表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/15

3.手合わせ

 ヒュン!


 目の前に、木剣が飛んできた。


 反射的に手を伸ばす。木剣の柄が手のひらに収まり――そのまま握り込んだ。


「えっ?」


 騎士たちの表情が変わる。雑用ごときが避けられると思ってなかったんだろうな。


 私は木剣をひょいっと軽く振るった。


 ――シュパッ!


 まるで、空気を斬り裂くような鋭い音。


「なっ……!?」


 騎士たちが息を飲むのがわかる。私自身も少し驚いた。


「なかなかいい剣だね」


 見た目の割に重さのバランスがいい。剣道の竹刀とは違うけれど、長年培った感覚がそのまま活かせる。


「な、なんだ……今の……」「おい、もしかしてこいつ……」


 騎士たちがざわつく。


「お前、剣を扱えるのか?」


「まあね」


「そんなバカな……魔力もないくせに……」


 なにその差別。魔力はなくても剣道全国一位の実力があるんですけど。


「信じられないなら、試してみる?」


 軽く木剣を構える。騎士たちがどよめいた。


「どうせ型だけだろ?」


 さっき私に水をかけた騎士がニヤニヤと笑って言う。


 ここしばらく稽古してなかったから、鈍ってるかもしれないけど。


「百聞は一見に如かず、ってね」


 ダンッ!


 私は、水かけニヤニヤ騎士に向かって一気に踏み込んだ。


「……ッ!」


 飛び込み突き。


 騎士はとっさに身を引こうとするが足がついてこなかったのか、思わずのけぞった。そこに木剣を振り上げると見せかけ――フェイントをかける。


「なっ……!?」


 騎士のガードが上がる。そこへ――。


 バシィィッ!


 胴打ちを叩き込む。


 一本! と、聞こえずはずのない審判の声が脳内再生される。


「ぐはっ……!?」


 騎士が吹っ飛び、背中から地面に倒れ込んだ。


「おい……マジかよ……」「たった一撃で……」


 他の騎士たちが凍りつく。


 私は木剣を肩に担ぎながら、首を軽く回した。お気に入りの浪人ポーズだ。


 やっぱり剣を握ると落ち着く。異世界だろうが、何だろうが、剣の感覚だけは変わらない。


「次は誰?」


 私は問いかけた。


 だが、誰も動かない。


「こいつ……魔力がないのに、なんでこんな動きが……?」


「魔力強化なしで、あんな剣速……?」


 魔力強化? ――ああ、この世界の人たちは魔法を使って剣を扱ってるのか。


 私のは剣道で鍛えた技だから、こっちの人たちとは違うんだな。


 その時、背後から低い声が響いた。


「何をしている!」


 反射的に振り向くと、そこにいたのは――騎士団長ウェインだった。偉い人登場。


 さっきまでざわついていた騎士たちが、口を閉じてすっと背筋を伸ばす。


 道を歩いてる時、お巡りさんとすれ違う時の姿勢だ。悪いことをしてなくても、つい姿勢をよくしてしまう。


 ウェインは金色の眼で私を見据えながら、ゆっくりと近づいてきた。そして、地面に転がった騎士を一瞥し、ため息をついた。


「雑用相手に負けるとは。ちゃんと訓練してるのか?」


「す、すみません……」


 倒れた騎士が痛そうに体を起こす。


 ウェインは私に目を向けた。


「シュリ、と言ったか」


宮本朱璃みやもとしゅりよ」


 時代劇ファンのばあ様が、武蔵か阿修羅と名づけようとしたのを、親族総出で止めた結果の妥協案らしい。親族ありがとう。


「ふむ……」


 ウェインは少し考え込むような仕草を見せると――いきなり剣を抜いた。銀色の刃が、一瞬で私の喉元に突きつけられる。


 ――はやっ!


 驚く間もなかった。彼の剣速は、他のへっぽこ騎士たちに比べてレベチに速い。


「さすが騎士団長、首を落とされると思いました」


 私は目を細めた。


「分かってて動かなかったんだろう」


 ウェインの口元が、わずかに笑みを象る。


 そりゃあ、本気で首を落としに来るとは思わないけど、反応が遅れたのも事実だ。やっぱり鈍ってる。


 ウェインは剣を鞘に納めながら、心なしか機嫌のよい声で言った。


「騎士団の訓練に混じってみるか?」


「え?」


「ここで雑用を続けるよりは、そのほうが合ってるんじゃないか?」


「いいの? まじで?」


 願ってもない申し出だった。これ以上鈍ったら全国一の名が泣くわ。



 ***



 騎士団の訓練場。


 目の前には、木剣を構えたウェインがいる。


 入団試験だか小手調べだか前セツだか知らないけど、なぜか手合わせをする運びになってしまった。


「手加減はしない。全力で来い」


 完璧な構え。隙がない。剣を合わせる前から、強いということが伝わってくる。


 私は木剣を握り直し、一歩踏み出す。


「それはこっちのセリフよ!」


 言って、一気に距離を詰めた。得意の飛び込み突き。


 ――シュッ!


 木剣を突き出す。


 ガキンッ!


「……っ!」


 ウェインが寸分違わぬタイミングで受け止めた。衝撃が腕に響く。


 私の突きを受けた上にびくともしないなんて、こいつは石でできてるのか?


「速いな。だが――」


 ウェインは私の剣を跳ね退け、懐に飛び込んで来た。


 ガンッ!


「くっ……!」


 木剣の柄が腹部に打ち込まれる。呼吸が一瞬詰まる。


 ウェインの剣は、決して派手ではない。だが、無駄が一切ない。


 私は息を整え、再び構えた。


「やるじゃん」


 私の剣筋が読まれている。


 どんな攻撃も、ウェインは完璧なタイミングで受け、捌き、いなす。


「さっきまでの威勢はどうした?」


 ウェインがわずかに笑う。楽しんでる? それともバカにしてるのか?


「くっそ……」


 乙女らしからぬ言葉が出たのはご愛敬だ。


 私は低く踏み込むと、思い切って足を狙った。


 が、次の瞬間。


 ドンッ!


「っ!?」


 視界が回転し、地面に転がる。受け身が取れたのでダメージはない。


「今のは悪くない攻撃だったが、意図が読みやすかったぞ」


 ウェインが静かに見下ろしている。


「お前の剣は、単純だ」


「単純?」


「正統で、真っ直ぐで、美しい」


「え、それ、褒めてる?」


「いや――美しすぎるんだよ」


「って、それも褒めてるよね?」


 ウェインの金色の目が呆れたように細められた。


「お前の剣は、殺すための剣ではない」


「……」


 確かに、私は剣道で鍛えてきた。それはあくまで試合のための剣。


 でも、ここは騎士団。求められるのは、戦場で生き抜くための剣だ。


「いい目になったな」


 私を見下ろすウェインの表情が和らいだ。この人は私に何かを期待しているのだろうか。


「まだやるか?」


「もちろん!」


 負けたままで終わるなんて、性に合わない。


 私は立ち上がりざま、木剣を振り抜いた。


 ――が、しかし。


 スカッ。


「えっ……?」


 ウェインの姿が消えた。


 そして、次の瞬間――。


 ドンッ!


「ぐっ……!!」


 背後から肩口への衝撃。


「お前の剣は鋭い。だが、避けられた後のことを考えてない」


「……!」


 私は剣道の試合でも一本を取ることばかり考えていた。


 だが、ここは試合じゃない。


「もう一回!」


 私は体勢を立て直し、再び構えた。


 何度も倒されながら、私はウェインの言葉を反芻する。


 攻撃が決まらないことを考える……。


 外れた後、次の一手を……。


 ウェインが再び踏み込んだ。


 鋭い一撃が肩口を狙う。


 防ぐか? いや――!


「燕返し!」


 私は、直前で自分の剣を横に流した。


 ――今だ!!


 ウェインの懐に滑り込む。


「おっ……!」


 珍しく、彼が驚いた顔を見せる。


 私は木剣を彼の喉元に突きつけた。


「どうだっ?」


「……ふっ」


 ウェインが低く笑った。


「面白い技を使う」


 木剣を下げ、満足そうに私を見つめる。


「だが、今ので仕留めきれていなかったら?」


「えっ?」


 次の瞬間――。


 ウェインが私の腕を掴み、軽く捻った。


「うわっ……!」


 一瞬の隙で体勢を崩される。気づけば、彼の木剣が私の首元に当てられていた。


「今ので終わったと思った時点で、負けだ」


「……」


「気を抜くな。最後の最後まで、相手の息の根を止めるまではな」


「……っ」


 甘かった……。


 戦場の剣とは、最後まで相手を倒しきる剣。私の剣は、まだまだ発展途上だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ