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4.王子

「だが……今の動きは、悪くなかった」


 ウェインが、私の頭をポンッと軽く叩く。


「これから鍛えてやろう。お前は、まだまだ強くなる」


 その言葉に、胸が躍った。


 この世界に来て居場所を失っていた私だけど、まだまだ強くなれる……!


「よろしくお願いします、団長っ!」


 私は木剣を握り直し、満面の笑顔でウェインを見上げた。


「……っ」


 なぜか、慌てたように目をそらされる。ぼそっと呟くような声が聞こえた。


「急にそんな笑顔を見せるな」


 え? 今のなに? もしかして、私の笑顔にやられちゃった?


 ――パチパチパチ。


 ふいにどこからともなく拍手の音がした。


「面白いものを見せてもらったよ」


 軽やかな声が響いた。


 振り返ると、そこには、やたらキラキラした青年が立っていた。


 背はすらりと高く、顔立ちは整いすぎているほど整っている。金髪にサファイアのように青い瞳。


 そして何より目を引くのは、彼の身にまとう、豪奢な刺繍が施された衣服。


 刺繍っていっても、「夜露死苦」とか「愛羅武勇」とか「天上天下唯我独尊」では当然ない。


 これ、絶対偉い人。つーか高貴な人。


 私は直感的にそう思った。目がサファイアとか、王子にしか許されないやつだ。


「はじめまして、聖女殿」


「は、はぁ……」


「僕はエドワード。この国の第一王子だ」


 やっぱり王子か! しかもエドワードって! 王子にしかつけちゃいけない名前、もしくは機関車ね。


 突然現れたイケメン王子。しかも、私を品定めするように見つめてくる。悪気はないのだろうけど、なんか……すごく居心地が悪い。


「君の噂は聞いているよ」


「噂?」


「不完全な聖女だとか、魔力ゼロだとか、いろいろね」


 あっけらかんと言われ、私は思わずムッとする。


「別に、聖女になりたかったわけじゃないので」


「ふふ、随分とあっさりしているね」


 エドワードは微笑を深め、私のすぐ隣まで歩み寄ってきた。


「でも、聖女とはいえ剣を振るうとは驚いた。さっきの一騎討ち、なかなかだったよ」


 その言葉に、ウェインが面白くなさそうにそっぽを向く。


「王子、褒めすぎです」


「事実を言っただけだよ」


 エドワードは肩をすくめると、再び私を見た。


「シュリ、君は本当に魔力を持たないのかい?」


 その声は先ほどまでとは違い、どこか探るような色を帯びていた。


「どういう意味ですか?」


「いや、ただの興味だよ」


 そう言って、エドワードはまた微笑む。まるで、私が何かを隠してるような言い方だった。


 何を考えているのか分からない。


 笑顔に裏があるような気がして、私は少しだけ警戒心を抱いた。


「ところで、シュリ」


 エドワードは、すっと私の前に歩み寄ると、にこやかに言った。


「君の剣、もう少し見せてもらってもいいかな?」


「はぁっ?」


「聖女の剣がどれほどのものか、確かめたい」


 そう言って、エドワードは腰に下げた細身の剣に手を伸ばした。


「ちょ、ちょっと待って! あんた、王子でしょ!?」


「王子だって剣術も心得ているんだ」


 エドワードはさらりと言ってのける。


「団長ほどじゃないけど、それなりに自信はあるよ」


「そ、そうなの?」


「シュリ」


 不機嫌そうな声が割り込んできた。見ると、ウェインが渋い顔をしている。


「こいつの誘いに乗るな」


「え、なんで?」


「面倒だからだ」


「相変わらずウェインは辛口だなぁ」


 ははは、とエドワードが笑う。


「私は別に構わないけど、王子をボコってもいいの?」


 ウェインは諦めたように肩をすくめてため息をついた。


「そう簡単にはやられないよ」


 エドワードは優雅に微笑むと、すらりと剣を抜いた。柄に豪華な宝飾の施された細身の剣。


 青空の下、私たちは静かに対峙する。


「いざ」


 エドワードが剣を構え、振りかざす――直前、私はすでに動いていた。


「え?」


 エドワードの驚く声が聞こえた時、彼の剣はすでに私の手の中にあった。


 無頭取り。相手に攻撃をさせる前に、相手の武器を奪ってしまう、まさに先手必勝の技。


「はい、終わり」


「えぇ?」


 エドワードは、剣を振るうことすらできなかった事実に硬直する。


 後ろからウェインの乾いた声が聞こえた。


「だからやめとけと言ったんだ」


「ちょ、ちょっと待って! 今のは不意打ちみたいなもので――」


「だったら、もう一度やる?」


 私は剣を返しながら、にっこりと微笑んだ。エドワードは一瞬言葉を失い、それから慌てて首を振る。


「いや、今日はこのくらいにしておこう」


「そう? 残念」


 私は木剣を下ろす。


 エドワードは悔しそうに唇を噛みながら、しばらく黙っていた。


 やがて、ポツリと呟く。


「とんでもない人だな、君は」


「ありがとうございます。それ、褒め言葉だよね?」


「もちろん」


 そう言いながらも、エドワードは苦笑いを浮かべたままだった。



 ***



 今日の訓練が終わった。私は訓練所の片づけを終え、誰もいない詰所で一息ついていた。


「……っ!」


 チクリと痛みを感じ、自分の手を見る。ウェインとの手合わせで、木剣の柄でこすれたのか、指の皮が破れて血が滲んでいる。


 大したケガではないが、久しぶりに血を見てしまった。


「ケガをしたのか」


 声のした方を見ると、詰所の開けっぱなしのドア口にウェインが立っていた。


「大したことないけどね」


 ウェインはつかつかと歩み寄り、有無を言わせず私の手を取る。


「かすり傷だな」


「だから、大丈夫だって言ってるでしょ」


 手を引こうとするが、意外にもしっかり握られてしまった。


「風邪は万病のもとというだろう。かすり傷も同じだ。甘く見るな」


 そう言って、ウェインは懐から布を取り出し、私の指に巻きつける。


「別にこれくらい平気――」


「いいから、じっとしてろ」


 低く落ち着いた声が、どこか優しく聞こえる。手に触れているせいか、幻聴か。


 心臓が耳のすぐ近くで鳴っている。見た目がどストライクの異性に手を取られて平静でいられる呪文があったら教えてほしい。


 ふいにウェインが私の顔を見つめた。


「お前は危なっかしい。だから……俺が見張ってないと、な」


 告白? いや、違う? 騎士団長様がそんなこと言っていいんですか? 天然で言ってるとしたら、生まれ持ったタラシ……天然タラシ?


 頬が熱くなるのが分かる。そんな私の心の内に気付いたのか、ウェインはニヤリと笑った。


「お前、剣の腕は立つくせに、こういうのには弱いんだな」


「な、なにおう――」


 反撃しかけたところで、ウェインの指がすい、と私の顎に触れた。


「っ……!」


「ほら、すぐ顔に出る」


 得たりという顔で笑うウェインを見て、私はカッとなる。


「……っ、もういい!」


 手を引こうとするが、ウェインは離さず、少しだけ力を込めた。


「お前の剣と俺の剣は同じだ。だから、ほっとけない」


 剣が同じ? さっきと言ってること違くない? 私の剣は戦場の剣じゃないとか何とか……。


 てゆーか、なんでこんなに近いの? 距離感バグってない?


 心臓の鼓動がうるさい。でも、ウェインは気にする様子もなく、手当てを終えた指をすっと離した。


「これでよし」


 何事もなかったように踵を返すウェインを見送りながら、私は思わず自分の指を見つめた。


 なんだろう、この感じ……。


 剣を交えた疲れよりも、今の出来事のほうがよっぽど体力を持っていかれた気がする。


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