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第六話:味の煙に気をつけろ

水平線に、ウミネコが呑まれていくのが見えた。何にも考えず、「キレイだねー」と言う。ロバはめんどくさそうに私を見てくる。何だかずいぶん人間臭くなってきたな、こいつ。


「今日はこの辺りで、一旦描こうか」

プルルッと鼻息を撒き散らして、ロバは足を止める。


既存の地図と見比べても、まだ大きな違いは見えない。よくよく見比べると…少し海岸線が凹んで見える。ような気もする。


万年筆を押し付ける。線がたまに太くなってしまうのだが、それも味だ。


夢中になって、足を進めた。歩いて、歩いて歩いて。地形を頭に叩き込む。


そうして、また一日が過ぎた。私の一日は忙しい。故に、何だか心地が良い。


危険地帯を抜けてから、通り過ぎる人が増えてきた。「何の目的で?」と質問が飛んでくる事もしばしば。



「もう少し歩けば、喫茶店が見えてきます。是非、行ってみて下さいな」

「はい、ありがとうございます」

他の人も。

「そこに、居心地の良い喫茶店があるんだ」

「そうなんですね…」

「海も一望できるし、人も少ない、それにあそこのサンドイッチは絶品だ」

「はあ、なるほど」

「人生で一番、美味しいお茶だった」

「……」


来る人来る人、全員が口を揃えてそう言った。


崖上の喫茶店『味の煙』

創業年不明。店員はたったの一人。

店は広い。人は少ない。料理は美味い。


「……かんっぺきじゃん」

目を輝かかせ、早足。ロバは迷惑そうに足を動かしている。

私は、美味しいものが好きだ。「それは他の人もじゃん」と何度も言われてきたが、他の人とは違う。生きる目的が、ソレだったくらいなのだから。


その上、私はよく一人で喫茶店に潜っていた。人の少ない店舗を探し、誰にも見られない暗い席で、鬱憤とコーヒーを流し込んでいた。


「はやく、はやく行かないと、人が混み合う前に…」

時計は11時を指している。まだ、昼時ではない。


突然、ロバが首を捻った。その方向に、私も顔を向ける。眼力を込めて、よく見ると、崖上にレンガ屋根が見えた。煙突から味の煙が出ている。


「あった!あった、あった!」

柄にもなく、心の声を漏らしながらロバを引っ張る。かなり嫌そうな顔をしていたが、見なかったことにして私は坂道を駆け上がった。



<>



リーン、リーン。ドアを開けるとベルが鳴った。カウンターから一人の女性が顔を出した。


「いらっしゃいませ」

黒くてクリクリとした目をしたその女性は、優しそうな声で私を招き入れた。

私は気にせず、ロバを入り口の柵に縛り、店の中に入った。いつになく、ロバは抵抗した。


「お前も食いたいのか?美味しいご飯が」

嫌味を一つ。いつも嫌そうな顔を向けてくる罰だ。


「お好きな席に…」

「はいっ」

ルンルンスキップで、一番奥の湿気た席に座った。私のお気に入り。


「メニュー下さい!」

「この店では、私のおすすめコースを振る舞わせていただいております。なので、メニューというものは…」

「そうなんですね」

愛された老舗なのだろう。余程、客から信頼を得ているに違いない。

「楽しみです」

「ありがとうございます」


彼女はゆったりとそう呟くと、カウンターに戻って行った。


壁には、水面から魚が飛び出している水墨画が二つ飾られていて、どちらも東側諸国の紋章が刻まれている。


出身が東側諸国…だとしたら、大分離れた場所で店を開いてるなぁ。


私が歩いてきたのは西側大陸の縁。はじめに、西側の地図を埋めてから、東側諸国に向かう。


「こちら、食前酒です」

「わァ」

思わず声が漏れてしまった。匂いを嗅ぐと、ぶどうの匂いがグッと鼻の奥に根を張った。


「こちら前菜のアンティパストでございます」

「こちら海老と玉葱のスパゲッティでございます」

「こちらローストポークでございます…」

「こちら………」


美味しい、あれ、美味しい、あれぇ…。

何で、こんな所まで来たんだっけ?

何で私今ここにいるんだっけぇ?



…ン?



意識が溺れているような感覚に襲われている。

頭が回らない。何で、何で?と質問ばかりが脳を揺らす。




ダメだっ!




「はぁっ!」眠っていた。勢いよく顔を上げると、彼女は驚いたようにこちらを見た。


「なぜ…」目を見開くと、真っ黒な魚が空中を泳いでいるのが見えた。何十…何百匹も。


「魔術師か…残念、私はハイロだから、精神系の攻撃は、はあ、効かないよ…」

「結構、効いてるような…」彼女は汗を垂らしながらこちらを見ている。


「中央都市の周辺国、西側諸国には”ハイロ”っていう人種がいるの」

東側諸国生まれなら、知らないはずだ。


「なにっ…それ…?」彼女は狼狽えながら、細い杖を突きつける。


よく見れば、ベルに魔法陣が刻まれていた。店に入った瞬間から、獲物になっていたというわけか。


「ざーんねん」

親指と人差し指を、ゆったりと畳む。その瞬間、宙を浮く黒色の魚たちは、押し潰されるように消えた。


「ありがとね、久しぶりにこの目とこの指が、私の役に立った」

ニヤリと笑って立ち去ろうとすると、彼女は膝を床につけたまま、しゃがれ声で私を引き止めた。



「待って下さい!私の料理を、私の料理を…口に入れて貰えませんか…味わって貰えませんか…」


「いや。どうせ毒かなんか入れてるんでしょ。私は金目のものは持ってないから、これ以上粘っても意味無いよ」

「お金じゃないんです!」


んん?くるっと振り向いて、彼女を見下ろす。


「じゃあ、何で?」

「…私は、コックになるのが夢でした。でも、母親も父親も了承してくれなかった。逃げたんです。

二人の目から逃れるため、何も知らない場所で、一人で店を始めようって。

でもお客さんは皆、店に入ってすらくれない。料理を見せることも、ましてや食べさせることも…。私は、味を知って欲しくて、たった一人の常連客に…」


「魔法をかけた、と」

「はい…」


どうりで、通る人通る人この店を勧めてくるわけだ。一人ならまだしも、こうも何人も…。


「魔法はっ、この魔法はこの店の周辺から離れれば解除されます。決して人を操りたかった訳ではありません!」


こういう時、私は中指を立てて、その場を立ち去るだろう。けれど、彼女が一瞬、苦しんでいた頃の私に見えたのだ。


「不味かったら逆にお金貰いますからね」

「えっ…食べてくれ貰えるんですか!?」

「まあね」


ただの気まぐれだ、そう心に言い聞かせた。

それでも、彼女の嬉しそうな笑顔を見ると、なんだか心が落ち着いた。


「居心地のいい喫茶店ですね」

「ありがとうございます!」

「そこのベルは私が頂いておきます」

「えっ…」

「そのかわり」


席を立って、彼女の手に銀硬貨を二枚乗せる。


「私が、宣伝させてもらいます。広くて、人が少なくて、美味しい料理が出る、居心地のいい喫茶店と」


既存の地図には無い、隠れた名店が私の地図に刻まれた。




















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