幼女魔法講師は理解する
「まずは魔術と、魔法の違い。これがわからなきゃどうにもならない。その前提として、魔術を理解していることが必要なわけなんだけど……テストとか面倒くせぇしなぁ。あ、やべ痛たた、ボクが悪かったって。足踏まないでヴォル」
「口が悪すぎる、改めるんだな」
「わかったって! うーん……じゃあまず簡単な呪文からいこうか」
どこか緊張気味な最前列、空気の緩んだ二段列目、重苦しい雰囲気の漂う三段列以降を、ぐるりと見回して雅琵は言った。
「まずは〈灯火をつくる〉の呪文、『其は白き運び屋、夜明けを携え、道を照らすものなり』これはいいよね?」
「当たり前です」
「一年生の最初に習う呪文だな!」
「当然なのです!」
「これならば容易かろうよ」
口々に、これならば簡単だ、当然意味もわかっているとちょっと空気が緩んだ。というより、雅琵を大したことない、という雰囲気がでた。
元々特に気にしてもいなかったため、じゃあ続きいってもいいか、と雅琵は頷く。ヴォルは教壇の横で鋭い赤い目で生徒たちを見ていた。
「じゃあなんで呪文が三つに分かれてるとかの説明も当然してあるだろうし、いいよね?」
「「「え」」」
「え」
意図せず合唱となった声、雅琵を見つめる視線と雅琵が見つめ合うこと数分。
しばらく躊躇したあとに、手を挙げたのは雅琵の特徴メモに「髪がお下げドリル」と書かれてしまった、アリリア・ツェルンだった。
「……呪文が、三つに分かれていることに意味があるんですか……?」
「いや……意味がないはずない、じゃん?」
「習ってません!」
「嘘だ!? じゃあ三つをバラバラの五要素で詠唱したらどうなるかとか、同じ呪文でも場合によって使うリィン文字は変えるとか、そもそもリィン文字の意味とか、そういうのは……?」
「ごようそ?」
「リィン文字は常に呪文と同じセットっす」
「リィン文字の意味なんてあんまり考えても仕方ないだろ?」
ざわめき出す生徒たちに雅琵は内心白目になった。ヴォルは鋭くさせていた目をまん丸くして、信じられないものを見る目で段になった席を見る。
「……も」
「「「も?」」」
「もうやだ! なんでこんなに!! レベルが、レベルが! もうどこから教えればいいかわかんないよ!? そもそも五要素の論文もリィン文字の論文も三年前くらいに提出しただろうがっ! 授業に取り入れてないとか職務怠慢で担当講師訴えるぞ! ……ヴォル、もうやだー!!」
「わかった、後で理事長を呪いに行こう。だから授業は頑張れ。五要素から説明すればいい」
「それボクの仕事……?」
「魔法以外に関する仕事は範囲外手当ということでぶん取ればいいだろう」
「……うぅ、うん……わかった」
ブチギレ再びと言わんばかりにがるるっと怒鳴ったあとに、塩をかけられた菜っ葉のようにヴォルに泣きついた雅琵。唖然とその様子を見ている生徒・講師たちの中から忍び足で場を抜け出そうとするものが二人いた。
がしりと両隣にいた講師に捕まったのは基礎呪文学と呪文解析学の講師だ。額に浮かぶ汗の量からして、二人ともこの論文を知っていたらしい。
周りの講師が尋ねると、革新的ではあったが従来の教えに反する考え方であり取り入れられなかったとのこと。
新しいものを取り入れる難しさを知っている古株の講師たちは唸ったが、アイメイクの講師、エヌ・フレイルたちまだ就任して比較的新しい講師たちは、講師として新しい知識を無駄にするとは何事かと、白い目で二人を見た。
基礎呪文学の講師と呪文解析学の講師は向けられる視線に縮こまった。