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1.目覚め

 ──面あり!


 鋭い掛け声とともに、竹刀が相手の面を正確に捉えた。


 審判の旗が二本、赤く揺れる。試合終了の合図。


「優勝、宮本選手!」


 私の名前がコールされる。場内に拍手が響く。


 全国高校剣道選手権大会、個人戦優勝。


 時代劇ファンのばあ様の教育方針で、箸を持つより早く竹刀を持たされた。


 それを疑問に思うこともなく、剣道の修行に励んできた。


 高校生活最後の大会が終わった。結果を出せたので悔いはない。


 強いて言えば長谷川平蔵様のような彼氏ができればよかったけど。


 まあいい。二兎を追う者は一兎をも得ず、だ。


 表彰式を終え、会場を後にする。


 ふと、夜空を見上げた。


 コンビニに寄ってアイス買って帰ろうかな。


 ぼんやりと考えながら信号待ちをしていた、その時だった。


 キキィィィッ──!!


 突然の強烈な光と、耳をつんざくようなブレーキ音。


 反射的に振り返る。


 ――っ!?


 強い衝撃が体を襲った。視界が反転し、世界が遠のいていく。


 意識が闇に沈んでいく。



 ***



 目を開けると、知らない天井があった。


 ――どこ、ここ?


 まばたきを繰り返しながら、視界を巡らせる。高い天井、金色の装飾が施された柱、ふかふかのベッド。


 いや、そんなことより。


 ――私、生きてる?


 横断歩道で、急に飛び込んできた光、ブレーキ音、衝撃。身体が宙を舞う感覚をはっきりと覚えている。


 でも、痛みはない。もしかして、ここって天国? 私、やっぱり死んだ?


「目覚めたか、聖女よ」


 突然、低く通る声が響いた。


「……え?」


 慌てて声のした方を見る。そこには、鎧をまとった男が立っていた。


 え、ちょっと待って、何その格好。鎧? 剣? え? コスプレ?


 混乱する私をよそに、鎧の人は鋭い金色の瞳でじっとこちらを見ていた。もしかしてカラコン?


 年齢は、私より少し上くらいだろうか。端正な顔立ちに、短く切りそろえられた黒髪。


 すらりとした体つきだが、鎧の下にはしっかりと鍛え上げられた筋肉があるのがわかる。


 憧れの長谷川平蔵様にちょっと雰囲気が似ている気がする。つまり、めちゃくちゃタイプだ。


「お初にお目にかかります、聖女様」


 さらに、反対側から別の声が聞こえた。


 今度は、長い祭服を纏った青年だった。


 年齢は鎧の人と同じくらい。銀髪に翡翠色の瞳、スンとした佇まいに神秘的な雰囲気がある。


「私はこの国の神官、サイラスです。あなたは女王様によってこの世界へ召喚されました」


 ……ショーケン? いや、ショーカン? って、召喚って言った?


「聖女様、あなたは神の導きによってこの世界に降臨されたんですよ」


 サイラスと名乗った祭服の人が、まるで当然のように言う。


 セイジョ……セイジョウ? 正常? 異常なし? 確かにどこも痛くないけど。


「ちょ、ちょっと待ってください。話がまったく見えないんですけど!」


 私はガバッと起き上がった。


「まず、ここはどこなんですか? 私、事故に遭ったはずなんですけど、病院ですか!?」


 畳みかけるように質問をぶつけるが、サイラスは落ち着いた様子で頷いた。


「混乱するのも当然です。あなたは、あなたの世界で命を落としたのと同時にこちらの世界に召喚されたのです」


 死亡確定。実感がまったくわかない。


「ってことは、やっぱりここって天国なの?」


「いえ。聖女として召喚されたのですよ」


「セイジョウ?」


「聖女、です」


「異常なしってことですか?」


「は?」


 サイラスが言葉に詰まる。


「違う。聖女だ」


 鬼平――じゃなくて、鎧の人が訂正した。


「なにそれ……?」


 聖女。字面は浮かんだが具体的に何かは理解できなかった。マンガでしか目にしたことがない単語だ。


「お前、本当に聖女なのか?」


 鎧の人が眉間にシワを寄せる。なんか、めちゃくちゃ睨まれてますけど。でも、睨む顔もイケてる。


「え、えっと……いきなりそんなこと言われてもですね……」


 しどろもどろになりながら、私は言葉を探した。


 サイラスがふんわりとした微笑を浮かべる。


「面白い方ですね。ですが、間違いなく、あなたは聖女様です」


「え、ええと……」


「聖女様には、聖なる魔力が宿っているはずです。――さあ、こちらへ」


 サイラスが手をかざすと、若い神官がバスケットボール大の透明な球体を持ってきた。ベッドサイドの台座に置く。


「お手をこちらに」


 サイラスが巨大ビー玉を示す。透き通った球体の中には、淡い光がゆらめいている。


「この水晶は、魔力を感知し、持ち主の属性を映し出すものです。聖女様であれば、神聖な光が――」


「ひゃっ、冷たっ!」


 水晶に触れた瞬間、ひんやりした感触に思わず手を引っ込める。冷蔵庫に入れてあったのかと思うほど冷たい。


「……すみません」


 サイラスと鎧の人の無言の圧に負けて、再び手を置く。


「では、測定を」


 サイラスの声と同時に、球体の中に青白い光が広がった。


 ――と思った、次の瞬間。


 シュゥゥ……ン。


 光が、一瞬だけぼんやりと光って……そのまま、消えた。


「これは一体……?」


 サイラスの表情が凍りついた。


「何かの間違いではないのか?」


 と、鎧の人。


「そんなはずはありません。測定に狂いはない……」


「え、えっと……何か問題でも?」


 何かまずかったのだろうか。おそるおそる訊ねてみる。


「魔力が、ゼロだ」


 鎧の人が感情のない声で答えてくれた。


「……」


 そりゃそうでしょう。生まれてこの方、魔力なんて持ってた試しがない。女子力だってギリなのに。


「そんな……聖女様に、魔力がないなんて……」


 サイラスの言葉に、その場の空気が一気に重くなった。


 てゆーか、ちょっと待って。異世界転生したら、チート能力とかもらえるんじゃないの? 私、聖女として召喚されたんだよね?


「聖女様、もう一度試していただけますか?」


 サイラスが焦りを隠さずに言う。


「え、ええと、はい……」


 もう一度、水晶にそっと手を置く。


 目を閉じて、集中……しようとしたけど、どうすればいいのか全然わからない。ギャラリーの期待をひしひしと感じる。


 そのまま、しばらく待つ。


 結果。


 シュゥゥ……ン。


 またしても、光が消える。


「やっぱりゼロです」


 サイラスが告げる。


「聖女が魔力を持たないなんて、どういうことだ?」


 鎧の人が重々しい声で言った。


「わかりません。ただ、記録を遡れば……」


「聖女が魔力を持たないなど、前例があるとは思えん」


 鎧の人が私に、金色の鋭い視線を向けてくる。


「お前は、一体何者だ?」


「いや、こっちが聞きたいんですけど?」


 思わず言い返すと、鎧の人がほんの少しだけ眉を上げた。


「ああ、まだ名乗っていなかったな。俺はウェイン。この国の騎士団長だ」


 残念ながら武士っぽくない名前。武士じゃなくて騎士だから仕方ないか。


「騎士団長……」


 私のイメージするキシダンは、学生服に金髪のリーゼントだが、ずいぶんかけ離れている。


「俺の立場から言わせてもらえば、聖女が魔力ゼロというのは、国としても前代未聞の事態だ。お前をどう扱うかは、女王が判断するだろう」


「ど、どう扱うかって……?」


 なんか、仕入れた野菜が売れ残って逆ギレされてる感じなんですけど?


「聖女であるなら、神の加護を受け、魔力を宿しているはずだ。しかし、お前にはそれがない」


「そんなこと言われたって、ない袖は振れません」


「ない、か……」


 鎧の人、もとい、ウェインがじっと私を見つめる。


「それなら、お前は一体何なんだ?」


「いや、だからそれはこっちが聞きたいってば!」


 私は頭を抱えた。


 知らない場所に召喚されたと思ったら、いきなり「聖女」とか言われて、魔力を測ったらゼロで、あげくの果てに「お前は何だ?」って……。


 それはこっちのセリフだよ!!!


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