第9話「ライバルであり、最高の友達」
なぜそうまでカラスを大切にするのか、アルメルは彼女に大きな才能があると考えていたし、その暗い境遇に触れてしまった事で見てみぬふりなど出来なくなった。どこにでもごまんとある話はいくらでも耳に入れてきたが、実際に目の当たりにしたときの哀れな姿は、思わず胸が締め付けられた。
そんな事をカラス自身はまったく知らない。
「あんた、すごく才能があるのね。って事は……首席にもなれるかも?」
「オレがなれるわけないよ。アルメルさんが優しいだけで」
「それはないわね。だって、あのアルメル・シモンなんだもん」
決して才能のない者に指導などするはずがない。アルメル・シモンの魔法は様々な生活の水準を上げ、新たな技術の発展を導き、対魔物用の攻撃や防御の分野にも誰より精通した最高峰の魔導師なのだ。
それでいて地位には興味がなく、魔導学院を出た後は魔塔の所属となったが、推薦を受けても魔塔主にはならずホロウバルト公爵家に仕えている。
最高峰の魔導師たちが集うのが魔塔だ。にも関わらず他の魔導師たちと一緒になって研究をするのが嫌だった。だから歴代当主たちと同様に公爵家に仕えて自分の研究に没頭して過ごすと公言するだけの変わり者でもあった。
そのアルメル・シモンが弟子を取った。信じられるわけがない。だが信じるしかない。当の本人に『社会的に抹殺する』とまで警告されたのだから。
「本当にすごい事だぞ、カラス。俺もよくは知らんが、シモン家が弟子を取ったなんて話が知れたら、新聞の一面を飾っているだろうな」
「まじか。オレの師匠が凄い人だってのは知ってたけど……」
貧民街出身では大きな名前を聞く事はあっても、その細かな事情まで明るくはない。アルメルを訪ねて来る者が絶えない理由を知った日だった。
「アタシはサンジェルマン家だからシモン家とは昔から交流があるんだけど、アルメル様はいつも一線引いた人との関わり方をする方だったわ。これまでのシモン家当主と同じように、誰も特別視しないっていうか……」
オリーヴが腕を組んで不思議そうにする。
「むしろ、アルメル様は皆を見下してるタイプな気もしたわね。普段は優しいんだけどさ。ずっと違う何かを見てる感じで、住んでる世界自体が違う雰囲気なの。それが三年くらい前から色んな人と話をするようになってね」
ここ一年は顔を合わせていなかったが、とアルメルが当時よりずっと明るい人柄に変わった気がすると話すと、カラスはちょうど自分が出会ったときだと察して、仄かな苦笑いを浮かべて聞き流す。
「なんか心境の変化でもあったのかもな。オレはよく知らないよ」
「ふーん。なんか怪しいけど、聞かなかった事にしてあげる」
空気が読めないような娘ではない。オリーヴはカラスが言いたくない事も含めて何か秘密があるのだと分かったが、追及はしなかった。
「とりあえずお腹減っちゃったわ。アルメル様が来てるなんて思わなかったから、いきなり部屋の中にいて緊張しちゃった。ボーグル、なんか作って」
「おお、買って来てくれた材料で適当に作るから待ってろ」
キッチンに向かおうとしたボーグルが思い出したように「ああ、そういえば」と手を叩いて、床に未だ散らかった服を指差す。
「アルメル殿、表情は変わらなかったが嫌そうな目つきをしてたぞ」
「げっ……!? そうだった、散らかったままだったぁ!」
他の誰かならさほど気にも留めなかっただろうが、アルメルはシモン家の人間なのだ。両親にでも会って『部屋が散らかってましたよ』とでも言われようものなら、どれだけのお叱りを受けるか分からない。
慌てて片付けを始めながら「カラスちゃん、荷物ある?」と手ぶらに見える彼女に気を配る。事前に寮へやってくる話を聞いていたので、二階に彼女にあてがう部屋を準備してあった。
「手荷物はないかな。こっちで色々買えるって聞いてコレだけ」
懐から取り出した紫色の小さい布袋。革ひもで縛られた口を開いてみると、中にはたっぷり銀貨や金貨が詰まっていた。
「……あらぁ、こんなに。ウォリック姓の貴族とか魔導師は聞いた事ないけど、随分とお金持ちなのね。もしかして商会経営者の娘だったり?」
「ああ、これはアンゼルムから……やべっ」
慌てて口を手で押さえる。アルメルに影響を受けているのか、失言癖も、それに対する仕草もそっくりだ。オリーヴは驚いて固まってしまった。
「え。ちょっ、おっ、えぇ? それってつまり、あんたってホロウバルト公爵家の援助も受けて学院に来たって事よね……。なるほど、アルメル様が気に入るわけだ。あんたにはちっとも自覚ないみたいだけど」
はあ、と呆れたため息が出る。サンジェルマン家の次代当主として魔導学院に通うとき、他の誰よりも才能があると自負していた。実際、入学直後の簡易テストではダントツの成績だったのだ。
だが、世の中には思ったよりも高い壁があるのだとカラスを見て感じた。
「本当に最高だわ。アタシ、あんたと同じ寮で良かった」
「……そ、そうか。嫌いになったりしない?」
「しないわよ、馬鹿ね。嫉妬なんて弱い人間がするものよ」
ふんっと鼻を鳴らしてから、ニヤッと強気に笑った。
「強い奴ってのは嬉しいもんなの。あんたに勝ちたい、あんたを超えたいって思える今が、アタシは最高に嬉しい。だからライバルなのは間違いないけど、最高の友達でもいたいと思ってる。────そういう欲張り、グレイトでしょ!」