11.怒れる団長
「お前、本当に何も考えてない顔してるな」
「え、えええっ?!」
不意打ちすぎる仕草と、想像の斜め上からのセリフ。喜んでいいやつかダメなやつか分からない。
「俺は戦うことしか知らないし、王族の事情にも詳しくない。でも──お前が嫌がるなら、どんな理由があっても俺はそれを認めない」
「……!」
「だから、ちゃんと自分で決めろ。もし迷うなら──俺が力になる」
言葉の意味を考えるより早く、頬が熱くなるのを感じた。
「お前の剣は、お前のものだ。好きに振るえばいい」
ウェインはそう言って、そっと髪から手を離した。
それだけなのに。
触れられた場所が熱を帯びたみたいで、妙に意識してしまう。髪って神経が通ってたっけ?
「ありがと、ウェイン」
そう言うと、彼はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「気にするな」
ぶっきらぼうにそう言い、背すじを伸ばす。身長差があるので、結構な高さから見下ろされる。
「――!」
その時、ウェインの目が見開かれた。何かに驚いたような表情。
「どうした、それ?」
私の首を指さしている。なんだろうと思いながら鎖骨の辺りに触れると、昨日のケガだった。血は止まり、かさぶたになりかけている。
「あー、あぁ、これね。昨日、謎の黒づくめの連中に襲われてね」
「なんだと? 聞いてないぞ!」
「あ、でも、大丈夫。サイラスが助けてくれたから」
「何があった?」
昨日、図書館で黒づくめの連中に襲われたことを話す。
ウェインはしばらく私を見つめたまま動かず――やがて、ため息をついた。
「教会派か」
「だと思ったけど、とすると、サイラスも教会派だよね?」
「重役だ」
「教会派も二極化してるのかな」
「なんでお前そんな平然としてられるんだ」
「武道の教えに、「心頭滅却すれば火もまた涼し」ってあるのよ」
「火が涼しいわけないだろう」
「あ、うん、まあそうなんだけど、例え話? てゆうか、極めると無敵、みたいな?」
「よく分からん」
「説明は苦手なのよ」
体育会系なので。
「しかし、シュリに手を出すとは……。文句言ってくる」
「え、クレーム宣言? 誰に? てゆうか、なんて?」
「お前には関係ない」
「いや、一番の関係者ですけど! つーか被害者?」
そんな私に背を向け、ウェインは靴音を鳴らして部屋を出て行った。
扉が閉まる直前。
小さく「チッ」と舌打ちする音が聞こえたのは、気のせいじゃなかったと思う。
***
翌朝、騎士団の訓練場には、張り詰めた空気が漂っていた。
ウェインが不機嫌なのはすぐにわかった。般若のような顔をして、体中からドス黒いオーラが漂っているのが見えるようだ。
剣を手に立っているウェインに、私も含め周囲の騎士たちは誰も近づこうとしない。
私のせいじゃない。私は悪くない。私は関係ない。
呪文のように繰り返すが、原因は明らかにあれだ。私のケガを発見してから急速に機嫌が悪くなってしまった。クイック不機嫌。
絶対に怒ってる。いや、怒ってるどころじゃない。噴火直前の火山だ。
誰かに文句を言いに行くとか言ってたけど、思わしくない結果だったのだろうか。クレーマーが勝利した歴史はないってことか。
休憩時間になると、普段は訓練場のあちこちで立ち話している騎士たちもどこかへ消え、ガランとしてしまった。
フォローしに行くべきか。嵐を鎮められるのか。
こっそり詰所の様子を覗き込むと、ウェインは剣の手入れをしている。
「うわ、低気圧」
急に背後から声をかけられた。
「っ!?」
焦って振り向くと、銀色に輝く神官だった。
「サイラス? 急に声かけないでよ。心臓停まるでしょ」
「前の世界で一回停まってるから、二回目だな」
くったくのない笑顔。ぜんぜんシャレになってませんけど。笑えねえ。
「そんなこと言いにきたの?」
「いや、シュリが心配で」
こそこそ話しながら、じわじわと詰所から距離をとる。ウェインに気付かれたら面倒だ。
訓練場の隅の荷物が積んである裏まで下がって、地面に体育座りする。
「昨夜、ウェインのカチコミにあってさ。「どういうことだ!」って、そりゃもーすごい剣幕だったんだから」
「あー、やっぱりサイラスのとこ行ったんだ」
「教会派が聖女の暗殺を企ててるって噂があってさ。あいつ単純だから、信じてんの」
ニヤニヤしている。絶対面白がっている。
いや、それよりも。
「暗殺の噂?」
「そ。魔力ゼロの聖女は本物ではない。抹殺して次の聖女を召喚しようとしてるって」
「え、まってまって。聖女って、死なないと次が召喚できないの?」
「そうだよ。知らなかったの?」
「そんなシステム聞いてないわよ」
いわゆるところてん方式ってやつか。狙われる理由が分かった気がする。
私が消えないと、次が召喚できない。教会派は召喚したがっている。
でも、女王は? 王子との婚姻を勧めてきた女王の本意はどこにあるの?
まあ、考えても分かるわけないか。
「で、ウェインはなんて?」
「教会とはいえ、自分とこの部下を狙うなんて許さない、みたいな。かなりおかんむりだったから、機嫌治ってるかなーと思って様子見にきた」
「何をしている、サイラス」
「ひゃっ!」「ぎゃっ!」
突然の声に、私とサイラスは飛び上がって驚いた。
いつの間に詰所から出てきたのか、サイラスがギラリと光る大剣を持って立っていた。
「え、あ、いや、昨夜はものわかれみたいになっちゃったから、誤解を解こうと……ね?」
こっちを見るな、こっちを。私には助け船は無理よ。よく事情知らないんだし。
「誤解、だと?」
ウェインがサイラスに鋭い視線を向ける。
私はなるべく気配を消すべく、自分が薄くなるように念じる。呼吸も意識してゆっくり。
「そうそう、聖女の暗殺なんてさ、噂の域を出ない話だよ?」
「とぼけるな。俺の部下を襲ったのは、教会の命令だろう」
「証拠でも?」
サイラスは苦笑いしている。このおっかない騎士団長を、笑ってごまかせると思ってる心臓が強すぎる。
「教会が聖女を不要とする考えを持っていることは公然の事実だ」
「だからって暗殺ってのは短絡的じゃないかな。俺たち神に仕える身だよ?」
「なら、言っておく」
ウェインは一歩、サイラスへ近づいた。
ウェインの金色の瞳が、サイラスをまっすぐに射抜く。
「俺の部下に手を出すな」
鋭く、はっきりとした宣言だった。
「もし、次があれば――今度は騎士団として動く」
威圧するような声音に、さすがのサイラスも緊張――。
「ふふ、怖い怖い」
余裕で笑みを浮かべていた。もはや営業スマイルだ。
「騎士団として、ね。それは聖女として? それともシュリだから守りたいの?」
ぎゃあ! それいま聞いちゃう? もっといい雰囲気で聞きたいやつ!
どうしよう、ウェインが「シュリだから守りたいんだ」とか言っちゃったら。
まともにウェインの顔が見れない。自分の顔が熱くなるのが分かった。
が、しかし。
「言いたいことはそれだけか?」
ウェインの冷めた声が聞こえた。――ですよね。そんな都合よく進展しませんよね。分かってましたとも。
「つまんねーやつ」
サイラスは肩をすくめると、私の方を見て言った。
「ね、こんな堅物より、俺にしない?」
「神官モードのサイラスなら考える」
「えー、どっちも俺じゃん」
「萌えのないギャップはいらん」
私は左右に首を振った。
「ご忠告、ありがたく受け取っておきます。聖女様」
急に姿勢を正し、恭しく一礼するサイラス。失った信頼は一朝一夕じゃ取り戻せないんだよ、サイラス。
銀色の髪を揺らしながら、足取りも軽くサイラスが立ち去る。
ウェインはまだ面白くなさそうに立っていたが、騎士たちが訓練場に戻ってくると、無言のまま詰所に戻って行った。
暗殺、か。
政略結婚に続いて暗殺とは。現実離れしてるけど、それは私にとっての感覚で。この世界の人々にとっては、あるあるなのかもしれない。




