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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

宮本さんの唐揚げ

作者: 新井福

お読みいただきありがとうございます。

※注意 この話はほのぼの系ではありません

 一度人を殺すとハードルが下がるように、一度唐揚げを作ってみるとそのハードルはぐんと下がると宮本は思う。


 醤油と酒、すりおろした生姜に漬け込んでおいたもも肉に、小麦粉をまぶす。

 もも肉は良い、と宮本は一人頷いた。胸肉はパサツキ過ぎている。親に今日の晩ご飯は唐揚げと言われて狂喜乱舞したのも束の間、それが胸肉の唐揚げだったらガッカリだ。

 まあ、このもも肉が美味しいのかは未知数だが。


 まぶし終えて、ふうと一息ついた宮本は、ポリエチレンだかなんだかの使い捨て手袋を取った。ペーイとゴミ袋に中に入れ、水滴が付いた卵焼き器を取り出す。

 卵焼き器で肉を揚げるなど、と料理の仕事に従事する全ての方々に怒られそうだが、ここにはそれ以外の揚げられそうなモノはない。

 それに宮本は茹で卵派だ。卵焼き器なんて、五年は使っていない。


 ティッシュで水滴を拭き取り、油を注いだ。普段は油をケチる宮本だが、今はたっぷり使ってしまおう。

 火を付ける。暫くじっと待っていると油が温まってきた。新しい使い捨て手袋を装着した宮本は、気を引き締め油と向き合うことにした。

 

 つまんだ肉を、なるべく刺激しないよう油に入れる。ジュワワッと音を立て、小さな油の粒が小さく舞う。

 一つ入れて恐怖心が抜けた宮本は、続けて投入した。


「ふんふーん、おいしそ」


 宮本以外誰も生き物はいないキッチンに、宮本の楽しそうな声が木霊した。

 カロカロ、油の気泡に包まれながら揚げられていく肉は、徐々にその身を変化させていく。

 宮本は食中毒が怖い。知識をしっかり持てばそんな恐怖はなくなると思っていたが、むしろ増すばかりだ。

 たしかサルモネラという菌だったか……? いや違うな。


 菜箸を開いたり閉じたりしながら思案していた宮本は、肉が茶色にこんがりと揚げ上がった姿を見切る為、意識を集中させた。


 ――今!!


 油を吸う為の紙を敷いたトレイに、ヒョヒョイと軽やかな箸さばきで肉を取っていく。


「う~ん、上出来」


 満足そうに宮本は笑うと、手早く皿に移した。


 そのままサイズの合わないサンダルを雑に履き、チェーンを外し玄関の扉を開ける。

 隣の部屋、『吉永』さんちの呼び鈴を鳴らす。

 呼び鈴の音がなくなると同時に、奥から誰かが走ってくる音がした。


「待ってたよ、宮本ちゃん!」

「はいはい、吉永さん」


 扉を開けたのは、バリキャリウーマンの休日を体現したような、髪を適当にバレッタで結い上げ薄いシャツ姿の吉永。

 肩を揉み、


「あー、重労働の後は貴女のご飯に限るわぁ」


 と笑う彼女に、宮本はため息をついた。


「食べたらまた作業ですからね」

「分かってる分かってるぅ」


 軽く宮本のお小言をいなした吉永は、部屋の奥へと案内した。

 畳の上に置かれた、茶色の原始的な形のちゃぶ台に宮本を案内し、彼女は冷蔵庫へと向かった。

 二本、缶ジュースを取り出す。宮本も飲んだことのある、甘いオレンジジュースの缶だった。


「てっきりビールでも取り出すかと思いましたー」

「そんなことするわけないでしょ。まだお仕事あるのに」


 自堕落な見た目とは裏腹に、ちゃんと真面目な吉永は冷えた缶の一本を投げて宮本に渡した。

 それを難なく受け止め、二人はちゃぶ台につく。


「さっ、食べよっか」

「はい」


 唐揚げに歯を立てれば、ぷりっとした肉からジュワリと肉汁が溢れ出す。


「意外と美味しいわね」

「もお、意外、は余計ですよ」


 ごめんごめん、と吉永はカラリと笑ってから缶に口をつけた。

 冷えたジュースが喉に流れ込む。

 吉永は口を拭ってから、でもさと笑った。


「毎回なんか不思議なんだよね。私たちと同じ生き方してた奴らが、こんなに美味しいなんて」

「それは確かにそーですね。それにしても、吉永……いいえ先輩も真面目というか、物好きというか。普通いないでしょ、殺した人間になりきって、その人間の肉を食べるだなんて」


 宮本、いいや宮本になりきった殺し屋は、呆れたようにため息をついた。

 そしてもう一個、と宮本の肉の唐揚げに手を伸ばす。

 むしゃむしゃと咀嚼しながら、さっきの部屋に置いてきた宮本の死体の残りを、早く処理しなければと考える。夏の腐食速度を舐めてはいけない。


 吉永はさっき、先輩によって処理された。

 朝に食べたハンバーグも美味しかったと涎が出てきた。


「それにしても、この二人は結託して詐欺を行ったんですっけ」

「そうそう。その内の何人かはヤバい所からお金を借りて地獄見てるらしいよ」

「わあお」


 食べる奴がイカれてるなら、食べられる奴もまたイカれてる。

 くすりと彼女は笑うと、手を合わせた。


 ――命に精一杯の感謝を。最初にこう言った先輩は、やっぱりとても真面目だ。


「ごちそうさまでした」 


ここまでお付き合いいただきありがとうございます

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― 新着の感想 ―
一度人を殺すと……で「ん?」と思わせて最後にしっかり回収する。適度な怖さと、美味しそうな唐揚げの描写が素敵な作品でした。
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