幼女魔法講師は夢を見る
アリリア・ツェルンは、名家に産まれたたった一人の男児だ。厳しい教育を受けて育ってきた。
それでも、母がいた頃は幸せだった。勉強もマナーもそれほど厳しくなく、家族の時間が第一優先となるような優しい父と母に囲まれて、確かにアリリアは幸せに笑っていた。
しかし、事態は急変する。
アリリアの母が病気にかかったのだ。それは難病で、治療法も確立されていない病だった。
父は医者を手当たり次第に呼んで、治療と呼ばれているもの、民間療法でもなんでも施したが、その甲斐虚しくアリリアの母はこの世を去った。
それから、アリリアの父は変わってしまった。
勉強もマナーも違反すれば鞭を使うほど厳しく、「ツェルン家の一人息子なのだから」を口癖にアリリアに辛く当たるようになった。
アリリアは頑張った。優しい父に戻ってほしくて、どうすればいいのかを一生懸命考えて。それで思いついた方法が、全てを完璧に頑張るだった。それしか、小さなアリリアには出来なかったから。
「百以外は零と同じ、一番でなければ最下位と同じだと、そうやって、それが正しいと思い込んだんだ。そうすれば、いつか。父上は僕を褒めてくれる、『頑張ったな』って言ってくれる。あの頃みたいに。……そう、思って」
いつしか、頑張ることは当然になり、できない事がおかしくて。父は成績だけを求めて、アリリア自身への興味をなくしていった。
アリリアが求めたものは、ずっと与えられないまま。歪んだ思い込みだけが残った。それしか、アリリアにはなかった。
努力は当然で、できない事がおかしくて。百以外は零と同じ、一番でなければ最下位と同じ。
それが、正しいんだと、思い込まなければ。アリリアは自分を保てなかった。心の柔らかい部分を必死に鎧で固めて隠したのだ。
だから小テストで、ヴィライアが百点で、アリリアが九十九点で二番になったことも。信じたくなかった。
「だけど、無駄だった。僕は全部間違った、正しくなんてなかったんだ」
「……アリリア・ツェルン。君は勤勉で、バカがつくほど真面目だとボクは思ってるよ。だから、君は父親を切り捨てられないんだろうね。『いつか戻ってくれる』自分が耐えれば、そう思って。でもさ、あえて言わせてもらっていい?」
「なにを……」
「バーカ!! 父親以外に君を心配してくれる人、いるだろ! その人たちは君を認めてくれなかったの? もっと頑張れって言ってきた? 君の世界はこれからもっと広くなるのに、いつまでも側にいないひとに縋ってないで、少しは周りにいる相手を見ろよ」
「僕を、認めてくれる……」
「そう。自分を変える以上に、他人を変えるのは難しいんだ。だったら、いま。君を大事にしてくれるひとのことを大事にしろよ。……君は頑張ってる、頑張ったんだよ、そのことは胸張っていい。だってそれだけの価値があるんだから。だからもう、君は少し肩の力を抜いて生きたほうがいい。そのほうが世界は何倍も面白い。……よく頑張ったね、アリリア・ツェルン」
「……そっか、僕は」
頑張ったんだ。
ぽつりと泣きそうな声で呟かれた声を最後に、映写機は回転を止めた。




