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輪廻の恋人  作者: 56号
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終話 輪廻の果て

「佳奈さん!」


背後から呼ぶ声に、佳奈はふと足を止めた。


冬の風がビルの谷間をすり抜ける。

振り返らなくても、誰の声かは分かっていた。

行きつけのバーで働く青年、シンジ……あるいはウルカ……あるいは……。


「佳奈さんも、分かってたんですよね?」


息を切らしながら、シンジが近づいてくる。

その声には、ただならぬ熱が宿っていた。


「いつだって、あなたが先に思い出すんです。

遠い記憶の中で、あなたはいつも、微笑んでいてくれた。

いたずらっぽくて、こどもみたいなその笑顔に、

俺は何度救われたか分からない……」


静かに、佳奈が振り返る。


その瞳は、冬の夜空のように深く、澄んでいた。


「……でも、今度ばかりは違うみたい。

今のあなたと私では、時の流れが……違うもの」


その言葉には、覚悟があった。


年齢差でも、立場でもない。

“魂の旅路の進行度”が、今は違ってしまっている。


けれどシンジは、決して目を逸らさなかった。


「分かってます。……でも、あなたも分かってるはずです」


佳奈の視線を、正面から受け止める。


「身体なんて、魂の“乗り物”に過ぎない。

各駅停車と快速電車が、たまたま途中でずれただけ。

降りた駅が違うだけで、行き先は、いつだって同じなんです」


凛とした声が、夜の街に響いた。


「あなたに出会って……気づいてしまったんです。

俺は、ずっと……あなたを探してた。

言葉よりも先に、肌が、心が、覚えていた。

そして、分かったんです。

――好きです。愛しています。もう二度と、離さない」


シンジの目が潤んでいた。


その言葉に、佳奈の胸の奥で、何かがそっと崩れ落ちた。


あの日、あの時代。

アッシリアの侵攻に引き裂かれた恋人たち。

後漢の宮廷、身分の壁を越えられなかった二人。

明治の動乱、すれ違いのまま終わった邂逅。

昭和の芝居一座、咲きかけて散った初恋。

令和の片隅でようやく、再び向き合えた二つの魂。


すべてが一本の糸に結ばれていたのだと、今なら分かる。


佳奈は、ゆっくりと歩み寄った。

そして、そっとシンジの胸に手を当てた。


「あなたの鼓動が、……遠い昔の音と、同じに聞こえる」


「……」


「もう逃げない。……私も、ようやく、追いつけた気がする」


頬に落ちた涙を、シンジがそっと指でぬぐう。


「じゃあ、また……始めましょう」


「ええ。また、始めましょう」


冬の街角で、ふたりはそっと唇を重ねた。


それは再会ではなく、永劫の旅路にようやく打たれた“ひとつのピリオド”。


そして、それはまた新たな旅の始まりでもあった。


時代を越え、国を越え、名を越えて、

ウルカとカナの魂は、ついに一つに重なったのだった。



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