13、女王の元へ
「ママは、僕の本当の母親じゃない」
私は思わず彼を見た。
「え……?」
彼は視線を落とし、ぽつりぽつりと続ける。
「本当のママは、前王妃だ。でも、僕が幼い頃に亡くなった。それからママが側室になって――ずっと俺を育ててくれた」
彼の指が震えているのが分かる。
「母親として、愛されていたと思いたい。でも、どこかで違和感を感じていた。優しく微笑む顔の裏に、何かを隠している気がして……」
それは、エドワードがずっと抱えてきた不安だったのかもしれない。
「大丈夫」
私はゆっくりと言った。
「どんなに迷っても、エドワードはエドワードだよ。育ててくれた人が誰であれ、それがエドワード自身の価値を決めるわけじゃない」
彼の目が大きく揺れる。
「僕は……」
何かを言おうとして、けれど声にならないまま、エドワードはふっと息を吐いた。
「ありがとう」
かすれた声で、彼はそう言った。
私は彼の手を軽く握りしめ、ゆっくりと微笑む。
「エドワードは、これからどうしたい?」
彼は少しの間考え、そして――私をまっすぐに見つめた。
「俺は、ママを止める」
その瞳に宿る決意を見て、私は静かに頷いた。
「なら、一緒に戦おうか」
暗殺されるのをただ待っているつもりはない。
私の言葉に、エドワードは小さく微笑んだ。
***
エドワードが部屋を出て行ってから。
片付けと掃除を終えた私は、ベッドに腰かけて待っていた。
約束したわけじゃない。来ると決まっているわけでもない。
それでも、来ると信じて待っていた。
――カタン。
ドアが開き、硬い靴音が響く。
「遅かったじゃない」
「待ってたのか?」
驚いたように言うウェインには答えず、私は立ち上がった。
「私がいなくなると寂しいでしょ」
「本当に出ていくのか? 行くところはあるのか?」
「あるわけないじゃん。でも、騎士団は女王には逆らえないでしょ」
「……」
「これを見て」
エドワードが置いて行った本を開く。
開いたページに目を落とし、文字を追うウェインの表情がみるみる険しくなった。
「女王が、自分も聖女でありながら、召喚された聖女たちを殺していた、だと?」
「この内容が本当なら、ね」
「本当だとしたら――」
ゴクリ、とつばを飲み込む。
「女王って何歳なんだろうね」
と、私。やっぱり若作りしてるよね。もしくは魔力の効果?
「お前が気になるのはそこか?」
「あと、そういえば、私の暗殺命令が教会に出されたらしいよ」
「なんだと!? あンの、くそやろう……!!」
いつも気高い騎士団長らしからぬ暴言。その人間らしさについ笑ってしまう。
「まあまあ、それ教えに来てくれたのサイラスだから」
「あいつに何ができる? 防御の魔方陣を敷くぐらいしか――」
言いかけ、言葉が止まる。防御の魔方陣。前に図書館で見た銀色の光か。あれって結構役に立つよね。
「でも、サイラス、私の味方してくれるって言ってたよ」
「女王の管轄直下の要職についてるくせに、どの口が言った!?」
「女王の管轄直下の要職って、騎士団の団長もだよね?」
「……」
「ウェインは私の敵になるの?」
答えが「否」ならいい。嬉しくて泣いちゃうかも。でも、その逆だったときは――戦わねばならないのだろうか。優しくて頼もしい、このひとと。
「シュリ」
ウェインが私の肩にそっと手を置いた。いつもは剣を握っている大きい手。
見上げると、金色の眼が真っ直ぐに私に向けられている。
覚悟しなきゃ。どんな答えでも受け入れる。
「騎士団の管轄は軍事部なんだ。女王の政治部とは部門が分かれていて――」
思ってたのと違うベクトルからの答えに、白目になるところだった。
「いや、そうゆう問題じゃなくてね。――まいっか」
深く考えるまい。それより、今夜の寝床をどうするかだ。
***
結局、もう一晩、騎士団の宿舎に泊めてもらえることになった。
だが、その夜は落ち着かなかった。女王のこと、聖女のこと、これからの自分のこと。考えれば考えるほど、答えの出ない疑問ばかりが頭を巡る。
一晩、悩み抜いた末に、私は決めた。
女王が何を企んでいようと、教会がどう動こうと、私は逃げるつもりはない。誰かの都合で消されるくらいなら、自分の意志で、この運命に抗ってやる。
どうせ一回死んでるらしいし。怖いものはない。
武士道とは死ぬことと見つけたり、だ。
「さて、と」
女性の抗いといえば、定番は口喧嘩だ。まずは女王に文句を言いに行こう。
王城の石造りの廊下を歩く。
目を向けるたびに、兵士や侍女たちが私をちらちらと見ていた。
「戻ってきたのか」「まだ処分されていなかったのか」
そんな声が聞こえてきた。でも、私は足を止めない。
もう迷わない。
「おはよう、シュリ」
王城の奥、広間へ向かう途中。そこにはエドワードがいた。
相変わらず、金髪を軽く揺らしながら柔らかな微笑を浮かべている。
けれど、その青い瞳にはいつもと違う決意の色が宿っていた。
「おはよう、エドワード。覚悟ができてるなら行くわよ」
足を止めて声をかける。エドワードは一歩近づき、いつになく真剣な表情を見せた。
「僕はママを止める。迷いはないよ」
その声には揺るぎがない。私はエドワードの青い瞳を見つめる。
「じゃあ、私も決める。最後の一太刀まで迷わない」
エドワードは少し驚いたように目を見開き――それから、ふわりと微笑んだ。
「うん、それでいい」
その時、横の通路から駆け寄る足音とともに、別の声が聞こえた。
「シュリ!」
見ると、サイラスがいた。
「二人で行くつもり? 俺も誘ってよ」
銀髪が揺れ、翡翠の瞳がまっすぐに私を見つめている。
「教会は女王の管轄でしょ。職務放棄って言われない?」
「そんなの関係ねえ」
サイラスは肩をすくめ、軽く笑った。
「城をクビになったら、シュリの専属になるよ」
「あはは、なにそれ」
思わず笑ってしまう。
私は、ゆっくりと息を吸い込み、二人の顔を見た。
「戦いになるかも」
エドワードが微笑む。
サイラスが目を細める。
そして――。
「なら、俺もそれに乗る」
低く響く声。
振り向くと、そこにはウェインが立っていた。
「ウェイン……」
来てくれると思っていた。でも、どこか半信半疑だった。
だって、ウェインは、この国の騎士団の団長だ。いわば敵の武装勢力の頂点。
「ここから先は、お前一人の戦いじゃない」
金色の瞳が、まっすぐ私を射抜く。
「女王に仕えるのは職務だが、お前を助けたいと思うのは俺の意志だ」
心臓が耳元で鳴った。
――え、いま告白した?
胸の奥が熱くなる。こんなふうに言われたら、もう後戻りなんてできない。
私は強く頷き、女王の間へ向かった。
――ギィッ。
静寂を破るように、エドワードが広間の大扉を押し開いた。
「待て! 誰だ!」
護衛の兵士たちが駆け付ける。だが、エドワードは怯まない。
「第一王子、エドワードだ!」
広間に響き渡る声。堂々たる名乗り。あらやだかっこいい。やればできるじゃん。
「なっ、王子殿下!?」
エドワードが王子だってことはみんな知っている。でも、女王の命令には逆らえない。
私は剣を握りしめ、兵士たちの様子を伺った。
「我々は……っ」
戸惑う兵士たち。その背後から、鎧をまとった騎士たちが現れる。
「やばい、騎士団だ!」
と、サイラス。
面をかぶっているので分からないが、一緒に訓練した仲間がいるかもしれない。
ちらりとウェインを見る。表情には出ていないが、剣の切っ先がいつもより低い。そうだよね、割り切れないよね。
騎士団の面々も心なしか動きが鈍い。それでも、隊長らしき人の合図で統率のとれたフォーメーションを展開し始めた。
「騎士団は僕が!」
エドワードが騎士団の布陣に切り込む。次の瞬間、ウェインの一閃で兵士たちが倒れる。
援護でサイラスが魔方陣を敷いている。
「こっちは俺たちが引きつける! 行け、シュリ!」
ウェインが叫んだ。
「ありがとう、先に行ってる!」
今のでやばいフラグ立っちゃったかな。いや、そんなわけない。まだそこまで盛り上がってないし!
私は駆け出した。
女王のもとへ――。




