14.戦い
広間を抜け、女王の間へ。
扉が重く軋みながら開かれた。
その先に広がるのは、壮麗な装飾が施された玉座の間。だが、今やその美しさはどこか歪んで見えた。
玉座に座るのは、プラチナブロンドの髪を持つ女王。
彼女は静かに私を見下ろし、まるで来ることを予期していたかのように、薄く微笑んだ。
「ようこそ、愚かな聖女――いえ、聖女もどき」
冷え冷えとした声が、空気を震わせる。
女王は手を軽く振る。次の瞬間、玉座の間を魔力の嵐が駆け巡った。
女王の魔力はそのまま私を巻き込み、逃げ道を封じた。
「さあ、お遊びはここまでよ」
私は剣を握り直し、目の前の圧倒的な魔力に耐えながら睨みつける。
「お前は歪みだ。この世界にとって不要な存在……本来、聖女の力を継ぐべき者ではない」
女王が指を一振りすると、鋭い魔力の刃が飛び、私の頬をかすめる。衝撃が走り、とっさに後退した。
やばい、剣が届かない。
魔法の嵐が吹き荒れ、まともに近づくことすらできない。剣が届かないと攻撃できないのに。
女王の魔力が空間を圧迫し、まるで見えない炎が広間全体を焼き尽くすように熱が増していく。壁にかかった絹のタペストリーが、力に押されて揺れた。
私は剣を構えたまま、女王を見据えた。
「なぜ、あなたはここまでして聖女を殺し続けてきたの?」
女王は微笑んだ。その微笑みには、冷たさと、どこか壊れたものが混じっていた。
「理由なんて簡単よ。私は力がほしいの」
「そんなしょーもない理由で今までの聖女たちを!?」
「ええ、その通りよ」
女王が、ゆっくりと手を掲げる。
「この力は、私のものよ。誰にも渡さない。だって、私はこの国の聖女なのだから! いつまでも、ずっと!」
空気が震える。
魔力が渦を巻く。
「私は、何度も聖女を消してきた。新しい聖女が現れないように。この力を独占できるように」
「そんなこと……」
「それが、この国の均衡を歪めた? ええ、わかってる。でも、それがどうしたの?」
女王の微笑みは、どこまでも冷たい。
「私が聖女として生き続ける限り、この国に新たな聖女は生まれない。なのに――」
女王は、私を見つめた。
「お前が現れた」
視線が突き刺さる。
「私は呼ばれただけだって言ってるじゃない!」
「魔力を持たない聖女。こんなものは、今までなかった」
彼女の目が細められる。
「お前が召喚されたのは、私の力が歪めた均衡を正すため……そういうことなのかしらね?」
私は、何も言えなかった。
彼女の言葉が、正しいのかどうかなんてわからない。
けれど――。
「あなたは、ずっと、この国の未来を奪い続けてきたんだね」
それだけは、確かだった。
女王が薄く笑う。
次の瞬間、彼女の手が動いた。
膨大な魔力が、嵐のように押し寄せる。
「お前に、私を止められるの?」
吹き荒れる魔力の中で、私は剣を握りしめた。
覚悟を決める。
これは、世界を正すための戦いだ。
「やるしか、ないよね」
私は、剣を構えた。
「やはり無力ね。魔法を持たぬ聖女など、ただの人間と変わらない。なぜ、そんな欠陥品が召喚されたのか……」
女王が手を掲げ、次の一撃を放とうとしたその時――。
「その言葉、撤回してもらおうか」
低く鋭い声が、魔力の嵐を切り裂いた。
振り向いた瞬間、そこに立つのは傷だらけの騎士。ウェインが、剣を引きずるようにして前に出る。
「ウェイン! よかった、無事で!」
およそ無事とは言い難いほど傷だらけだったが、口から出たのはそんな言葉だった。死ぬこと以外はかすり傷だ。
私の前に立った大きな背中に、ほっとして涙が出そうになる。ウェインならフラグをへし折って来てくれると思ってた。
「貴様……まだ立っていたか」
「魔法に頼らずとも、戦い方はある。それを証明してやる」
ウェインの動きは速かった。魔法の嵐の中を駆け抜け、女王の横に回り込む。
一瞬、彼の剣が煌めいた。
しかし――。
「愚か者」
女王が手を振ると、不可視の力がウェインを弾き飛ばした。
「ならば聞こう、お前の魔力はどこへ消えた?」
女王の声が嘲るように響く。
「貴様ほどの才能がありながら、一滴の魔力も持たずに生まれるなど、本当に偶然だと思っていたのか?」
ウェインの瞳が揺れる。
「まさか……」
「貴様の父は、私に逆らった。だから私は奴を葬り、その息子の魔力を奪った」
魔力を奪った? ということは、ウェインも魔力を持っていないの?
前に言ってた「お前の剣と俺の剣は同じだ」――あれはこういう意味だったのか。
ウェインの表情が凍りつく。拳を握りしめ、震える声で問いかける。
「俺の父を、お前が……?」
「そうとも。騎士でありながら、魔法を持たぬ剣士。そんな半端者が、この国に必要だとでも?」
「……」
ウェインは静かに立ち上がる。
怒りではない。絶望でもない。
ただ、静かに、確かな決意を持って剣を構えた。
「お前を成敗する」
その静かに通る声は、まるで自らの存在を証明するように響いた。
魔法の嵐の中。
私の剣はなかなか女王には届かない。
それでも、隣には本気モードに入ったウェインがいる。これほど心強いことはない。
斬撃はことごとく魔力の壁に弾かれ、風の刃が肌を裂く。
足がもつれそうになるのを必死にこらえながら、それでも前に出ようとした。
その時。
――キィンッ!
鋭い衝撃音が響いた。剣の刃の部分が折れ、砕け散る。
「やばっ」
砕けた刃が床に散るのを、呆然と見つめる。
女王が不敵に笑う。
魔力が渦を巻く。次の瞬間には、私はこの場から消される――そう確信した。
けれど、その時。
「待てっ!」
エドワードの声が響いた。
振り向くと、傷だらけでぼろぼろになったエドワードがこちらに向かってきていた。やっとの思いでたどり着いた様子だ。
「エドワード!」
よかった、エドワードもフラグ折るのに成功したんだね。
「ママ……この国は、民は、ママが好きにしていいものじゃないんだよ」
エドワードの目は、女王――母親を見つめていた。
彼の声は、ひどく苦しげだった。
私は拳を握りしめる。どれだけひどいことをされても、それでも大切な人に刃を向けるのは、きっと苦しい。
それでも。
それでも――。
「去れ」
女王は無機質な声で言い放ち、エドワードに向かって手を振った。魔力の刃が襲い掛かる。
「エドワード!」
エドワードの構えた剣に弾かれ、魔力の刃が霧散する。
「だい、じょうぶ。僕だって鍛えてるんだって言ったよね」
苦しそうだけど優しい声で言いう、エドワードは持っていた剣を私に差し出した。
「頼む」
その手は、震えていた。
「任された」
私はエドワードの剣を受け取った。
彼ができなかったことを、私がやるんだ。
強く、柄を握りしめる。エドワードから託された、その重みを。
足を踏み出した瞬間、魔法の嵐が吹き荒れた。鋭い風が頬を切る。体が持っていかれそうになるのを、なんとか踏みとどまる。
女王の魔力は、まったく衰えていない。
「無駄よ」
彼女が手を掲げる。膨大な魔力が渦を巻き、光を帯びる。
私たちは、これを防げるんだろうか?
そう思った、その時。
「お待たせ、マイスイート。プレゼントに千本のバラを買えなかったから、代わりに――」
サイラスもフラグを折るのに成功したらしい。
普段通りの口調で、普段通り意味の分からないことを言いながら現れる。
「願わくば、救いを」
静かで、強い祈り。
空気が変わる。
銀色の光があちこちで点滅し、魔力の嵐が揺らいだ。
――今だ!
ウェインと目が合う。同時に駆け出す。
女王の目が、私を捉える。
次の瞬間、強烈な魔力が放たれる。
だけど――その前に、剣がそれを切り裂く。
ウェインが、私の前にいた。
「行け!」




