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第8話「仲良くしてね」

 またしても沈黙が訪れる。元気よく帰って来たはずのオリーヴが借りてきた猫のように大人しくなって荷物をそっと床に置き、深々と頭を下げた。


「ご無沙汰してます、アルメル様」


 礼儀正しく振舞う姿にボーグルは彼女の新たな一面を見た。


「おぉ……。もしやとても立派な教授殿だったか」


「あんた、この方を知らないの?」


「……会った事がないし、見た事もない」


 心底呆れたため息をもらして、天を仰ぎながら手で顔を覆う。ボーグルは武術学科に通う、極めて普通の家庭からの生徒だったが、その貴重な才能を伸ばすために武術学科への推薦状をもらって来ていた。


 大魔導師といった存在には殆ど縁がなく、何人かの名前を覚えたのもつい最近の話。これから大勢と知り合っていくのだろう程度に考えた。


「この方はアルメル・シモン様。大魔導師シモン家の八代目当主で、歴代で最も偉大とまで言われる若き大天才。アタシたち魔導師見習いにとっては憧れの的なのよ。それくらい聞いた事はあるでしょ?」


 そこまで聞けば、さすがのボーグルでもぎょっとして顔を青くする。ホロウバルト公爵家に仕える大魔導師の家系は当然並んで有名だ。


「お……! こ、これは大変失礼を……!」


「気にしなくて大丈夫ですよ、あまり興味ないので」


 上下関係などで堅苦しく過ごすのは苦手だ。アルメルが心から仕えると決めているのは、生涯でアンゼルムただ一人。それ以外の者にどんな態度を取られようが相手に悪意がなければ、よほど不快でないかぎり気にも留めない。


 だがカラスだけは例外だった。


「さあ、オリーヴも座って聞いて下さい。こちらの新しい仲間……もとい友人を連れてきたのです。仲良くしてあげてくれると嬉しいのですが」


「あらっ。そういえば話は聞いてました、とても才能のある子なんだとか」


 リゼットがべた褒めするほど優秀な人材だと聞いていて、オリーヴも興味が湧いていたので、いざ目の前に座るカラスを見て表情を明るくする。


「めっちゃくちゃ可愛い! 一ヶ月遅れで入学する事になったって聞いてたから、馴染むの大変だと思うし、困ったらアタシが色々と教えてあげるわ!……じゃなかった、まずは自己紹介からが適切よね」


 そっと胸に手を当てて、すう、はあ、と大きく深呼吸する。


「アタシはオリーヴ・サンジェルマン。次代の大魔導師目指して邁進中の魔導学院基礎学科一年所属。肩書きなんて気にせず仲良くしてね!」


 差し出された手にそっと手を伸ばす。流石に同性であればカラスも臆病にはならなかった。ボーグルもうんうんと喜ばしそうにする。


「オレはカラス・ウォリック。えーと……なんて自己紹介したら?」


 困り顔でアルメルを振り返る。二人の関係について、アルメルは何を気にするでもなく普通にオリーヴたちに対して「ああ、そうですね」と指を立てて────。


「私の弟子です」


 つい口走ってしまって、さっと手で押さえたが遅い。オリーヴが家の外までよく響く大きな声で「ええええっ!?」と叫んだ。


 思わず指をさしてしまうのも無理はない。カラスも『言って良かったの?』という驚きを隠せない表情で彼女を見つめた。


「あのシモン家が、しかも歴代最高の大魔導師アルメル様が、で、弟子!? 嘘でしょ、アタシも弟子にしてもらえないのに!?」


 サンジェルマン家も魔導師として大成してきた家系だ。いずれも遺伝的ではなく魔力にも大小あるにせよ、紛れもない大魔導師たちが育ってきた。それでもシモン家に並んで、なおアルメルには届かない。


 そんな大魔導師の弟子になるなど、そうそう起こり得ない話。いや、むしろ大勢にとって奇跡と呼べる機会で、カラスはその機会を手にしたのだ。


「そんなに凄い事だったのかよ、アルメルさん?」


「まあ、わりと反対押し切っての話でしたからねぇ……」


 シモン家で弟子を取るような前例があれば、申し出て来る人間はいくらでも増えてしまう。自分に才能があると信じている人間の行動力は強い。だから彼らは決して必要以上に他の魔導師を育てるつもりはないのだ。


 オリーヴも弟子入りできる事ならしたい気持ちを抑えて、一度だって願いはしなかった。しかし悔しさはない。どちらかと言えば羨望の眼差しでカラスを見た。彼女はそれほどの逸材なのだ、と。


「きっ……聞かせて、どうして彼女を弟子に取ったんですか!?」


「ああそれは……。おっと、すみません。あまり時間が」


 時計を見て、そろそろ行かなければならないと席を立った。


「このお話の続きは、また今度。今更お二人には隠せませんからね」


 そういってローブの裾をふわっと整えてから家を出ようとして────。


「ああ、でもひとつだけお願いをしておきます。私が弟子を取った事は他言無用で何卒。でなければ私、お二人を社会的に殺す(・・・・・・)かもしれませんので」


 振り返った笑顔は決して優しくない。背筋がゾッとするほどの気配に、オリーヴもボーグルも顔を青ざめさせた。


「じゃーなー、アルメルさん。また会いに来てよ」


「ええ、絶対。仕事が片付いたら様子を見に来ますね」

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