があったって聞いて……!」
おまえの母さんのせいなんだけど! と言おうと思ったけどやめておいた。
この様子からして、エドワードは何も知らないっぽい。
「えっ、いや、大丈夫だから!」
腕の力が強すぎて、抜け出せない。バカ王子、じゃなくてバカ力王子め! そのうえ、近すぎる!
「王子、離れてもらえますか?」
静かで丁寧だけど、低くて冷えた声がした。ウェインの声だ。
あ、これ絶対ヤバいやつ。
エドワードに抱きしめられたまま、私は顔を上げる。そこには、ウェインの鬼みたいな視線があった。空気が一瞬で氷点下。
めちゃくちゃ怖い顔してるじゃないですか!!
「え?」
エドワードもウェインを見上げ、眉をひそめる。
「シュリを抱きしめるのに、お前の許可が必要なのか?」
「必要ではないが、俺の目の前でやられるのは不愉快だ」
ウェインの言葉に、エドワードがしぶしぶ腕の力をゆるめた。
「そんなおっかない顔しなくてもいいじゃないか」
「あははは……」
とりあえず腕の隙間から逃れておく。解放されてよかった。
けれど、何だか嫌な予感がする。
エドワードは私の肩に手を置いたまま、にっこりと笑った。
「シュリ、今度また僕と剣の訓練しないか?」
「は?」
「君の剣の腕、もう一回見てみたくなった」
これ、絶対面倒くさい展開になるやつだよね?
ウェインの静かな怒りと、エドワードの能天気な笑みの間で、私はため息をつくしかなかった。
***
その夜。
一度はベッドに入ったものの、結局眠れずに、訓練場に戻って木剣を振っていた。
足りない。もっと強くならなきゃ!
教会だろうと女王だろうと、敵がいるなら自分の身は自分で守らなきゃ。
「焦るな」
ふいに、背後から耳慣れた低い声がした。
「っ!」
振り向くよりも早く、ウェインの手が私の木剣を奪い取る。
「ちょっ……返して!」
「ダメだ。今日はもう終わり」
「まだやれる!」
「やれるかどうかじゃない。お前の剣、さっきからブレてる」
「……」
指摘されて、頭にカッと血が上る。確かに、暗殺未遂のことが頭に残って、集中できていない。
「そんな状態では意味がない。むしろ、またケガをするぞ」
ウェインは、私の木剣を持ったままじっと見下ろしてくる。鋭い金色の瞳が、真剣な色を帯びていた。
「いいか、シュリ。強さは一日にして成るものじゃない」
「でも……」
「それに――お前が無理してるのを見るのは、正直、気分が良くない」
「え?」
一瞬、思考が止まる。
今、何て?
戸惑う私をよそに、ウェインはふっと息を吐き、私の手を取った。
「ほら、力が入ってない」
大きな手が、そっと私の指に触れる。ケガをして布を巻いてもらった指。ウェインが布を巻いてくれた指。
いやいや、力が入ってないんじゃなくて、今のセリフで力が抜けたんですけど!
「剣は、振り回すんじゃなくて、握るものだ」
「……!」
そのまま包み込むように握られる。
「今日は休め。無理に戦おうとするな」
「無理なんてしてない」
「命を守るのは、剣の腕だけじゃない。誰が敵で、誰が味方か、しっかり見極めろ」
ウェインは木剣を持ったまま、背を向けて歩き出した。
「強さだけが全てではない」
と、言い残して。
「……」
うーん。強さの象徴であるはずの騎士団の団長がそれ言うかなぁ。
ぽりぽりと頭をかく。
指先に残る温もりが、しばらく消えなかった。
***
石畳に響く鋭い剣戟の音。朝の光が差し込む訓練場で、鎧をまとった騎士たちが、黙々と剣を振るっていた。
「シュリ、お前も入れ」
低く響く騎士団長・ウェインの声。
渡された木剣を片手で持ち上げると、手のひらになじむ感触を確かめながら頷く。
「俺が相手を選ぶ。まずは――」
「団長、俺がやる!」
前に出たのは一際ガタイのいい騎士だった。肩幅が広く、腕も太い。力で押し潰す気だ。
ウェインと目が合う。「行ってこい」という目をしていた。
頷き、前に進み出る。
「いくぞ!」
大柄な騎士が振り下ろした木剣は、風を切る唸りを上げる。しかし――。
おそっ。こんなんじゃ剣にハエが止まるわ。
一歩、横に流れる。剣圧が私の頬をかすめるが、目をつぶっていても避けられそうだ。
「なっ……!」
相手が驚く間もなく、踏み込む。
――ガンッ!
木剣の腹で相手の剣を弾き、跳ね上げられた腕の内側へ滑り込む。肘で肩口を突き、バランスを崩したところで足を払った。
巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「次は?」
私は木剣を肩に担いで首を回しながら、騎士たちを見た。得意の浪人ポーズだ。
「くそっ、俺が行く!」「俺も!」
次々と木剣を構える騎士たち。最初は訝しんでいた者も、今や私を試そうと目を光らせている。
まあ、当然だよね。剣士なら、強い相手と戦いたいのは本能。わかるわかる。
「いいよ。まとめて来なよ」
私は足を引き、木剣を正眼に構えた。
すると次の瞬間、五人の騎士が一斉に襲いかかってきた。
「円月殺法!」
瞬く間に殺到する剣戟。しかし、私の足は止まらない。円を描くように刀を回し、続けざまに騎士たちを薙ぎ払う。
「ぐっ……!」「うおっ……!」
騎士たちが次々と倒れ、訓練場が静まり返る。
「なんだ、今の技は」
ウェインの声が響いた。
私は剣を止めたまま、彼を見た。
「私の世界の剣の技だけど?」
「お前、自分が何をしたかわかってるのか?」
ウェインは私の剣をじっと見つめ、険しい表情を浮かべていた。
「一方的すぎだ。ここは戦場じゃない」
その言葉に、内心しまった! と焦る。てへぺろとか言っちゃいけない空気だ。
確かに、今の私はそうだった。敵を無力化し、一撃で終わらせることだけを考えていた。剣の柄を握る手がじわりと汗ばむ。
「ごめん。つい、夢中で」
「これじゃ訓練にならん」
ウェインはため息混じりに言いながら、私をじっと見つめた。
「強いのはわかった。けどな、シュリ――無茶しすぎだ」
「無茶?」
「ああ。お前、自分のことは見えてないだろう」
ウェインの金色の瞳が、私の手元へと移る。視線を追うと、手の甲から血が滲んでいた。相手の木剣を捌いたときに切ったらしい。
この程度のかすり傷、日常茶飯事だけど。
「昨日に続き、今日もか。ケガしすぎだ」
その声は呆れたようで、それでいてどこか心配そうで。申し訳なさで少しだけ胸が痛んだ。
「すみません、団長」
素直に詫びを口にすると、ウェインは明らかに言葉に詰まった。
「あ、ああ、分かればいい。だが――」
途中で言葉を止め、ふっと目を細めた。
「お前の無茶は、見ててヒヤヒヤする」
「え?」
「自分の命を軽く扱う奴は、部下であろうと、そうでなかろうと、見てられない」
風が吹いた。私の戦い方って、そう見えてたのか。
「善処します」
政治家みたいな言葉を返し、私はようやく力を抜いた。