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15.フィナーレ

 迷いはなかった。


 得意の飛び込み突き。


 魔法の風が吹き荒れる中、その一撃は確かに届いた。


 胸を突き抜けた感触。冷たい衝撃が腕を駆け抜ける。


 女王が、私を見た。胸元に突き刺さった剣を見下ろし、大きく目を見開く。


 そこには憎しみではなく――ただ、消え入りそうな哀しみがあった。


「お前が……本当の聖女……だったのか」


 震える声。


 それは、誰かに縋るような響きで。なぜだろう、胸が痛んだ。


 女王の体が光に包まれ、ゆっくりと崩れていく。憎悪も、魔力も、すべてがほどけて霧散し、残されたのは一瞬の静けさ。


 そして、彼女は消えた。


 嵐が止む。あれほど耳をつんざいていた轟音が消え、代わりに訪れたのは――耐えがたいほどの沈黙だった。


 ――終わったんだ。


 そう思った瞬間、剣を握る手が震え、力が抜ける。私はその場に膝をついた。勝利のはずなのに、胸に広がるのは虚しさばかり。


 誰もが言葉を失っていた。


 その中でただ一人、エドワードだけが女王が消えた場所を見つめている。


 涙はなかった。けれど、その背中は――今にも崩れてしまいそうに見えた。


 私は剣を抜き取り、そっと彼に差し出す。エドワードが、ゆっくりと顔を上げる。


 その瞳の奥には、決して埋まらない喪失があった。私には決して触れられない、深い哀しみが。


「それは……シュリが持ってて」


 かすれる声でそう告げると、彼は私の前に膝をついた。


 私の胸が痛んだ。言葉を探しても、何ひとつ出てこない。


 ただ、彼の喪失を前に――沈黙しか返せなかった。



 ***



 月明かりが、銀の髪を淡く照らしていた。


 サイラスは静かに佇んでいたが、その翡翠の瞳は夜の闇よりも深く、私を見つめていた。


「お前が望むなら、俺はお前と共に生きる道を選ぼう」


 さらりと、まるで店の外でシャンパン開けようぜ、くらいの軽さで言う。けれど、その声の奥に隠せない熱があるのを、私は気づいてしまっていた。


 胸がきゅっとなる。危うく「はい」って言いそうになる。


 でも――。


「あなたがどこにいても、私は私の道を行くわ」


 言葉にした瞬間、自分の声が少し震えているのがわかった。サイラスはゆっくりと瞬きをし、それから低く笑った。


「そうか」


 夜風が吹き抜け、彼の髪を揺らす。まるで舞台照明でも仕込んでるみたいに絵になるのが、腹立たしい。


「それでも、たまには俺を思い出せよ」


 一歩近づき、私の耳元へ顔を寄せる。


「できれば、寂しい夜にでも」


 息がかかって、思わず背筋が震える。


 ――近い。近すぎる! ホストでもここまで寄ってこないわよ! ホストクラブ行ったことないけど!


 心臓が暴れているのを必死で誤魔化すうちに、彼はあっさり距離を取った。


「本当は、手放したくないんだけどな」


 そして、ふっと口角を上げる。


「俺を本気にさせるなんて、面白い女だな。お前は」


 銀と翡翠に彩られたサイラスの微笑みは、恐ろしいほど美しくて。


 だからこそ、その台詞とのギャップが破壊力抜群で……笑うのか泣くのか、感情の処理が追いつかない。


「じゃあな、シュリ。この星空はお前へのプレゼントだ」


 サイラスは、どこまでもキザに言い放って、踵を返した。


 背中が遠ざかっていく。呼び止めたいのに、口を開いたら絶対に「星空は換金できませんけど!?」とか言ってしまいそうで。


 だから私は、必死に口を結んで黙って手を振った。


 残されたのは、満天の星空。ああもう……なんで最後の最後まで昭和のホストみたいなの。


 でも、ほんの少しだけ。そのプレゼントが嬉しい、なんて思ってしまった。



 ***



 夜明け前の空は、深い藍色に染まっていた。


 城の中庭に立つエドワードの姿は、まだ頼りなさを残しながらも――どこか、これから国を背負う者の影をまとっていた。


 私は彼の前に立ち、剣を鞘に収める。


「行くのか」


 低く静かな声が響いた。けれどその声の奥に、どうしようもない孤独が滲んでいた。


 私は小さく頷く。


「戦いが終わった今、私はもう聖女じゃない。ただのシュリよ」


「それでも……僕は君に残ってほしい」


 エドワードは一歩踏み出し、私の手を取った。その手は、かすかに震えていた。


「王妃として、僕の隣にいてほしい」


 まっすぐな眼差し。けれどその奥には、母を喪った少年の影がまだ残っている。


「これは、政略結婚じゃない」


 胸が痛む。彼が本気でそう思っているのが伝わってしまうから。


 エドワードは最初、母の命令に従うだけの王子だった。けれど、共に戦い命を懸ける中で――彼は確かに変わった。


 母の背中ではなく、自分の足で立とうとしている。だからこそ、今の想いも嘘ではない。


 私は彼の手を、そっと握り返す。


 だが――。


「ごめん」


 小さく告げると、エドワードの手にぎゅっと力がこもった。


「もし君が王妃になってくれたら……僕はもっと強くなれる気がするんだ」


 そう言って、彼は少しだけ笑った。その笑顔は、少年の弱さと、王としての決意が入り混じったものだった。


 私は首を横に振る。


「あなたはもう、十分にいい王よ」


 握手のように、彼の手をしっかりと握り返す。別れの印として――そして、祝福として。


 エドワードは驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。その笑顔はどこまでも優しく、そしてほんの少し切なかった。


「ありがとう、シュリ」


 彼は私の手をそっと離し、背を向ける。夜明けの風が、冷たく吹き抜けた。


 私は彼の背中を見つめながら、静かに息を吐く。


 母を失った悲しみを抱えながら、それでも彼は歩いていく。これからは、ひとりの王として。


 ――その未来が、どうか穏やかであるように。


 そう願いながら、私は静かに踵を返した。



 ***



 朝になった。


 騎士団の訓練場にはまだ誰もいない。戦いが終わった直後だというのに、世界は静かで、まるで何事もなかったかのように陽は昇っていく。


 ――ここから、どこへ行こう?


 ――これから、どうしよう?


 答えは、もう決まっていた。


「……シュリ?」


 名を呼ぶ声に振り返ると、そこにウェインがいた。朝日に照らされた金色の瞳が、揺れながら私を映している。


「ケガ、大丈夫?」


 ウェインの腕には、痛々しい白い包帯。


「かすり傷だ」


 そっけなく言いながら、彼は慌ててその腕を背に隠した。けれど、その顔が一瞬歪むのを私は見逃さなかった。


「ほら、やっぱり痛いんじゃん」


「お前を守るためなら、この腕ごとくれてやっても構わない」


 え、今、さらっと告白したよね!? しかも本人、ぜんっぜん自覚なさそうなんだけど。


 おかしくなって、胸の奥から笑いがこみ上げる。にやけるのを必死で堪えたけど、無理だった。


「じゃあ……ずっと守ってくれる?」


「騎士としてこの剣に誓おう。お前を一生守る、と」


 うわ、キタこれ! 告白どころか完全にプロポーズ!


「な、なに言ってるのよ、一生なんて……私の人生、あと何年あると思ってるの!」


 顔が熱い。恥ずかしさを誤魔化すように、私は彼から目を逸らして歩き出した。


「どこへ行くんだ?」


 低く、静かな声。


 次の瞬間、後ろから腕を掴まれた。温もりが伝わる。振り返らずに、私は小さく答えた。


「どこにも行かない。――帰ってきたのよ、ここに」


 一瞬の沈黙。


 そして、背中から覆いかぶさるように強く抱きしめられた。


 全身に伝わる体温。力強くて……でも、抱きしめてる本人の心臓の鼓動がバクバクしてるのも伝わってきて。


 ――ねえウェイン、私と同じくらい恥ずかしがってるでしょ。


 そっと目を閉じる。胸の奥がくすぐったくて、でも幸せで。


 あーもう! これじゃガチでプロポーズみたいじゃない!



 ***



 女王が倒れても、世界はすぐには変わらなかった。


 均衡が正されたとはいえ、長年の歪みが生んだ魔獣は未だ各地に潜み、人々を脅かし続けていた。


 私は騎士団と共に剣を振るい、戦う日々を送っていた。


「くそっ……」


 ウェインは血を流しながらも、剣を杖代わりに立ち上がろうとした。


「待って、無理しないで!」


 私は彼の前に立ち、なおも動きを止めない魔獣に向き直る。


「お前、俺の盾になる気か?」


「盾でどうやって戦うのよ。剣よ、剣!」


 ウェインが何か言いかけるが、私はそれを遮るように剣を構える。


「黙って見てなさい。今度は私が助ける番だから」


 魔獣が再び襲いかかる。


 一瞬で間合いを詰め、私はその懐へ飛び込む。


 ――遅い。


 三度、切っ先が閃く。新選組に本気で入りたかった時期に覚えた三段突き。


 魔獣が苦悶の咆哮を上げた次の瞬間、その体が崩れ落ちた。


 静寂が戻る。


 私は振り返り、肩で息をするウェインを見下ろした。


「やっぱりお前は強いな」


 深いため息。


「強さは一日にして成るものじゃない、でしょ」


 前にウェインに言われたセリフ。ちゃんと胸に残っている。


「まったく、お前は――団長を譲ろうか?」


「遠慮しとく。ガラじゃないし」


「だろうな」


 ウェインは目を伏せ、かすかに笑った。その笑みが、血に濡れた戦場の中で唯一の光に見えた。


 私は彼の前に膝をつき、傷ついた体を支える。


「大丈夫?」


「お前がそばにいるからな」


 ウェインの手が、そっと私の髪を撫でた。


「もう、天然ってこれだから」


 あー恥ずかしい!


「俺は、お前に追いつきたい」


「そんなの、とっくに追いついてるわよ」


 私はそっと彼の手を握った。そして、ちょっとだけ迷ってから言葉を落とす。


「だから、これからも隣にいて。離れたりしたら、許さないんだから」


 ウェインの目が驚いたように見開かれ、すぐに柔らかく細められる。


「責任重大、だな」


「そうよ。頼んだからね、団長様」


 私は聖女ではなく、一人の剣士として生きる。魔法ではなく、剣を持って戦う。


 そして――この世界で。


 大好きな人と共に、未来を築いてゆく。


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