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12.圧力

 それは、ほんの小さなことから始まった。


 食事の席で、私の皿だけがなぜか運ばれない。


 与えられる仕事が明らかに雑用ばかりになり、剣の訓練を申し出ても「今は必要ない」と断られる。


 訓練場に行けば、視線は向けられるけれど、誰も私に話しかけようとしない。


 なるほど、これはまた随分と分かりやすいな。


 最初はただの「不完全な聖女」だったが、王子との婚約が発表されてからは、「王妃の座を狙う不完全な聖女」になってしまった。


 聖女がいなくなっても問題ない、という空気を作り出せば、私を排除することは容易くなる。


 そして――。


「婚約は解消です」


 女王に呼ばれて告げられた一言目がそれだった。次いだ言葉はウェインに向けて。


「シュリを騎士団から追放しなさい」


 ついに、その言葉が女王の口から発せられた。


 私は驚かなかったが、ウェインの表情は硬かった。


「それは、もうシュリは必要ない、という意味ですか?」


 慎重な言い回しで問うウェインに、女王は優雅に微笑んだ。


「ええ、その通り。彼女は不完全であり、聖女としての資格はない。王国の騎士団におく意味もない」


 女王の命令には逆らえない。これは事実上の「見捨てろ」という通達だった。


 ウェインは拳を握りしめる。


「しかし、剣の腕前は俺に匹敵するほどです。騎士としてなら――」


「もう結構よ」


 女王の冷たい言葉が、それを遮る。


 私はちらりとウェインを見た。彼の悔しそうな表情に、思わず笑みがこぼれる。


 どうせこうなると思ってたし。むしろ、ウェインが怒ってくれたのが嬉しい。


「残念だわ、エドワードと結婚できると思ってたのに」


 私は堂々とした態度で、白々しい言葉を口にした。この場にエドワードがいなくてよかった。



 ***



 部屋で荷物――といっても、わずかな衣類だけだが――をまとめていると、サイラスが自分の部屋のように遠慮なく入ってきた。


 ノックの文化はどこにいった? 前に来たときはしてたよね、ノック。


「やあ、引っ越すんだってね。行く当てはあるのかい?」


「あるわけないでしょ」


 憮然として振り返ると、サイラスは大きく両手を広げた。


「さあ、おいで。君の居場所はここだ」


 スルー。


「それで? わざわざこんなとこに来るなんて、何か用事があるんでしょ?」


 問いかけると、翡翠の目が細められた。


「シュリが望めば、俺は何だってできるんだぜ?」


 冗談か、真剣か。口調と表情から読み取るのが難しい。


「はいはい。空も飛べるんだっけ?」


「シュリの暗殺が正式決定された」


 唐突に言われた。


「え、それって噂レベルだったんじゃないの? それに、神に仕える身だって言ってなかった?」


「神に仕えていても、雇い主は女王だからね。ボスには逆らえないんだよ」


「もしかして、私を殺しに来たの?」


 まさかと思いつつ身構える。


「うーん、どうしようかな」


 次の瞬間。私はサイラスの背後に回り込み、がっちりとヘッドロックを決めた。


「ちょっとでも動いたら折るよ」


「じょ、冗談ですすいません! シュリの命を狙える腕前はありません!」


 少し、力を抜く。


「俺を頼ってくれたら、力になりたいと思って来たんだ! これ本当だから!」


 さらに、力を抜く。


 するりと腕の間から顔を引き抜き、サイラスはコキコキと首を左右に動かしている。


「うちの暗殺部隊、女王のゴーサイン待ちって状況だから。気を付けて」


 首をさすりながら言い、サイラスは部屋を出て行った。


 暗殺部隊、か。



 ***



 荷物をまとめ終わり、部屋の掃除をしていると。


「シュリ」


 金色のフサフサした何かが部屋に入ってきた。ケサランパサランかと思ったら、この国の第一王子だった。


「婚約解消になったって聞いて……」


「エドワード。短い間だったけどありがとう」


 別れの挨拶を、と切り出したが、そんなことよりも、とエドワードが真剣な顔で近づいてきた。


「ママに聞いたんだけど、僕と結婚したかったって、本当?」


「……」


 女王に言ったあれは、売り言葉に買い言葉っていうか皮肉っていうか嫌味みたいなものだ。


 まさか真っ直ぐに受け止めるなんて。人を疑ったり言葉の裏を勘ぐったりしたことないのか?


「ああ、でも、その答えは今じゃなくていいんだ。大変なことがわかったんだ」


 エドワードの声には、迷いと決意が入り混じっていた。


 私は姿勢を正し、次の言葉を待つ。


「宮廷の記録庫で見つけたんだ。歴代の聖女に関する記録……本来、聖女の力は一定の周期で次代へと受け継がれる。しかし――」


 エドワードは一瞬、言葉を切り、苦しげに目を伏せる。そして、ゆっくりとした動作で一冊の本を私の前に差し出した。


「ママは、その継承を妨げていた」


 私は首を傾げて問い返す。


「どういうこと?」


「新たな聖女が召喚されるたびに、その力を自らのものとし、継承を断っていたんだ。本来、聖女の力は次の世代へと渡されるものだけど……ママはそれを拒み続けた」


「つまり、聖女が召喚されるたびに……?」


「殺していた」


 エドワードの言葉が、冷たい刃のように胸に突き刺さる。


 本は日記のようだった。乱れた文字で書かれている内容は驚愕のものだった。


 アリアスタは聖女の力を何代にも渡って独占し続けた。世界の均衡は崩れ、魔力の過剰供給が起こった。魔獣の異常発生、災厄の連鎖……。


「そんな……女王が、そんなことを……!」


 震える声で呟くと、エドワードは険しい表情のまま、さらに言葉を続けた。


「ママがこれほどまでに力に執着した理由は、おそらく――」


 彼は、拳をぎゅっと握りしめる。


「聖女としての力がなくなれば、ママはただの人間になる。もしかしたら、それを恐れていたのかもしれない」


 その言葉に、私は思わず息を呑む。


 権力への欲ということか。どの世界、いつの時代でも変わらないものなんだな。


 だが、疑問が残る。


「それなら、なぜ私が召喚されたの?」


 エドワードは苦しげに目を閉じる。


「おそらく、シュリは異例の聖女だからだ」


「異例?」


「通常なら、聖女の力は魔力として受け継がれる。だが、君は魔力を持たない。聖女としての力が宿っていないんだ」


 私の胸の奥に、冷たいものが広がる。


「でも、それって――」


「ああ。だからこそ、シュリは召喚されたんだ。魔法ではなく、剣を振るう者として。この世界の歪みを、力の継承ではなく、戦いによって正すために」


「魔力を持たない聖女?」


 この世界に召喚されたときから、私は「聖女」と呼ばれながらも魔力を持たないことで冷遇されてきた。


 しかし、それがただの不運ではなく、むしろ必然だったなら――。


 エドワードは、私の様子をじっと見つめる。


「シュリ、君は、この世界に必要とされた存在なんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、私は驚いた。今まで、自分が必要とされているなんて思ったことがなかったから。


「そう、なのかな……?」


 ぽつりと呟くと、エドワードは微かに微笑んだ。


 でも、その笑顔はどこか儚くて、苦しそうだった。


「もう一つ、話さなきゃいけないことがある」


 エドワードは深く息を吐き、低く呟いた。


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