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10.王子の来訪

 その時。


「やれやれ。これが神の意思だと?」


 サイラスが悠然と私に向かって歩いてきた。黒フードの動きがぴたりと止まる。


 銀の髪がランプの灯りを映してゆるやかに揺れる。翡翠色の瞳が、真っ直ぐ私に向けられている。


「サイラス?」


 私のすぐ目の前で立ち止まると、ひょいと肩をすくめた。


「俺の天使を狙うとは、身の程知らずにもほどがある。これが教会の意思なんて、ちゃんちゃらおかしいね」


 黒フードの一人がサイラスに刃を向けようとする。しかし、別の黒フードがそれを制した。


「これは教会の命令だ。お引き取りを、神官殿」


 黒フードがしゃべった。


「おや、これは怖い」


 サイラスは口元に笑みを浮かべているが、その翡翠の目は冷ややかだった。


「でも、残念ながら俺は彼女を守るって決めてるんだよ」


「あなたは教会の人間のはずだ」


「そうさ。だからこそ、お前たちの動きも読めるってわけ」


 サイラスは袖を払うように手を動かした。


 次の瞬間、刺客たちの足元にうっすらと銀の光が広がる。


「――っ!」


 黒フードたちがじりじりと後退する。


「結界……!?」


「攻撃ではなく防御用のものだけどね。これがある限り、お前たちの刃はシュリには届かない」


 サイラスの声が、愉快そうに響く。


 黒フードたちの動きがピタリと止まった。


 私はサイラスを見た。その視線を受け、口元に笑みが浮かぶ。


「俺に惚れるなよ」


 だから、何だそれ! 一瞬でもかっこいいと思ってしまった自分を殴りたい。


 結界の効果か、黒フードたちは近づいてこられない様子だ。


「今夜は引く。しかし、次は――」


 黒フードたちは警戒を解かないまま、影のように去っていった。


「おととい来やがれ!」


 見た目にそぐわないサイラスの声が響く。


 ほんとこの人、見た目と中身のギャップがあれだわ。エキゾチックな容姿なのに、言葉のチョイスがダサい。何かの呪いだろうか。可哀そうに。


 静寂が戻る。何はともあれ助かった。


「ありがとう、サイラス」


「この俺が、君のピンチを見過ごすわけないだろ」


「借りにしとくわ」


「君が望むなら、俺は空だって飛べるだろう」


 サイラスが微笑む。どんなにキュンとくるシチュエーションでも、絶望的な言い回しがすべてを台無しにしている。


「今夜のことで、シュリはますます狙われるだろう」


「わかってる」


「だろうな。でも――」


 サイラスの翡翠の瞳が、月光を映してきらめく。


「俺を頼るのも悪くないだろ?」


 彼の指がそっと私の顎を持ち上げる。


「あなたの思うようにはならない」


「それは楽しみだ」


 サイラスは満足そうに微笑み、あっさりと手を離した。


「それじゃあ、おやすみ、聖女様」


 ひら、と手を振り。サイラスは図書館を出て行った。


 あ、送ってはくれないわけね? 襲撃にあったばかりなのに。


 残された私は、はからずもがっかりしている自分に気付いてさらにがっかりした。



 ***



 翌日。


 剣の訓練を終えて、私はひとまず自室へ戻ってきた。とはいえ、今の私は使用人扱い。与えられた部屋は狭く、質素なものだった。


 だが、もう慣れた。これでも雨風がしのげるだけ、外で寝るよりはマシだ。


 はぁ、とため息をつきながら着替えようとしたところで――。


 コン、コン。


 軽いノックの音がした。


「シュリ、いるか?」


 この声は……エドワード?


 私が返事をする間もなく、扉が開けられる。あぶねえ、着替え始める前でよかった!


 しかし、王子がこんなところに来るなんて珍しい。


「何の用?」


「婚約者の顔を見に来たんだ」


 開口一番、それか。


 廊下からざわめきが聞こえてくる。そりゃそうだ。こんな使用人ゾーンに王子が現れたら、誰だって驚く。


「とにかく入って」


 あまり目立ちたくない。仕方なく、部屋に招き入れる。


 エドワードは私の質素なベッドに腰かけ、足を組んだ。王子が座っているだけで、いつもの粗末なベッドがプリンセスのベッドにも見えてくるから不思議だ。


「昨日はああ言ったけど、どうだろう、本当に結婚するってのは」


「は? もしかして、打ち所悪かった?」


 エドワードは肩をすくめた。


「僕が相手じゃダメか?」


 何を言ってるんだ、この王子は。冗談にしても度が過ぎてる。


「何それ。まさか本気?」


「もちろん」


 彼はふっと笑った。いつもの気楽な笑み。でも、その瞳の奥に、いつもの軽薄さとは違う何かがある気がする。


「僕と結婚すれば、面倒な貴族連中を気にする必要はないし、教会派も手出しできなくなる。少なくとも、今みたいに肩身の狭い思いをすることはない」


 ああ。昨日の襲撃の話を聞きつけたのか。


「それ、プロポーズのつもり?」


「まあね。悪い話じゃないだろ?」


 確かに、それは魅力的な提案だった。エドワードと結婚すれば、ゆくゆくは王妃だ。玉の輿ってやつだ。でも――。


「それで私がなびくと思った?」


「うーん、正直に言うと、あんまり思ってない」


 育ちがよいためか、腹芸は得意じゃないらしく。苦笑いして両手を広げる。


「女王が何か企んでるの?」


 彼は少しだけ目を伏せた。そして、すぐに顔を上げて、いつもの余裕のある笑みを浮かべる。


「さあね。ただ、君にはもっと慎重になってほしいんだ」


 私はじっと彼を見つめた。いつもの軽口とは違う、どこか本気の響きがある言葉。冗談にしては、妙に重量感があった。


「ま、自分の身は自分で守れるシュリに、余計なお世話だったね」


 エドワードは立ち上がると、ひらひらと手を振って部屋を出ていく。


 私はしばらく、その背中を見送っていた。


「……」


 この押しの弱さはなに? 育ちがよすぎるせい?


 コン、コン。


 また、ノックの音。


「はぁ……」


 思わずため息をつく。私の部屋は人気スポットか? お参りするとご利益でもあるのか? 聖地巡礼のコースになったのか?


「どうぞ」


 そう言うと、扉が少しだけ開き、黒髪が覗いた。ウェインだ。


「いま、大丈夫か?」


「どうぞ」


 何かを探るような視線を向けながら、部屋に足を踏み入れる。その仕草には、どこか警戒心が滲んでいた。


 いやいや、なぜ私が警戒される側なんだ。普通、女子の部屋に入ってくる男の方が警戒されるべきでしょ。


「どうしたの?」


「いや。王子が来てたみたいだから、様子を見に来た」


 その言葉に、私は思わず小さく笑ってしまう。


「心配性だね、ウェインは」


「お前が軽々しく流しすぎなんだ」


 むすっとした表情に、私は肩をすくめた。


「まぁ、そうだけど……」


 性格なんだから仕方ない。


「で、王子は何を言いにきた?」


 ウェインは机に片手をつき、わずかに前のめりになって私の目を見据える。


 どっち? 私の心配をしてる? それとも王子の?


「私は、誰かの所有物になるつもりはない」


 微妙にズレた返答。しかし、それが私の結論だった。


「そうか」


 ウェインは短く答え、息をつく。


「なら、それでいい」


 言いながら、彼はふいに私の目の高さに腰をかがめ、目線を合わせてきた。


「え、なに?」


「別に」


 そう言いつつも、じっと私を見つめたままだ。視線がぶつかり合って落ち着かない。


「なんか、すごく見られてる気がするんだけど」


「……」


「ウェイン?」


「なんでもない」


 そう言うと、彼はふいに手を伸ばし、私の髪に手を置いた。


「なっ……!?」


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