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なんちゃって和風スチームパンク(仮)  作者: きっとうまくいく
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1. 路地裏《ロヂウラ》ニ咲ク花

瑞光十一年‐1915‐


 あかりは治安維持隊・魂異対策班の特別チームの一員としてこれから初任務だ。

 星屑の透かし細工がほどこされたバイクをそっと撫で、きらめく真鍮製ゴーグルを引き下げる。

 そして、ほっぺたをぱちぱちと叩いて気合を入れてから軽快型小型スチームバイクにまたがると、白革張りのハンドグリップをぎゅっと握ってエンジンの始動音を響かせた。

 しゅうしゅうと蒸気を吐きながら、震える小さな車体は通りを滑るように駆けた出した。


 もくもくと、灰色の煙を吹き出す大きな煙突群。

 鉄製のレールが軋む音、蒸気機関車の汽笛の音、煤の匂い、湿った空気の匂い。ガス灯の淡い光。 そんな、帝都の街は今、頻発している魂攫い事件に不穏な緊張を孕んでいた。


 先ほど、治安維持隊に、一本の通報が舞い込んだ。路地裏に、様子のおかしい少女がいるという。

 何度めかの曲がり角を抜けた先。街のはずれの路地裏の暗がりに、歯車細工のかんざしをさした袴姿の少女が座り込んでいた。

 顔を伏せ、小さな声でしくしと、か細くすすり泣いているようだ。遠巻きに数名の町民が、とても心配そうな眼差しを向けていた。

 あかりはエンジンをアイドリングに戻し、バイクをそっと停める。

 そして、額からゴーグルを引き上げると、少女にやわらかな声をかける。

「おはよう。私は有川あかり。治安維持隊の者です。お名前、教えてもらえるかな?」

 少女は涙にぬれた瞳をあかりへ向け、震える小声で話し出した。

「……おも、ち……おもち、たべたい……おかあさん……」

 まるで幼子のように、切実に訴える声。その言葉に、あかりは胸の奥を静かに締めつけられた。

 腰のベルトポーチから取り出したのは、小型の魂読計器。少女へ向けると、短い電子音が鳴った。画面には魂の混在を示す警告ランプ。中級の“魂濁り”を告げている。もし放置すれば、人格の崩壊は免れない。

 あかりはそっと唇を噛み、小さくつぶやいた。

「登録名、柊咲良……十三歳。中に三歳くらいの魂が入りこんでいるみたい」

そっと咲良の髪に触れると、彼女の震えはわずかに収まった。

「では、修正を始めます」

そう告げるが早いか、あかりは腰の、“追魂銃”を構えた。引き金に指をかけると、先端から穏やかな光線が放たれ、少女の全身を優しく包み込む。

 しばしのあと、あかりは銃を下ろした。

「修正、完了しました」

 咲良の表情はみるみる晴れやかに変わり、震えも消えた。

「お名前、もう一度教えてくれる?」

 優しく問いかけると、咲良は小さくうなずき、澄んだ声で答えた。

「柊咲良です。……ありがとうございました」

 咲良はぺこりと丁寧に頭を下げる。

あかりは真鍮と木で出来た丸っこい形の通信機を取り出し、淡々と本部へ報告した。

「有川です。修正完了。対象は柊咲良、十三歳。現在、保護に移行します」

 通信を終えると、再びバイクに跨ったあかりは、ゴーグルをきちんと下ろし、後ろを振り返って囁いた。

「柊咲良さん、どうぞお乗りください。検査と必要な手続きが待っています」

咲良を静かに後部座席へ導き、あかりはスロットルを開放する。白い蒸気を吐きながら、二人乗せたスチームバイクは、路地の闇を裂くようにして走り出した。


 あかりは、後ろから回された小さな手が、微かに震えているのを感じた。

「あの日、母もこんなふうに怯えていたかも……」

 燃圧を上げたバイクが路地を抜けると、煤煙のベールの上に、小さく浮かぶ飛行船が見えた。

 まだ言葉にはならない。けれど、胸の奥に、懐かしい青空の匂いが、ふと蘇った。

 あかりは静かに誓う。

「………私は、誰も失わせない。絶対に」

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